ボルガ山の洞窟
「これは……凄い眺めですね」
ホーリィさんの言葉に、一同がうなずく。俺はともかく、かなり北方まできたため、皆寒そうだ。その眼前には、てっぺんに雪の帽子をかぶった綺麗な二等辺三角形、ボルガ山のふもとまでやってきた。
だが、蹴散らしながら進んで来たラブリーフ教兵団が、俺たちの後方に陣取り、様子をうかがっている。
旅の間にもどんどん参加者が増え、総計何人なのか? もはや誰も分からなくなっている。俺たちの中にラブリーフ教団のスパイがいたとしても、誰にも分からないのが実状だ。
「これは困りましたね」
ウールルが山を見上げてつぶやく。
「何が?」
ときくと、
「この山には主がいます。多分ドラゴンではないかと……火山の精霊力以外に、違う種類の力を感じます」
と言われて、頑健(神)のオーラ視を上げて見てみる。山全体を包むオーラの中に、確かに強烈なオーラが見えた。しかもそれは中を見通す事のできない、不思議な力を内包している。
「これは……ドラゴンといっても普通ではないな。だが始祖の精霊はここに来いと言っていた。何か訳があるのだろうか?」
と言うと、
「聞いてみる?」
とティルン、確かにこの前は呼び出せたが、今回も呼び出せるとは限らないと思うが……
「火の上位精霊ならば、始祖の精霊とも意思疎通できるかも知れません。やってみる価値はあるかと」
ウールルのすすめもあって、呼び出してもらう事にした。その間に、どうやって俺たちについて来ようとしている者と、ラブリーフ教団のスパイとを見分けるか? について、皆と会議を開く。
「踏み絵はどうでござる?」
というエナの意見に、ラブリーフ教の崇拝対象は何か? とホーリィさんに聞くと、
「ラブリーフでは、開祖が神の啓示を受けたさいに頭に落ちてきたというハート型の葉っぱを象徴としています」
と言う。そこで誰かハート型の葉っぱを持っていないか? と尋ねると、誰も持っていなかった。
「では、各自尋問するというのは?」
さすがくノ一、サエの発想は中々しぶい。だがこれだけの数である、一人一人尋問していっては、きりがない。
その時ヒルト導師が、
「ラブリーフ教団では、力の実を邪悪の象徴としています。これは開祖が修行中に山に迷い込んだ際、思わず食べて死にそうな目にあった故事からきた考えで、悪魔が開祖を殺そうと、実に化けたと考えられているからです。つまりカミーノ様が邪悪視されたのもこれがキッカケですが……」
なんか前にもホーリィさんがそんな事を言っていたな。おっさんがひもじくなって、勝手に実を食べて死にかけただけじゃないか。とんでもないとばっちりだ。
でも皆の前で力の実を食べた事なんてあったか? あったような、無かったような……う〜ん、分からん。
「で? 力の実に対する嫌悪感をどう生かす?」
とたずねると、
「私の魔法で何とかしようか?」
とアヤカが言ってきた。皆がどうするのかたずねると、
「私の魔法〝くっつくん〟あやとりに、力の実を巻き込んで、弱く発動したら、ラブリーフ教の人以外がくっつくと思うの。で、もう一つの〝くっつくん〟を作って、そいつらを吸着していったら、ラブリーフ教肉団子の出来上がり〜、後は煮るなり焼くなり揚げるなり、好きにすればいいよ?」
おお、流石は多腕巨人、言う事が人外じみて怖い。
皆が一歩引くと、
「嘘、じょうだんじょうだん」
とあわてて訂正するが、この子なら本当に調理しかねないという疑念はぬぐえない。
まあ集まった人達がラブリーフ教団とも言い切れないから出禁で良いか、この件が落ち着いたら決行……という話をしていると、
「そろそろ呼び出します」
ウールルが緊迫した声を上げた。以前のように火柱が上がると、その形が人間のものになっていく。
始祖の精霊の本体に近いせいか、その火柱は以前見たよりもかなり大きく天にふきあげた。
渦を描く炎が、だんだんと人の形になっていく。それに向かって、ウールルが独特な言語で語りかけた。
しばらく双方の掛け合いが続く中、ウールナが耳元で、
「あれは精霊語と呼ばれる、エルフに伝わる魔法言語です。今は始祖の精霊について、お姉様とイフリートで話し合っていますので、しばらく待って下さい」
うん、どうせ言われても分からないし、ウールナも細かい言葉は分からないから、通訳できないらしい。ここはウールルに任せよう、と見守っていると、突然イフリートが苦しみだした。足元が黒ずみ、全身に広がっていくと、姿形が縮んで、老人のような姿に変わる。
「何者だ!」
思わず叫んだ俺に、
「クックックッ、お久しぶりですなぁ。私ですよ、お忘れですか? 〝闇〟でございます」
としわがれた様な、しかし地の底から響く様な、不快な声が返ってくる。こいつはオルファンさんの所にいた呪術師か! なぜ今こいつが、しかもイフリートの姿を乗っ取って出てくる?
混乱する俺たちを、赤く光る目をゆがめて楽しそうに見た闇は、
「あなた様がたにおりいって頼みがございましてな」
「お前からの頼み? 何だ?」
「いえいえ、私からの、ではございません」
もったいぶった話し方に、思わず嫌悪感が湧く。
「お前じゃないとするなら誰だ? もったいぶらずにサッサと言え」
と言うと、俺の嫌悪感を楽しむように目尻を下げた闇は、
「主様でございますよ」
と意味深な事を言った。
「主って、だから何者だ!?」
「主様は主様ですよ、この山の」
とボルガ山を指し示した。何だと? こいつの主人というのは……
「それは始祖の精霊という事ですか?」
ウールルがたずねると、クックックッと笑った闇が、
「当たり前です、この山の主といえば始祖の精霊様しかおりません」
と何が楽しいのか、しばらく笑いつづけた。全く趣味が合わない。サッサと用件を済ませてしまいたくなる。
「で? 始祖の精霊からの頼みって、いったい何だ?」
とたずねた俺に近づいてきた闇は、熱い息をはきながら、
「この山に巣食う闇龍を倒して欲しいのです」
珍しく真剣な顔で告げた。間近で見る闇の顔は透き通るほどに白く、唇だけが真っ赤に浮いて見える。
「山の中腹に巣食う病魔の闇龍、あいつを退治して下さい。そうすればあなた方を受け入れましょう」
と言う闇の言葉に、え? と固まる。始祖の精霊に呼ばれたと思ったら、ていよく使われる? おいおい、俺たちは使いっ走りかよ? と文句を言おうとした時、
「外敵からは全て保護する。絶対の確約だ。我が主に誓って」
話はここまでとばかりに闇が宣言すると、黒い炎が空中に散華する。俺たちはそれを見送ると、
「ま、まあ退治してここに住むか。ここまで来たら」
俺の一言に、あいまいにうなずく一同。どことなくホーリィさんの顔も引きつっているが、まあそんなに気にしないで行こうよ。何とかなるさ。
俺たちは信者をヒルト導師に任せて、山の中腹を目指した。
中腹にある洞窟、ここが闇龍のすみかへの入り口だろう。周囲にはあらゆる生物の死骸が、外の世界に逃げ出そうとして力尽き、腐臭を放っている。
その中には通常は毒や病に倒れる事のない上位魔獣の姿もあった。
周囲に漂う濃灰色のオーラに、迷宮都市に向かう途中で見かけた流行病に侵された村を思い出す。その奥に潜む闇龍とは、あの時の闇のオーラと同じような存在だろうか?
パーティー全員を強度の頑健(包)でおおうと、そのオーラ渦巻く洞窟に足を踏み入れた。
様々な迷宮や、種シリーズを食べてきた俺のステータスは、
勇者:Level:95
力:25687
速さ:5084
器用:4789
知力:3205
魅力:1968
魔力:6847
HP:47850
MP:59702
保有スキル
頑健(神):Level:MAX
頑健(波):Level:MAX
頑健(包):Level:MAX
頑健(絆)
棍棒術:Level:MAX
投擲:Level:MAX
格闘技:Level:MAX
気闘術:Level:MAX
気砲術:Level:5(147/160)
装備
力の杖
ミスリル銀線のボーラ
紫雲糸のストール
魔力糸の頑強な服
主な持ち物
魔法の袋(黒鋼塊×10、ミスリル・ダガー×10、爆魔石×10、水筒×10、水筒×10、携行食×10、携行食×10、携行食×10、MP回復薬×10、連絡石)
金袋(24金、10銀)
勇者のレベルも95、果たしてどの位が上限かは分からなかったが、99で打ち止めだとしたら、もう少しだ。
頑健(絆)は、ティルンとの特別な感情に気づいた時から表示されている。これがあると、念じるだけでティルンと会話ができるようになったが、その効果は徐々にパーティー内に波及し始め、全員と念話を交わせるようになった。
そして何故かこのスキルだけがレベルがない。そのかわりに、なんというか……心で感じる仲間たちとのつながりが、使うほどに強まっていく気がする。
(包)のレベルがMAXになった事とも関係しているのだろうか? 以心伝心とまではいかないが、それに近づいている感覚があった。
まるでパーティーが一つの生き物として成立している感覚で、総合力が格段に上がった気がする。
そして気砲術とは、身にまとった気闘術を放出したり、投擲するアイテムにまとわせたりする能力で、他の闘技と掛け合わせると威力を増す、上級スキルだった。
「こんな状態だったら、他のモンスターは居ないかもしれないが、気をひきしめて行くぞ!」
俺の声に応じたメンバーが、素早く二班に別れた。