初バトル
翌朝、日の出前に目が覚めると、なんだか全身に違和感がある。起き上がってみると、いつもよりなぜか視点が高く感じた。
手足を動かしてみると、いつもより明らかに長い!
あわててステータスを確認すると、
勇者Level:2
力:128
速さ:12
器用:3
知力:10
魅力:5
魔力:12
HP:22
MP:3
保有スキル
頑健(神):Level:6(66/320)
投擲(石のみ):Level:1(5/10)
わずかだが、速さとHPが上がっている! これは……力に見合った成長をとげたという事だろうか? それに伴って数値が伸びたと見るのが、成長期である俺にはしっくりくる。とてもじゃないが普通の事では無いだろうけど。
浮き立つ心にまかせて、前日目印に折っておいた枝をたどり、山を駆け上っていった。体のキレは明らかに上がっている。また頑健な体のおかげで疲れもしらず、上昇した力でグングン登る事が出来た。
いつもの半分以下の時間で山の中腹にまで辿り着いた時、前方に緑色の妖魔が飛び出して来た。
あれは……ゴブリンだっ!
村の大人達が退治した死体を見たことがある。
子供一人だと見て、舐めているのだろう。耳まで裂けた口をだらしなくあけて、手に持つ棍棒をグルグルと回してこっちに来た。
俺は咄嗟に懐に入れた拳大の守り石を握り込んだ。守り石と言っても、単に拾った頑丈な石ころである。普段から畑の邪魔になる石を投げ捨てて鍛えた投擲の腕は、子供たちの中では飛び抜けて高く、ステータスにも投擲Level:1 と明記されている位だ。
俺は初めての戦闘に震える体を鼓舞して、石を取り出すと、頭上に振り上げてーー
「ゴリゴリッ」
力を込めすぎて砕いてしまった。
咄嗟に身構えたゴブリンも、俺の手からこぼれ落ちるジャリを見て、
「グエッ、グエッ、グエッ」
と気味悪く笑う。
「くそっ!」
と言いながら、砕けた石を投げつけると、散弾を浴びたように吹っ飛んだゴブリンは、後ろの木の幹にぶつかり、力を失ってズルリと地面に倒れた。
あっけにとられた俺は恐る恐る近づくと、血肉の塊と化した哀れなゴブリンを足でつつく。
その横には、ビックリ顔で固まるゴブリンが二匹……
「ギャアッ!」
と叫んだ左の奴が、手にした錆ナイフを振り上げて、襲いかかってきた。
俺はとっさに落ちていたゴブリンの棍棒をつかむと、力いっぱい振り上げる。
タイミングが違う!
気付いた時には既に振り終わった後、だが目の前のゴブリンは、当たってもいない棍棒の風圧で吹っ飛ばされると、気絶したのか動かなくなった。そして後ろの奴はビビってサッサと逃げ出す。
後に残された俺が、棍棒を握っているはずの右手を見ると、握り潰した木がクズとなって舞い落ちた。
その時、遠くで〝ゴチン〟「グエッ」という音がすると、森は静寂を取り戻す。
どうやら折れた棍棒の先が、逃げ出したゴブリンに当たったらしい。
俺は風圧で吹き飛ばしたゴブリンに近付くと、足で蹴って生きているか確かめる。どうやら当たり所が悪かったらしく、白目を剥いたそいつは息をしていなかった。
目の端にさっきからピコピコと光るものがある。そこに気を向けると、ステータスのアイコンが光っていた。
どうやらゴブリンを三体倒したおかげでレベルアップしたらしい。
さらに気を向けるとステータスが開き、
勇者:Level:3
力:132
速さ:15
器用:5
知力:11
魅力:6
魔力:13
HP:27
MP:4
保有スキル
頑健(神):Level:6(66/320)
投擲(石・棒):Level:2(2/20)
となっていた。微妙な伸びのようにも感じるが、これはこれで嬉しい。
ついでに使い物になるかは分からなかったが、ゴブリンの持っていた錆ナイフを拾う。握りの部分は気持ち悪い何かがまとわりつき、動物のフンのような臭いがしたが、金属である事には変わりない。俺はありがたく腰ヒモにさすと、先を急いだ。
とにかく力の種だ。こうなったら食べられるだけ食べるぞ!
力の木に辿り着くと、目に止まる木の実を片っ端から食べていった。
その数は100個近くまでいっただろう。口や手、えりそでまでグチャグチャにしながら、食べ続けたが、とうとう胃袋の限界が来た。
ステータスを見ると、
力:385
頑健(神):Level:7(630/640)
惜しい! 後少しで頑健がLevel:8になる。満ち満ちる腹をさすりながら、何とか一つ口にすると、
力:388
頑健(神):Level:7(637/640)
となっていた。ここに来て、種一つにつき7ポイントという事に気付く。という事は、もう一つ食べると……
力:390
頑健(神):Level:8(4/1280)
やった! と小躍りしそうになって、胃からの逆流物が上がって来た。吐いてしまったらどうなるのだろう? 全てやり直しだろうか? ここまでの苦労がチャラになるのはしゃくだから、グッとこらえると、涙を流しながら飲み込んだ。
今ならフードファイターにもなれるかも知れない。この世界にそんな概念は無いだろうが。
そんなくだらない事を考えながら、持って来た袋にありったけの実を詰めて、おみやげにした。これなら帰ってからでもレベルアップにいそしむことができる。
ほくそ笑む俺が、村に帰ろうと木から降りて見上げた時、ふと気になる事があった。
三本ある内、手前の木の種ばかり食べていたせいか、黄金色の輝きが薄まっている様に感じる。
やばい、食べ過ぎたか? その木をよく見ると、力の実はほとんど取り尽くしてしまっていた。
ま、いっか。三本有るしな。
俺は持ち前のポジティブ・シンキングでアッサリと気持ちを切り替えると、村に向かって走り出した。
力が付きすぎたせいか、ドッシドッシと足音がうるさい。身体バランスがおかしいのだろう、力を上手く使い切れていないし、体の動きが鈍く感じる。
成長を待つのも良いが、なんとか速さの種も見つけたいなぁ。あと生命の実や、器用の実なんかもあるだろうか? 村に帰って畑仕事をしたら、長老に聞いてみよう。ちょうど腰にさしたナイフが有るし、これをみやげにしたら、何か教えてくれるに違いない。
浮き立つ心に任せて飛ばしに飛ばした俺は、途中木の根につまづいて転がりながら、村に戻った。
「長老様! いますか? 長老様!」
畑仕事の後、長老の家に行くと、古びた扉をノックした。軽くこづいたつもりが、壊れそうなくらいに弾いてしまう。
奥の方から、
「誰じゃそげに強う叩くんは、ええから入れ」
長老の迷惑そうな声がする。俺は謝りながら入ると、さっそくゴブリンのナイフを取り出し、
「これ、山で倒したゴブリンのナイフです、おみやげに納めて下さい」
と差し出した。それを見た長老は、
「なにっ! ゴブリンが出たとな! 何匹じゃ? お前が倒したんけ? ん? お前さんそんなに大きかったかいのう?」
と聞いてきた。俺は都合の悪い事を無視して、
「はい、三匹出たのを、石と棍棒で倒しました」
と答える。
「一人け?」
疑わし気な長老に、
「一人で」
と断言すると、それを聞いた長老は腕組みをしながら、
「う〜む、三匹も出るとは、はぐれゴブリンとも限らんな。こりゃあいっぺん山狩りをせにゃあならん。で? ゴブリンの左耳は取ってきたんけ?」
と聞かれた。どうやら上手くごまかせたようだ。それにしても耳? 何の事か分からない顔をしていると、
「ゴブリンの左耳は干しておくと都会で買い取ってくれるんじゃ。ここいらに来る巡回商人も、少し安くじゃが買い取ってくれるでな」
と教えてくれた。さらにゴブリンの情報をくれただけで十分らしく、ナイフは鍛冶屋にでも渡してこい、との事。
取ってきた耳を、証明のために見せに来ると約束して、話を終わらせようとする長老に、
「この山の力の実みたいに、効果の有る他の実の話って、聞いたことありませんか?」
と本来の目的についてたずねると、
「あ? 猛毒の実け? あんなもん避難場所ていどの話じゃからのぅ……そういえば山向こうの高地村は、ご神木が毒の実をつけるって話じゃったのお。何でも安全な木の根を取り囲む様に、家が建っとるらしい」
ムムム、何の実かは分からないが、こいつは有力情報だ。ちゃっかり高地村への道すじを聞き出すと、お礼を言って長老の家を去った。
先ずはゴブリンの耳を集めて、長老に見せる約束を果たさなくてはならない。
俺は親の許しを得ると、一目散に山を駆け上がった。
その時母親が〝こいつこんなに大きかったっけ?〟と言いたげな顔をしていたが、勢いでごまかした。
ゴブリンの死骸の所に行くと、山犬が数匹群れて、屍肉をあさっている。
俺は近場にあった石を拾うと、躊躇なく投げつけた。石の弾丸が一匹の胴体に命中すると、
「ギャイン!」
と吹き飛んで、動かなくなる。それを見た他の犬が一斉にこちらを向くと、ナイフを振り上げてドスドスと走り寄る俺をみて、尻尾を丸めて退散した。
二匹の耳を回収して、藪の中のゴブリンは放っておく。どこに有るのか探さなくてはならないし、視界の悪い藪の中で山犬に襲われたら厄介だ。
目の端にあるアイコンで確かめると、
投擲(石・棒):Level:2(5/20)
う〜ん、数値の上がりがしょっぱい。まあ犬相手ならこんなもんか。
山をおりて長老にゴブリンの耳を見せたところ、また腕組みして、
「こりゃ〜急いで集会を開かねばならんな。ご苦労じゃった」
とねぎらってくれた。ついでに村の外れにある鍛冶屋に寄ってみる。
鍛冶屋といっても、手先の器用な百姓がやっているという、兼業鍛冶屋だ。
「すんませ〜ん」
作業小屋で槌をおろす音を聞きながら、土間に上がる。真っ赤な火の前では、汗だくの鍛冶屋がクワの修繕をしていた。
「すんませ〜ん」
二度言った俺に、
「うるさい、まってろ!」
短気な鍛冶屋がどなりつける。しゅんとした俺が大人しく待っていると、しばらくしてから汗をふきつつやって来た。
「何か用か?」
ぶっきらぼうに聞かれた俺が、事のいきさつを話して、ゴブリンのナイフを差し出すと、壁にかかったヤスリでサビを削り、しげしげとながめる。
「ふん、かなりサビにやられてるな。だが元は悪くない鋼だ。こいつをもらってもかまわんのか?」
と聞かれて、うなずいた。そんな俺の体をジロリと観察した鍛冶屋は、
「ふん、そこにある木の棒をもってけ」
と入り口付近に立て掛けてある、胸元くらいまである太い棍棒をさし示した。
「あれは〝牛殺し〟っちゅう粘り気のある木を、十年乾燥させた棍棒だ。槌の柄に使うもんだが、お前さんならちょうど良い得物になるだろう」
手にとってみると、力の上がった俺には軽かったが、確かにゴブリンの棍棒のように、振っただけで折れる事はなさそうだ。
試しに二三度素振りをすると、
「おじさん、ありがとう!」
とお礼を言って帰った。その日は遅れた分、人一倍いや三四倍畑仕事に精を出すと、兄弟達も急に大きくなった俺にビックリしていたが、
「なんだか知らないけど急に伸びたんだ」
と言ったら、
「そんな事もあるんかいの?」
と不思議がりながらも、働き手が増えた様に仕事がはかどるものだから、じきに皆気にしなくなった。
その晩、長老のよびかけで緊急集会を開くと、お父ちゃんは一晩中帰ってこなかった。
俺は晩飯もそこそこに、持って帰ってきた力の実を数える。全部で63個。
はっきり言ってもうこの味には飽きた、しかも一つ一つのボリュームが半端ない、だがそこはあえて、フードファイターになったつもりで無理やり全部食べ尽くした。
ポッコリ出た腹を揺らしながら、見つからない様に外に出ると、裏山にカラを投げすてる。
劇薬である力の実をこれほど食べているとバレたらメチャクチャ怒られそうだから、証拠隠滅はキッチリしたいところだ。
遠くに見える村長宅の灯りは、いまだ明るく周囲を照らしている。今日は朝帰りだな、と思いながら、戸締りをしっかりすると、干し草のベッドに身を沈め、なけなしの毛布に身を包んだ。