16 転生したサキュバスにミルクをしぼられます(前)
恐ろしいほどお待たせしました。
最終話……としたかったんですが、分量的に大きくなりすぎるため、二回に分けさせていただきます。
今回は、その前半になります。
窓を打つ雨音が、もっと大きくなればと思う。
そうすれば、隣のベッドで眠る巨乳美少女の息遣いを消してくれるのに。
少しでも気配を断ち切ろうと、利一に背中を向けて布団を被った。
が、大した効果はなし。全裸の女体が寝ているという存在感がハンパない。
こんなンで寝れるかよ……。
「う、んぅ……」
もそもそ、ゆさ、たぷん。
艶めかしい寝言の後、おそらく利一が寝返りをしたんだろう。その際、大質量の軟物質が揺れ動いた……気がした。
重ねて言うが、服は洗って乾燥中なので、利一は全裸だ。そんな状態で寝返りを打った。まさか、ぽろりんと零れ、丸見えになっているのか?
剥き出しになった利一のたわわを想像し、ごくり、と生唾を飲んだ。
振り返ってみる……か?
いや、雨雲が空を覆っているせいで、窓から光の差し込まない室内は真っ暗だ。振り返ったところで、あられもない姿を見ることは叶わない。
だけど、確かにそこにある。
見えずとも、何をせずとも、その事実だけで充分すぎるほどに安眠妨害だ。
たくよぅ。
俺に襲われるかもとか、毛ほども考えてねェんだろうな。
信用されているから。なんて嬉しい話じゃない。
単に、異性だと思われてねェだけだ。
利一の中で、俺は唯一不変の男友達ポジションにいる。
一番の親友であること。その特別感を喜んでいた時期もあった。
エリムにも勝っている。その優越感に浸っていた時期もあった。
だけど、今は違う。
今はもう、他の男連中に追いてイカれている焦りばかりが募っていく。
認めなきゃいけねェ。
自分の気持ちが定まっていないだとか、もっともらしい理由をつけて誤魔化してきたけど、結局のところ、俺は告るのが怖いンだ。
利一を誰にも渡したくねェ。
こんな独占欲は、あいつが男の時には間違いなくなかった気持ちだ。
なら、それで充分だろうよ。
そう思うようになったのは、俺があいつを特別に想うようになったから。
好きになったからだ。
認めよう。
認めなきゃ、動かなきゃ、何もしないうちに、他の野郎に掻っ攫われちまう。
油揚げを狙っている鳶は、軽く三桁はいやがるンだから。
気持ちを認めたなら、さっさと行動をおこす。
……と、イキてェところなンだが、事はそう単純な話じゃない。
エリムが告白するのと、俺が告白するのとでは、それに伴うリスクが違う。
エリムの場合、難しい話じゃなく、男友達が女友達に告白するだけだ。
だけ、なんて言い方は失礼かもしれねェけど、そこに後腐れはない。告白するもしないもエリムの自由だ。返事は保留になっているみたいだが、もしフラれても、綺麗な思い出にすることだって不可能じゃない。
だけど、俺の場合は……。
利一は俺のことを、一生変わらない男友達だと思っている。
そして、そのことを、男だった自分の拠り所にしている。
俺の前でだけ、あいつの心は遠慮なく男に戻ることができる。
なのに、俺が告白なんてしたら?
それをした瞬間、男の利一は、クモの糸みてェに、かろうじて繋ぎ留めてあった居場所を完全に失ってしまう。
男だった頃と、女になってからの現在。他者から向けられる好意の数と大きさは比較にならない。誰からも愛されている。愛されすぎな気がしなくもないが。
なのに、その上、俺まで今の利一を選んでしまったら……。
あいつは男として生きた十数年が、なんの価値もないものだったと、そんな風に考えてしまうだろう。利一は昔から、どうにも自分に対してネガティブだから。
小さくはないショックを与えてしまうだろう。
傷つくとわかっているのに、一方的に自分の気持ちを告げる。
相手を慮らない告白なんざ、暴力以外の何ものでもねェ。
ここンところを解決する糸口が掴めていない状況では、動くに動けない。
利一もこっちの世界に来て、いろいろと変わった。気持ちの持ちようにだって、多少なりとも変化はあるだろう。何に対しても前向きになっていると思う。
万が一の可能性にかけて告白してみるか?
無理だね。万が一どころか、億が一。
いいや、一〇〇パーセント悪い未来が待っている。
気持ちを伝えられただけで満足です。なんて気色悪いことを言うつもりもない。
ばっちり恋仲になって、いろいろしたい。してほしいし、させてもらいたい。
あいつとなら、毎日が楽しいだろうよ。
だから、今告るわけにはいかねェ。
……とはいえだ。男だと意識してもらわないことには、走り出すことはおろか、スタート地点にすら立てやしない。俺はまだ、シューズ選びにすら難儀している。
「ハァ……」
見通しの悪さに気が滅入ってきた。
でも、おかげで制御不能だった興奮が、いくらか収まってくれた。
これなら、なんとか眠れそうだ。
………………………………。
……………………。
……ドスッ。
「ぐえっ!」
ようやく寝つけそうだったのに、突然腹の上に重しが落ちてきた。
襲撃の正体を確認しようと目蓋を持ち上げるが、暗すぎて何も見えない。
でも、気配でわかる。圧し掛かっているのは人だ。馬乗りにされている。
この部屋には二人しかいない。犯人は決まっている。
「利一、何やってンだ?」
「…………」
返事がない。
つーか。つーかですよ? これって、今も裸のままだったりする?
「お、おーい、こっちは俺のベッドだぞ。寝ぼけてンのか?」
努めて平静を装ったまま、俺は軽い調子で尋ねた。
やっぱり寝ているのかと思うほどの沈黙の後、「…………いや」と返事が。
サキュバスは、男に跨るとリラックス効果を得られるという。
それのため? こんな時間に?
んなことよりも、マジで裸なのか? そこンところが死ぬほど気になる。
心なしか、聞こえてくる利一の息が荒れている。短く息を吐き、長く息を吸う。緊張とかで上手く呼吸ができていない時、こんな感じになる。
ここで俺は、ありえない想像をした。
ありえないと思っているからこそ、さらりとそれを尋ねられる。
「まさか、夜這いとか言わねェよな?」
「…………」
また無言。
いい加減にしろ、と利一の体を押し退けようとするが、もし裸なンだとすれば、全身余すことなく露出した肌だ。おいそれとは触れられない。
「俺は寝たいンだよ。何か話があるなら朝にしてくれ」
「……朝じゃ……ダメだ」
ようやくまともな返事がきた。
「今、少し話したい」
「灯りもつけず、俺の上に跨ったままでか?」
「……このままで」
いったいなんなンだ。
「手短に頼むぜ」
でないと、せっかく落ち着いていた升裸王まで目覚めちまうからな。
「質問……してもいいかな」
「許可とかいらねェから、早くしろって」
おや、出番ですか? 起きた方がイイですか? 海綿体さん、お仕事ですよー。
と、下半身がヤル気を出し始めている。
「拓斗にとって、オレは一番の男友達、だよな?」
それを脱却して、違うステージに移りたいというのが本音ではある。
でも、現状を指して言うなら、間違ってはいない。
「そうだな。その座をエリムに譲るつもりはねェよ。ギリコさんにもな」
「じゃあ、女友達の一番は……カリィさん?」
「女友達?」
質問の意図がわからねェぞ。それを訊いてどうするンだ?
そうだと答えてほしいのか、違うと答えてほしいのか。
どっちの答えを望まれているのか読めねェ。
わからない以上、正直に答えるしかない。
「まあ、カリィだろうな。世話になってるスミレナさん、メロさんたちは友達って感じじゃねェし。マリーさんも、あの人は旦那持ちだし。利一は、女友達に含めてほしくはねェんだろ?」
「……含めたとしたら?」
おっと。意外な。
俺に女扱いされるのだけは、何があっても、考えることすら嫌がるものと思っていたのに、まさか自分から言い出すなんて。
「男も女も含めて一番の友達ってことなら、そりゃお前だろ」
「……そか」
満足したのか?
いや、そんな感じじゃねェな。この先を聞けば、真意がわかるのか。
しかし、続きを待てども、利一はだんまりを決め込んでしまっている。
「質問は終わりか? だったらもう寝るぜ?」
「ま、待って。まだ」
言葉にし辛いことなのは伝わってくるけど、こっちもね、時間がないンですよ。睡眠時間とは別の意味で、息子の起床時間が迫ってきているンですわ。
「今度は質問じゃないんだけど……聞いてほしい」
「聞くから。早く早く」
あと、あんまりもじもじしないで。刺激が。てか、マジで裸なン?
「さっき、カリィさんとは付き合ってないって言ったよな」
「言った。天地神明に誓って、あいつとは友達以外の関係じゃねェよ」
「うん。それ聞いて、オレ……少しだけ……ホッとした」
「なんで?」
「彼女ができたら、どうしたって、男友達より、そっち優先になるだろ?」
「そのへんは人によりけりだと思うけどな。まあ、そういうこともあるか」
彼女なんて、できたことないから知らンけど。
「それがさみしいっていうか……。親友をとられるような気がして……」
「何を言うかと思えば。とられるも何も、どう見たってカリィよりも、お前といる時間の方が長いじゃねェか」
一緒の家で暮らして、一緒の店で働いて、今だって一緒にいる。
「だとしても、なんかイヤだった。カリィさんには言わないでくれな」
「言わねェけど」
それはつまり、どういうことなンだ?
考えがまとまらないうちに、利一が質問を追加してきた。
「話が戻るけど、一番の女友達は、カリィさんなんだよな?」
質問というより、再確認か。
さっきの今で、意見が変わるはずもない。俺は「そうだ」と答えた。
「女なのに、なんの遠慮もいらねェし、あいつもまあ、親友だろうな」
そう言うと、またしても利一が押し黙ってしまった。
わからん。
利一はいったい、どういう答えが欲しいンだ?
そろそろ下半身の高ぶりを、精神力だけで説得し続けるのが難しくなってきた。
というか、この話、今じゃなくてもよくね?
「なあ、やっぱり朝にしねェか?」
「あ、ごめん。眠いんだよな」
「なんかやたら引っ張るし。すぐに済むことなら別にイイんだけどよ」
「や、ちょっと、な、胸を触ってもらおうかと思ったんだけど」
「いやまあ、それくらいな――…………」
…………。
…………。
…………。
「ナンテ?」
聞き間違えたかもしれん。
胸を……触ってもらうって言った? 胸を借りたいとかじゃなく?
「拓斗は、オレのことを女だと思えない。男友達としか見れないんだよな?」
「ま、待て待て待て待て。ほんと待て。何ページか読み飛ばしたみたいな急展開に頭が追いつかねェぞ。お前、俺に女扱いされるの、イヤだったんじゃねェのかよ? なんでそういう考えになったのか、そこを説明してくれ」
完全に目が冴えちまった。頭は混乱しまくりだが。
「転生してくるまでは、オレにも拓斗にも、女友達っていなかっただろ?」
「残念ながらな……」
「それなのに、拓斗にカリィさんみたいな人が現れて……焦った」
「焦る意味がわからねェ。今なら俺よか、利一の方が女友達を増やせるだろ」
「違う。そうじゃなくて。……オレ、欲張りなのかな」
「すまん。もっとわかりやすく言ってくれ」
欲張り? どういう意味だ?
女友達の数で、俺に圧倒的差をつけたいってことか?
「あの、な。……今だけ。今だけな。……今だけの頼みなんだけど」
執拗に、「今だけ」を繰り返す。
見えなくても、言いにくいことを言おうとしているのは伝わってくるので、変に茶化したりはせず、俺は利一の頼みとやらを待った。
「今だけ……オレのことを、女として見れたりしないか?」
またしても、意外。
俺は既に利一を女として見ている。だから、その頼み事は意味を為さない。
だけど、そんな提案を、利一の方から持ちかけてきたことに驚きを隠せない。
動揺を悟られないようにしながら、「理由は?」と問い返した。
「拓斗の、女友達としても一番になりたい」
「……なんでだ?」
「だって、男と女、別々で一番を作ったら、実質半分ずつじゃんか。男と女だと、どっちが上とか、ちゃんと比べらんないし」
「いや、だから、トータルではお前だってばよ」
「トータルじゃ……足りない」
「欲張りか」
「そうみたい」
「言ってることはわかるけど、おかしいって。お前、今まで俺とカリィのことで、そんな素振り見せたことないだろ。むしろ応援してたじゃねェか。急すぎだ」
まるで、最終回目前で強引に話をまとめに入った作品みたいだぞ。
「それは、まがい物のオレが、本物の女の人になんて勝てるわけがないって思ってたから。でも、見た目だけなら、今でもオレが理想だって言うし。カリィさんとは付き合ってなかったみたいだし。だったら、オレにもワンチャンあるのかなって、思っちゃったんだ……」
「思っちゃったのか……」
その言い方だと、恋人に立候補しているみたいに聞こえるぞ。
そんな気はないンだろうけど、なんにせよ、発想がブッ飛びすぎだ。
男の中でも、女の中でも、俺の一番でありたい。
それって、俺を独り占めしたいってことだろ? 独占欲じゃねェか。
俺が利一に対して抱く気持ちと同じだとするなら、利一も俺のことを……。
決めつけてしまうのは早計かもしれないが、繋がった気がした。
いや、話の筋がだよ? 変なところは繋がってねェよ?
利一のことを、男にしか思えない。
そんなわけねェんだけど、利一は、俺がそう思っていると信じている。
だからこそ、女の象徴とも言える胸に触れさせることで、その意識を無理やりに変えようとしているんだろう。馬鹿げた方法だが確実だ。今だけなんて言わない。効力は死ぬまで継続する。
俺には二つの選択肢がある。
①実は、前から利一のことを女として見ていたと打ち明ける。
➡胸に触る必要がなくなる。
➡カリィが女友達の中で一番だと言ってあるため、今さら順位を変えようがない。
➡利一は不満。
②提案を受け入れ、利一の意向を叶える形にする。
➡胸に触れる。
➡女友達の中でも利一が一番になったと言い、順位変更が可能。
➡利一も満足。
…………ヤベェな。迷う余地がねェ。
完結話となる(後)も近日中に投稿させていただきます。
その際、運営さんに見つかれば、削除されかねないほどの情事になりそうなので、
お早めに来ていただけると助かります。
また、本日より完全新作の投稿を始めました!
『勇者パーティーを引退して 田舎で米と魔王の娘を育てます
~たくさん働いたので 賢者はのんびり暮らしたい~』
https://ncode.syosetu.com/n5208fp/
皆様もご存じのとおり、この界隈はスタートダッシュが命とも言えるので、
まだ数話ですが、現時点での感想等をいただければ幸いです。