10 お前とは口きかない
~前回のあらすじ~
くぱぁ
【設定変更】
品評会受付は本日までと変わりなしですが、
品評会本番は翌週ではなく「翌日」に変更させていただきます。
王都【ラバントレル】は、都全体をぐるりと分厚い石壁で囲っている。
【ホールライン】も似たような感じだが、規模がまったく違う。こちらの外壁は、高さが軽く三〇メートル以上あり、しかも、若干ネズミ返しのような造りになっているため、翼を持つ種族でもない限り、これを乗り越えるのは不可能だろう。
つっても、窮屈さは感じない。
街道に従って進むと、上下に開閉する門がある。【ラバントレル】の正門だ。
よほどのことがなければ昼夜を問わず、この正門は開かれたままになっている。駐在している騎士がしっかり睨みをきかせているため、基本的に出入りは自由なンだそうだ。
「――止まれ」
馬車ごと門をくぐろうとしたところで、見知った顔の騎士が道を塞いできた。
久しぶりの再会を喜ぶかというと、そうでもない。かと言って、ちゃんと白黒はつけているので、今さら遺恨を残したりもしていない。そんな微妙な相手だ。
「そのふてぶてしい顔。アラガキか?」
「よ。ご無沙汰」
――シコルゼ・スモルコック。
ちょっぴり名前がハッスルしている、王都騎士団第二部隊の隊長だ。
「騎士団を裏切った君が、王都へなんの用だ?」
「別に裏切ったわけじゃねェし。ただのお遣いだよ」
国営に関わることだし、ただの、ではないか。
「ふん、できれば二度と会いたくなかったよ。他にも誰か乗っているのかい?」
言いながら、シコルゼが馬車の中を覗き込んだ。
シコルゼが、ぎょっと目を剥く。腰に帯びた剣にも手をかけそうになっている。
「貴様は、メロリナ・メルオーレ!?」
「ん、なんじゃ?」
二十年ほど昔に、王都騎士団を半壊させたことがあるという彼女を、騎士たちは過剰に恐れている。当時の事件に直接関わりのないシコルゼも例外じゃない。
「あー、この年になると、物忘れが激しゅうていかん。誰じゃったかいの?」
一応シコルゼに気を遣っているのか、御者台に座る俺に耳打ちで尋ねてきた。
街に騎士団が攻めてきた時に、ギリコさんや俺と戦った騎士であること。
ザインにデコピン一発でやられていたことなどを伝える。
「ほむ。言われてみれば、いたような気がせんでもないのう。どうにも、ち●こが小さそうな輩は印象に残らんくてな」
そこはせめて、器の小さそうな、くらいにしとこうぜ。
「何をぶつぶつ喋っている?」
「いや、こっちの話だ」
「……やはり、何かよからぬことを考えているだろう。荷を検めさせてもらうぞ。その後、騎士団本部へも同行してもらおう」
あーもー、めんどくせ。
そんなことしてる暇ないンだっての。
と、ここでシコルゼが、馬車の中に、もう一人いることに気がついた。
酔い止め対策として、絶賛くぱり中だった利一もまた、シコルゼに気づく。
「何をしているんだ?」
「へ? わ、うわっ!」
第三者に恥ずかしすぎるポーズを見られてしまい、利一はM字に開いていた足を慌てて閉じ、ぺたんと女の子座りになって膝を押さえつけた。
「え!? なんで、え!? もう着いたのか!?」
「今、何か隠さなかったか?」
「か、隠してにゃひ」
どうでもイイけど、俺はM字開脚より、そのポーズの方が好きだな。萌える。
「君は、もしかして……リーチ姫か?」
「姫って言うにゃ」
隠れる場所がないので、赤面しながらの照れ隠しも噛み噛みだ。
しばらく見つめ合った後、不意にシコルゼが、ハッとして利一から目を背けた。
「……すまない。気が回らなかった」
「や、別に……」
姫呼びに対する謝罪だと思ったンだろう。利一が、ホッと表情を和らげた。
でもこれ、そうじゃないね。
「見なかったことにするから……その…………構わず続けてくれ……」
「――――違ッッ!!」
違う、違う、と利一が叫ぶ。だけど、これは面倒を回避するチャンスだ。
すかさず、メロリナさんとアイコンタクトを交わす。
「あーあ。シコルゼ、最低だな」
「ほんに、でりかしぃのない男じゃ」
「なんだと!?」
すまん、シコルゼ。
利一に対しては紳士な対応だったと思うが、面倒臭いことを言うお前が悪い。
「ウチの姫様のプライベートを覗いておいて、この上、まだ拘束するってのか?」
「小国とはいえ、一国の姫を辱めたのじゃから、事が明るみに出れば、お前さんの首一つでは到底足りんわなあ。これ以上は、戦争を覚悟してもらわんとの」
「せ、戦争!? そんなつもりは!」
「わかってるって。俺たちだって、後ろめたいことなんざ何もねェんだよ。荷物を調べたきゃ調べてくれていいし、お互い、あんま大げさにするのはやめようや」
今回の目的は、品評会に出す石鹸の受付と、利一に王都を見せてやることだが、俺個人としては、後者を大事にしてやりてェ。騒ぎになるのは困るンだよ。
「そうは言うが、たくと坊よ。他の騎士たちが、こやつと同じように絡んでこないとは限らんぞい?」
「大丈夫っスよ。このシコルゼは騎士団の部隊長ですから、そのあたりの手回しは任せましょう。やってくれるよな?」
「何故、僕がそんなことをしなければならないんだ!?」
「オイオイ、譲歩してやってるのはこっちなんだぜ? 戦争する? しちゃう? レベル36のチートモンスターが暴れちゃうぜ? 魔王よりヤバいぜ?」
「おお、りぃちや、泣いておるのか? 可哀想に」
馬車の奥で膝を抱え出した利一が「死にたぃ……」と弱々しく呟いた。
これでもかとシコルゼの焦燥感を駆り立て、さらに、メロリナさんが利一の背をこれ見よがしに擦ってやり、罪悪感を煽りまくる。
「くっ、君たちが王都に来たことは、アーガス騎士長にも報告するからな」
「へいへい、そうしてくれ」
ホント、めんどくせー奴だ。
「……お遣いと言っていたが、どこへ向かうつもりなんだ?」
「品評会の受付会場だ。この大通り沿いにあるって聞いてるぜ」
「品評会? エントリーするのか?」
「そのつもりだ。受付が今日までらしいから、さっさと済ませてェんだよ」
ふむ、と頷いたシコルゼが、何かを考えるように下顎を撫でた。
「大通りを行くなら、馬車を降りて歩いてくれ」
「なんでそういう意地悪すンだよ。ち●この小せェ奴だな」
「意地悪で言っているんじゃない! 今日は馬車の通行を規制しているんだ!」
「理由は?」
「明日の品評会に際し、他国のお偉方が続々と【ラバントレル】に来訪されているからだ。部隊長である僕がここにいるのも迎賓のためだ」
ああ、そういうことね。
品評会は大陸中が注目していると聞いていたけど、各国の重鎮が直々に足を運ぶほどなのか。シコルゼがピリピリしてンのも無理ねェな。
「どれくらい滞在する予定だ? 日が暮れるまでに王都を出るのなら、ここで馬車を預かってやっても構わない。もし選考を通るようであれば、明日の品評会に出席する権利を得ることになるが」
「そこまで付き合わなくてイイって言われてる。品物を登録したら、さっさと帰るつもりだ。天気次第だけど」
「そうかい。あと、これは命令ではなく、頼みごとになるのだけれど……」
歯切れの悪いシコルゼが、馬車奥にいるメロリナさんに恐る恐る視線を向けた。
「メロリナ・メルオーレ、騎士団への通達が済むまで、少しの間、外を出歩かずに大人しくしていてもらえないだろうか。先程は思わず突っぱねてしまったが、今は些細なトラブルも起こすわけにはいかないんだ。貴殿を知る騎士と出くわしたら、間違いなく騒ぎになってしまう」
「ふぅむ。わちきはもう、特別保護指定をもらっておるんじゃがのー」
「申し訳ない。人の意識は、そう簡単には変えられない……」
そういうもンかと、あっさり納得できるのは、俺が差別を受ける立場にないからだろう。利一だったら、また違ったことを思うはずだ。
「やれやれ、仕方ないの。この近くで酒が飲めるところはあるかや?」
「それならば、そこの路地を少し行った先に【さきっちょ】という宿酒場がある。馬車もそこに駐めておける。無理を聞いてもらうんだ。酒代くらいは僕がもとう」
「カカ。なかなか気前がいいの。礼に少し剥いちゃろうか?」
「け、結構だ」
一瞬、シコルゼが顔を綻ばせそうになっていたのを、俺は見逃さなかった。
そうか。お前、やっぱり余ってるンだな。
それはともかく、メロリナさんの分まで、俺がしっかり利一を護衛しねェとな。
「利一、俺たちだけで受付会場に行くぞ。……利一?」
呼びかけても、利一は膝を抱えたままこちらを見ようともしない。
こりゃ、相当スねてるな。
「利用したのは悪かったよ。あの場は、あれが一番確実だと思ったンだ」
「…………もう帰りたぃ」
「き、気にすンなって。別に恥ずかしがるようなことじゃねェし。誰でもヤってることじゃねェか。えーと、女でもおかしいことじゃねェんだぞ?」
「オレはヤったことない」
「そ、そうだよな。振りだったもン――……え? 今まで一回もか?」
「ヤるわけないだろ。見た目こんなでも、中身は男なんだぞ」
マジか。いや、逆じゃね?
中身が男だからこそ、女体に興味を持つンじゃん?
女の快感は男の比じゃないとかいうし。本当かどうか、普通気になるじゃん?
健全な十代の男子なら、鏡の前で観察するし、検証だってするじゃん?
「お前さ、やっぱり脳も女性化してるンじゃ――」
あ。
「…………拓斗」
「な、なんだ?」
「お前とはもう口きかない」
「ちょ待ッ! 土下座でもなんでもするから、それだけは!」
利一に、今のは失言だった。
この後、絶交を解いてもらうまで、結局一時間近くも足止めを食ってしまった。
なかなか話が進まず、申し訳ありません。
ここからいろいろと事件を起こしていきたいと思います!
コミカライズの第一話が公開されました!!
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