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ハーボウレラリラ

 迷宮都市から馬車に乗る事一日半、俺たちは荒野の中に突然現れた小さな村に辿り着いた。聞けばこの村は、これから潜る迷宮〝千箱〟から上がる収益で成り立つ村らしい。


 到着するなり、商売になりそうか? というより、たかれるか? 奪えるか? といった鋭い視線が注がれる。

 その中から、


「ようマオリン! こんな所に来るなんて珍しいじゃねえか」


 と気楽に声をかけてくる男がいた。痩せて薄汚く見えるが、そのオーラは輝くような力を発している。さらに鋭くなってきた勘が、こいつは危険だと直感させる。


「ギース、お前に用は無いマオ」


 嫌そうに顔をしかめるマオリン、俺たちには見せない顔だ。


「そんな事言わずにさぁ、仲良くしてくれや、なあ兄ちゃん」


 と俺にもなれなれしく話しかけてきたので、じっくりと男を見る事が出来た。

 うむ、とりあえず悪いところはなさそうだ。じゃっかん腰のあたりがモヤっているのは、酒か薬の取りすぎか? 腰に吊るした短剣から漏れ出る魔力が、真っ赤なオーラを放っている。これは相当な魔法の品物か? と思って、なおも詳しく見ようとすると、


「な、なんだよ兄ちゃん、気持ち悪いな。俺はそんな趣味はねえぞ」


 と遠ざかった。え? そんなに気持ち悪かった? と思っていると、


「ギース、お前またうさんくさい商売してるのかにゃん? ちゃんと働けば腕もたつのにもったいないにゃ」


 後ろからホワイティーがやって来て言った。どうやらこの男と知り合いらしい。ホワイティーを見たギースは、顔を引きつらせると、


「げっ! ホワイティー、何も悪さはしちゃいねえよ。そ、それじゃあな」


 と立ち去ろうとして、腕を取られた。


「そんなにあわてる事はないにゃ、再会を祝してどこかで飲もうにゃん、私のお・ご・り・にゃ。もちろん、優しいお姉さまに、千箱迷宮の情報を教えてくれるにゃろ?」


 耳元でささやかれ、嫌そうながらにあきらめたギースは、


「分かったよホワイティー。教えてやるから腕を放してくれ」

 

 と言うと、安くて美味いという肉酒場に先導していった。


「じゃあ〝千箱〟の奥に、ジュル〝万箱〟と呼ばれる深部迷宮が派生した訳かにゃ?」


 流石は肉食系、口のはしに、ほぼ生肉なレアステーキの肉汁を滴らせたホワイティーが聞く。ああ、せっかくの美しい白い毛並みに赤い点々が……と思っていると、なにげなく手を伸ばしたマオリンが、それをふきとった。


「こいつは極秘情報ですがね、数ヶ月前に誰か知らない奴が〝千箱〟を攻略したらしいんでさぁ。そして現れたのが〝万箱〟名前の通りお宝がワンサと眠ってるって噂ですぜ。もっとも20階のボス部屋に入ったが最後。そこから生還したパーティーは皆無ですがね?」


 へへっと笑うギースの言葉に、ふむふむと頷いたマオリンが、


「千箱は最深部が不明だったマオ、確か最終到達が……」


「216階層、それがいつの間にか攻略されて、二百階層に万箱の入り口ができたんでさぁ。姉さん方それを攻略する予定で?」


 ギースの目が光る。それを制したホワイティーが、


「いや、今回は慣らし探索だから、千箱までの予定だにゃ。また何か分かったら教えるんだにゃん」


 と言うと、店の支払いを済ませた。おごってもらったギースは頭をさげると、


「こっちこそ、何かあったら気軽に声をかけてくだせぇ。こりゃ忙しくなってきたぞ」


 と言うと、そそくさと立ち去っていった。


「奴の言う事は?」


 言いながらホワイティーが振り向くと、


「本当の事だマオ。ギルドが把握していたのは万箱10階層ボスが攻略された情報までだったマオ。少し時間がたってさらに深く潜ってるとしたら、だいたい合ってるマオ」


 マオリンがうなずいて言った。つまりギースって奴は、そこそこ信用できて、そこそこ新しい情報を持っているという事か?


「ただし気をつけるマオ、奴は犯罪スレスレの事をしてきた半分盗賊みたいな奴だマオ。一人で会わないようにするんだマオ」


 と今度は俺たちに向けて警告した。一攫千金いっかくせんきんをねらう冒険者などという、素性の知れない奴らの集まりなのだ。注意してしすぎる事は無い。


 研ぎ澄まされた俺の勘が、奴の周囲にうず巻く危険な雰囲気を察知していた。


 マオリンおすすめという宿は、迷宮都市の仮住まいとは比べものにならないほどみすぼらしかったが、割高な宿泊料とひきかえに、二重鍵や鎧戸よろいどなど、安全面は充実していた。入り口には用心棒までやとっている。


 大部屋を借りた俺たちは、夜の頑健(波)マッサージの後(全くいやらしくない、疲れをとるマッサージのみ。ただし少しはこってない所も揉んだ。これは俺への報酬である)すぐに眠りにつくと、翌朝には迷宮前に来ていた。


 すぐにフォーメーションを組む俺たち。荷物は各自が細かいものを、ティルンとウールルが元々持っていた、大容量の魔法鞄まほうかばんに全員分の荷物を分散させて持っている。


 それぞれが第一、第二部隊に散ると、連絡石の調子を見てから、第一層に足を踏み入れた。


「この迷宮は周期的に形を変えるマオ、今は活動期から一年経っているから、あと四年はこのままだマオ」


 事前に調べてある地図を見ると、通路の配置はそのままだった。冷たい石壁には何者かがつけたらしい引っかき傷がついている。


「分岐点のマーキングをするマオ」


 と言うと、ウールナが素早く青い印石しるしいしで矢印を書き込む。これはしばらくの間蛍光色を残し、俺たちが進んだ先を教えてくれるものだ。


 皆が曲がり道を通過したところで、ホワイティーがピタリと手を広げた。俺の勘にも、何か嫌な空気が察せられる。


 その時、通路を曲がってきたのは、長い爪をギラつかせたコボルト達。しかも普通の種族とは違って、2メートル位の身長があった。


「ワイルド・コボルトだマオ」


 退避しながらマオリンが言う。ワイルド=野生? 室内なのに野生なのか? コボルトにとっての野生とは迷宮の事か?


 そんな事を考えている内に、二匹が爪音を響かせながら走ってきた。だらしなく垂れた舌からは、よだれがしたたり落ちている。


「任せろ」


 呪文を準備するティルンに、力の杖を構えた俺が言う。これから先は長いのだ。こんな敵にMPを消費している場合では無い。


「そうにゃ、ここはカミーノに任せるにゃん」


 ホワイティーは腕を組んで高みの見物を決め込んでいる。もとから参戦するつもりは無いようだ。俺は一つうなずくと、通路いっぱいに杖を構えてダッシュした。


 素足の指先に軽く力を入れるだけでめくれかえる地面。コボルトが目で追えないほどのスピードで突進すると、二匹まとめて杖を腹部にめり込ませる。そのまま地面におしつぶすと、抵抗もせずに絶命した。


「おっ、ドロップするにゃん」


 ホワイティーの言葉通り、コボルトの一体が光ると、跡形もなく消え、そこには小さな瓶が残された。


「このパーティー初めての獲物だマオ。縁起が良いマオ」


 嬉しそうにシッポをふるマオリンが、薬ビンを俺に渡してくれた。やっぱりポーションってあるんだ! と少しうれしくなった俺は、しげしげと見つめる。なにせ頑健のおかげでお世話になった事もないし。


「ほら、そんなに珍しくもないでしょ? こっちに渡して」


 ティルンが手を出してくるので、素直に渡す。その時「やったわね」と嬉しそうに言った。彼女も冒険者になった実感が湧いてうれしいのだろう。その笑顔を見て、俺もテンションが上がってきた。


 この階層には各種のコボルトが出没し、群れをなすレッサーコボルトから、一匹オオカミの剣匠コボルトまで出てきたが、余裕を持って討伐する。


 ほとんど出番のないティルンが、


「ちょっとは私にも出番をちょうだいよ」


 という事で、火魔法を放つが、普通サイズの火球一発で全滅、手ごたえがなかったのか、不満気だった。


「まあまあ、これから嫌っていうほど出番があるにゃん、魔力はとっておいたほうが良いにゃん」


 ホワイティーがいさめると、階段を降り、連絡石を三度ならし、第二陣をまった。


 次の階層も大したことなかったらしく、しばらく待つとこちらの連絡石が三度鳴る。


 合流すると、皆一様に疲れもなく、うまくいっているらしい。特にエナの刀術が素晴らしく、


「エナ様かっこいいマオ」


 とマオリンの目がハートマークになっていた。おやおや、そっち系の方ですか? 良かったらお貸ししますよ? 俺付きで……


 などと、ふらちな事を考えつつ、一階層づつ確かめるように降りて行った俺たちは、無難に今回の目標である10階まで降りると、来た道を戻っていった。


「二百階層とか絶対無理かと思っていたけど、この調子なら行けるんじゃない?」


 MPに全然与力を残したティルンが言うのに、耳をピクンと反応させたホワイティーとマオリンが、


「そんな甘いもんじゃないにゃん」「迷宮をなめたものは迷宮に死すだマオ」


 と同時に反論した。


「な、なによ。二人して言わなくても良いじゃない」


 とティルンが口をとがらせた時、天井から、


「あの〜」


 と男の声が聞こえてくる。驚いた俺は上を見るが、何も見えない、オーラも勘も働かない。


 聞こえなかったのか、ホワイティーが、


「ティルンは少し油断しているにゃ、迷宮はそんな甘いもんじゃないにゃ」


「そ、そんな事分かってるわよ! ただ軽く思った事を言っただけでしょ?」


 だんだんヒートアップしてきた二人の頭上から再び、


「あの〜、おとりこみ中申し訳ございません、お話を……」


 という声に、


「うるさい!」「うるさいにゃん!」


 と二人そろって一喝された男が、驚いて地面にドスンと落ちてきた。


 そのかっこうたるや、目がさめるような青色の体に、燃えるようなオレンジの長髪。その尻からは長いシッポが生えている。


「なんだにゃ?」


 驚き、魔爪を構えるホワイティー。それよりも先に異常に気付いていた俺は、力の杖を構えて突進していた。


「気を付けて! 魔人よ」


 後ろからウールルの声が聞こえる。魔人? 聞き覚えの無い名前だが、とにかくぶん殴ってしまえば同じ事だ。


 力の杖で殴りつける寸前、


「ヒイッ! 待って待って待って待って!」


 と顔の前で手を振りまくるそいつに、手を止めた。見た目はこんな風だが、話は通じそうだ。


「まったぞ? 何の用だ? というか誰?」


「わわ私はアンテモイデス様の配下、ダンジョン・マスターのハーボウレラリラと申します」


 オレンジ頭を地面に擦り付けんばかりにかしこまりながら言う。いや実際に地面に擦り付けると、細かな火花が空中に舞った。


「えっ? はーぼう?」


「レラリラ、です」


「そうか、それでそのハー某は何の用があるんだ?」


「いえハーボウレラリラで……まあハーボウでもハー某でも良いですけどね。ご主人さまなどハーとしか呼んでくれませんし。どうせ私なんか……」


 今度はうじうじし出した。結構面倒くさい奴かも知れない。力の杖で突きながら、早く要件を言えとせっつくと、


「そうでした、先ずは我が伝統と格式を誇る〝千箱迷宮〟へようこそ。皆様方冒険者のご入宮をいつでもお待ちしております」


 と言うと、うやうやしく頭を下げて、後ろに回した手から大きな宝箱を取り出した。


「実は皆様方はちょうど一万組目の記念すべきご入宮者でして、特別待遇としてこちらの記念品を差し上げたいと思います」


 〝おめでとうございま〜す〟


 という声がどこからともなくわき上がり、ハー某が宝箱を開けた。するとそこには沢山の布地が入っている。どことなく魔力糸の布地にも似て、それよりもっときらびやかに見えた。


 呆気に取られる俺たちが何も言えないでいると、ドヤ顔だったハー某が、


「え? あっ、これが何か言うのを忘れてましたね。こちらは魔力耐性を格段に引き上げる紫雲糸しうんしと呼ばれる、霊験れいげんあらたかな布地でございます。お高いんですよ?」


 最後は急にゲス顔になって告げた。どうやら価値のある品なのだろう、とは分かったが……


「何だか急な展開で、訳が分からないマオ。でも迷宮は魔神が作り出したもので、魔人が管理しているという噂も聞くマオ」


 マオリンの言葉に、


「そうそう、そうなんですよ。私ここの管理を任されておりまして、そうだ! 今回は特別にエクストラ・ラウンドとして、特別階層にお連れした後、新たに出現した〝万箱迷宮〟に直接お連れしましょう! そうだ、それが良いに違いない」


 ウムウムと一人でまくしたてるハー某に、


「怪しいにゃん」


 ホワイティーが疑いの声を上げた。


「お前嘘を付いてるにゃ? だいたいなんにゃ? 一万組目の特別待遇? そんにゃの聞いたこと無いにゃ」


 爪を擦り、魔光を散らしながらハー某に迫る。唾を飲み込んだハー某は、


「いっいえ、めっそうもない。本当のホント、真実でございます」


 とまたも頭をこすりつけて訴える。だが、


「本当だって証拠ある?」


 とティルンが、


「だいたい話がうますぎるし、こちらを強引に万箱に連れて行こうという魂胆が透けて見えます」


 とウールルが、


「魔人の中には記憶操作のできる者が居るマオ、どうせ私たちを利用して、記憶を消すつもりマオ」


 とマオリンが、


「魔人などというけがれた存在、我が神聖魔法で浄化してしまいましょう」


 とホーリィさんが……この人が一番過激かい!?


 他のメンバーもうなずく中、とどめにディアが、


「ウウゥゥゥワンッ!」


 と魔力のこもった威嚇いかく咆哮ほうこうをあげると、汗をダラダラ流したハー某が、


「ヒイッ!」


 とあとじさった。その横に移動していた俺が、耳元で、


「俺の勘が正しければ、お前は困った状況になってる。それを俺たちに解決して欲しかったら、素直に全部話す事だな」


 と優しくつぶやいた。するとすがるような目に涙を浮かべたハー某が、


「あなた様は神でふか? わたくひ涙が、涙がどまりまぜん!」


 口を震わせて泣き出してしまった。よしよしと背中を撫でながら、頑健(波)を照射してやると、少しづつ情報を引き出していく。


 それによると、彼の管理する千箱迷宮に突然突っ込んで来た、得体の知れない万箱迷宮(仮名)を除去したいが、20階層が引っかかってしまっているという。しかもその階にはとてつもなく強い中ボスがいて、魔人といえども手が出せないらしい。


「それは聞いたマオ。30人からなる熟練冒険者による混成パーティーすら行方不明になった、謎のボス部屋って言われてるマオ」


 というマオリンの声を受けて、


「そうなんです、しかもこちらのお膳立てで、力を温存させて挑んでいただいたのですが……全滅してしまいました」


 と言う。おいおい、そんな強敵にぶつけようとしていたのか、やっぱり罠みたいなもんじゃないか。危ない危ない。


「で? あんたのボスであるアンテモイデスってのが、もうじきお客を連れてくるまでに、万箱をどかさないと」


 ティルンの言葉にウンウンと首をふるハー某が、


「私はクビ、悪くすれば即死デス」


 首をカッと切る真似をする。こいつの動きはいちいちコミカルだな。


「どうするにゃ?」


 円形になってヒソヒソ話を始める、皆の視線が俺に集まる。え? 迷宮リーダーはホワイティーだし、総合監督はティルンじゃないの? と思っていると、


「あんた男でしょ? 勘も鋭いし、どう思うのよ? 決断しなさい」


 とティルンに袖を引っ張られた。なんだよ? 皆俺を頼りにしてくれる訳? ちょ、ちょっとだけ嬉しいじゃないか。ちょっとだけだぞ! 口元をゆるめて皆を見回した俺は、一つうなずくと、


「よし、やろう」


 と決めた。だがしかし……


「にゃらば引っ張れるだけ報酬を引っ張りだすにゃん」


 ホワイティーの目がギラリと光る。いや、皆の目が欲望という炎に燃えていた。何せ相手は千箱迷宮の管理者なのだ。こうなったらアイテムや修練場など、出せるだけ出してもらおうか。


 振り向いた皆の目を見たハー某は、


「え? た助けてくれるんですよね? ね?」


 怯えた子猫のように目線を泳がせた。

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