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最後の一押しはあの実

 瞬時に周囲の色が消え失せ、


『呼びました?』


 とハー某の声が聞こえる。それと同時に俺の体も全く動かなかった。時間が止まったのか? といぶかしんでいると、


『いえいえ、そんな事は出来ません。カミーノさんの思考に同期して、高速で念話をしているんです』


 ハー某の声が頭に響いた。ということは、そんなに時間がないな。早く要件を伝えないと。


『では、皆の回復ですか?』


 と聞いてくるハー某に、


 いや、それではダメだ。それよりも、あいつを一瞬で良いから止めてくれ。あの黒い盾をなんとかしてくれないか? と思考する。一拍間があいた後、


『それは……難しいですね。でも、分かりました。迷宮核の力で、黒の盾を吸い上げますから、そのスキをついて下さい』


 なるほど、それで十分だ。俺には一つ考えがあったが、その状況ならうまくいくはず。


『ご武運を』


 と言うと、周囲に色がもどり、アヤカの腕が襲いかかってきた。


 なんとか力の杖で押し戻そうとする。全身の力を込めて突き上げるアヤカの体は、周囲を魔力で操っているのか、微動びどうだにしなかった。


 その時、ふいに手元が軽くなる。見ると天井に浮き上がった紋様が、アヤカの黒盾を吸い上げて、体ごと持ち上げ始めた。


 ハー某の力か!? アヤカの抵抗もむなしく、黒盾は天井に張り付き、彼女はそこにぶら下る状態になった。


 ここだ!


 俺は力の杖を地面に突き立てると、頑健(神)の力を杖に流し込む。みるみる伸びた杖は幹となり、太く逞しくアヤカを押し上げて天井に挟み込んだ。


 必死に黒の盾で防御しようとするが、作るはしから天井の紋様に吸い上げられて、上手くコントロールできない。そこへ幹の先端から頑健(波)を思い切り放射した。


 金色の光が呪いの核を削り、黒い火花を散らす。だが核は固く、アヤカから魔力を吸い上げて、なおも抵抗を止めない。


 その時、迷宮の天井にヒビが入った。


 やばい! このまま押し切れないと、魔力を回復したアヤカを止める術が無くなる。


 俺はとっさにアヤカにも頑健(包)をかけると、


「あやか! 頑張れ! お前も頑張って呪いを打ち消すんだ!」


 割れそうな頭痛をおして叫んだ。頑健(神)(波)(包)、つまりトリプル頑健を全力で発動するのは、もう限界に達しようとしている。


 そこを何とかこらえるが、MPが切れそうだ。俺の意識もかすんできた。


 その時、アヤカの顔が元の血色を取り戻し、


「私、頑張る!」


 と力強く宣言した。だが呪いの核はアヤカを手放すまいと、黒い血管を顔中に伸ばして、また支配下に置こうとする。


 拮抗する二つの力に加勢しようとするが、もうMPがもたない! 生命の危機すら覚える極限状況の中で、


 〝パンッ〟


 と音がすると、胸に下げた聖別の実の護符が砕け散った。そこから大魔女様の魔力がフワリと湧き出すと、俺のMPが少しだけ回復する。


 いけっ!


 トリプル頑健を放つ俺と、アヤカの渾身こんしんの魔力が重なった時、


 甲高い破裂音と共に、呪いの核にヒビが入った。


 やった! と思った瞬間、MPが底をつき、そのままひざが折れる。アヤカの巨体が上から降ってきた気がしたが、それを確かめる間も無く気絶してしまった。






 *****





「いや〜、本当に危なかったですね〜」


 ハー某ののんきな声が聞こえてきた。俺はと言えば、柔らかいクッションに頭を乗せて、フンワリとした枕を抱いて寝ているようだ。


 と思って目をさますと、ホーリィさんの膝枕で、狼型のディアを抱いて横たわっている。


 皆は無事か? と思って首を上げると、心配そうにのぞきこんでくる皆と目があった。


 一番近くのエナとサエはひざまずいてホッとした顔を見合わせている。


 ウールナはウールルの後ろから、恥ずかしそうに顔を出していた。


 ホワイティーとマオリンは少し離れたところから手を振っている。


 そしてティルンは……泣きそうな顔を一瞬見せた後、そっぽを向いてしまった。

 あれは後から相当怒られそうだな。だけど幼なじみの変わらない態度に何故かホッとしてしまう。


「どこか痛むところや、違和感はありませんか?」


 見上げると、豊かな双丘からホーリィさんの顔がのぞく。フンワリ温かいのは、ホーリィさんの体温と、ずっとかけ続けてくれた癒しの魔法の効果だろう。


 俺は各部を動かしてみて、違和感がないか確かめる。少し頭が重いが、それ以外は問題なさそうだ。


「うん、問題なさそうだ」


 と答えると、


「良かった〜! カーくんに何かあったらどうしようかと思ってたんだよ〜」


 とたくさんの腕が伸びて、俺を抱きすくめる。うわっと驚く俺の前に、手と手の間から巨大な笑顔が現れた。


「アヤカ! どうして?」


 と聞くと、


「あの時呪いが解けて、自由になったからついて来ちゃった」


 と言って、俺を胸に抱き込んだ。多数の腕が体をしめつけ、巨なる胸が顔を圧迫する。ジャラジャラとうるさい腕輪をのけながら顔をあげると、


「そうかそうか、自由になってよかった。ここはどこだ?」


 と言いながら、グイグイと腕を引き離して地面に降り立つ。


「んも〜、照れ屋さん〜」


 と言うアヤカを無視して、ハー某が、


「ここは千箱の第一層、その特別ゲストルームです」


 と言って、腕を広げた。そこは豪華というにはあまりにも行き過ぎた、見たこともないような素材でできた応接間だった。


 何千坪という空間に、ゆったりとしたソファーやテーブルが何組も置かれ、足元はフワフワの絨毯じゅうたんでおおわれている。


「霊樹のテーブルに、魔鳥皮革のソファー、そして魔羊の毛織絨毯けおりじゅうたんです。すごいでしょう?」


 おお! なんだか分からないが、凄そうだという事は分かった。その魔羊の絨毯を踏みながら、魔鳥ソファーに座ると、フカ〜ッと沈んで、程よいところで止まる。うむ、確かに良い品だ。


「で? 万箱迷宮はもう大丈夫なの?」


「はい、カミーノ様達の活躍のおかげで、なんとか移転魔法で送致そうちできました。これでアンテモイデスさま方をお迎えできます。ありがとうございます」


 オレンジの頭を下げまくるハー某、火花が飛び散るから、止めてくれ。


「分かった分かった、で? 彼女は、アヤカはどうするんだ?」


 と言ってアヤカを見ると、キョトンとした顔でこちらを見ている。


「え? 私? もちろんついていくよ?」


 五本の腕を自分に、残りの五本を俺に向けて、当たり前の様に言う。いやいやいや、俺たち普通に街中で生活してるけど、10本腕の巨人なんて連れて回れないよ?


 と思っていると、ハー某が、


「アヤカさんは、あまりにも魔力が強すぎまして、迷宮等では収まりきりません。もっともカミーノ様にしてもそうなんですけどね? そこでどうでしょう? こういう品ならばご用意できますが……」


 と、差し出して来たのは、アヤカのしている金の腕輪と似た、金の首環だった。


「これを身に付けて、微細な魔力を込め続けていただければ、その間好きな姿に変身できるアイテムになっております。もちろん魔力を解けば元の姿に早変わり」


 おお、中々便利なアイテムがあるじゃないか。早速身に付けて、アヤカが魔力を通すと、みるみる縮んでいき、少し大きめの女性になった。腕は二本だが、オリエンタルな見た目と、装飾類は変わらない。


「これでお連れできますね?」


 と言って、お揃いの紫雲糸のストールをフワリとかけてくれた。いたれりつくせりだな、何だか出て行って欲しくてしょうがない感じがヒシヒシと伝わってくる。


「いえいえ、めっそうもございません。ごゆるりと滞在の後、できましたらご一緒に……」


 と汗代わりの火花を飛ばしながら、手を振る。


「お前、もう隠さなくなったけど、俺たちの心読んでるね?」


 ジト目でハー某に言うと、


「はい、読ませていただいております。というか、この迷宮に立ち入った方の思考は、全てダンジョン・マスターなる私の頭に入る様になっております。これは一流のダンジョン・マスターならば、当然の能力なのです」


 と胸を張って答えた。という事は、つまり……


「はい、あなた方が保険のために、私に呪いの準備をしていたのも承知しております。ですが、私のために見返りも少なく貢献していただいた方達に、その様な無礼はいたしませんから、ご安心ください。無事に地上へと送らせていただく事を誓います」


 ニヤリと笑うハー某、その目には心を読めないふてぶてしさがあった。


「ここでの経験は大発見の連続だったマオ! この事は冒険者ギルドに報告しても良いかマオ?」


 興奮状態のマオリンが尋ねるが、


「残念ながら、ここでの出来事は半ば記憶にとどめる事は出来ません。そういう操作を特訓中の回復の泉でさせていただいてます」


 という言葉に、あの全身を癒す感覚を思い出す。あの時そんな操作をされていたとは……ダンジョン・マスターおそるべし。


「アヤカは?」


 と言うと、


「アヤカ様には、その首環に仕込ませていただきました」


 とまた笑う。ぬ、抜け目ねぇ、ハー某恐ろしい子。


「まあ良いか、別にここでの記憶に未練はない。それじゃあ地上に帰しておくれ」


 と言うと、


「お帰りはあちらの扉からどうぞ。千箱迷宮入り口まで、自動で飛ぶようになっております。この度は本当にお世話になりました」


 と頭を深々と下げる。うん、世話をしたな、そして得るものも大きかった。


 俺を後ろから羽交い締めにして、まとわり付いてくるアヤカを背に扉をくぐると、地上へとおりたった。


 さあ……ひとっ風呂浴びるべぇか。同じ世界から来たというアヤカにも聞きたい事はいっぱいあるし。


 俺は仲間達と一緒に、用意された館へと帰って行った。






 *****






「あれが頑健の勇者か。抜けた奴だが面白いな」


 ゲスト・ルームの鏡の後ろから、地面に響くような低音が聞こえてくる。


「ア、アンテモイデス様! お早いお着きで」


 ハーボウレラリラは慌てて鏡の元へと馳せ参じると、スイッチを押して、巨大な鏡の扉を開けた。そこには主人である魔神アンテモイデスと、見たこともない格上の存在が並び座っている。


「ハハーッ」


 ひたすら平伏するハーボウレラリラに、


「全て見させてもらった。あの迷宮を仕掛けた者の件で、こちらのお方からご要望があってな」


 と言われたものの、畏れ多くて隣の者を見る事も出来ない。それほどの存在感がハーボウレラリラの心を縮こまらせた。その者は何も言わずに、じっとこちらを見ている。その視線だけで燃え上りそうになるのを、必死にこらえた。


「して、今後はどうする気だ? まさか介入を止める気はあるまい?」


 と言うアンテモイデスに、もう一度頭を地面に擦り付けたハーボウレラリラは、


「はっ、今後は自然を装って、迷宮攻略の手伝いをする予定でございます。彼らの力を利して、難攻不落のライバル迷宮をケチョンケチョンに攻略し、我が千箱迷宮の存在を殿堂入りさせる所存しょぞんでございまする」


 と告げると、面白いとばかりに豪快に笑った。それを聞いて安心したハーボウレラリラが汗を拭うと、


「勇者の件、よろしく頼む」


 初めて隣の者が口を開いた。あふれ出る熱い魔力にアンテモイデスは息を飲み、ハーボウレラリラにいたっては、喉を詰まらせてしまう。


「はは〜っ」


 と平伏したハーボウレラリラは、これは大変な事になったぞ、と心の中で覚悟を決めた。


 〝勇者達をしっかり見守りながら、アンテモイデス様のライバル迷宮を攻略させなければならない〟


 どう動くかを思案している内に、目の前から二人が姿を消していた。

 ドッと押し寄せる疲れに、ため息をつくと、部下達を召喚して準備を始める。


 一難去ってまた一難、魔人ハーボウレラリラに心休まる時は無かった。

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