53、トレットの町の騒乱(7)
「グウウゥガアアアァァ!!」
周りの家屋の窓が全て割れるんじゃないかという程の咆哮は、耳だけでなく全身に響く。
その威力を感じとった五感は、その爆音の主に危険信号を発している。
第六感さえもあれはやばいと主張しているのだから、今までの魔物とは一線を画す存在であることは間違いない。
それに、何故か俺を憤怒の形相で睨みつけている。
このキマイラにちょっかいをかけた覚えはないんだけどね。
「とにかく、逃がしてくれそうにはない……よね」
HPとが正直心許なく……いや、数値よりも実際に目に見える形として全身に疲労が溜まっている。
度重なる連続戦闘のせいだね。
なので、このコンディションでのキマイラとの戦闘は不利になる可能性がある。逃走もまた同様。
正直複数人で相手取りたいんだけど、目の前の怪物は俺をガン見しているのでそんな余裕があるわけない。
一応転移の詠唱も開始しておこう。
ため息混じりに覚悟を決める。
そうとなれば、先制攻撃は基本だよね。
「ファイアバレット」
高速で射出される炎弾にキマイラは素早く反応し、横に避ける。
あの巨体からは想像できないスピードだ。
やっぱり、ステータスは物理法則さんと話し合う機会を設けた方がいいと思う。
キマイラはそのまま長い尻尾を操って俺を噛み殺そうとする。
尻尾なら剣で充分対処できるので縦横無尽に襲い来るそれをいなしていく。
「攻撃パターンが同じなら戦いようも………っ!」
そんな俺の背後に、いつの間にかキマイラがまわりこんでいた。
気配察知で寸前に感知したけど……まずい。
避けきれない。
「転移」
「グガアア!! ……ガァ?」
こんなときのための転移。
相手の後ろに出現して、そのまま逃げようかなとも思ったんだけど、下手に追ってこられたらシャレにならない。
仕方なく認識外からの不意打ちを仕掛けることにした。
「魔力撃」
近接最強火力を誇るスキルを発動させる。
しかし……。
「グアアアアァァァ!!!」
悲鳴のような声を上げて、その場から大きく後退されてしまった。
せっかく近づいたというのに、俺とキマイラの位置関係は十メートル以上離れてしまっている。
にしても、あの反応は尋常じゃなかった。
魔力撃の威力の一端を感じとったんだろうか。
馬鹿みたいな耐久をしているキマイラに有効打を与えるには、同じく冗談みたいな威力を持っている魔力撃を食らわせるしかなかったんだけど……。
この様子では、そう易々と叩き込ませてはくれないようだね。
「ファイアボール、アイスボール」
次は魔法で牽制しながら距離を詰めてみる。
赤と青の球が湾曲した軌道を描きながら迫る光景に、キマイラは……。
「ガアアアァァ!」
なんとなんと、それを暴風によって吹き飛ばしてしまった。
同時に接近していた俺も影響を受け、またキマイラと引き離されてしまう。
「ぐ……っ」
ああうん、風属性魔法だね。そうだよねぇ。
かなり警戒していたつもりだったんだけど、まんまと引っ掛かるなんて。
さっきからペースが乱されすぎだよ、これ。
「うぅ、ファイアボール、アイスボール」
負けじとこちらも魔法を連射する。
さっきのように正面からではなく、多方向から一斉に襲いかかる魔法の嵐。
キマイラはそれを、あらゆる手段で無効化していく。
風で、尻尾で、時には避け、多少ヒットしたものの効果は薄そうだった。
まあ、想定内だよ。
魔法弾幕でキマイラを踊らせている間、俺はアイスシールド空中機動で上空まで駆け登っていた。
そしてキマイラが大きく動いた瞬間を狙い、勢いよく地面にダイブ!
しかしキマイラも俺をずっと注視していたわけで、真上からの攻撃に即座に反応する。
その鋭い牙を俺に向けた。
わざわざ降ってきた俺を食べてしまおうという算段だろう。
大きく開かれた口に突っ込み、上下から俺を刺し貫かんと迫る牙と接触する……直前。
「転移」
はい、またまた転移。
この魔法、使い勝手が良すぎて詠唱時間とか消費MPなんて気にならないくらいにはハイスペックな子だ。
本当に空間魔法が100SPで取れてもよかったのかな。
俺が出現したのはキマイラのお腹の下。
こんな隙だらけの状況で何をするかというと、当然、
「魔力げ…………なっ!?」
「ガアアアァァ!!」
魔力撃……を放とうと思ったんだけど、ああ、駄目だ。
その前に尻尾に吹き飛ばされてしまった。
空間魔法でもキマイラの驚異的な察知能力は出し抜けなかったらしい。
攻撃態勢に入ってノーガードだった俺は大ダメージを負ってしまった。
「っ………ぅ……っ!……」
肺が急激に圧迫されて呼吸ができない。
胸に焼けるような痛みが広がる。
とにかく痛い。痛くて、苦しい。
脳が正常な判断をすることができないままに、キマイラの追撃をもろに受ける。
「ガアアアア!」
それは風属性魔法だった。
風を一点に集中させて爆発的な旋風を巻き起こす。
ーーブォォォォォオオオオオ……!!
限界まで圧縮された旋風はもはや気流の範疇を超えて超常現象にまで至っているだろう。
俺はそれを、抵抗もできず受け入れてしまう。
「かはっ……!」
文字通り音を置き去りにするような速度で壁に叩きつけられる。
激しい衝撃的を連続的に受けたせいで、力を入れる度に体が軋むようだ。
これほどのダメージは食らったことがないということもあり、壁に埋まってしまった全身を抜け出すのがワンテンポ遅れてしまう。
「グガアァ!」
キマイラは追撃の手を緩めず、確実に俺を殺しにくる。
「このっ……! ファイア、ウォール」
無駄な抵抗と分かっていながらも、炎壁を展開する。
MPを過剰に篭めたハズのそれは、楽々飛び越されてしまう。
「ああ、そうきたのか………。魔力撃」
「グゥ、ガアアアアア!!」
確実に攻撃を当てるチャンスを見出だした俺に対して、キマイラは空中で尻尾を俊敏に動かし、瓦礫を動けない俺に投擲してきた。
なんて器用な。
視界が塞がれるばかりか、一つ一つが凶器となるのでせっかく発動した魔力撃をその対処に使わなければならなくなる。
とは言え、ここでキマイラの思惑に乗ってしまえば結構痛い。
じゃあどうするかというと、俺は掌に収束した紫色の魔力を、背後の壁にぶつけた。
ガラガラと崩れながら破片を撒き散らす誰かの家に紛れ、軋む体に鞭を打って走る。
あの怪物ステータスが冗談な上に頭もいいじゃん。
しかも俺の方は疲労が溜まりに溜まってうまく動けないというのに。
ちょっと相手をするには……
「割に合わなさそうかなぁ……」
「グガアアアアアア!!」
怒りの形相で襲いかかるキマイラは、その爪で俺を切り裂くつもりのようだ。
剣を折る覚悟で、防御の構えをとる。
こうなったら奥の手を使おう。
そう決意した瞬間、何かがキマイラの爪に直撃した。
「グァッ」
「え?」
そのおかげで凶悪な爪は地面に穴を穿つに至ったわけだけど、んー?
おぉ、軌道を辿ってみればそこには魔法使いらしき人の姿が。
もしかして、援軍かな? やった、ナイスタイミングだよ。
HPも危ないところまで来てたし、すごく助かる。
「救援に来ました! そいつを引き付けます!」
「助かります、そのままお願いします!」
呆気にとられるキマイラから離れながら叫ぶ。
よく見ると、他にも何人かの冒険者が来ている。
キマイラの気を逸らしてくれるだけでもかなりありがたい。
一気に形勢は逆転しそうだ。
案の定、それからは有利に戦闘を進めることができた。
冒険者は魔法の威力も速度も足りてはいないものの、近接戦闘が得意な人との連携で貢献してくれて大いに助かった。
キマイラは今までのペースを崩され、攻撃が単調になっていくのでさっきまでとは逆でこちらが翻弄できた。
そして……。
「魔力撃」
「ガ……! ……ァ………ッ!」
今、三度目の魔力撃を叩きつけた。
桁違いの火力が猛威を振るい、キマイラは半身を硬い地面に減り込ませた。
「やったか?」
よし、言えた。
「「うおおおおお!!」」
「や、やった!」
「反則的な威力だぁ」
「魔剣士様、万歳!」
協力してくれた冒険者達も諸手を挙げて喜んでいる。
ただ、まだキマイラが死んではいないことを俺は解析で知っている。
とどめを刺すため、もう一度掌に魔力を収束させていく。
「…………………」
「………?」
ふいに、違和感を感じた。
まるで、目の前の存在が不穏な空気をとめどなく発しているような。
最大の不安要素を、見落としているような。
命の最後の輝きを、それも全てを焼き尽くすような昏い輝きを、体のどこかが感じ取っていた。
なんかやばそうだね。早めに終わらせないと。
そのとき、キマイラの体が急に発光し始め、思わず目を閉じてしまった。
「えっ……? どうしたんだ?」
「おいおい、なんか不気味だな」
「何!? あの光!」
「おい、あっちの方からも飛んでくるぞ!」
「こっちに向かってくる!」
冒険者達の声に振り向くと、四方八方から虹色の光が集まってきていた。
ものすごい勢いで飛翔してくるそれらは、全て一直線にここを……キマイラを目指している。
町の外、ちょうど現在冒険者軍団が戦っている方角からひときわ大きな光が見えたとき、すぐさま発光を続けるキマイラを向き直った。
これは本気で危険そう。
絶対あれでしょ、ボスの第二形態。
テンプレ通りにいけば、このままキマイラは光を吸収して覚醒なり変身なりするハズ。
でも残念ながら変身シーンは待たずに攻撃する派なんだ。
特大の魔力を篭めて、魔力撃を放っ……。
「グウウウウゥゥゥガアアアアァァァ!!!」
大気が、割れる。
目の前の光から、ただそれだけで凶器となりうる咆哮が放たれた。
強制的に汗を噴き出させられ、最大限の警戒をせざるをえなくなる。
一刻も早く行動を起こさなければいけないというのに、何かに縛られたように全身が硬直して瞬きすることさえままならない。
この圧倒的な威圧感の根源に視線を固定され、全ての生命活動が停止する錯覚まで覚えた。
まずい。とてもまずい。
これまでにない程にね。
王国から脱出する際のダンジョンで危険な状況は何度かあったけど、余裕まで失っていたわけじゃない。
ちゃんと幾つかの選択肢があって、その中に打開策を見つけることができた。
でも、これはそういうわけにもいかないんじゃないかと思う。
その、なんていうか、絶望?
それに似た感じのものが、ひしひしと伝わってくる。
次第に、光が解けていく。
まず抱いた感想は、不気味、だった。
大きさはあまり変わっておらず、むしろスマートになって無駄をそぎ落としたようにも感じる。
けれど、キマイラの特徴である様々な獣が混合された姿はより顕著になっている。
全身が何故か黒く染まり、引き締まった筋肉を見せ付けるように日の光が反射した。
牙、角、爪は凶暴さを増し、尻尾に至っては倍以上になっているんじゃないだろうか。
ついでに、翼も黒くなっている。
全部をまとめた感想としては、恐いね。
子供が恐がりそうなものを無理矢理詰め込んだような、暴力的な恐さだ。
そんな悪魔に片足突っ込んでるんじゃないかという新生キマイラのステータスは……。
種族:ドラグキマイラ LV:23
HP:1382/8563 MP:16732/20792
筋力:5262 耐久:4098 魔攻:3962 魔防:3498 敏捷:3217
スキル:身体強化LV10、剛力LV6、体術LV2、疾風属性魔法LV1、土属性魔法LV6、思考加速LV3、ブレスLV4、HP高速回復LV5、気配察知LV10、隠滅LV2、再生LV7、覇咆哮LV2、恐怖LV2
お、おっそろしい。
こういうのなんて言うんだっけ。インフレ?
「あぁ……あいつは、だめだ。勝てねえ、絶対、勝てねえ!」
「こ……ろ……殺、される……!」
「足がすくんで動けないの! 誰か助けて!」
本来ならこんなゆっくりとステータスの確認なんてしてる隙を見せることさえ致命的だけど、相手がすぐに襲い掛かってくる様子がないのでこうして情報収集ができる。
それにしても、謎が一つ解けた。
キマイラの異常な魔力撃への反応と俺を殺すことへの執着心は一体どこからくるものなのだろうと思っていたけど、それはこいつが孤児院の屋上で吹き飛ばしたキマイラと同じ個体だったからなんだね。
光を吸収して急に成長したことから分かった。
「いや、これなんて無理ゲー?」
呟けば、目にも止まらぬ速さで蛇の尻尾が迫る。
剣でそらしながら後ろに跳んでかわすと、今度は頭上から他の尻尾が降ってきた。
剣を使って受け止める。
ーーギュリイイイン!
できれば聞きたくなかった不協和音だ。
金属とぶつかってこんな音を出す尻尾が存在するなんて信じたくない。
さて、次はどの方向から……。
「がふっ……!」
う、後ろ?
反応できなかった。
こんなに接近されて気配察知が感知できないなんて、今までになかった。
「う……ぅ…」
異常事態に、もう一度相手のステータスを思い出す。
おそらく隠滅スキルの効果だろうと当たりを付け、自分の不利を悟る。
背後から一方的に攻撃されては、回避も防御もしようがない。
近づいては、駄目だ。
どう立ち回っても、どの角度、どの距離から攻めても悉く反撃されてしまう。
ドラグキマイラが片手間で行えるような戦闘で、俺のHPは着実に削られていく。
冒険者達も、恐慌状態に陥ってしまい、援護の期待はできない。
「なら魔法は……」
「……グァ」
「なっ……!」
ドラグキマイラが一声鳴くと、嵐が吹き荒れる。
転移で距離をとろうとしていた俺を地面に叩きつける……どころか周りを離れて取り囲んでいる冒険者をも一掃してしまった。
まさに、手も足も出ない。
ゲームで例えると、序盤からチート級のボスに出会ってしまったような感覚だ。
あまりの衝撃にコントローラーをポトッと落としてしまう、あれ。
そんな諦める以外の思考をすることができない絶望的な状況こそが、今まさにこの状況。
ドラグキマイラの深く赤い瞳の奥に死神を幻視する程の圧倒的な敗北感。
痛みと衝撃で混濁する意識の中、敵の理不尽さを呪っていた。
「グガァァ……」
ドラグキマイラが俺を見下しながら震わせる音には、喜色が混じっている。
復讐、それも蹂躙することの悦びからきているものだろうか。
怪物は、明らかに愉しんでいた。
ああ、今俺は弄ばれているんだね。
そう。魔物に、容赦なく。
「こういう種類の絶望は、初めてかな」
いきなり現れた反則級の敵に、圧倒され蹂躙され理不尽なまでの力量差を見せつけられてそれでもまだ手加減されて遊ばれている。
悔しい。
その相手がついさっきまで優勢に戦えていた相手で、とどめの場面からの反撃とくれば、悔しさも倍増する。
異世界から召喚されて勇者となり優れたステータスを持っていようとも、本物の怪物には届かないと分からされ、その上でじりじりと嬲るように殺されてゆく。
感情を弄ぼうと全ての抵抗をよそ見しながら返り討ちされ、じわじわと追い詰められていく。
理性が粘着質な闇に侵食されていく。
そんな、どうしようもない絶望。
「なるほど、こんな感じなんだ。いや、これは経験できてよかったよ。とても今後のためになる」
突然呟きだす俺を見て、ドラグキマイラは妙な目つきとなる。
「ただ一つ残念なのは、まだ希望が残っているというところかな。まあ流石に徹底しすぎても本気で面倒なことになるだけだし、ふふふ、体験するのはこのくらいの絶望がちょうどいい」
「グゥゥゥ………!」
口元を緩ませた俺を見てついに気味悪さが頂点に達したのか、ドラグキマイラは確実に俺を始末しておこうと腕を振りかぶり爪をこちらに向ける。
「ふふ、転移」
しかしそれは空振り、俺が自由になるのを許してしまった。
作り出した一瞬の隙に操作を開始する。
『思考加速LV7→思考加速LV10:必要SP96』
『予測演算:必要SP500』
『身体強化:必要SP200』
『身体強化LV1→身体強化LV5:必要SP200』
合計で消費したSPは996。
キリが悪いけど、効果を考えれば割と低価格と言える。
今、この状況で俺に足りないのは速度。
特にドラグキマイラの攻撃に対する反応速度が問題なので、思考加速スキルをレベルアップ。そしてその派生スキルである予測演算を取得。
でもそれだけでは足りない。
ステータスに圧倒的な開きがあるからだ。
とは言うものの、こればかりは今すぐにどうこうできるものではない。
なので、身体強化スキルをLV5まで取得した。
機動力が格段に増すハズなので、多少は差を詰めることができるだろう。
回復魔法で傷を癒しながら、ステータスを確認する。
名前:トーヤ・アシハラ 年齢:16 種族:人族(勇者) LV:25
HP:480/1270 MP:2969/3150 SP:2259
筋力:1270 耐久:1170 魔攻:1940 魔防:1960 敏捷:1410
スキル:、MP変換、魔力操作LV3、身体強化LV5、視覚強化LV4、聴覚強化LV4、嗅覚強化LV3、味覚強化LV3、触覚強化LV2、上級剣術LV2、体術LV6、火属性魔法LV4、氷属性魔法LV3、回復魔法LV10、空間魔法LV8、HP高速回復LV4、MP高速回復LV10、解析LV4、魔力撃LV7、MP強奪LV1、気配察知LV8、隠密LV8、軽業LV2、思考加速LV10、予測演算LV1、料理LV3、採取LV2、速読LV1、教育LV2、大陸語LV10、方向感覚
スキルがさらに多彩となり、正直見にくい。
まあそれは置いといて、さっきまでの戦闘でMPをとにかく集めまくっておいて大正解だった。
ついでにレベルも上がったのでスキルとステータスの両面で万全となった。
薄く笑みを浮かべると、早速ドラグキマイラが猛攻を仕掛けてくる。
多方向から尻尾が一斉に襲い掛かる。
一つ一つがとてつもない速さだ。
しかし……。
俺は深く腰を落とし、蛇の海に突っ込んでいく。
そのまま無残に食いちぎられるだろうと思われた俺は、しかし近づく全ての尻尾を剣で弾く。
正面からの暴れるような尻尾、左右から同時に攻めてくる尻尾、背後からの不意打ちを狙う尻尾。
全て弾ききる。
予測演算スキルが俺の感知したあらゆる対象の動きを把握し、瞬時に対応可能な体の動きを教えてくれる。
どのような順番でどの尻尾が襲い掛かるのか、手に取るように分かる。
そうして尻尾による攻撃を突破し、驚愕に身を硬直させているドラグキマイラに接近する。
ドラグキマイラは剣で斬りかかる俺に爪と牙を振り回して応戦している。
さっきまでの俺ならここで剣戟を断念し、ひたすら防御に徹するしかなかっただろう。
けど、予測演算スキルがあれば、所詮は獣の暴れ方。
詰め将棋をするがごとく、一手ずつ確実に相手を追い詰めていく。
とは言え、単純な剣速では若干劣っている。
筋力と敏捷の値が1000以上も離れているのだから、仕方ない。
それでもこうして互角以上の打ち合いができているのは、身体強化スキルのおかげだ。
攻撃の瞬間だけ発動させることにより、通常よりも瞬発力が上がる。
そしてそれができるのは、思考加速スキルのおかげ。
これぞスキル同士のコンビネーション。
MP変換なしじゃ、なかなかできないよ。
「お、おい。あの化け物とまともにやりあってるぞ」
「ああ、これ、押し切れるんじゃないか……?」
「まるでおとぎ話だぜ、こりゃあ」
「グガアアァ!!」
俺とドラグキマイラの戦いに希望を見出だす声も上がり始める中、焦ったドラグキマイラはぐるぐる巻きの立派な角に風を纏わせ、突進した。
容赦なく地面をえぐるその攻撃方法に、驚いて飛び退くことしかできなかった。
「やっぱり、強っ……」
息を整えつつ着地。
すると、足元の地面が隆起し始める。
「え、何これ」
瞬く間に隆起は大きくなっていき、やがて俺を円く取り囲む壁となった。
まさか、土属性魔法……?
またもや重要な項目を見逃していた。
他の何よりも警戒すべきなのに……。
慌てて脱出方法を考える。
ドラグキマイラは俺を壁に閉じ込めて確実に攻撃を当てるつもりだろう。
ならば下手に飛び出すと危険だね。
背後にあたる部分の壁を魔力撃で壊す。
その行動は正解だったかと思いきや……。
「グウガアアア!」
「なっ、こっちに!?」
ドラグキマイラに先回りされていた。
この魔物、知能が高すぎる。
咄嗟にアイスシールドを展開。
高速で詠唱し、多重に敷く。
「グウゥゥガアァァ!!」
ーーバリバリバリ!
勢いを減らすことには成功したものの、風を纏った角はものすごい威力を発揮してその全てを貫通する。
あとコンマ数秒もすれば俺にも同じことが起きるだろう。
しかし、
『魔力撃LV7→魔力撃LV10:必要SP168』
『魔力闘気:必要SP500』
魔力闘気。
それは、魔力撃に使用する超破壊エネルギーを全身に纏うことができるスキル。
俺はそれを、脚に発動する。
そして、なんだか変なテンションになってしまった俺はこう呟いた。
「魔纏撃闘法」
ーードゴオオオオ!!!
後になってこの技名は自分の記憶の中だけに留めておこうと決意するのだけど、それはまた別の機会に語るとして、とにかくこの技の……魔力闘気の威力は絶大だった。
風の力を得た角と破壊のエネルギーを得た脚がぶつかり合い、辺りに衝撃波を撒き散らした。
俺とドラグキマイラのいる地点だけ瓦礫がキレイになくなり、小規模なクレーターを形成する。
「どっひゃあああ! なんじゃこりゃ!」
「すげえ……全く近づけねえよ……!」
「何か呟いてなかった!? 聞こえた人いる?」
壮絶なパワーの衝突の結果は……。
砂煙が晴れた後、そこに立っているのはドラグキマイラのみ。
対して俺は二十メートル程離れた位置で佇んでいた。
両者の間の地面には、何かを引きずったような跡が。
言わずもがなそれは俺が吹き飛ばされた際に足を踏ん張った結果だ。
……まあ、当然といえば当然だよね。
だって、重さが全然違うんだもん。
ちゃんと機能しているかが怪しい物理法則に従えば、こうなる。
しかし、俺が吹き飛ばされたからといってぶつかり合いに負けたわけじゃない。
むしろ勝っている。
ドラグキマイラの角は両方とも根本からバキッと折られ、相手は既に満身創痍といった具合だ。
うん。すごい。魔力闘気、これからも活用していこう。
「さて、そろそろ終わりにしたいよね。最後……うん、最期は少し、面白いものを見せてあげよう」
「グ………ガアアアァァァァァ!!!」
ドラグキマイラが力を振り絞って咆哮すると、大気が歪むように震動する。
それと同時に、噴水広場には無数の竜巻が出現した。
一つで硬い岩をも削りそうな程の壮絶な破壊力を持ったそれが、徐々に迫ってくる。
さらに、ドラグキマイラは毒蛇の尻尾を総動員して俺を襲わせる。
正真正銘の、全力だ。
「……………」
ああ、振り返ってみればこの世界に来てから最も戦いらしい戦いだった。
壊れてしまった家屋の持ち主には申し訳ないけど、それも含めてとても俺の胸を踊らせてくれた。
ゆえに、感謝したい。
命を懸けて俺に『戦い』を経験させてくれた、あの怪物に。
「ありがとう、そしてさようなら」
『火属性魔法LV4→火属性魔法LV10:必要SP78』
轟音を鳴らしながら近づく竜巻と尻尾。
その全てを視界に入れ、一挙一動見逃さない。
「フランベルジュ」
俺の周囲から、炎が出現する。
それは剣の形をしていて、一つ、二つと数を増してゆく。
炎はやがて、灼熱となり、全てを熔かしうる煉獄を形作る。
それに触れたものは、遍く灰へと還る。
強靭な蛇の頭を持つ怪物の尻尾も、魔法によって起こった竜巻でさえも。
もう既に十を超えた炎剣により無効化される。
「グ、グアギャアアアア!!」
これこそが火属性魔法LV10、フランベルジュ。
無数の炎剣を顕現させる魔法。
本来であれば回転させたり、真っすぐに飛ばすのが精一杯だ。
けど、俺のフランベルジュは一味違う。
『並列演算:必要SP100』
次の瞬間、炎剣一つ一つがまるで意思を持ったように自在に動き出す。
俺が思考を分割して炎剣の操作に集中しているからだ。
「………じゃあね、楽しかったよ。……フランベルジュ」
そう呟けば、炎剣の数がさらに増える。
一目見ただけでは捉えきれない程だ。
その一つでも触れれば瞬時に焼き尽くされるというのだから、恐ろしい。
ゆっくりと動き出した炎剣は呆然と立ち尽くすドラグキマイラの周囲を囲む。
よく見ると、震えて動けないでいるようだ。
冒険者達も、息をのむ。
炎剣の熱が、緊張感を煽る。
ーー終わりは、とても静かだった。
急激に速度を増して全身にあらゆる角度から突き刺さる炎剣。
ドラグキマイラは、最期まで震えていた。
「ガ…………ァ……!」
静寂に包まれた噴水広場には、怪物の倒れる音がよく響いた。
「…………ふぅ」
ーーうおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!
俺の嘆息を切っ掛けに、冒険者達が歓声を上げた。
周囲からどんどん走り寄ってくる。
「すげえぞ坊主! まさか倒しちまうなんてよ!」
「君、ランクは何なの? もしかしてAとか?」
「魔剣士様、どうかお名前を教えてください!」
揉みくちゃにされながら、ようやく先の戦闘を振り返る。
突然の強敵登場だったけど、なんとか勝てた。
といっても、スキルに物を言わせた半ば反則みたいな戦い方だったけどね。
それでも、勇者自体が反則だし、今更それがどうした、って話だよね。
まあ今後の課題は対応力の強化かな。
防ぎきれなかった攻撃も多かったし。
「この後、ギルドで宴会やろうぜ。もちろん主役はお前でな!」
何はともあれ、こうしてトレットの町で起こった騒動は一旦幕を閉じた。
そして俺は、こう締めくくる。
「それはいいですが、みなさん見てるだけなら魔法で援護くらいはしてくれてもよかったんじゃないですかね?」
「「……………………」」
騒乱の終わりには、沈黙だよね。
二話の予定だったのをだらだら戦闘してて長いから一話に纏めようとしたら、一万文字超えてしまいました。
誤字脱字がとてもこわい。




