45 インビンシブル級爆誕
~前回のあらすじ~
魔王にエリムが男だとバレました!
「その盛り。人間、疾く答えよ。貴様は極端に乳の無い娘ではなく、海パンの下に暴れん坊将軍――は過言か。やんちゃ坊主を隠し持っているのか?」
「え、あれ? 何がどうなっているんですか?」
エリムのナニが小さいおかげで、魔王はまだ半信半疑だ。
そして、目覚めたばかりのエリムは状況についていけていない。ここはオレが。
「魔王、話を聞いてくれ! エリムは――」
「リーチよ、我は今、其処な人間に問うている。口出しは無用だ」
ビリビリと、魔王から大気を震わすプレッシャーが迸る。魔を統べる頭目足るに相応しい、圧倒的強者だけが備えた威圧感が、言葉と一緒に息を呑ませた。
「今一度、簡潔明瞭に問おう。人間、貴様は男か?」
シンプルな質問なだけに、意図を違える余地がない。
ここに至る過程がどうあれ、自分の正体を疑われていること。そして答え次第で自分の命が危ういことをエリムも理解したはずだ。
エリムはおそらく、瀕死だった自分が魔王の力で復活したことを察しただろう。
だけど、その後の心臓マッサージと、人工呼吸――二回目のキスまでは気づいていないはず。だから正直に、自分は男だと答えるかもしれない。答えてしまうかもしれない。
例えば、オレを庇った拍子に起こった一回目のキス――あれは双子の妹でした。ということにすれば、あの時のことは誤魔化せるかもしれない。
それでも今回のキスは、紛れもなく男と交わしたものとして魔王に知られる。
回答を間違えれば、エリムが……消される。
なんとかエリムに、自分は女だと答えさせないと――
「僕は……男です」
――なんて考えているうちに、エリムが答えてしまった。
これで、男同士でキスをした事実は隠しようがなくなった。
ほぼ全裸の状態で仁王立ちしている魔王の眉間に深い皺が刻まれていく。
「では、重ねて問おう。何故我を謀った?」
一回目のキスのことだ。
今回に限れば不可抗力ということで言い訳のしようもあるけど、前回のあれは、自ら女装をし、自ら魔王の前に飛び込んでいた。言い逃れはできない。
だからエリム、あの時の女の子は自分じゃないと答えるんだ。
自分そっくりの妹だったと言うんだ。
……が、そんな無言の訴えも虚しく、エリムは首を横に振ってしまう。
「言い訳はしません。僕は、僕にできることを全力でやりました。そのことに後ろめたさはありません。魔王……さんには、悪いことをしたと思いますが」
魔王を見据える、愚直なほどに真っ直ぐなエリムの瞳が言っている。
どんな形であれ、オレを守るためにしたことなら、それを恥じる必要など無い。隠すつもりも無い。たとえ、その大義に殉じることになっても。
と。
てっきり即滅行動に移るかと思いきや、魔王は「そうか」と呟いただけだった。
「パストは知っていたのか?」
「存じておりました」
「知っていて黙っていたと?」
「申し訳ありません。つい日頃のうら――麗らかな日差しが目に眩しいですね」
魔王を真似るようにしてパストさんも空を見上げ、手で影を作った。
普段の苦労が(略)。パストさんのささやかな仕返しに気分を害した風もなく、魔王は目を細めて青空を見つめ続けた。
「そういうことであったか」
何がそういうことなのか、魔王が哀愁を漂わせ、一人で何かに納得した。
オレは侮っていた。
魔王を名乗る、この男の絶対的な自信ってやつを。
「我の魅力は、とうとう男すらも色を覚えてしまう域に達していたか」
自分に酔いしれるナルシストは、そんな斜め上の結論を出した。
「つまり、責任の一端は我にあるということか。これが別の理由なら黒歴史と共に葬るところだが、我が美しすぎたことが原因ならば、其奴だけを責められまい」
「いや、あの? 魔王さん、何を言ってるん――」
「そうなんだよ! 魔王がカッコ良すぎるから、男なのに心奪われたんだよな!?」
一瞬の迷いは疑いへと変わる。
平時であれば、アホかと一蹴するところだけど、オレの判断は早かった。
「ちょ、リーチさん!?」
「いいから! ここはオレに任せてくれ!」
「ほう、リーチもそう思うか。来い、抱いてやろう」
「断る」
「照れおってからに」
ウザ。
でも、よし、よし。このまま丸く収まりそうだぞ。
エリムが男色家ってことになっちゃうけど、そう思っているのは魔王だけだし、葬られるよりはよっぽどいい。この件は、これで押し通そう。
となれば、あとはミノコたちだ。
仲間たちの無事を祈って海岸線に目をやると、ちょうど浜辺に白黒模様の動物が陸に上がっているのが見えた。
「ミノコだ!」
――けど、様子がおかしい。
どんな時でも無敵を誇り、顔色一つ変えないミノコがふらふらしている。
そんなミノコが、もぇ、もぇ、と苦しそうに嘔吐いた。
そして、腹がボコンッ! と大きく膨れ上がったかと思うと、
ドバババババッ!
ダムが決壊したかのように、四次元胃袋から内容物を吐き出した。
吐き出されたのは、十人や二十人ではきかない数の人間――聖神隊の人たちだ。
彼らのほとんどが全裸になっているため、一帯が瞬く間に肌色で埋め尽くされ、視覚的に辛いヌーディストビーチが出来上がった。
「あ、拓斗もいる! カリィさんも!」
気を失っているようだけど、同じく全裸の拓斗と、水着の尻部分が溶けて丸出しになっているカリィさんも水揚げされた。すぐ近くに拓斗の突撃槍も落ちている。船は消化してしまったのか、見当たらない。
「パストさん、見てください! 皆いますよ!」
「そのようですね」
いや、見てませんよね?
こっちに向かって大股開きをしている人や、ケツを突き出している人もいるし、パストさんにはキツい光景だろう。
オレはミノコに駆け寄り、飛びつくのを我慢して腹をさすってやった。
「ミノコ、大丈夫か!?」
「もぇ、もぇっふ! もげっふ!」
――一人残らず回収した。全員生きている。
激しく咳き込みながら、ミノコがそう報告してくれた。
聖神隊の人たちも気絶し、ところどころが焦げているけど、重傷者はいない。
「あ……ありがとう! マジで、マジでありがとう!!」
パストさんにも思ったことだけど、ウチの牛様、頼もしすぎる。
人間だったら惚れてるぞ。
苦しんでいるのは、大量の海水を口にしたからだろう。すぐにでも水を飲ませてやりたいが、今手元には無い。聖神隊の誰かが持って来ているといいけど。
病み上がりにすまないが、エリムにも手伝ってもらい、手当たり次第に介抱していこうと思ったところで、覇王――もとい、魔王がオレの前に立ちふさがった。
「思い出した。リーチよ、いつぞやは、その動物に騎乗して我を足蹴にしたな?」
「あれはなんていうか、ノリっていうか。今はそんなこと言ってる場合じゃ!」
「勘違いするな。咎めているのではない。次からは、もう少しだけソフトに頼むと言いたかったのだ。もう少しだけな」
次? 次なんてあるの? 勘弁してよ。
「それよりも、我の話はまだ終わっていない」
そう言って、眼光を鋭くした魔王がエリムを睨みつけた。
さしものエリムも、ビクリと体を強張らせている。
「女の振りをしてまで我の唇を求めた気概は買おう。だが、我に男を愛でる趣味は無い。残念だが、我への恋慕は諦めてもらう他ない」
「えー、あー。……はい」
いちいち相手にしてられないと思ったのか、今度はエリムもなおざり答えた。
「男のままではな」
言うが早いか、魔王はパストさんがやったように、右腕を水平にかざし、開いた掌の先に濃厚な瘴気を発生させていった。――ゲートを作る気だ。
けど、ゲートは原則、召喚のみの一方通行。こちらから無理に通ろうとすれば、その身は無事では済まない。
たとえ、通すのが腕一本だとしても、パストさんは相当な覚悟をしたはずだ。
オレも、一生をかけてパストさんの腕代わりになる覚悟をしていた。
「ふんッ! ソイヤッ!」
そんな葛藤と覚悟の末にした決断を、魔王はいとも簡単に敢行した。
しばらくの後、ゲートからずるりと引き抜いた魔王の右腕を見て、オレは思わず「うひぇ!」と小さな悲鳴を漏らしてしまった。
刃物で切り刻んだようにズタズタ。肉は裂け、骨が覗き、肘から先が血みどろになっていた。動脈も切れ、プシューッ、と手首から鮮血を噴いている――が、
「【栄枯盛衰】――完治!」
一秒で治しやがった。
それがなんだか、大人が小学生の算数問題を前にし、「こんな簡単な問題に悩んでたの? ぷぷー」と言われた気がして、ちょっとイラッとした。
そんな魔王の右手には、一升瓶が握られていた。
「人間、名はなんと言う?」
「ぼ、僕ですか? エリムです」
「エリムよ。この酒を飲め」
「え、でも、それって、もしかして、霊酒ってやつじゃ……」
「霊酒を知っているのか。ならば話は早い。これを飲み、女として生まれ変わるのなら、我の寵愛を賜る権利を――ん、なんだ?」
話の途中で魔王がそれに気づき、自分の右手に目をやった。
なんと、ミノコが……。
魔王の右手ごと霊酒を咥えこんでいた。
「き、貴様、何をしている!? 離せ! 離さぬか!」
多分、ミノコは海水でヒリついた喉を水の代わりに酒で癒そうとしているんじゃないかな。酒で代用できるのかは知らないけど。
「ええい、離さぬと言うなら、その首ご――ッッッッ……」
左手を手刀の形にした魔王が、それより早くミノコの前足で突き飛ばされた。
張り手のようにも見えた一撃によって、水切りの要領で海面を無限に跳ねて行く魔王は、あっという間に水平線の彼方へと消えて行った。
「……惨い」
け、けどまあ、右手も千切れてなかったっぽいし、死んじゃいないだろう。
……多分。
魔王から霊酒を奪い取ったミノコが器用に一升瓶の口を咥え直し、逆さに向けて中身をあおっていった。ごぶごぶと、一度も間を置かずに一気飲みだ。
「なんということを……」
後ろであわあわと、パストさんがひどくうろたえている。変態でも、魔王は一応パストさんのボスだ。魔王への暴行を見過ごすことができないんだろう。
オレはミノコに代わり、ウチの牛がすみませんと謝罪をした。
「いえ、それは全くもってどうでもいいのですが、ミノコ氏が霊酒を飲んだということが問題なのです」
「魔王城の宝だからですか? 弁償するとすれば、いくらくらいに……」
「そうではありません。問題にしているのは、霊酒の効果です」
「あれ? でも、霊酒の効果って、女体化なんですよね? ミノコは元々雌だから効かないんじゃ?」
「リーチ様、それは違います。霊酒の効果は〝女体化〟ではなく〝女人化〟です。その影響は、人型の雌以外の全ての生き物に適用されます」
「じゃ、じゃあ……まさか」
嫌な予感がする。
ていうか、さっきオレ、何気にフラグ立ててた?
「……フゥ」
後ろから聞こえてきた息遣い。
ただ一息ついた。そんな声ですら牛とはまるで違う、女性のものだとわかる。
アルトボイスっていうのか、ちょっと低めの声だった。
「リ、リーチ様、後ろを……」
パストさんが、口をあんぐりと開けてオレの背後を凝視している。
オレもまた、おそるおそる振り返っていった。
いつもお世話になっている、白黒斑模様の乳牛の姿はなかった。
代わりに、背中どころか尻も隠すほど長い、漆黒のストレートヘアー。
対して、陶器のように透き通った純白の肌。
どこか物憂げで浮世離れしていながらも、凛々しさを感じさせる妖艶な美貌。
そんな中で、以前と変わらない形、大きさのツノが異様に目立つ。
だけど、それより、もっともっと、も~~っと目立つものがある。
「でっっっか……」
自他共に認める巨乳のオレを、さらに二回りは上回っている。
女人化して爆乳美女となり、一糸まとわぬミノコが、四つん這いの姿勢でそこにいた。
Invincible(インビンシブル)
「無敵」を意味する英単語。
英米海軍の艦船名として数度にわたって使われている。
第46話は3月15日(水) 12時頃更新予定でよろしくお願いします。
パストさんの髪色は、白で統一して修正しようと思います。