村の英雄
昼飯後、泣き疲れたのもあって、一眠りした俺が目覚めると、辺りは薄暗くなりはじめていた。
目の端にステータスの光がうるさい。これは昼間っからあったが、気分ではなかったので無視していたのだ。
あのでかいゴブリン達を倒したのだ。レベルアップは当然だろう。
ステータスを意識すると、目の端に浮かび上がるのは、
勇者:Level:5
力:677
速さ:30
器用:10
知力:12
魅力:10
魔力:27
HP:51
MP:37
保有スキル
頑健(神):Level:8(800/1280)
棍棒術:Level:3(1/40)
投擲(石・棒):Level:2(15/20)
装備
牛殺しの棍棒
丈夫な服
聖別の実の護符
おお! 何気に全ての数値が上がっている! レベルが2も上がるとは、あのでかぶつ何か特別だったのかも知れないな。
そんな事を考えながら、お母ちゃんが夕ご飯のしたくをしているのをながめていると、親父がいない事に気付く。
「あれ? 父ちゃんは?」
と聞くと、
「父ちゃんはまた会議だべ。今晩から持ち回りで夜番をつけるって言ってただ。あと山狩りもして、他にゴブリンがいないか見て回るんだと」
とすぐ上の兄が教えてくれた。
「カミーノもちょっと顔出してきな、今回の事で話があるらしいよ」
振り向いたお母ちゃんに言われる、昼間の疲れで寝てしまった俺は、そっとしておいてくれたらしい。
血まみれの牛殺しは、お母ちゃんが拭ってくれたのだろうか? シミを作りながらも、綺麗になっていた。
「ありがとう、お母ちゃん」
牛殺しを握りながら言うと、それまでそんな事を言ったことのない俺にビックリした母ちゃんがニッコリと笑って、
「行っといで、遅くならない内に帰るんだよ」
と送り出してくれた。集会所には、いつもより多くの村人が集まり、今後の対策について熱く語り合っている。
そこに俺が入ると、
「おお! 今回の英雄が到着だべ! どら、こっちに来い」
村長が手招きしてくる。俺が父ちゃんを見ると、うん、とひとつうなずき返してくれた。
村長の隣から魔法少女のティルンが、疲れた顔でこっちを見上げてくる。
俺がうなずくと、少し鈍い反応でうなずき返してきた。
どうやらあれからずっと起きていたらしい。魔法は精神的な疲れをともなうと思われるから、こんな幼い少女にはキツイだろうが、村人もこの状況では彼女に頼らざるをえないのだ。
「それにしても、ありゃ〜凄かったなや、あんな力持ちとは全然知らなんだわ」
村長が俺の肩を叩いてほめる。確かに、未だに8歳児の俺は、急に成長したとはいえ、それでも十代前半になったかどうか? といった体格である。
それがいきなりでかいゴブリンをぶっとばすとは、異世界であるここでも、異常には違いない。
そこらへんを指摘されたらどうしよう? と思っていると、
「何にせよ、こんな時には頼もしい限りだなや、これからの夜番や山狩りにも主戦力として頑張ってくれや」
と言われた。そんなもんか? と思いながらも、まあそんなもんなのだろう。
異常発育する子供は、少ないがこの世界には時々生まれるらしい。後に聞いた話では、勇者や英雄と呼ばれる者たちは、ほとんどがそうした出自だという。
俺は親父と視線を合わせると、心配そうな顔でこちらを見ている。それを察した村長が、
「大丈夫だ、お前さんの息子にゃ、危険な事はなるべくさせねぇよ。山狩りには俺も、この次代の魔女ティルンさんも参加するからの」
と言うと、お父ちゃんは頭を下げて、
「よろしく」
とだけ言った。
俺を見ていたティルンは、村長に、
「明日は一日準備と柵の修理、明後日から本格的な山狩りよ。私はもう限界だから寝かせていただきます。お疲れ様でした」
と一礼すると、退席していった。
その場に残った者の話によると、被害がこれだけで済んだのは、彼女がいち早く異変に気付き、皆を誘導してくれたかららしい。
「お前がこの度の英雄なら、ティルンさんは皆の恩人だべ」
と盛り上がる一同。結局その日は修繕の手配や、山狩りの人選などでお開きとなった。
翌日は村周辺の木や、燃えてしまった家の一部を使って、村の囲いを修繕し、家をなくした人の仮設住居を作る仕事におわれた。
俺も持ち前の腕力で大活躍して、汗みずくになって働く。そのおかげか、器用が2上がり、昨日食べた力の種の効果で速さが2、HPが5上がった。
これは成長期だからだろうか? 何かをすると、関連したパラメーターが微量ずつ上がっていく。俗に言う勇者補正というやつかもな? などと考えていると、こちらをじーっと観察する目に気がついた。
ティルンが材木の上に腰かけて、ほおづえつきながらこちらを見ている。
「ん?」
手に持った丸太を立てかけて、汗をぬぐいながら、ティルンに向き合うと、
「なんでも無いわよ……いえ、あんたなんであんなに強いの? 大魔女様からもらった猛毒の実を食べてたし、あれが理由?」
バレてた。
魔法に集中しているというから、道中こっそり食べたらバレないかと思ったら、しっかりバレてた。
「いや、その、あれは〜あの、ねぇ?」
しどろもどろでごまかそうとしたが、
「いいわよ、あなたは強い、それだけで充分よ。理由は気になるけど、喋りたくなかったら、無理にはいいわ。まあだいたい分かるけどね」
ため息をついて制された。物分りが良くて助かります。この子案外良い子かも……美人 (になるであろう)だし。なんか急に親近感わくなぁ。
などと考えていると、
「それよそれ、あんた分かってないでしょうけど、一人で考えてる時の顔、気持ち悪いわよ」
といくぶん引いた顔でさとされた。嘘、俺ってそんななの? ショックを隠せないでいると、
「顔は……まあまあだから、もう少し頭がスマートだと良いのに、まあこんな村のガキじゃしょうがないわね。とにかく、明日はよろしく。あなたと村長さんが頼みだから、しっかりね」
というと、立ち去ってしまった。最後のはアメとムチのアメってやつか? くそっ、悔しいけど嬉しいじゃないか。
顔がまあまあだと? 好みだと言ってるようなものじゃないか。頼りにしてるだと? くっ、頑張らざるを得ないじゃないか!
弱冠10歳前後の小娘にして、この人転がしのうまさ。ティルンちゃん恐るべし! 心の要注意人物リストにその名を刻みこむと、残りの仕事に精を出した。
今日から当分の間は力の種採取はおやすみだ。これ以上親父に迷惑をかける訳にもいかないしな。うん、先はまだ長い。焦る必要もあるまい。
俺は余った時間に不器用な戦闘方法を何とかしようと、投石の練習や、牛殺しの素振りなどをやった。
だが、中々上手くいかない。やはり器用が低すぎるのが原因だろうか?
夜になって一刻分の見張り番をこなすと、用意してくれた夜食のスープを食べて、そのまま眠りについた。
翌朝には、今日が山狩りの日という事で、男衆が張り切って集会所に集まった。
選抜メンバーは
村長:兼業猟師、山の事を熟知しており、弓矢の腕は村一番。若い頃に冒険者を目指した事がある。
若い男衆:力自慢を集め、弓矢を扱える猟師が三名、槍を使う者が四名、斧を使う木こりが三名という編成。
ティルン:魔法使い、今回は探知魔法でゴブリンの根絶を目指す。
俺:石と棍棒が武器のガキ。力だけは有る。
ウウム、メンバーを見ると、俺の装備だけが原始的な気がするんだが。
英雄ともてはやすくらいなら、槍くらい分けて欲しいところだが……使えない武器を持ってもしょうがないから、愛用の牛殺しでがまんするか。
それにしても村長の目指していた冒険者ってのが気になるところ。やっぱりあるんですね? 冒険者。異世界ファンタジーのど定番! 待ってましたの男の憧れ。
やっぱり冒険者ギルドとかあるんだろうか?
この騒動が落ち着いたら、村長に詳しく聞いてみよう。
とにかく総勢13名が、装備を整えると、村の期待を一身に受けて出発した。
村の守りは親父を筆頭に、残りの男衆が引き受ける。頼むぞ親父! お母ちゃん達を守っておくれ。
見ると、親父の腰元には、見たこともない剣が差してあった。
「お前のとうちゃんはの、ああ見えて昔俺と冒険者さ目指した事があるんだべ」
それを見た村長がつぶやく。意外だ、灯台元暗し。帰ったらまず親父に聞いてみよう。
剣を抜いた親父が、
「えいえいおーっ!」
と掛け声を上げる。あ〜あ、剣身が錆びだらけだ。普段の手入れがおろそか過ぎるだろ。大丈夫かな? と思いながらも、
「おーっ!」
村長達と共に唱和する。
「何だか力が抜けちゃうわね」
と肩をすくめるティルンに、
「頼みますよ、次世代の魔女様」
と声をかけると、
「うるさいわね」
と言いつつも、まんざらでもない様子のティルンにせっつかれて、山に向かった。