万箱迷宮、そして
万箱迷宮は生ぬるい室温の、幅広い石壁に囲まれた場所だった。オーラを辿って、モンスター等の気配を探ると、居るわ居るわ、各部屋の形にビッシリとモンスターが詰め込まれている。
一階層は言わずと知れたゴブリンの支配域である。ハー某の教えてくれた階段部屋へと最短距離で行くと……巨大な部屋に、詰め込まれて眠るゴブリンの背中が見えた。
それは地上で見る緑の個体とは違い、全身真っ赤なレア種と呼ばれる個体である。
先頭に立ったエナが、おもむろに入り口にいる一匹の背中を一刀両断した。見事に切り分けられたゴブリンが斜めに両断され、ズルリと地面にくずおれる。
それをきっかけに、部屋中のゴブリン達が動き出す。罠を警戒した俺たちは部屋に侵入する事なく、通路にくるゴブリン達を片っ端から斬り、殴っていく。
あっという間に部屋にいた10数匹のゴブリンをやっつけると、マオリンを先頭に、罠に注意しながら部屋を進む。
俺を含めた10名で、マオリンの指定するルートをゾロゾロと進むのは窮屈だったが、ここの罠は半端ないものばかりらしいから、一歩たりとも油断はできない。
さすがに万箱と呼ばれるだけあって、かなりの宝箱が部屋に出現している。それらに水晶の棒を当てたマオリンは、数個を指差し、
「これとこれとこれは罠の箱だマオ、この罠探知魔具は超絶便利だマオ、ハーボウさんに借りたけど、もらえないかマオ?」
と言って、水晶を大事そうに懐にしまった。あのまま猫ババするつもりかな? 猫人族だけに。
箱の中は大した物はなく、精々10銀程度の貴金属類だったが、それでもありがたくいただいていく。迷宮探索にはお金がかかるのだ。節約してし過ぎることはない。
次の部屋も同じ様な感じで進むと、次はゴブリンキングの守る階段部屋。見てみると、階段の前で、他の個体よりも二まわりは大きな黒いゴブリンが仁王立ちしている。
その周りには、派手な飾りをつけたゴブリン達が数匹。あれは以前にもやりあったゴブリン・シャーマンだ。しかし肌の色は見たことも無い紫色をしており、上位種である事を想起させる。
その周囲にも、肌の赤いデカブツ種が、巨大な鉄棍棒を持って陣形を組んでいる。
ここはディア先生の咆哮を頼もう、と指をさすと、
「ワンッ」
と答えたディアが、体をこすらせながら前に出た。最近ではトリートメント効果のあるボディーソープをオルファンさんに取り寄せさせて、艶々の体毛から良い匂いをさせている。その全身に真っ赤な紋様が浮きたたせると、部屋に首を突っ込み、
「ワオオオォーン!」
震動を伴う重低音の咆哮をあげ、クイッと振り向く。どうやら上手くいったらしい。
やはりマオリンを先頭に、罠に注意しながら部屋に入ると、真っ赤なデカブツ達が地面に倒れ、ひきつけを起こした様に、痙攣していた。
そんな中、麻痺耐性があるらしいゴブリン・シャーマン達は、杖をふるって魔法を唱え出す。その奥では、怒りに燃える目を向けたゴブリン・キングが、体と同じ色の黒鋼鎧を鳴らしながら構えをとった。その手には、同じく黒鋼の大剣が握られている。
「ここからキングのところまで、罠はなさそうだマオ」
マオリンの言葉に従って、ホワイティーが真っ先に突っ込んで行く。それに続く俺とエナの横を、サエがぬきざまに、
「お二人はキング討伐に集中して下さい」
と告げて、ホワイティーと共にゴブリン・シャーマンに飛びかかっていった。影縫の一閃ですでに一匹仕留めている。この分ならすぐに倒してしまうだろう。
ゴブリン・キングは、俺よりも大きな体をゆすると、大剣を構えて突進して来た。黄色い牙の生えた口から、唸り声が漏れ出している。
俺の横を真っ赤な光の線が追い抜いたと思うと、キングのくるぶしがゴッソリと噛みちぎられる。ディアだ! 血しぶきの中、エナの刀が胴をなぎ切ると、俺が追いついた頃には、驚きに目を見開いたキングが、どうぞとばかりに頭をたれていた。
気は進まないが、武士の情け、トドメに頭をかち割ると、光の結晶となって消えていく。
呆気ない、こんな感じで20階層まで攻略できたら良いのだが……宝箱にはボスに相応しく、黒鋼の大剣が入っていた。使えるメンバーは居ないが、かなりの業物だ。ありがたくもらっておこう。
次の階層に降りると、そこからは繰り返しだった。なるべくMPを温存して、最短距離を進んで行く。
二層目はコボルト、三層目はオーク、四層目はリザードマン、五層目はグレムリン、六層目は樹人、七層目は亜巨人、八層目はオーガ、九層目はトロールときて、十層目のライカンスロープ達を打ち倒し……
「これだけ手こずった割には、大した物出さないわね」
かなり魔法を使用して疲労を隠せないティルンが、十層のボスであるブルー・ウルフを倒した時に出た、青狼の革鎧を取り出して言う。
いやいや、これだって大した品だと思うよ? 何せここまでの階層を締めくくる、中ボスの残したアイテムだからな。そりゃあハー某にもらった装備に比べたら見劣りするかも知れないけど、大事に君のカバンにしまっておいておくれ。
ボスを倒した後に出現した下りの階段が、部屋の中央に鎮座している。降りる前に充分に休養し、というか俺が皆を頑健(波)マッサージをしまくってから、11階層へと足を踏み入れた。
一層ごとの手応えが変わってきたが、ハー某の用意してくれた特訓ほど激しい戦闘も無く、またマオリンやホワイティー、そして腕を上げたサエの前には、あらゆる罠は意味をなさなかった。
そうして潜る事9階層、ほとんどMPも消費しないで、20階層への階段前に皆が集まる。
「さて、ここからが本番ね」
気合を入れた俺たちは、顔を見合わせると、真っ白な階段に足をかけた。
ーー思ったのと違うーー
20階層に足を踏み入れた俺たちの感想は、だいたい似たようなものだった。
壁一面には、色とりどりのウサギや子犬、お花畑に、星などが描かれていて、なんだか幼稚園にでも来た様な錯覚におちいる。それに何だ? この青いのは、まるで元の世界のネコ型ロボットみたいじゃないか。
良く見ると、それらの色は塗られたのでは無く、迷宮の壁そのものが変質して、発色していると分かる。分かるが、誰が、何のためにこんな事をしたのかは全く分からない。
まさか中ボスであるヘカトンケイル変異種がやったとか? まさか、そんな事はないか……
ティルン達が、減ったMPを回復させるために、ハー某にもらったポーションを飲む。
ここから先は待ったなし。強烈な魔法を操るという、多腕巨人のヘカトンケイルを倒すためのフォーメーションを確認すると、皆で顔を見合わせてうなずいた。
ハー某によると、この階の様子だけは分からないらしいが、次の間が本命だと感覚で分かる。というか何だ? このオーラは! 魔力が七色に輝いて、奥の間に通じるドアが見えないくらいだ。
マオリンを見ると、冷や汗をかきながらも、この部屋に罠が無い事を知らせてくれる。ならば行くしか無いな。
と思って一歩踏み出すが、周りの皆は固まったまま動こうとしない。
俺がジェスチャーで〝いこう〟とやっても、皆は首をふるのみ。
ホワイティーに向かって〝なぜ?〟とやると、足を指差してバツを作った。
何だ? 皆足が麻痺してしまったのか? まさか戦う前にあまりの魔力を浴びて、身体がすくんでしまった? というか、身体が拒絶反応をしているといった所が正しそうだ。
俺が頑健(包)を発動させると、金色の光に包まれた仲間達は、ようやく動けるようになった。
「どうする? やめとく?」
と聞くと、
「ここまで来てやめる訳にもいかないわね。皆、覚悟は良い?」
とティルンが聞いた。いや、別にハー某にはそこまでの義理は無いし、やめるのは構わないんじゃないの? と思うが、皆さっきまで麻痺していたにも関わらず、妙にやる気になっている。
え? おかしくねぇ? と思って皆を止めようとしたが、今度はブレーキが効かなくなったように、ポジティブになっている。頑健(包)の力加減って難しい。
その瞬間、スルリと俺の手を躱したホワイティーが、隣の部屋に入ってしまった!
やばい! と思い俺も続くと、後から後からメンバーがなだれ込んで来る。何だ? いくらなんでも勢いが普通じゃないぞ。
と危機感をもって部屋の中を見ると、あぐらを組んで座る巨人が魔力を練っていた。沢山の腕でふくざつな形を作る魔力の……糸?
その目の前には、緑に光る大きな球が浮かんでいる。
おおお! 何だか意識が引っ張られるぞ、頑健(神)の能力がフル稼働して、抵抗しているのを感じる。これでは他のメンバーはーー
吸い寄せられる様に光球に向かう仲間の、頑健(包)に注ぐ魔力を上げると、何とか皆の足が止まった。くそっ! 一戦交える前にMPを消費したくなかったが、これではしょうがないな。
「おや、今度のは少しはやるみたいね。私の新技〝くっつくん〟に吸い込まれないなんて」
顔を上げた巨人は……なんというかオリエンタルな雰囲気の美人だった。だがその多腕はゾロリとうごめき、えたいの知れない恐ろしさをかもし出す。
妖艶に微笑む巨女は、複数の手を素早く動かして、魔力の糸で形を作り上げていく。それを見た俺は、何故か前世でのあやとりを想起していた。




