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救世主と信者

 迷宮都市に戻ってからは、取り急ぎ領主に呼び出された。ここでもラブリーフ教団の圧力がかかり、俺たちを異端者として罰するから引き渡せと迫られているらしい。


 本来ならば外圧に屈する迷宮都市ではないが、俺の慈善事業じぜんじぎょうに集まる人間の数が増えすぎたため、本来の寺院との利害関係が生まれてしまった領主は、このさい出て行ってもらった方が良いと結論付けたという。


「お前ら派手にやりすぎたな、ホワイティー、お前には再三注意したと思うが」


 元冒険者の戦士だったという領主は、あごひげをなでながらホワイティーを睨みつける。それを受けたホワイティーは、


「だって派手な方がおもろいにゃん、そろそろ迷宮にも飽きてきたからちょうど良いにゃん」


 と退屈そうに言った。いやいや、何か忠告を受けていたなら、教えて下さいよ。俺初耳だし。と思っていると、


「ハッハッハッ! お前らしいなホワイティー。まあそういう事でよ、お前ら出禁だ。別に売り渡しはしないが、早めに出てってくれよな。あ、東の平原に奴らの軍がたむろしてるから、上手いこと避けて行けや」


 と出かける子供に教える様に気軽に言って、俺たちをしめだした。

 仕方なく宿に戻った俺たちは、これからの事を話しあう。


「こうなったら西の山脈を超えて隣の国まで逃げるしかないわね。さすがに国境を越えてまではラブリーフ教団も追えないはずよ」


 テーブルに広げた地図を指すティルンの言葉に、


「ボルガ山って聞いたことある?」


 と聞くと、


「え? ボルガ山ってあの北部山脈の、世界一高い活火山と言われるボルガ山の事?」


 と聞かれる。うん、確か始祖の精霊様がすみかと言っていたから、そんな場所ならピッタリだと思う。


「そう、困ったらそこに向かえって言ってた」


「誰が?」


「始祖の精霊が」


 と言うと、皆が「えっ!」と驚く。あの時の思念は頭が割れるほど苦痛だっただけで、何の言葉にも聞こえなかったらしい。

 俺が話した内容を語ると、


「それは間違いなく宣託せんたくです! 始祖の精霊からカミーノさんへ直接メッセージが届くとは……なんて素晴らしい事でしょうか。まさに預言者、まさに救世主にふさわしい出来事です」


 ホーリィさんが俺に向かって平伏すると、熱く語り出した。え? 預言者? 救世主? 何の事?


 俺の頭の中が?でいっぱいになっているところに、ドアがノックされた。


 サエが対応すると、来客者は救済団体を率いるヒルト導師である。


「やあヒルト導師、ちょっとこみいった事になってーー」


 と言う俺を制して、


「カミーノ様、我々も出発の準備が整いましてございます」


 と片膝をついて頭をさげる。え? 我々もって、誰か他に一緒に行くの? と思っていると、


「カミーノ様をしたう者達が外でお待ち申し上げております」


 と言う。そこでカーテンを開けて外を見ると、街中の人が、こちらを向いて手を合わせていた。俺の顔を見ると、


「おおお!」「カミーノ様」「救世主カミーノ様」


 とひれ伏す人多数。街を埋め尽くす人々が、まるで俺を仏様のように拝んでいる。非現実感に恐れをなした俺は、カーテンを閉めた。


「この人達何ですか?」


 おそるおそる聞いた俺に、


「皆カミーノ様に助けられた者やその縁者、そしてその噂を聞きつけて救われたいとやって来た信者の者達です」


 と言ったヒルト導師が目を輝かせる。ここにきてようやく事態を把握しだした俺は、確認のために、


「何を信じる信者?」


 と聞くと、


「もちろん、〝救世主〟にして〝預言者〟たるカミーノ様を信じる者達でございます」


 大きく手を広げて歌い上げるように宣言した。


 ーーっやっぱりか〜っ! なんだか面倒くさそうな展開に頭が真っ白になっていると、ホーリィさんが潤んだ瞳で俺の手を取った。


「救世主カミーノ様、預言者カミーノ様、素晴らしいです! こうなると思っておりました。どうか我々に道をお示し下さいませ」


 思ってたんかい! いやだ、本当に涙をながしてる。そんな事言われてもな〜。俺は頑健だけがとりえの凡人だし、救世主とか重たいわ。


 仲間を見ると、ホワイティーやアヤカは、新たな展開にニヤニヤ、ニコニコとこちらを見ている。てめえら楽しんでんじゃねえ! とエナとサエを見ると、落ち着いた様子で側に控えていた。うん、君たちはどうあろうと俺について来るんだね? 悩む必要のない人間がある意味うらやましいよ。ウールルとウールナは、精霊魔法の使い手という事で、始祖の精霊とコンタクトをとった俺をほぼ崇拝し始めているし……


 ディアは俺の心を読んだのか、鼻をすりつけてくる。その体を抱きしめると、体温が伝わってきて、ひとごこちつけた。


 そして正面を見ると、俺以上に不安そうなティルンと目が合う。この状況に戸惑い、心配してくれる幼なじみを見て、俺の心はス〜ッと冷静さを取り戻していった。


「今、この大陸には流行病が蔓延まんえんしています。カミーノ様から得た資金で作った慈善団体は、もはや一つの宗教団体となりました。どうか我々病に苦しむ民衆に、道をお示し下さいませ」


 平伏するヒルト導師と、それにならうホーリィさん。


「つまり、俺に教祖になれと? こんなこれから先どうするか、ろくに考えてもいない若造に?」


「しかし、あなた様には力があります。人々を救える力が、そして人々を守れる力が。逆にあなたは目の前の困った民をお見捨てになれますか?」


 ヒルト導師がここぞとばかりに迫る。だがそんな事に動じるほど俺の精神は柔くない。頑健だけが俺の取り柄だからな。

 目をつぶり、腕組みをしてじっくりと考えた後、


「正直なところ、俺が人を導けるとは思えない。だから俺を崇拝すうはいするというならば、この話は断る! もしも俺の癒しを求めるならば、その力はできる限り分け与えよう」


 開眼して言い切った。そうだ、俺にはこれくらいがほど良い。宗教なんて興味ないし、教祖なんてとんでもない、信者を導く度量どりょう気概きがいも無い! という事だけは自信を持って断言できる。


 それを聞いたヒルト導師は、困ったような顔で、


「ではカミーノ教と呼び始めている民にはどう伝えましょうか?」


 と言ってきた。なんだと! そこまで話を進めてから、初めて話を持ってくるなんて、なんと恐ろしい男だ。ヒルト導師やホーリィさんは特に悪びれた様子も無い。これが宗教家の怖さか……前世で熱心に新興宗教をすすめてきた近所のおばさんを思い出して、みぶるいした。


「ならば……」


 と見回して、ティルンと目が合う。〝え?〟という顔のティルンを見て、考えが浮かんだ俺は、


「聖火教だな」


 と答えた。


「それは?」


 俺の言葉を待つヒルト導師達に、


「俺たちのパーティーは〝聖火団〟という、それはティルンの火魔法を聖なるものと見立てての名前だが、これからついて来る者もパーティーの一員と考えるならば、聖火教と命名して、火を聖なる象徴しょうちょうとして崇める事とする。ちょうど炎から現れた始祖の精霊からのメッセージもあったしな」


 俺は自分の考えに満足すると、どうだ? とばかりにヒルト導師を見た。これ以上ゆずる気はない! という決意が目に現れていたのだろう。


「分かりました、ではそのむね皆に伝えてきます」


 建物をでたヒルト導師の声が、民衆に伝わると、


「おおおっ! 聖火教」「聖火教バンザーイ!」


 という声が地響きをともなって伝わってきた。これだけの人間を率いて、遠く北方の山岳地帯まで移動するとか、大丈夫か? と不安になるがーーんまぁ、何とかなるだろ!?






 *****






 と……思っていた少し昔の俺よ、甘い、甘すぎるぞ。


 先頭を歩く俺は、中々追いつかない信者の皆さんを待つために小休止をして、沸かしたお茶を飲んでいた。


 いや〜、東の平原からラブリーフ教団の軍勢が迫っているというのに、このペースで大丈夫か? いや無理だな。


 俺とディアとサエで尖兵を蹴散らして、その間にボルガ山を目指すか?


 それともティルンとウールルを担いで行って、デカイのを一発おみまいしてから引き上げて来るか?


 と悩んでいると、


「これじゃ皆やられちゃうわね、いっちょう私が行って、蹴散らして来るわ」


 アヤカが多腕で胸をドドドンと叩く。ありがたいが、どうやって行く? まさか歩いて? と思っていると、


「見た場所なら飛べるから、私達の後を追って来るなら扉あやとりで飛べるはず」


 と言うアヤカに、


「あなたが飛ぶなら、また私達が上位精霊を召喚しないと」


 とティルンが申し出ると、チッチッチッと多数の指を振ったアヤカが、


「ふっふっふ、私の進化はとどまるところを知らないわよ。新技〝あやとり縄跳び〟扉バージョンを見よ!」


 と言うと、ババババッと魔力糸をつむぎだした。あっという間に扉のあやとりを作り出すと、それをグルングルンとふるいだす。


 ヒュッヒュッヒュッと残光を残して円を描く扉あやとり。アヤカの巨大化と共にその直径も大きくなっていく。


 その時、タイミング良くサエが現れた。信者の最後尾を任せていた彼女が、


「ご主人様、敵軍がもうすぐ追いつきそうです」


 と報告するのを聞いたアヤカが、


「ってことはあそこらへんかな? じゃあ行ってきま〜す!」


 ビュビュン、ビュビュンと二重跳びをしたと思うと、目の前にできたワープの扉に飛び込んでいった。


 少しして、遠くから何かが弾ける轟音が響いてくる。その後から悲鳴や立ち昇る黒煙、何かわからない破片が飛んできたと思うと、空中に現れた魔方陣から、ヘカトンケイルの姿のアヤカが落ちてきた。


「やっつけたよ〜」


 地面に降り立つなり気軽に言うアヤカ。あの様子だと相当やばい魔法を使った様だな、放たれるオーラがかなり目減りしている。


 巻き込まれた兵士達よ、心安らかに眠りたまえ。


 俺が後方に向かって手をあわせると、皆もならって手を合わせた。


 さあ先を急ごう、と準備を始めると、前方から数台の馬車がやって来る。車体に描かれたあの紋章はオル商会のものだ。


 しばらくして目の前に停まった馬車から、御者に手を取られて出てきたのは、オルファン御大その人。

 にこやかにこちらに向かって、


「カミーノ様、この度はボルガ山までお移動との事、このオルファンお役に立つべく、皆様がたの食料を差し入れに参りました」


  と言うと、後続の荷車を前に出す。そこには野菜や肉、そして長期保存がきく乾物などが山積みになっていた。


「これはほんの手土産、今後も食料や種苗の調達をお引き受けいたしますので、どうぞ末長いお付き合いのほどをよろしくお願い致します」


 ともみてで近くに来ると、腰元から大きな袋を取り出し、


「こちらの方もご用意いたしております」


 と、力の種などが詰まった中身を見せてくる。


 アヤカがラブリーフ教団の軍勢を蹴散らしたタイミングで現れた事といい、さすがぬかりのない豪商。急速に力をつけた商会は、大陸一のおおだなへと急成長しているらしい。


 黙ってそれを受け取った俺は、


「今後もよろしく、できれば政治的な圧力が向かないように取り計らってくれ。これまで通り、オルファンさんからの治癒依頼は全てお受けするかわりに」


 と耳打ちした。それを受けてニヤッと笑ったオルファンさんは、


「道々の宿場に、私の手の者が先行しております。どうぞご安心してお進み下さい」


 と行って、旅の幸運を祈ってから帰っていった。ウムム、さすがオルファンさん、上手く俺を使うなぁ。彼の事だから、この事も商売に利用して、莫大な利益を生み出すに違いない。


 たくましい商人を見送った俺達は、皆を率いてさらなる旅を急いだ。

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