輪廻の指輪
〝どうする?〟
ティルンの念話に、
〝ここは攻めるべきにゃ、こっちは無傷、相手はダメージを受けているにゃ〟
ホワイティーの言葉に、うなずく者数名、しかし、
〝ここは未知の場所です。しかもこの地下からはケタ違いの力を感じます。うかつに追っては危険です。しかもカミーノ様の魔力が……〟
ウールルの指摘通り、俺のMPは減り続けている。ステータス上では、35096/59702と、約半分が消費されていた。
これは高レベルの頑健(包)を、パーティーメンバー全員にかけ続けているからだが、それほど闇龍の発する黒のオーラが凶悪な呪いを含んでいるという事だろう。
〝でもここを追われては、人々をかくまう場所がない。もうひと踏ん張り、頑張ってダメなら、アヤカの帰還魔法でもどろう〟
と念じると、皆の気持ちもかたまった。
〝それじゃあこれを皆つけて〟
10本の手それぞれに極小さなくっつくんをあみあげたアヤカが、俺たちの背中にそれを貼り付けてくれる。
〝念じた分だけその場にとどまる力が得られるから、この穴を降りるのが楽になるよ〟
笑顔のアヤカに、
〝さすが! 天才あやとり使い!〟
と持ち上げると、照れたように笑いながら、
〝もう、天才美人あやとり魔法少女なんて、そんなあ!〟
と残りのウデでバンバン叩かれる。いや、少女って、それを言うなら魔法巨女だろう? という言葉を飲み込んで、あいまいに笑うと、皆で闇龍の後を追った。
まっすぐ空いた穴は、スピードを上げて降りて行ってもまだまだ底にたどり着かない。そうこうする内に、温度が上がってきた。そりゃあ火山の中だから、当然か、にしても熱い。俺は頑健の強さを調節して、熱にも耐えられるように気を配った。
と、小さかった闇龍のオーラが、突然大きな反応に変わる。
〝やばいぞ!〟
という俺の念話と同時に、ティルン、ウールルコンビの雷火球が発射された。
周囲を照らしながら垂直に放たれると、その下には闇のブレスを準備する闇龍がいた!
雷火球の直撃を受けても、ブレスのオーラが消える事はない。そこにアヤカのシューティング・スターが集中放火した。
ものすごい熱量に、上昇気流がまきおこって、木の葉のようにほんろうされる。なんとか壁に捕まると、
「きゃああっ!」
と隣を飛んで行くホーリィさんも捕まえた。爆煙を上げる下方をのぞきこむが、いまだに奥の方で起こる爆発に、大穴が震動する。
〝みんな無事か?〟
と呼びかけると、各自バラバラに返事が届いた。どうやら皆壁にへばりついているようだ。少し離れたところから、アヤカが多腕を振ってくる。
だが……
〝どうやらまだまだ元気みたいだな〟
圧倒的なオーラの波動が、爆煙の向こうに渦巻いている。それは最初に見た時よりも、大きくなっているように感じた。
〝こっちに来るんだ〟
俺は力の杖を壁に突き立てると、根を張らせてその上に立つ。そしてミスリル・ダガーを両手に持つと、力の限りに壁を掘り進めた。
硬いとはいえ、魔法のかかった刃物に切れないほどではない。その上に俺の剛力でもって掘り進めると、あっという間に穴が出来上がる。
それを瞬時に広く大きくしていくと、力の杖を抜いて、できた穴に潜んだ。
皆も集まってくると、
「闇龍の力がなぜか増している。その理由が分からない今、これ以上戦うのは危ないかも知れない。アヤカの帰還の魔法で一旦退却して、作戦を立て直そう」
と言うと、皆もうなずく。それぞれ消耗しているし、なんといっても不気味なのは、闇龍のタフネス。あれほどのダメージを受けていたのに、アヤカのシューティング・スターの直撃を受けきるとは、先ほどまでは思ってもいなかった。
「それじゃあ、このあやとり糸さんで帰るンルン♡」
軽いノリのアヤカが、ピンクの魔力糸を振り上げた時、闇龍のブレスが縦穴をふきあげた。
咄嗟に力の杖を地面に突き立て、幹で穴にフタをした俺たちは無事だったが……
「ありゃりゃ」
というアヤカの手を見ると、焼き切れた魔力糸が、情けなくたれている。と、いう事は?
「帰れないじゃないっ!」
ティルンの叫び声に、動揺が広がる。俺はとっさに頑健(包)を(神)レベルに引き上げると、
「大丈夫、大丈夫だ!」
と皆を抱き寄せた。頑健(絆)によって強まった同調性が、皆の心をしずめ、平常心を取り戻していく。
その間にも、ずり上がってきた闇龍が、横穴に噛り付いて来た。
力の杖でできたフタはなんともないが、周りの岩がたやすく削られていく。
なんとかしなければ! と思ったとき、俺の全身をおおう金光が力の杖と同調して、
〝下に根を生やせ〟
というメッセージを受け取った。それはまるで巨人にささやかれたような、深く響く念話……それは始祖の精霊とイメージが重なる。ひょっとして力の杖とは、始祖の精霊の……
時間の無い俺は、思索を止めて、力の杖の導きのままに、根を深く生やすようにイメージする。
するとMP消費と共に、下の方からミシミシという音がした。
杖の周囲から闇龍の牙が見えて、もう少しでフタが外れそうになった時、俺たちの足元が突如として無くなった。
そのまま滑り台のような、すべすべの筒を滑り落ちると、着地点に尻もちをつく。その上からホーリィさん、ホワイティーと続いて、それを受け止めていた俺の顔面に、アヤカの巨尻が突っ込んできた。
〝いや〜ん〟
と悩ましい念話をよこす、
〝そんなヒマがあったらサッサとどけ〟
と思ったことが念話になってしまうと、
〝なによ! わざとじゃないもん〟
と痴話ゲンカがはじまる。(絆)の能力は便利だが、こういった所はちょっと難があるな。
などとボンヤリしているヒマはない。頭上では俺たちを逃した闇龍が、やたらめったらとそこら中を掘り進んでいる気配がしている。
俺たちは横穴になっている通路を走って、闇龍の尻尾付近を捜して回った。火山の地下に行ってパワーアップをしたという事は……あった!
少し開けた空間に、闇龍の尻尾部分が見える。その末端は溶岩の中につけられて、火山の力を吸収しているのが、オーラを見てもわかる。
〝あの尻尾を狙えるか?〟
俺の念話に、アヤカとティルン、そしてウールルがうなずく。だがその気配を察したのか、上体を現した闇龍が、闇のブレスを放射してきた。
咄嗟にくっつくんを作り出して、ブレスの方向を変えるアヤカ。だが、先ほどよりも強力になったブレスを制御するのは難しく、何個もくっつくんを作り出して補強しても、力で抵抗されてしまう。
ディアの咆哮も放たれているが、半狂乱となった闇龍には、効いているのかどうかも分からない。
俺が頑健(波)を放射しながら、取り押さえに向かうと、
〝あれは!〟
とあらぬ方向に走り出すティルン。
〝どうしたティルン!〟
余裕のない俺は、言葉だけでティルンを制しようとするが、とりつかれた様に闇龍の元へと走るティルンは、地面にしゃがみ込んでしまう。
〝お父さんの! お父さんの指輪だわ〟
ティルンが拾った物は、ずっと探していた父親の指輪。いつぞや母の形見と対になっていると言っていたものだ。
〝そんな場合かよ! 早く闇龍から離れろ〟
俺の言葉にハッとしたティルンは、こちらに振り向く。だが、ブレスの圧力で拘束を逃れた闇龍の首が、ティルンの方向に向いた。
〝あぶない!〟
俺たちの念話も届かず、ティルンの居場所を闇のブレスが蹂躙する。とっさに闇龍の頭を殴ったが、ティルンはーー消えてしまった!
〝うわあぁぁぁ!〟
俺はムチャクチャに暴れて、闇龍を殴りつける。硬い鱗に手を切るが、我関せずとばかりに杖と言わず素手と言わず、殴る蹴るの暴行を加えた。
絆が……さっきまで当たり前のように、一番強く感じていた絆が、まるで感じられない。躍動する体と正反対に、心にぽっかりと空いた大きな穴。息ができなくなるほどに、心が締め付けられた。
「ビギイイイィ!」
闇龍が怒りの咆哮と共に闇のブレスを放射する。それに合わせる様に、アヤカのシューティング・スターが着弾した。
圧倒的な火力で闇龍を貫くが、火山の力ですぐに再生していく。
そして隕石群の落下が収まったころ、闇龍がかまくびをあげると、再生が間に合わず、ズタボロに穴を開けた体から火を漏らして、闇のブレスを放射した。
俺は頑健(波)を放ち、闇のブレスと拮抗させる。その時、ティルンの消えた場所から、真っ赤なオーラが現れた。
その瞬間、俺は歓喜に包まれた。ステータスの中の頑健(絆)が光り輝いている。そしてティルンの存在が、むせかえるような生命力の波動となって俺を貫き、真っ赤なオーラの中心に集束していったから。
〝ティルンが生きてる!〟
喜びに頑健(波)の出力が上がり、闇のブレスを押し返していく。
その時、真っ赤なオーラの中心から、赤黒い魔方陣が現れると、どす黒い炎がラセン状に伸びた。
〝暗状紅炎〟
これは……ティルンの念話だ!
どす黒い炎が闇のブレスを巻き込むと、魔方陣へと引き込んでいく。吸収された闇のブレスは、闇龍の口から黒煙が上がり始めた時、とうとつに途切れた。
赤黒い魔方陣が役目を終えてかき消えると、その中心からティルンが姿を現す。
その手には、一冊の分厚い本が抱えられていた。
「ティルン! どうして? 大丈夫か?」
側にいって抱きしめる、ふんわりと彼女の香りがして、胸がつまった。
「魔導書に引き込まれて助かったわ、お父さんがくれたから」
と言って、一冊の本を見せる。それは分厚い革張りに、火の紋様が浮き出た、立派なつくりの物だった。
「ひろったお父様の指輪とお母様の指輪を合わせたら、メッセージと共に、この〝獄火の魔導書〟が現れたの」
と言う。何より無事で良かった。俺が抱きしめ続けると、
「痛いっ! ちょっと手加減しなさいよねっ。まだ闇龍も倒してないんだから、チャッチャとどいて!」
と怒られた。こんな時にもこれかよ、という思いと、あゝこれこそがティルンだなぁ、という安堵感に涙が出る……という感傷にひたる間もなく、闇龍に対峙する仲間たちの元に急いだ。
見るとウールル、ウールナ姉妹の合体魔法矢と、ディアの咆哮、それに接近戦組の一撃離脱の攻撃で気を引きつつ、アヤカの魔法を何発か当てているが、闇龍は無限のごとく汲みあげる魔力で、ダメージを受けた先から回復していく。
それに比べて、疲弊していく俺たち。俺にしても、残りのMPは1000を切った。このままのペースで頑健(包)を維持していくと、後数分ももたないだろう。
ジリ貧の俺たちに、
〝この本の魔法で奴の尻尾を焼き切るから、少しの時間集中させて〟
ティルンの念話が届くと、魔導書から空中に魔方陣が投影されて、赤い光を浮かべる。
その中心から、今まで見たことが無いほど力強い、陽の気を含んだオーラが立ち昇り始めた。
それを見た俺たち前衛組が、闇龍に突撃をしかけると、後衛組は魔法の準備にとりかかった。
俺のMPも残り少ない、とても気闘砲や頑健(波)を放出する余裕もなく、(包)を高レベルに安定させると、力の杖を握り込んで闇龍に殴りかかった。




