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26 お前はアホじゃない

~前回のあらすじ~

・触手ぬるぬるが近づいてきた予感。

 カリィさんは言った。

 大金が手に入り、他の国にも名声が轟く。

 そんな夢のようなクエストがあると言えばある。が、実現は不可能だって。


「拓斗一人じゃ、そのマザークラーゲンを倒せないってことですか?」

「そういうわけじゃないの。マザークラーゲンのモンスターレベルは25くらいと推定されているから、倒すだけなら大丈夫だと思うワ」


 倒すだけなら。

 その言い方は、他にもクリアしなきゃいけない条件があることを示している。


「倒したらクエスト達成じゃないんですか?」

「もちろん達成は達成なんだけど、このクエストは、いわゆる反復クエストというもので、終わりがないのヨ。マザークラーゲンは一度に一匹しか出てこないけど、海上に出てくる頃には、既に次世代のマザークラーゲンを海底のどこかに生み落としているの。だからこのクエストは、定期的に募集されているワ」


【アーンイー湾】という一つの巣に、一匹のマザークラーゲン。

 女王蜂や女王蟻みたいなものか。


「現マザークラーゲンを倒すことで、次世代の個体が急速に成長するの。そうして一ヶ月もしたら母体として働くようになるし、海上にも現れるようになる。海水と海底の土を丸ごと入れ替えるでもしない限り、終わりがないのヨ」


 なるほど。だから実現不可能か。納得した。


「クラーゲンのせいで、外から船が入って来られない。出港しようにも、停泊していたらマザークラーゲンに沈められてしまう。子クラーゲンは大人しいんだけど、マザークラーゲンは獰猛で船を襲ってくるのヨ。おかげで港として機能しないし、漁場にもならないワ」

「その問題が解決したら、この町は潤いますか?」

「そりゃあもちろんヨ。【アーンイー湾】と王都【ラバントレル】を結ぶ中間地点に【ホールライン】はあるから、商業は確実に活性化するワ。これまで他国との交易には陸路を使って遠回りするしかなかったんだけど、海路が開ければ、その負担も激減するしネ」

「それが叶えば、【ラバントレル】からの援助がなくてもやっていけるんですね」

「うふ。それどころか、この町で交易できる場を整えて、【ラバントレル】に流れていく商人を留めることができれば、【ホールライン】がこの大陸の中心都市になるかもしれないわヨ。造船業や漁業も盛んになるし。新しい仕事が増えれば、それだけ他種族を呼び込むチャンスにも繋がるしネ」


 なんて、夢物語だけど。と言ってフレアさんは肩を竦めた。

 確かに皮算用だし、フレアさんは夢物語だと言うけど、おっぱいプリンと違い、やっと現実的な道が見えた気がした。


「マザークラーゲンを倒したら、とりあえず一ヶ月間は海も平和なんですよね? その間に交易して、また新しいマザークラーゲンが現れる頃に目を光らせておけばいいんじゃ?」

「そうネ。でも、子クラーゲンの処理が残っているワ。これをどうにかしなきゃ、結局のところ、交易に使われるような大きい船は出入りできないの。強引に進むとクラーゲンが船に張りついて甲板を溶かしちゃうから」

「どうにかできないんですか?」

「百人体制で年中処理に当たり続けるくらいしないと数は減らないでしょうネ」


 それもまた実現が難しいのだという。

 マザークラーゲンの討伐クエストにはそれなりに高額の報酬が支払われるけど、子クラーゲンの処理クエストでは小遣い程度の身入りしかないためだそうだ。

 やっぱり、マザークラーゲンを根絶やすしかないのか。

 海に潜って次世代マザークラーゲンを探す? うーん……。

 ミノコなら【アーンイー湾】の海水ごとクラーゲンを全部飲み干してくれそうな……て、さすがにそれは……いやでも、やれちゃいそうな気がしなくも。


「あらー。マザークラーゲンが最後に討伐されたのは、もう一年も前になるのネ。こんなに放置されていたら、近隣の住民は大変なんじゃないかしら。タクトさん、マザークラーゲンの討伐クエストを受けてくれるといいんだけど」


 カリィさんと言い争っている拓斗に、フレアさんが熱っぽい眼差しを向けた。


「拓斗なら受けますよ。上手くいけば、即日達成できるクエストなんですよね?」

「それはそうだけど。タクトさんと相談しなくていいの?」

「大丈夫です」


 オレには、拓斗がこのクエストを断らないとわかっている。

 拓斗がオレとフレアさんの会話に気づき、全力で首を横に振った。


「ほら、拓斗も相談の必要は無いって言ってます」

「アタシには嫌がってるように見えるけど……」

「いいえ。拓斗は困っている人がいると知って、放っておける男じゃありません。そんな奴だからこそオレは尊敬し、親友であることを誇りに思っているんです」


 金策は大事だ。でも、人助けはもっと大事だ。

 クラーゲン問題を根本的に解決する手立ては見つかってないけど、このクエストは達成したい。しなくちゃいけない。


「拓斗、やってくれるよな?」

「逃げ場が無ェ」


 諸行無常を感じさせる達観した面持ち。さすがは拓斗。このクエストを成し遂げられる者は、自分をおいて他にいないと悟っている。


「つーか、利一も一緒に討伐しに行くつもりなのか?」

「もちろん。オレは親友だけを戦わせるような薄情者じゃないぞ」

「そうじゃなくて、これって海で戦うンだろ? 水着はどうすンだ?」

「海パンか。そういや持ってないな」

「アホか。お前に必要なのは、海パンじゃなくて女物の水着だろうが」


 あー。

 そういうことになっちゃうのか。

 水着、水着な。別に肌を見られるのは全然恥ずかしくないんだけど、女物を身に着けるってことにまだ抵抗がある。下着は隠れているからなんとかなってるけど、下着と大差ない水着姿を人前で晒すっていうのはちょっとな。


「この格好でよくない?」


 転生時から着ている一張羅のワンピースだ。スミレナさんは、もっと可愛い服を用意すると言ってくれるけど、断固拒否している。メイド服で腹いっぱいです。


「それだと濡れた時どうすンだ。あ、濡れるって言っても変な意味じゃねェぞ!?」

「変な意味の濡れるってなんだ?」

「なンでもなェ気にするな! お前にはまだ早い!」


 なんのこっちゃ。


「フレア、マザークラーゲンってのは、陸まで引っ張って来れンのか?」

「おそらく無理ネ。記録を見ると、いつも子クラーゲンを刺激しないよう、小さな船を沖まで出して海上戦をしているワ」

「聞いたか? そンな格好だと海に落ちた時、溺れるかもしれねェだろ」


 着衣泳か。それは確かに気をつけないと危ないな。

 けどまあ、この無駄にデカい乳が浮き輪代わりになりそうな気がしなくもない。

 口にすると、自分でダメージを受けそうなので言わないけど。

 他にも心配事があるのか、拓斗が「それよりも……」と呟き、言い辛そうに口をもごもごとさせた。どことなく頬を染めて。


「それよりも、なんだよ?」

「……下着が……透けちまうだろ」


 下着が透ける?

 ああ、はいはい。何を言うかと思えば、そんなことか。


「はーぁ、やれやれだ。オレがそのことに思い至らないわけがないだろ」

「対策でもあンのか? 重ね着は余計危ねェぞ?」

「バーカ、どこまでオレをアホだと思ってるんだ」


 皆してオレのことをアホだアホだと言うけど、常々異を唱えたいと思っていた。

 その機会が、ようやく巡ってきた。

 発想の転換っていうのかな。答えは身近にあるのに、近すぎると逆に気づけないものらしい。いいか。耳の穴をかっぽじって、よーく聞け。


「下着が透けるのが嫌なら、そもそも下着を着けなきゃいいんだよ」


 どや。


「てかさ、拓斗しかいないなら、別に全裸でもいいわけだし? わざわざ金出して女物の水着なんて買う必要は無いってことだよ」


 どやや。


「「「…………」」」


 自信たっぷりで言うと、拓斗、フレアさん、カリィさんが揃って目を点にした。

 何を着るかの問題提起をしているところへ、何も着ないという選択を放り込む。

 オレのコペルニクス的転回とも言える名案に言葉が出ないようだ。

 へへ。オレがキレ者なところ、見せつけちゃったかな。


「……あー、この町に水着売ってるとこってあンのかな」

「町の近くに湖もあるし、女性用の服屋さんがあれば置いていると思うわヨ」

「女性服専門店なら巡回している時に見かけたな。確か【モッコリ】という店だ。特徴的な名前だから覚えていた」


 あれ? なんか水着を買う流れになってない? オレの提案聞こえてた?


「ンで、カリィはクエストについて来てくれンのか?」

「止むを得まい。私がこの町に滞在している間は、リーチの護衛も任務に含まれているからな。リーチが行くと言うのなら、同行するしかないだろう」

「ああん。アタシもついて行きたいけど、ギルドのお仕事があるし。残念だけど、今回はお留守番するしかないわネ」


 あれれ? 急に蚊帳の外に放り出された気がするぞ? 会話に入っていけない。

 それに、カリィさんが来るなら全裸は恥ずかしいんだけど。


「利一、お前に謝らなくちゃいけねェ」

「え、何を?」

「親友なのに、俺はお前のことを見誤っていた。過小評価していた」


 いきなり拓斗がそんなことを言った。

 よかった。てっきりスルーされたのかと思ったじゃないか。


「散々アホだと言っちまったが、撤回させてほしい」

「わ、わかればいいんだよ」


 そんな風に、改まって言われると照れ臭いじゃないか。

 だけど、それ以上に嬉しい。すごく嬉しい。もっと言ってほしい。

 ちょっと待って。深呼吸する。すー、はー、すー、はー。よし、準備OK。

 さあ、これまでの分を帳消しにするくらい、惜しみない賛辞を浴びせてくれ。


「俺が間違っていた。お前はアホじゃない。ドアホだ」


 告げられたのは賛辞なんかじゃなく、親友からの容赦ないダメ出しだった。

第27話は12月13日 12時頃更新予定でよろしくお願いします。

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