40、薬を作る女性とその助手をする幼女を見つめる男の図
ルーシアさんが長い金髪を煩わしく思ったらしい。
指で前髪を耳にかける。
その間も集中は途切れさせない。
細かく動く手の先には乳鉢と乳棒。
粉状にすり潰しているのは俺の持ってきた薬草だ。
ある程度すり潰したら、エマちゃんが持ってきた黄色い粉末を薬包紙を経由して慎重に入れる。
乳棒を使い、それを優しく満遍なく掻き回す。
ゆっくり、丁寧に。
額には玉の汗が浮かんでいる。
それでも青の瞳は一点を見据えて揺らぐことはない。
ひたすらその作業に没頭するのだ……。
「あのー……」
「はい?」
「近くなってます。あと、あまりじっと見ないでください……」
「すみません」
半径十メートル以内はアウトね。OK。
こうして、集中して作業する若い女性とその助手の幼女をじっと見つめる男の図が完成した。
勉強になるなー。
薬草から粉薬を作るなんて見たことないからね。
スキルレベルの上がりやすい勇者だったら結構すぐに習得できそう。
なので見つめる。
じー。
じー。
じー。
「…………」
げしっ。
痛い。
アリスに脛を蹴られた。
いつの間にか子供達から解放されてこっちに来たみたいだ。
ルーシアさんがやり辛そうだというアピールだろうか。
本人はそっぽを向いて知らん顔だ。
お、乳鉢から大きな薬包紙に粉薬を移替えた。
そして薬包紙を慎重に床に置く。
するとルーシアさんが膝立ちになり、手を組んで祈るようなポーズをとる。
なにをするつもりだろう。
怪訝な目で見ていると、突然薬が光り出した。
キラキラと光が弾けたあとには、微妙に色が変わったような薬が。
なんだろう今のは。
魔法かな? それにしては詠唱もなかったようだけど。
というかあの薬はどう変わったんだろう。
「なにをしたのか、分かる?」
「……わ、わかり………ませ……ん………………」
小声で問い掛けるも、アリスにも分からないようだ。
あとで聞いてみよう。
謎の作業を終えたルーシアさんとエマちゃんが協力して、薬を瓶に入れる。
ほっ、と一息ついたところから見るに、作業は終了したみたいだ。
エマちゃんがこちらに走り寄ってくる。
満足のいく出来だったのか、上気した顔で跳ねるような小走りをする。
「トーヤのおかげでうまくいったわ! ありがとう!」
「俺は離れたところからじっと見てただけだよ?」
「そこじゃなくて、薬草のことよ! 全部すごく質がよかったみたいで、いつもよりうまくできたんだって!ルーシアがいってた!」
ほうほう、それはよかった。
こだわった甲斐があったよ。
でも、そこまではっきり違いが出るものなんだね。
最後の魔法的なやつに影響するのかも。
「あとは乾燥させたりするの?」
にわか知識で質問する。
「ううん、もう乾燥は終わってるのよ」
「え? 見た限りそんなことをしている様子はなかったけど」
「最後に光がふわーってなったでしょ。あれは祈祷術で水だけを飛ばしてるんだって」
祈祷術……?
祈祷って、あの祈祷だよね?
神に祈るとかいうあれ。
名前に見合わず効果は乾燥するだけ?
これまたどういうことなの?
『祈祷術:レアリティ3
精神を集中させることにより無意識領域でのあらゆる魔法構築を行
うことができる。
発動する魔法は使用者の意識により決定する。
効果はスキルレベルに依存する。 』
なるほど、魔法の一種だったんだ。
そういえばシェリーちゃんの容態を保っているのも祈祷術だと聞いたような気がする。
「つまり、もう完成したってこと! さあ、今すぐシェリーのところに行くわよ! 早く治してあげたいわ」
俺の手を掴んでエマちゃんは駆け出す。
俺もアリスの手を掴む。
すると今度はエマちゃんが遠くのルーシアさんに近寄り、手を強引に掴んだ。
それはつまり、俺と急接近するというわけで……。
「っっっっっ!!!」
ルーシアさんは声にならない悲鳴を上げて半泣きになってしまった。
エマちゃん、容赦ない。
俺が直接触りでもしたときにはルーシアさん死んでしまうのではなかろうか。
その状態のまま辿りついたのは孤児院の一室。
エマちゃんが勢いよく扉を開ける。
「シェリー! 薬が出来たわよ!」
「こらぁ! 病人がおるというのに騒ぐとは何事じゃあ!」
エマちゃんよりもさらに大きな声でそう言い放ったのはたった今突入した部屋にいた人物。
女の子が寝ているベッドの前に座り、その子に手を翳している。
白髪でしわの寄った、おばあさんだった。
よく見ると、翳された手の先には先程のルーシアさんの祈祷術と同じような光が点っており、女の子を優しく照らしている。
あれも祈祷術だろうか。
鬼の形相でやるようなものじゃないというイメージがあるんだけど。
って、それより先客がいるじゃないか。
森で助けた三人組、確かリック君、ビル君、トナちゃんだったかな?
なにやらおばあさんの前で正座をして俯いている。
事情はなんとなく察した。何も言うまい。
「ご、ごめんなさい婆さま……」
「ふん、まあいいわい。それより、ルーシアを泣かせたのはそこの男かい? 内容次第では生きて帰れないと……」
「ま、待って婆さま! トーヤは薬草をくれた恩人なの!」
なんとも血気盛んなおばあさんだ。
流石のエマちゃんもこの人には弱気の様子。
「かくかくしかじか」
「ふん、そういうことじゃったか。ならボサッとしとらんと、早うシェリーに薬を飲ませんかい!」
「は、はいぃ!」
「すぐやりますぅ!」
事情説明を終え、頑張って調薬をしたことへの労いが待っているかと思いきや飛んできたのは怒声だった。
俺、あとアリスはこのハードな光景に若干恐怖を覚えたのだけど、二人は慣れているようですぐさまシェリーちゃんに薬を飲ませに向かった。
恐ろしや。
一通りの説教を終えたおばあさんは続いてこちらへ向き直った。
次の標的は俺ってことなのかな?
せ、せめてアリスだけでも見逃してくれー。
「それで、お前さん達がトーヤとアリスかね」
「はい。改めまして、冒険者のトーヤと申します。こっちは同じくアリス」
「は………はじめ……まして……………」
「お~お~、こりゃまた可愛らしい子だ」
とりあえず自己紹介する。
アリスもたどたどしく挨拶すると、まるで人格が入れ替わったようにおばあさんの態度が豹変した。
あまりの変わりように言葉が出ない。
「院長のユズリハじゃ。お前さんらは、兄妹かい?」
「いえ、違いますよ……?」
アリスも首を振る。
いや、分かる。
アリスは妹の真弥に瓜二つだからね。
兄妹と思われてもおかしくない。
けど、決定的に違う部分がありますよね?
耳が、こう、違うと思うんですが。
「ええ!? そうだったの!? ずっと兄妹だと思ってた!」
「無駄口を叩くんじゃない! ……いやはや、それにしてはよく似ておるのう。てっきり異母兄妹か何かかと思っておったわい」
なるほど。異母兄妹の可能性も考えられるね。
俺は純粋な人間と人間の子。
アリスは人間と獣人のハーフ。
そう考えるとつじつまが合う。
地球の感性が抜け切らない俺にはない考え方だった。
「その子は……なんじゃ、奴隷か。それにしては小綺麗にしておるもんで、わからんかったわい」
「ええ!? アリスは奴隷だったの!?」
「じゃから静かにせんか!」
「ご、ごめんなさい……」
他の奴隷がどんな風にしているのか分からなかったから普通のものを着させただけだけど、奴隷の扱いっていうのは思った以上に酷いみたい。
まあ別にスタンスを今と変えるつもりはないけど。
「紫の魔力か……この子の主人はお前さんじゃな?」
「ええ、そうです」
「珍しい魔力を持っておるのう。これほど美しい紫色は初めて見るわい」
奴隷の首輪の魔石の部分を見てユズリハさんが言った。
そうなんだ?
今まで自分の魔力について意識したことなんてなかったけど。
魔力の色には、その人の属性適性が強く現れるという。
俺の場合スキルリストの必要SPをみると、火属性魔法と氷属性魔法の必要SPが最低クラスの20と異常に低かった。
つまり、俺は火属性と氷属性の適性が高い。
そこから予想するに、火属性と氷属性が混ざり合うと紫色になるのだろう。
「血を溶け込ませた魔石というのは適性が最も分かりやすいんじゃ。血は魔力を通しやすい。体内を巡っているという点でも、似通っておるからのう」
「そうなんですか。博識ですね」
「伊達に人間を長くやってきておらんからのう」
俺でも王城の書庫で勉強してうっすら覚えてたくらいだ。
そういえば、体内を巡っているという言葉で思い出したけど、魔力操作というスキルがあったよね?
面白そうだから、あれ習得してみたいな。
治癒魔法を取得するまでSPは使いたくないし、ユズリハさんの話を参考に暇があったら練習してみようかな。
「あ、シェリーの顔色がだんだん良くなってきたわ」
「よかったぁ」
「そうかい、ならさっさと仕事に戻るんじゃ。どうせ騒いでおった間、怠けておったんじゃろう?」
「な、怠けてなんか……」
「口答えせんと、早う行きな!」
「「……は~~い」」
相変わらず子供達には厳しい。
俺も出ていこう。
あ、その前に。
「少しいいですか?」
「む? なんじゃ?」
俺はベッドで多少頬に赤みが増したシェリーちゃんに手を向ける。
「ハイケア、スペリオルヒール」
唱えたのは病気を治す魔法、そして傷を癒す魔法。
スペリオルヒールの方は一応という感じだったけど、ないよりはいいでしょう。
回復魔法特有の光がおさまり、振り返ってみると、唖然とした一同の顔が。
「スペリオルヒール……?」
「え、トーヤが使うのは氷属性魔法なんじゃ……」
「はわわわわ」
「すげー!」
「なんですかいまの!?」
「きらきらってなった!」
どうやら回復魔法っていうのは相当驚かれるものだったらしい。
これくらいなら問題ない思ったんだけど、迂闊だったかな?
二種類の魔法持ちはそこまで珍しくないと本で読んだけど、実際はそんなことなかった?
MP変換を、俺はまだ見誤っていたようだ。
なんかいたたまれない空気のその場での次の発言は、ベッドの中から飛び出した。
「う……うぅーん………あれ? みんなおはようなの。えっと、おにいさんだれ?なの」
おお、回復魔法が効いたのか、シェリーちゃんは意識を取り戻すまでに回復した。
けれどまだ快調とはいかない顔色だ。
もう少し安静にしていることが必要だろう。
「あ、あのさぁ………」
エマちゃんがおずおずと手を挙げながら言った。
「薬、要らなかったんじゃ……?」
いやいや、そんなことないよ。
…………多分。




