エクストラ特訓、回復の泉付き。
俺とエナが切り込む直前に、ウールナの矢が突き立つ。完全に気配を消した所に矢を受けたランス・ドラゴンは、見えなくなった左目をうるさがって、苦痛の鳴き声を上げた。
そこへ俺の杖が叩き込まれて、その後をすぐにエナが一刀両断する。
潰され、斬られたドラゴンは原型をとどめずに息たえた。
だが、後からすぐに新手のランス・ドラゴンが突進してくる。そこへ雷精の力を集めたウールルが魔力を解放すると、極太の雷撃が放たれる。
それは迷宮に縦に並ぶ全てのランス・ドラゴンを貫き、前方の三体は黒こげになってくずおれた。
こ、怖えぇ、ウールルの雷はその轟音と、普段の物腰柔らかな雰囲気とのギャップで、より怖く感じる。
そのあと放たれたティルンの火球が、奥にいるドラゴン達を焼き尽くすと、
「どんどん奥に行くにゃん」
嬉々として声をかけたホワイティーが、ディアとサエを連れて駈け出す。
ウムム、俺も負けていられないな。とエナと目で合図すると、ホワイティーを追って走り出した。
ここはハー某の用意した、迷宮のエクストラ・ステージ。罠も無ければ、HPMPを全回復させる泉もある。あとはセーブポイントでもあれば完璧にゲームの世界だ、まあそんなものは流石にないんだが。
後は敵を打ちのめすのみ。何も出し惜しみしなくて良いというのは、本当にありがたい事である。
ランス・ドラゴンの群れを倒したら、その死骸が消える前に、今度は翼の生えた真っ赤な猿が、群れをなしてやって来た。
「レッド・デビル! しかも二尾の上位種だにゃ。弱点は水、火は吸収されるから、ティルンは下がるにゃん」
さすがに迷宮内モンスターに詳しいホワイティーの言葉に従い、後衛組のティルンが、ウールルと場所を交代する。ウールルは精霊を詰め込んだ魔封瓶をいじると、目の前に大きな水の塊を作り上げた。
「肩を借りるにゃ!」
ホワイティーは俺の肩に飛び乗ると、さらにそこからジャンプして、先頭のレッド・デビルを魔爪にかける。レッド・デビルも素早い反応を見せるが、ホワイティーの俊速にはとうていおよばず、真っ赤な血を振りまきながら、落下した。
その前に落ちる背中を蹴りこみ、さらにもう一匹にとびかかるホワイティー。後続のレッド・デビルが噛みつこうと殺到するところへ、棒手裏剣が突き立つ。サエの早業だ。
サエが落としたレッド・デビルにエナがとどめをさしていく。そして俺は、ウールナが射かけたレッド・デビルに、トドメをさしてまわった。
少しの手傷をおっても、すぐにホーリィさんが癒してくれる。回復専門の彼女は何時自分の出番があるかと、てぐすねひいて待ち構えていて、ほんのささいな傷でも、大げさに回復魔法をかけてくれた。
まああったかくて気持ち良いから、皆のやる気も上がるし、ちょうど良いんだが。
そうしているうちに、レッド・デビルが紫の息を吐き出した。これは……オーラが見えているだけだ。他のメンバーには見えていないらしい。それでも敏感なディアはしきりに吠え出している。流石は俺のディア、可愛くて頼もしい奴。
と思いながら、俺はパーティー全員に頑健(包)を発動する。これはかけた全員に俺の頑健(神)の劣化版的な効果を付与する能力だ。
劣化版とはいえ、これ位の毒なら完璧に予防できる。呪いレベルになると、どうだろうか? レベルが上がるとまた違うのかも知れない。
全身金色に包まれた仲間達が、まだそれほど慣れていないせいか、驚いた様な反応を見せる。察しの良いホワイティーが、
「不可視の毒かにゃ? ありがとうにゃん」
と言いながら空中立体殺法で次々とレッド・デビルを狩る。まったくもって器用な奴だ。他のメンバーもそれで気付いたのだろう、返事こそしないが、頑健効果もあって全体に勢いがつくと、あっという間にレッド・デビルを殲滅した。
「さて、次はどいつだ? ハア某、次々頼むぞ!」
という俺の声に、
〝ふえ〜、ちょっと休憩しませんか? こちらの魔導魔人の用意した召喚術式が、火を噴きそうです〟
ハア某の慌てる声が聞こえてくる。なんだ? この位で根を上げるなんてだらしないぞ。と思うものの、仲間の中にはMPが減っている者もいるし……
「カミーノ、ここは休憩だにゃん」
熱い息を吐くホワイティーに従って泉の間に戻ると、パーティー全員を青い光が覆った。これだけでHPとMPが全回復するとは、何と便利な魔法装置だろうと思う。
ハア某に聞いてみたところ、迷宮内の限られたスペースでしか発動できないものらしいので、万箱20層の中ボス戦には使えないらしい。まあそこまでいったらぜいたくか?
そんな感じで、迷宮内での修行を終える頃には、大分とレベルアップしていた。
勇者:Level:56
力:13485
速さ:1842
器用:1920
知力:1245
魅力:1002
魔力:3460
HP:20850
MP:23652
保有スキル
頑健(神):Level:MAX
頑健(波):Level:MAX
頑健(包):Level:4(70/80)
棍棒術:Level:MAX
投擲:Level:MAX
格闘技:Level:MAX
気闘術:Level:2(7/20)
装備
力の杖
ミスリル銀線のボーラ
紫雲糸のストール
魔力糸の頑強な服
聖別の実の護符
主な持ち物
魔法の袋(黒鋼塊×10、ミスリル・ダガー×10、爆魔石×10、水筒×10、水筒×10、携行食×10、携行食×10、携行食×10、MP回復薬×10、連絡石)
金袋(24金、10銀)
迷宮内に入る前に、オルファンさんの依頼を数件こなし、謝礼として多くの種を食べていたのも大きいが、各種スキルの成長もいちじるしい。
まずは棍棒術と投擲と格闘術のレベルがとうとうMAXになった! やった〜! 効果はどうかって? それが今までよりも格段に体のキレが良くなって、さらに気闘術というスキルが派生した!
これはオーラを自由に操る事で、与えるダメージを増やしたり、受けるダメージを減らしたりできる技で、元より頑健(神)MAXに守られた俺は、このスキルを強く発動させている間、ほぼ物理系の攻撃を受け付けなくなった。
また紫雲糸の布地は、全員分ストールとして肩にかけたり、俺の場合は首からマフラーの様にたらしているが、気闘術との相性も良く、魔法耐性も格段に上昇している。
だがハア某によると20層のボス〝ヘカトンケイル変異種〟の魔法は、そんなものを吹き飛ばすほど強力らしい。
装備や持ち物欄を見れば分かる通り、ミスリル銀系のアイテムが増えたのは、ハア某の権限ですぐに出せるアイテムの中で最高ランクの品々だったからだ。
そして投擲用のアイテムとして、爆魔石というものがあるが、これは簡単に言えば手榴弾みたいなものだな。火薬が魔力に置きかわった感じで、安全装置の代わりに、封印のお札が張り付いている。
お金に関しては……ティルンに任せている以外にも、とある用途に使っているが、そこについてはまだ触れるほどの事ではないと思う。
まあほんの出来心といった感じで、余ったお金をつぎ込んでいるが、皆には内緒にしてるし、言うほどの事でもないだろう。
仲間達も、かなり装備を充実させた。特に掘り出し物的なところでは、サエのために出された長脇差が〝影縫〟と呼ばれる業物で、真っ黒な刀身に闇属性の宿る、隠匿や不意打ち、更にスカウト技能に補助効果のある魔法の品だった事。
ハー某によると、SR級のアイテムとの事だ、俺のやっていたゲームとかの感覚でいうと、相当強力な装備品という認識になるが、当たらずとも遠からずってところだろう。
あとウールナは魔力を宿す事のできる精霊石の鏃を付けた矢を沢山もらい、ウールルの魔法鞄にもストックとして蓄える事ができた。これにより、ウールナの得意とする土魔法や、ウールルの精霊魔法の力を蓄えさせた矢を放てるようになり、かなりの戦力アップを果たしている。
唯一ディアにはアイテムらしいアイテムはなかったが、戦闘の中でさらに成長をとげた彼女は、見ちがえるほど大きくなって、腕と脚を伸ばしたら3メートルに届くほどになっていた。
さらに魔力も伸びたらしく、自在に赤紋様を出せる他、魔力の咆哮もレベルアップして、威嚇効果や、敵の注意をひきつける効果を付与できるようになった。
それに人化も自在にできる様になったらしいから、夜を共にするのが楽しみだ。あっちの方も成長しているのだろうか?
おっと、話がそれた。今は万箱攻略に集中せねば。
とりあえずやる事をやった俺たちは、充分な休憩の後、万箱迷宮の一階層手前に来ていた。
ここからはハア某の力も及ばぬらしく、自力で攻略しなければならない。
その概要はーー1〜10階層には、各種人型のモンスターが層毎に群れを作る、オーソドックスな構成になっているらしい。
10階層、ライカンスロープの棲む層にいるボスは、ブルー・ウルフ。こいつは巨大な青い毛皮の狼男で、身体能力と高い自己再生能力、さらには相手を麻痺させる咆哮の使い手だ。どこかディアを想起させるな。
こいつをクリアーしたら、今度は変則的なモンスターが多く出現する11〜20階層。問題はその20階層にいるヘカトンケイル変異種だ。
はっきり言って、それまでのモンスターとは比べものにならないらしい。俺たちにくれた紫雲糸のストールでも、役に立つかどうか? 分からないという規格外の存在。
こいつのせいでハー某が手を焼いているという、今回の件の元凶だ。その実力はダンジョン・マスターたるハー某にも計り知れないという。
「ここまで危険な事を引き受けるからには、もう少し何かがにゃいとにゃ?」
ホワイティーが腕を組んで言う。今まで散々アイテムをもらい、修行の場を提供してもらったが、彼女からすればまだ足りないらしい。
それを聞いたハー某は、火花を散らしながら、オレンジの髪をかきむしると、
「うう〜ん、これは最後の手段なんですが……仕方ない! 一度だけ、一度だけ迷宮核の力を使って、どんなピンチでもお救いします。迷宮運営以外に魔力を用いることは、核自身に相当な負担をかけますから、本当に一回こっきりですが」
言い切ってから「しまったかな〜」とつぶやいていたから、本当に最後の手段らしい。
それを聞いたティルンが、
「もしその時、全員を帰還させて欲しいと願ったら?」
と言うと、
「緊急の転移は余りオススメいたしません。どこに飛ぶか分かりませんから、下手をすると迷宮の壁の中に飛んで、死ぬまで壁として過ごす事になりかねませんよ?」
ハハハと笑って嬉しそうに言うハー某、やはりここら辺が魔人と言われるゆえんだろうか? 素は邪悪さが透けて見える。
「まあそういう事態になったら、やり直しをお願いするか、全回復が妥当かな? どうせ敵を倒すお願いも無理だろう?」
と言うと、
「もちろんです、それができていればとっくにやってますよ」
と揉み手をしながら答えた。もう話はここまでと言わんばかりだ。はいはい、そんなに急がせなくても行きますよ。
「それじゃあ皆行こうかにゃん」
「おう!」「はい!」「ワンッ!」「はいだマオ!」
元気よくマオリンも手を挙げた。案内人は残った方が良いとすすめても、
「こんな事、長い迷宮案内人生活でも初めてだマオ。ここで帰ったら絶対後悔するマオ」
と言って、ホワイティーと同じ魔爪を装備した。聞けばホワイティーには劣るものの、かなりの戦闘能力を有しているらしい。
そうじゃないと迷宮なんて極限状況下に、冒険者などという山師と一緒に潜れないか。
ホワイティーが良いと言うから、一緒に連れて行く事にした。まあ戦闘には参加させないつもりだけど。
転移装置で千箱迷宮200階に送られると、そこには巨大な壁に、不自然な角度で開いた、万箱迷宮の入り口があった。
壁に無理やり管を刺した様に、暗く見通せない穴が空いていて、その周りに紫に光る紋様が描かれている。
ハア某の説明によると、彼らの魔法でこれ以上不安定にならないよう、万箱迷宮の入り口を固定しているらしい。
さて……
「で? クリアー後の保険はどうなった?」
小さな声でウールルに聞くと、
「任せて下さい、ちゃんと闇精霊をハアボウレラリラさんに取り憑かせましたから。私たちを見捨てて迷宮を閉じれば、彼の命もありません」
ニコリと笑ってゾッとするほど恐ろしい事を言った。ウールルはオルファンさんの所の闇と親しくなり、かなり様々な呪術を学習したらしい。逆にエルフの秘術などを教えたりと、師弟というよりは学友といった関係らしいが。
まあこれで口封じに迷宮の出口を閉じたり、無理やり殺される様な状況は避けられるだろう。
後の憂いが無くなった俺たちは、真っ暗な穴に足を踏み入れていった。