突発
高地村は、俺の故郷に比べると、大分と標高が高い。そのせいだろうか? ティルンは苦もなく俺について来る程度には、身体能力も高いようだ。
余裕がありそうなティルンを見て、興味を持った俺が、
「大魔女様って、何でもお見通しなの? 占いで俺が来るって知ってたみたいだけど、それって魔法なのかな?」
と聞いてみた。俺の村には魔法使いなどいない。だが伝え聞く話では、この世界には色々な魔法が存在して、才能ある者が努力をする事で、自在に扱う事が出来るようになるらしい。
「ティルン?」
返事が無い、ただのしかばねのようだ……そんな言葉が浮かぶほど、何の反応もしてくれない。無視ですか、なるほど……じゃあ答えてくれるまで、
「大魔女様は……」
「うるさい! ちょっと黙ってて。今探知魔法で周囲の気配を探りながら歩いてるのよ!」
怒られた。お〜怖! 肩をすくめた俺を見て、落胆のため息を吐いたティルンは、
「私は自分の修行のために、あなた達に力を貸してあげるわ。だからあなた達は私が動きやすいように、邪魔だけはしないでちょうだい」
一気にたたみかけられた俺は、口をパクパクさせて反論もできずに、しょげかえった。
村までの道のり、無言の俺たちは、ティルンが時々感知した生物を避けるように進むと、後はひたすら黙々と歩く。
暇すぎる俺は、大魔女様からもらった木の実を一つ取り出し、食べてみた。
そこでステータスを見ると、
勇者:Level:3
力:656
速さ:20
器用:5
知力:11
魅力:6
魔力:16
HP:35
MP:10
保有スキル
頑健(神):Level:8(753/1280)
棍棒術:Level:2(8/20)
投擲(石・棒):Level:2(5/20)
装備
牛殺しの棍棒
丈夫な服
聖別の実の護符
ムムムッ! 魔力が若干伸びてる、か? それに一桁だったMPが10まで伸びている! 間違いない、この実は魔力の実だろう。
頑健の伸びは同じか……この分だとどの種でも同じ結果になるかも知れない。
それとさっきは見逃したが、棍棒術なるスキルまで増えている。牛殺しを装備して、ゴブリンを倒した効果だろう。
嬉しくて牛殺しをブンブン振っていると、
「うるさいわね! 集中できないって、何度言えばわかるの?」
怒ったティルンが後ろから睨み付けてくる。おお、怖! でも怒った顔も、美形だと見れたものだなぁ、などと思いながら、隠れて残りの魔力の実を食べながら、村に辿り着いた。
もちろんステータスは、
魔力:25
MP:35
きっちり上がっている。怒っても嬉しがる俺を見て、ますます眉をひそめたティルンは、もはや関わり合いにならないように、完全に俺を無視していた。
村につくと、早速集会が開かれて、ティルンを囲んだ作戦会議が続く。
もちろん俺はかやの外、ひまを持て余して畑に向かうと、石積みの中から手ごろなものを選んで、魔力の実を入れていた袋に詰めた。
それを腰紐に結ぶと、手を出し入れしやすいように調整する。
それから数値の上がった魔力で、何かできないか? と色々試してみたが、何をどう頑張れば魔法などというものが操れるのかサッパリ分からない俺は、考えるのをやめて帰宅した。
明日はまた朝一で力の木を見に行こう、それで問題なかったら、今度は右の木の5%である六個を収穫して、食べる予定だ。
また今日も新たな力を身に付けた。その満足感に満たされた俺は、干し草のベッドに倒れこむと、即座に深い眠りに落ちていった。
翌朝早く、またもや日の出前に目覚めると、また少し背が伸びたか? だぶだぶだった丈夫な服が、少しはフィットするように感じる。
ステータスを見ると、またもや速さが4、HPが8上がっていた。気分良く起き出すと、ストレッチをした後、もはや通い慣れた感じの山道を駆け上る。
ゴブリンが出たとはいえ、まだまだ森は静かだった。いや、少し静か過ぎるか? 異変が気になりながらも、力の木の実見たさに足を止める気はなかった。
辿り着いた木に異変はない。良かった、5%くらいならやはり問題ないらしい。俺は木の実の数を数えると、前日と変わっていない事を確かめて、右の木から6個の実を収穫する。
その際、忘れないように地面に落ちている枝を並べ替えて、右に6個、左に7個の印を作ると、小石をそれぞれに一個ずつ並べた。
こうしておけば、明日から石を一つずつ並べていく事で、どれだけ取ったか分かるだろう。
俺って天才! と単純に喜びながら、収穫した力の実を食べる。
これで、
力:672
頑健(神):Level:8(792/1280)
となった。もはや分かりやすい変化は感じられないが、着実に力を伸ばしているという喜びに変わりは無い。
願わくば、器用が上がれば、投石も使える武器になるんだが。そこは今後の課題だな、と考えながら、村へと戻った。
やはり何故か森が静かで、気持ち悪く感じる。なんだろう? 帰ったら長老様に報告しよう。
と思って、村に辿り着こうとした時、騒がしい物音が前方から聞こえてきた。
なんだ? え? 村が襲われてる!
煙を上げる建物は、隣のセイムさん家だ。建物の合間から、緑のヒフを持つ生物が走り回っているのが見えた。
俺は慣れ親しんだ村が襲われているという緊急事態に、心臓をバクバクさせながら、山をかけ下りた。
村の入り口には、槍を持ったゴブリンが三匹、ギャアギャアとうるさくわめき散らしながら、地に伏せた村人を突ついている。
頭に血が上った俺は、咄嗟に腰の袋から石を取り出すと、
「ゴリッ」
と軽く割ってから、思い切り投げつけた。風きり音が空気を裂き、面となって降り注いだつぶてが、一瞬でゴブリン達を吹き飛ばす。
そのままの勢いで村の中に入ると、目に飛び込んで来たのは、村人の死体と、焼け焦げたようなゴブリンの死体。
奥の長老の家辺りから、ギャアギャアという騒がしい声が聞こえてくる。
胸騒ぎに足がそちらに向く。駆けつけた先には、弓矢や槍で武装した村人と、数匹のゴブリンが争っていた。
村人は、高床になった村長の家から矢を射かけ、長槍で近づけないようにしている。その時、村長の横から顔を出したティルンが、真っ赤に光る杖から、火の玉を発射した。
あれが魔法かっ!
火の玉はゴブリンに命中すると、一瞬で体を包み、狂い叫んで転げ回っても消える事はなかった。その火が隣のゴブリンに引火しそうになるのを、奥に控えていた一回り大きなゴブリンの棍棒に、叩き潰される。
あれもゴブリンだろうか? それにしては大きすぎる。そこらへんに生えている木を引っこ抜いた丸太棒を軽々と振り回している。
何度も火の玉を当てたのだろう、ヤケドあとの残るヒフには、しかし致命傷と言えるほどの傷では無かった。
あれにやられては村長宅も危ない!
俺は勢いそのままにでかいゴブリンの背中に突っ込んでいった。
一瞬振り向いたゴブリンが、あまりの勢いに目を見開く。
吹き飛ばすつもりで突進した俺を、ヒョイと避けたでかいゴブリン。俺はもんどりうって転けると、そのままゴロゴロと転がっていった。
そこにたまたま居たゴブリンを巻き添えにして、ようやく止まると、回転に気持ち悪くなった俺は頭を振るって、まだ手の中にあった牛殺しを構えた。
でかいゴブリンが鼻息を放って、こちらに向かって来る。
「危ない、下がって!」
と叫ぶティルンに、
「こっちは良い、他のゴブリンを頼む!」
と叫びかえすと、冷静に相手が来るのを待ち構えた。
俺は極端に器用が低いから、仕掛けてはまた不器用に失敗するだけだ。
ならば相手が俺の攻撃圏内に入った瞬間にしかける方が良い。
その構えが気に食わなかったのか、興奮したでかいゴブリンが、丸太棒を振り上げて突進してくる。
もう少し、もう少しーーここっ!
振り下ろされた丸太棒をくぐり抜けて、力一杯突進する。肩に丸太棒の根元が当たるが、それを無視して、でかいゴブリンのみぞおちに体ごと突きを放った。
吹き飛ばされて地面に尻餅をつくでかいゴブリンに、飛び乗った俺は牛殺しで頭を殴る。
強烈な一撃をくらったゴブリンは、そのまま動かなくなった。
「す、凄……」
他のゴブリンに火の玉を放っていたティルンが、こちらを向いて絶句している。少し気持ちの落ち着いた俺は、他の村人が苦戦しているゴブリン達に襲いかかった。
それでも興奮していたのだろう、
「おい、俺はゴブリンじゃねえって! もう皆片付いたべ、落ち着け、落ち着けってば!」
手当たりしだいに攻撃し続けた俺の周囲には、既に生きたゴブリンは無く、打ちかかろうとした相手に制止された。
村人側の死亡者は7名、そのうち一人は俺の幼馴染の少年だった。
すぐに村外れにある墓地に運ばれると、亡くなった人の家族が、その遺体にすがりついて泣いていた。
その場に少なくなった村人全員が集まる。総勢67名、進み出た村長が、
「今回の襲撃は突然じゃった。犠牲になった者の中には、仲間を逃がそうと勇敢に立ち向かった者もいる。としはもいかぬ子供も居た。皆で冥福を祈ろう」
と告げると、皆で焚き木を積み上げていく。この世界には、アンデッドと呼ばれる死霊モンスターがおり、遺体を焼かなければ、化けて出る可能性があるから、皆火葬なのだ。
俺も幼馴染のそばにまきを置く。手を組んで、目をつぶったその姿が、涙でにじむ。
この間まで一緒に遊んでいたのに……
死体の上を香草でおおうと、今度は長老が村に伝わる文言を唱えながら、火を付けた。そのまま燃え尽きるまでまきをくべて、完全に焼けた後は、皆で土の中に合葬する。
その頃には昼を過ぎ、皆が一旦家に戻る頃には、ドッと疲れが湧き出してきた。
道すがら無言だった父が、
「お前、どこに行ってただ?」
と聞いてくる。俺はまずいと思いながらも、
「山に行ってた」
と答えると、いきなり殴られた。
「こんな危ない時に、一人で山に入るバカはいねぇ! 調子こくでねぇぞ!」
たいして痛くもない拳が、なぜか胸に響いた。父親が涙をこらえているのが見えたからだ。
俺は勝手にそれほど心配していないだろうと思っていたが、そうじゃなかったらしい。その瞬間、前世で死に別れた両親の顔が浮かんできて、俺は泣いた。
「うえ〜〜ん」
と自分でも驚くほど子供らしく泣いた。それを抱きしめてくれた親父の温もりに、さらに涙があふれると、
「ほら、早く入ってお昼にすんべ」
という母親の言葉に、しゃっくりを繰り返しながらうなずく。そうして二人に挟まれながら家に帰った。
後々まで兄弟達からこの時の事をからかわれたが、俺はこの時、ようやく現世人〝カミーノ〟として生まれ変われたような気がした。