15 悪い気はしないな
ご無沙汰しております。
申し訳ありません、2か月半ぶりの更新になります><
前回は番外編を書いたので、本ストーリーからすると、実に4ヶ月ぶり……。
(前回までのあらすじ)
リーチ、拓斗、メロリナの3人で、王都に品評会の登録にやってきたが、
そこで盗難事件に遭遇し、あれよあれよと受付のタイミングを逃してしまう。
当日持ち込みをするために、やむを得ず王都に1泊することに。
しかし、宿は1室しかとれず(ベッドは2つ)メロリナは夜の街へ。
リーチと拓斗の2人きりで一夜を過ごすことになった。
そして意外にもリーチから、「猥談しようぜ」と提案が――
特に理由はないが、本当にマジで一切他意はないが、念入りに体を清めた俺は、シャツとトランクスだけの、ラフな恰好で正座待機している。
薄い扉一枚を隔てた向こうから、シャアアッ、と蠱惑的な響きが聞こえてくる。
俺に続き、利一がシャワーを浴びているのだ。
耳を澄ませば、「アハー」とか「ウフー」とか、艶っぽい声まで拾えてしまう。
ごくり、と生唾を飲んだ。
心臓が、大型バイクのエンジンみたいにズンドコ暴れていやがる。肋骨と胸筋を突き破って飛び出しそうだ。初陣だって、ここまで緊張しなかったってのに。
「落ち着け、落ちつけ」
相手にその気はない。意識するだけ無駄だ。
そう自分に言い聞かせているが、童貞の経験値不足がたたり、シチュエーションそのものに浮かれずにはいられない。利一はこっちの気なんて知らず、鼻歌なんて歌い始めやがった。
「勘弁してくれ……」
神様が、全力でお膳立てしているようにしか思えない。
手を出せってか?
俺はもう利一が女にしか見えないが、女として好きかどうかは保留にしている。そんな状態で手を出したら、それはただ性欲に負けただけだ。
強引な誘惑に流されてはいけない。風になびく柳のような心で受け流すのだ。
そう、入浴後のS●X!
違う、柔よく剛を制す!
「冷静になれ。このままだと暴走しちまう」
とはいえ、現実問題、クールダウンなんて無理な話だ。
「こうなったら、奥の手を使うしかない……」
シャワーの音が止まった。
この宿には、バスローブみたいな上等なアメニティは置いていないので、あとは体を拭き、今日一日着ていた服を、また着て出てくるだけだ。
それまで三分あるかないかだろう。
これは最終手段だが、気持ちの高ぶりを鎮める方法が一つだけある。
あるが……時間的にぎりぎりだ。
しかし、不可能ではない。
ヤるしかない! 使うぞ、奥の手――改め、右手を!
意を決し、俺がトランクスに両手をかけた、その時――
「は~、さっぱりした~」
ガチャリと浴室の扉が開き、タオルを体に巻きつけただけの扇情的な姿で利一が出てきた。髪や胸元に、水滴の玉がまだ残っている。
「おま、なんちゅー恰好で出てくるんだ!?」
「え? 見えたらまずいとこはちゃんと隠してるぞ?」
「そうじゃなくて、なんで服を着てこないんだよ!?」
「泥水に尻モチついたし、洗って一晩乾かそうと思って」
「せめて下着をつけろ!」
「やだよ。オレ、寝る時はブラジャーつけないし」
知ってるけど!
「パンツもぐしょ濡れになったし」
「パンツぐしょ濡れとか言うな!」
「別にいいじゃん、拓斗しかいないんだから、このままでも」
神様、あなたは俺を試しておられるのですか……。
「というか、お前こそ半ケツで何してんだ?」
「まだナニはシてねェ!」
「なんでそんな興奮してんだ? あ、まさか……」
しまった、内なる煩悩があふれ出ていたか……。
「さては、猥談だからって、テンション上がってんだろ? へへ、オレもオレも」
「……そスか」
「急に冷めた顔になったな。情緒不安定か?」
俺だけ意識してンのがアホらしくなってきた……。
二人してベッドの上で胡坐を――かこうとした利一の脳天にチョップを喰らわせ、腰かけるようにして座らせる。無防備にも程があンだろ。マジで襲うぞ。
「じゃあ、まずは拓斗から、何か話のネタを振ってくれよ」
「あー、んー……パッとは思いつかねェな」
「あるだろー。ほら、おっぱい大きい子の話とか」
「それだと、必然的にお前の話になるンだが」
「オレの話なんかしても猥談にならないっての。拓斗だって楽しくないだろ」
そうでもねェから困ってるわけなンですよ。
「おっぱい……おっぱいなー。最近さ、おっぱいに対する物の考え方っていうか、見方っていうか、ちょっと変わってきたような気がするんだよな」
「最近? それって、男から女になったからか?」
「多分」
「具体的に、どう変わったンだ?」
「男ってさ、なんで女のおっぱいに興奮するんだろうな。正直、そこんとこがよくわからなくなってきたんだ。こんなの、ただの脂肪なのに」
言いながら、利一は自分のたわわをタオル越しに下から持ち上げてみせた。
むにゅううっと谷間が強調されたため、俺は枕で股間の前に壁を作った。
「利一は、女のおっぱいに興奮しなくなったのか?」
「他の女の人のだと、そりゃ焦ったりするけど、見ちゃいけないっていう心理的なストッパーが働くだけで、興奮はあんまりしなくなったかも。自分にもでかいのがついちゃったから、珍しさがなくなったのかな」
「いつも思うけど、重そうだよな」
「これな、片方2キロくらいあるんだぞ」
「2キロって、マジかよ……」
「マジだって。ちょっと持ってみるか?」
喜んでッッ!!
と、思わず叫びそうになった。
馬鹿言うんじゃねェよ。ちょっとで済むわけねェだろうが。
このシチュで一揉みでもしたら、俺は自分を抑えられる自信がない。
バスタオルを無理やり引っぺがし、押し倒して押し潰して揉みくちゃにしてイクところまでイってしまう。
「……利一、よく聞け」
「何?」
「お前も今は女だ。自分の胸を、他人にむやみに触らせちゃいかん。そんなことを冗談でも言うな。本気にしたらどうする」
「別に冗談じゃないぞ? つーか、こんなこと、拓斗にしか言わないし」
「俺だけ?」
「お前だけ」
………………。
これ、俺のこと、オトしにかかってない?
「利一、(俺の理性がヤバいので)話を戻そう」
「なんの話してたっけ?」
「どうして男は女のおっぱいに興奮するのか」
「そうだった」
「隠されてることで興味をそそるってのもあるだろうけど、これに関して言えば、男の本能としか言えないんじゃねェかな。見慣れることで興奮が薄れるってのは、あるだろうけど」
「本能か……。じゃあやっぱり、オレは男っぽさが消えてきてんのかな」
「実際のとこ、性欲的な部分はどうなンだ? 対象が男に代わったりとか」
猥談してるンだし、訊いてもいいよな? セクハラにはならねェよな?
「性欲かー。なくはないと思うけど、対象が男になったとかは全然ないな」
「全然か」
お前、サキュバスだよな?
しかし、なるほど。性欲がないわけじゃねェのか。覚えておこう。
「女にとって、性欲はそれほど重要じゃない気がする。これ、オレだけってことはないと思うんだけど」
「というと?」
「男はさ、溜めすぎると体に悪いっていうだろ? でも、女は平気。男にとって、性欲は米みたいなものだけど、女からしたらデザートなんだよ。無ければ無いで、別に困らない」
「そういうもンなのか」
「オレは女になってから、そういうことを一回もやってねーし」
そういうことというと、俺がさっきやろうとしていたことか。
「やり方もわかんないし」
「嬉々として教えてくれそうな人は何人かいるけどな」
「スミレナさんとか、マリーさんとか、メロリナさんな。拓斗はわかるのか?」
「ん、んんんん!?」
「悪い、無茶言ったな」
「ま、待て、試行錯誤の手伝いならできるかもしれない!」
「いや、いらない」
あ、本気で余計なお世話だって思ってる顔だ。
「お前だって、他人にそういう指導されるとか嫌だろ?」
「相手が綺麗なお姉さんだったら、やぶさかではない。むしろバッチこいだ」
「うわー」
「オイ、引くなよ。こういうことをぶっちゃけるからこその猥談だろ」
「それもそうか。でもオレは、誰に教わるのも嫌だ」
興味がない、とは言わないンだな。
「なあ、利一」
「んー?」
「好きな男はいねェだろうけど、気になる男くらいはいねェの?」
「ギリコさん!」
即答だよ。
俺の名前を出してくれるんじゃないかって、ちっとは期待したのに。
「お前、ホントあの人のこと好きだよな」
「オレ、生まれ変わったらギリコさんになりたい」
発言がアホ丸出しだ。
でも、恋愛方面には、まるでベクトルが向いていないようで、そこは安心した。
「お前のそれは、憧れだな。女性の中ではどうだ?」
「女の人だと、一番はパストさんかなー。女性なのにカッコイイって感じがする」
「ああ、わかるわかる。美人なのはもちろんだけど、胸もあるし、身長高くて足も長いし、スタイル良すぎだよな。あの人になら、いろいろ教えてもらいてェ」
「うわー」
「だから引くなって」
「知り合いでそういうこと考えるのって、なんか悪い気がしない?」
「背徳感があるからこそ、興奮を高めるんじゃねェか。まあ、パストさんは、俺の好みからは外れてるンだけどな。俺はもっと、小柄な方がいい」
「メロリナさんみたいな?」
「合法でも小柄すぎンだろ。俺はロリコンじゃねェ。出るとこ出た上での小柄だ」
「そういや、オレみたいな外見が理想って、昔は言ってたよな」
「なんで過去系?」
「だってお前、カリィさんと付き合ってるんだろ?」
その誤解、解けてなかったのか……。
「あのな、それに関して言っとくが、俺は別に、あいつとはなんでもねェんだよ。ただちょっと、野ションしてるところを目撃したり、真っ裸を見たり、必要な時に尻を揉ませてもらったりしてるだけだ」
「必要な時って?」
「勃起したい時だな」
「うわ……」
自分で言ってて、今のはドン引きされるのも無理はないと思ってしまった。
「俺だって、好きでこんな仕様に転生したわけじゃねェよ。お前もそうだろ?」
「……だな。ごめん」
「わかってくれりゃいいさ。とにかく、俺はあいつを一人の友人として、あくまで友人として尊重してる。決して、下心をぶつけるだけの対象なんかじゃねェ」
「友人として、か。付き合ってたわけじゃないんだな。そっか」
「何笑ってンだ?」
「いや、そんなつもりはないんだけど、ちょっとだけホッとしたっていうか」
ホッとした?
俺とカリィが付き合っていないことに?
「り、理由を、聞こうじゃねェか」
「いいけど、恥ずかしいな」
恥ずかしい? それって、こういうことか?
俺とカリィが付き合っていることを、内心では快く思っていなかった。
だが、今の今まで、その感情の正体がなんなのか、考えたこともなかった。
そして全てが誤解だとわかり、自分でも驚くほど安堵していることに気づく。
そこでようやく、本当にようやく自覚する。
親友だと思っていた男に対する真の気持ちに。
みたいな!?
「オレと拓斗は、この先、何があっても一生友達だ」
「…………」
「早く同意しろよ」
「……ウン」
ラブレターだと思って中身を開けたら不幸の手紙でした、に近い気分だ。
「それくらい仲のいい親友でも片方に彼女ができたら、どうしたってそっち優先になるだろ? 一緒に遊ぶ時間も減るし。それがなんか寂しいって思ったんだよ」
「それだけか?」
「他に何かあるか?」
まだだ。まだ終わらんよ。ダウンには早い。
「つまり、カリィに俺を取られるのが嫌だってことだな?」
「言い方がキモいんですけど」
「でも、そういうことになるんじゃねェの?」
「うー、んー………………なるのかな」
視線を右へ左へふらふらさせながら、利一が観念したように頬をかいた。
照れてはいる。
だけど、これも違うな。
お気に入りのオモチャを取られまいと駄々をこねている自分を見透かされたことへの気恥ずかしさ。そんなところだろう。
お気に入りか。
俺と利一は、他の誰よりも長い付き合いだし、誰よりも信頼し合っている。
その点を疑う余地はない。
けど、どこまでいってもお気に入り止まりであることも確かだ。
「ハァ……なんか疲れちまった。このへんで切り上げて寝ようぜ」
「え、もうか? まだ大して喋ってないじゃん」
「王都に着くまで、慣れない御者をしたりしてくたくたなんだよ」
「むー、なら仕方ないな……」
ぶっきらぼうに言って、俺は利一に背を向け、さっさと布団にもぐりこんだ。
口を尖らせている様子が後ろから伝わってくる。
不満を持つ資格は、俺にはない。
何もアプローチしてねェのに、利一の方から俺のことを好きになってほしい。
そしたら俺の気持ちも固まるはず――なんて、虫が良すぎる話だ。
何か、自分の気持ちを確定させるような出来事でもないもンか……。
「お前も、風邪引かないうちに寝ちまえよ」
「うぇーい、おやすみー」
ハァ……。
こんなことを考えてる自分が、また情けねェ。
それはそれとして……。
隣のベッドでは、警戒心0の巨乳美少女が全裸で布団に入っているわけですが。
はたして、俺の精神力は朝までもつのだろうか。
拓斗のバカヤロ、なんだよなんだよ。
せっかくの外泊なのに、さっさと寝ちまいやがって、空気読めない奴だな。
でも……。
一番訊きたかったのは、カリィさんとどこまで進んでるのか、だったし。
それが進展どころか、俺の誤解でしかなかったなんて、びっくりだ。
拓斗の奴、カリィさんのことが好きってわけじゃなかったのか。
やらしいことしてるくせになー。
まあ、二人が納得してるなら、オレが口出すことじゃないけど。
まあ、まあ。
うん、そっかそっか。
付き合ってなかったのか。
てことは、あいつが言ったこと――
――なんで過去系?
昔の話じゃないってことか。
今も、オレ(の見た目)が理想のままってことか。
ふーん。
「…………へへ」
自分でも、ちょっと意外だ。
思ったほど、悪い気はしないな。
ほんの少しだけ、気持ちの変化を書けました。
ここから彼らの関係が大きく変わっていくための助走みたいなものだと思っていただけると幸いです。