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1、呼ばれて飛び出て、帰りたい。


「二人とも、花粉症の本当の脅威が分かってないんだ」


「だから君は大袈裟なんだ。少しくらいなら問題ないだろう」


「ずっと外してって言ってる訳じゃないし、ね、一回だけ」


 時は少し遡り、俺は教室で友人と知人に詰め寄られていた。

 ここは私立常緑高校。校庭で設立当初から変わりゆく時代を見守る大きな(くすのき)が特徴の高校だ。

 偏差値はそれなりに高いけど、俺がこの高校を選んだ理由はそれとは関係なくて家が近いからというだけ。一人暮らしの身で移動に時間を取られるのは辛いので、正直運が良かったと思っている。


 そんな平和な学校の、ちょっと年期の入った1年A組の教室での微笑ましい一幕。

 俺の友人、宮森(みやもり)天奈(あまな)さんと知人の輝堂(きどう)(あきら)君、そして俺の三人はたまにしょーもない言い合いをしたりしなかったりしている。

 でも、今回のは話題がちょっとマズい。主に俺にとって。

 実は俺こと芦原(あしはら)凍弥(とうや)は重度の、いや、極度のアレルギー体質なのだ。

 なので、毎日欠かさずマスクをつけて登校しているのだけど、何を思ったか先程いきなり宮森さんが『素顔を見てみたい』といってきた。

 俺はマスクがないとろくに呼吸も出来ないので、どうしても外すわけにはいかない。

 言い合いをしている俺達に近づく影がひとつ。


 それが宮森さんの友人、つまり俺の友人の友人……まあ、所謂知人であるところの輝堂明君というわけ。

 救世主来たか、と俺は思っていたのだけどどうやら違ったようで。

 こちらも宮森さん同様何を思ったかにこやかに歩み寄ってきて、『天奈が見たがってるじゃないか。見せてやりなよ』とただでさえ押されている俺を土俵際まで引きずり込んでくれた。

 事情は説明したはずなのになかなか引いてくれず、今の状況に至るということ。


「というかそもそも、もう花粉症の時期は終わっているんじゃないのかい? 今は10月だよ?」


「俺が反応するのはスギ花粉だけじゃないんだ。今の時期はイネとかが酷い」


「………ふ~~ん」


 輝堂はどこか釈然としない顔をしているが、この苦しみは実際に味わった人でないと分からないだろう。

 なにせ、年中無休でくしゃみが出つづけるのだし、俺クラスになると普通の薬では全く歯が立たない。

 幸い目のかゆみはないけれど、その分鼻に偏ってる気がする。


「とにかく、やっぱり無理……ん?」


 いい加減きっぱり断ろうとしたところ、かすかに振動音のようなものが聞こえてきた。

 って、よく見たら教室全体が揺れている。これって、地震だよね…。

 この状況に気づいているのはどうやら俺だけのようだ。

 警告を出そうとして周りに意識を向け………


「隙あり! てい!」


………ようとして、目の前に掌が迫って来ていることに気づいた。え?


「よし、ゲットー! ようやくお目にかかれ、え……?」


「あっ、しまっ……ふぁ…は………」


「え、君………っておい! 何だこの揺れと光は!!」


 迂闊だった。地震に気を取られて宮森さんの行動を把握できていなかった。

 さっきから声が聞こえて来ないと思っていたら隠密作戦を実行していたのか。

 やばいやばい、もうくしゃみが……!


 あまりに突然のことでテンパっていた俺は、教室に起こった異常とそれによる喧騒に気づけないでいた。

 室内をを淡く照らしていた光の発生源は、なんと床一面に展開された魔法陣だった。次第に光は強くなって行き、それにつれてクラス内の混乱も大きくなっていく。


「おぉ、おい! なんだよこれぇ!」


「あわわ、どうしよう!」


「みみみみなさん、おおお落ち着いてくだささい!!」


 しかし、俺の脳の処理能力は鞄の中のハンカチを最速で取り出すためにその容量全てを使ってしまっている。

 状況把握をするには、圧倒的にキャパオーバーだった。

 そして、混沌の終幕が訪れる。


「は………ふぁぁ…………はぁぁぁっ………」


ピカッ!!



……

………

…………



 おかしい。あれほど勢いづいていたくしゃみが、今にもエクスプロージョンを発動しそうだったくしゃみが、急におさまってしまった。

 さっきはよく確認出来なかったけど、もしかしなくても最後の光が原因だよね。

 ひとまず周囲を観察してみよう。

 そして見えたのは、先程までとは全く違う様相の部屋だった。


 その部屋を一言で表すならば、白い。神々しささえ感じるほどに白い光景が、目の前に広がっていた。

 中でも一番目立つのは足元に描かれた巨大な魔法陣。

 今なお光を放っており、この部屋がざっと体育館くらいある中で、その大きさはさっきまでいた教室がすっぽり入るほどの大きさだ。


 その周りには白いローブを着て杖をーー老人のつく杖ではなく、ゲームの魔術師のような杖ーー持っている者が数名。

 正面には、銀髪を腰当たりまで伸ばした身なりのいい少女がひとり。

 真っ白な大理石かなにかで造られたと思わしき柱なども加え、まさに中世ファンタジーといった風貌だ。


 いや、まあ…何度か見たことある、っていうより読んだこと(・・・・・)あるんだよね。この状況。

 これは異世界召喚。しかも、王道テンプレのよくあるタイプの召喚っぽい。

 証拠っていうか、根拠は俺の鼻。

 一人暮らしで行動範囲が激狭だった俺でも、今までどこへ行けども収まらなかったくしゃみが止まっているんだ。

 止まったのは社会科見学のときに入った無菌室くらいなものなのに、完全に抑えられたなんて、ここは絶対日本じゃない。

 即ち、異世界。うん、これ以外ありえないでしょう。

 

 俺が状況を把握し終えると、目の前の王女様っぽい少女がしゃべり出す。


「ようこそ勇者様方。ヘキサール王国へ!」


 ほらね。やめてよ、こーゆーの。

 

 


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