高地村のティルン
翌朝、またもやステータス・チェックをすると、
勇者:Level:3
力:541
速さ:20
器用:5
知力:11
魅力:6
魔力:13
HP:35
MP:4
保有スキル
頑健(神):Level:8(445/1280)
投擲(石・棒):Level:2(5/20)
装備
牛殺しの棍棒
おお! 昨日よりも速さとHPの伸び率が良い気がする。筆記用具がないのが悔やまれる、数値の伸びを記録したいが、紙も鉛筆もない今、あるのは木を傷付けて記録する方法のみ。
暗記の苦手な俺は、とっとと記録する事など諦めて、早朝の山を走り登った。
昨日よりもさらに手足が伸びている。全身に漲るバイタリティーで、昨日よりも早く力の木に着いた。
が、力の木を見上げた俺はガクゼンとしたーーいちばん手前の立派な木が、全ての葉を落とし、輝きを減退させている!
あゝやっぱり……調子に乗って実を取り過ぎたんだ!
生命線とも言える、力の実を得る手段が減った事にショックを受ける。木に近付いて幹に触れると、冷たい樹皮は昨日に比べていくぶん細くしまって見えた。
これからは量を加減して取らないと……後二本も枯らしてしまうと、えらいことになる。
まずはどれくらいの実がなっているのか、それを把握する必要がありそうだ。
俺は苦労しながら、残り二本の貴重な木に登り、そこにある木の実を数えた。その数、右の木に約120個、左の木に約140個。どうやら左の木の方が沢山なっているらしい。
ここは慎重に……先ずは左の木の5パーセント、7個をもぎると、枯れた木の地面に落ちている実36個を合わせて、43個の実を食べた。
これで、
力:656
頑健(神):Level:8(746/1280)
目の前になっている木の実を食べれば、頑健のレベルも上げられるが……ここはグッと我慢だ。もしこれ以上木を枯らしてしまったら、今後の成長に支障が出て来る。
俺は牛殺しの棍棒を杖代わりに、来た道を下り出した。
途中、
「ぎゃあっ! たっ、助けてくれ〜!」
という男の声が聞こえてくる。なにごとか? と思って足をのばすと、見覚えのある村人が、ゴブリン三匹に囲まれていた。ゴブリンは粗末な槍や棍棒で、遠巻きに村人をつついている。鎌で応戦する村人は、泣きながら抵抗しているが、あのへっぴり腰では対抗できまい。
俺は猛然とかけよると、
「こらっ!」
と牛殺しを一匹の頭に振り下ろした。地面に叩きつけられて、少しだけ跳ねたゴブリンが、村人の方にくずおれる。
腰を抜かした村人が、その死体を抱きかかえてひっくり返ると同時に、
「このっ!」
ろくに反応できない左のゴブリンに突きを放つと、喉元をかんぼつさせて吹き飛んでいった。
「ばかやろっ!」
振り向きざまにフルスイングした牛殺しが、残ったゴブリンの頭を叩くと、その勢いに吹き飛んだゴブリンが縦に回転して柔らかい腐葉土を削る。
それを確認した俺が、
「大丈夫ですか?」
と村人のもとに行くと、返事がない。つぶれたゴブリンを抱えて、気絶しているようだ。
俺は倒したゴブリンの左耳をちぎって回ると、村人を背負って山を降りた。
それを見た村人達は、騒然となって輪を作る。遅れてやってきた長老と村長が、
「こいつはえらいこっちゃ、のんびり考えてる暇はない。早いところ高地村の魔女を呼んで、山狩りをせにゃあ」
「だが村の守りも固めにゃなんね、男衆をやるわけにはいかないし、助けを呼びに行かにゃならんし……どうしたもんだべな?」
と話し合っているのを聞いて、横から、
「あの〜、もしよかったら俺がいきましょうか?」
大人同士の話し合いに割り込むのは、勇気がいったが、思い切って言ってみた。なにせ興味のあった高地村の名前が出てきたし、道順なら先日聞いたばかりだ。
ゴブリンの二・三匹なら棍棒でどうにでもなる。
俺の顔を見た村長は、頭の先から足元まで見ると、
「お前さんこんなに立派だったかの?」
と聞きながらも、
「うむ、お前さんはゴブリンを何体もやっつけとるし、大丈夫かいの? 少し待っとれ」
と言うと、家に戻って木札と荷物を持ってきた。
「こりゃあ貴重な魔女への願い札だ。裏に用件を書いておいたから、ひとっ走り渡して来てくれ」
と言って手渡す。そして、
「村の使者がそんなチンチクリンだとなめられるからの、これを着て行け」
と村長の息子のお古の服を渡してくれた。丈夫な繊維で出来た服は、成長した俺にも大きかったが、今まで着ていたボロ着よりも、随分と着心地が良い。
ステータスにも、
装備
牛殺しの棍棒
丈夫な服
と反映されているのを見て、嬉しくなった俺は、喜び勇んで山道をかけだした。
途中、教わった脇道に曲がって行くと、草におおわれた獣道になっていく。
ドスドスと響く足音に、山の生き物が逃げ出したりしたが、幸いにもゴブリンには出会わずに、大きな山を越え、さらに続く道をひた走った。
日が登り切り、走り続けた体から湯気が上がるころには、木々がまばらになり、開けた視界に一本の巨大な木が飛び込んでくる。
あれが長老の言っていた高地村のご神木に違いない。それは金色に輝く力の木に比べて、どことなく紫がかったようなモヤがにじむ、陰気なムードの大木だった。
その根元には数件の家が建ち、それを取り囲むように、故郷よりも沢山の家が軒を連ねている。
入り口には見たことも無い文字の書かれた、立派な木製の門があり、そこには一人の老人が立っていた。
「すみませ〜ん」
息を弾ませた俺が、木札を手に声をかけると、
「はいよぉ、隣村の使者じゃのぉ。待っとったぞぉ」
と言った。驚いた事に、その老人は俺が来るのを予測して、待っていたようだった。
びっくりして固まる俺に、
「魔女様は全てお見通しじゃぁ、ほれ、こっちぃきなせぇ」
向きを変えると、ゆっくりと歩きだした。俺が門をくぐると、自然と閉じる。まるで自動ドアのような仕掛けに、振り向きながらも、失礼にならないよう、老人の後について歩いた。
気が遠くなるほどスローな老人が、ご神木に埋もれるようにして建つ家ににたどり着くと、持っていた杖で「コンコン」とドアを叩く。
すると誰もいないのに、扉が開いて、
「お〜い、姉さんやぁ、使者を連れてきたぞぉ」
奥に向かって声をかけながら入っていった。俺は一瞬ちゅうちょしたものの、後について家にあがる。中は思ったよりも広く、分厚い棚に囲まれた壁には、様々な物であふれかえっていた。
その奥から、
「弟やぁ、その子をこっちまで連れてきておくれぇや」
老婆の震える声が聞こえてくる。弟と呼ばれた老人が俺の背を押すと、昼なお暗い奥の部屋へと招き入れられた。
暗さに目が慣れてくると、ベッドに老婆が寝ているのが分かる。
俺は一つ頭を下げると、
「これ、渡すように言われました」
と木札を手渡した。震える手でそれを受け取った老婆は、ベッドサイドに置いてあったろうそくに近づけると、目を細めながら文字を読む。
火に照らされた老婆は、とても柔らかい印象のおばあちゃんらしいおばあちゃんだった。
「うむうむぅ、こりゃ困ったじゃろうねぇ。ゴブリンの件はぁ、占いにも出ていたんじゃがぁ、こんなに早く人里に出るとはのぅ」
と言って俺を見た。
「お前さんなら少しは殺れるじゃろうがぁ、数が多いから無茶すると死んでしまうしのぅ……じゃぁがワシも腰を痛めてのぉ。数日は安静にしとらにゃぁならんのよ」
たるんだ眉を少し寄せた老婆こと、高地村の魔女が、弟を呼び寄せると、
「こりゃあやっぱりティルンちゃんの出番かいのぉ」
と何事かを相談した。それに答える弟が、
「そうじゃぁのぅ、ゴブリン退治くらいはさせても良いころかいのぉ。朝から出番を待って、用意しとるはずじゃでなぁ」
と答える。まってろという弟は、またもやスローモーに家を出て行くと、俺は魔女とともに部屋でまたされた。
ニコニコと笑みを絶やさない魔女と、しょざい無く牛殺しをいじって時間をつぶす俺。ゴブリンの血が染み付いた部分を、元着ていたボロ着で拭き取っていると、
「お前さんはぁ、種を沢山食べたんだねぇ」
ドキリとする事を聞いてきた。何故知ってるのだろうか? 緊張しながら魔女を見ると、
「口の周りに食べかすがついとるでなぁ」
と言いながら、布で拭き取ってくれた。おばあちゃん独特のなんとも言えない匂い、そこに他には無い薬臭さが混じっている。
「それにこの体、力の実でこうもなるもんかねぇ? あの実をどれほど食べたらこうなるんかのぅ。まあ変わった坊やだことぉ」
ホッホッホッと笑いながら俺の体をさすり続ける。やっぱり何かの理由でお見通しらしい。冷や汗の出る俺は、生きた心地がしないまま、弟さんの帰りをまった。
そこへ戻ってきた弟さんが、後ろに連れて来た人を中に招き入れる。
「おぉ、ティルンや、もう準備万端じゃのぅ」
魔女の声にうなずくのは、俺と同じ位か、少し年上の女の子。長い金髪を両サイドでおだんごにして、クリクリッとした目が印象的な、将来は美人になるだろうな、と思わせる整った顔をしている。
俺を見て、少し落胆したような表情を見せると、すぐに気を取り直した様子で、
「大魔女様、ゴブリン退治の依頼ですね、私にお任せ下さい」
リンとした声で杖を前にかかげる。大きなこぶがついた、いかにも魔法使いが持っていそうな杖には、真っ赤な宝石が埋め込まれていた。
「まぁそうきばらんでえぇよぉ。この子と隣村に行って、ゴブリン退治の手伝いをすりゃええでのぉ。お前さんの探知魔法で助けてやりなぁ」
まだなで続けていた俺の肩を押すと、
「これを持っておゆきぃなぁ」
と、懐から布地で出来た護符を二つだして、俺にもくれた。
「聖別されたご神木の実が入っとる、魔力のお守りじゃ。お前さんがたを守って下さるからのぅ」
と言うと、俺には、
「これは使者のごほうびじゃぁ、後で食べるとええでのぉ」
と別の袋をくれた。中身を確認すると、ご神木の実だろう種が五個入っている。
これでご神木の実が何なのか確かめる事が出来る。そう喜んで頭を下げると、シワを深めた大魔女がウインクを送ってきた。
それを見て少し眉をひそめたティルンが、
「じゃああなた、村まで案内して下さる? 道には詳しいんでしょうね?」
少しトゲがある言い方で聞いてきた。俺は、
「ちゃんと道は知ってる、俺はカミーノ。ティルンだね? よろしく」
と手を差し出すと、少し嫌そうにしながらも握手を返した。
前世の俺だったら、こんな風に異性と話す、ましてや手を握るなんて、緊張してできなかっただろう。なにせアラサー童貞だった訳だし。後半生十年強は、異性なんてまともに話せるのは母親くらいのものだった。
それが今はどうだ? 嫌がる異性にも動ずることなく、堂々と交流ができている。
子供とはいえ、やはり何らかの精神的な変化があるな、と感じ入っていると、
「カミーノ、いつまで突っ立っているつもり? 早く案内しないと、日が暮れてしまうわ」
ティルンが先に外に出てしまった。あわてた俺は、大魔女様と弟さんにあいさつすると、牛殺しをかついでティルンを追った。