閑話 人外転生と迷宮魔人
浅見彩佳(16才)身長:156cm、体重:ヒ・ミ・ツ♡ B:82、W:54、H:73のナイスバディー、だけど何故か彼氏:募・集・中。
みんな全く見る目がないわ、それほど美人でもないけど、いけてなくもないと思うのに。
趣味はオリジナルあやとり、これは日々開発中ね。暇さえあれば頭の中で新技を考えているわ。これはおばあちゃん仕込みの趣味。おかげさまで思考能力に優れていると思うの。別に勉強には反映されないけどね。
関係無いけど、私は通学電車に間に合うか無理かの瀬戸際で全力疾走中。
両親が私を置いて旅行に出かけたとたんに、このありさまよ。普段どれだけ依存していたか、一日目にして思い知らされたわ。
この角を曲がれば駅が見えてくる。大きく外にふくらみながらも、スピードを落とさずにコーナーを曲がりきった時、目の前には巨大な壁が迫ってきた。
『えっ? 壁?』
最後に考えたのは、何故こんな所に壁が? って事。その直後、10トントラックと正面衝突して、16才の若さでこの命を散らしたわ。
後に運転手は飲酒運転や道交法違反の罪で逮捕され、両親に訴訟も起こされたけど、もはや私には関係のない事ね……
*****
迷宮とは、一概には言えないが、魔神と言われる超越者の魔力補充の場である事が多い。
侵入者が迷宮内で巻き起す争乱、もしくは死がもたらす魂の波動は、魔人達にとってのデザートみたいなものだった。もちろん主食はある、大概は世界に捲き起こる混乱、戦乱、富と飢えなどの、知的生物のもたらす摩擦、軋轢がそれだった。故に部下である魔人は世界に混乱をまきちらそうと、日々暗躍しているのである。
それはそれとして、今回は迷宮の話である。迷宮を運営し、美味しくいただくのが魔神ならば、それをお膳立てし、管理するシェフはダンジョン・マスターと呼ばれる、特殊な魔人であった。
いかに腕利きのダンジョン・マスターを持つかで、他の魔神に己の格を示すほど、重要なポストと言える。
ここにもそんなダンジョン・マスターが一人、頭を抱えて座り込んでいた。
「どうしよう? 上手いこと運営出来ていた千箱迷宮に、他の次元から迷宮が突っ込んで来るなんて、あり得ない。しかも突っ込んできた迷宮の20階層が引っかかって、動かすに動かせないなんて……アンテモイデス様に知られたら、私はクビ、どころか命が無くなるかも……ヒィッ」
青い顔をどす黒く染めながら、オレンジの髪の毛をクシャクシャとかきむしると、その摩擦熱で七色の火花がパチパチと周囲に散った。
「しかし我らダンジョン・マスターが直接手を下すなんて、流儀に反するし……だいたい何だ? あのべらぼうに強い中ボスは。あんなのを20層に配置するなんて、迷宮道に反する。センスのかけらも無いマスターだよ」
彼が怒るのも仕方ない。ダンジョン・マスターには彼らなりの様式美というものがあり、時折品評会を開いては、己の作品を競わせる程なのである。
その折に千箱迷宮は、モンスターの配置やトラップの優美さ、宝箱の出現する仕掛けの妙などに高い評価を得て、金賞を受賞していた。
彼の主、魔神アンテモイデスもご満悦で、一躍魔神の格を上げ、一流の仲間入りを果たしている。
その迷宮が……今は見る影もなく無様な姿をさらしている。だいたい257階層まで作った迷宮の200階層に、新たな迷宮が派生するなんて、素人の仕事以下だ。
アンテモイデス様が賓客を連れて迷宮視察に回られるのも、間近に迫っている。これは早く何とかしなければならない……
そうだ! 千箱の攻略レベルを一時的に落として、強力アイテムを与えまくり、ワープの罠を仕掛けて深層にドンドン落として、冒険者達を新しい迷宮の20階層ボスにぶつけまくろう!
思いついたが早いか、ダンジョン・マスターは魔法陣を展開すると、ダンジョン職人達を召喚した。
罠師の土龍100匹、錬金術士の魔導魔人30人、冒険者達の情報を操作する営業マン10名、それらを監督するダンジョン助監督4人が、目の前にひざまずくと、彼の命令を待っている。
「よし、先ずは新しい迷宮に一時的な蓋をして、千箱に臨時の最終階層を作れ。それを攻略したていで、新たな迷宮を攻略させろ。罠師は効率的な進行を補助する罠の作成、分散して潜るパーティーをはぐれさせないように、しかし確実に罠にかかるよう、しっかり設置しろ! そして魔導魔人、冒険者のサポートになるアイテムをジャンジャン作れ! しかし使用回数に制限をもうけろ、いつまでも使われると厄介だからな。営業マンは冒険者がドンドン集まるように動け、多少の金はばらまいても良い。有力冒険者は接待で落とせ! とにかく時間が勝負だぞ! 新たな迷宮……そうだな〝万箱〟が熱い! と宣伝しまくれ。助監督達は冒険者達のレベルバランスの操作に気を付けてモンスターを配置し直すぞ! それ、仕事にかかれ!」
一気にまくしたてると、部下達は蜘蛛の子を散らすように動き出した。これでよし! だが心配性の彼は、なおも何か手は無いか? と迷宮内を探索して回る。
〜〜一ヶ月後〜〜
中々20階層攻略が進まないなぁ。おかしいな、こんなはずじゃ無いんだが……もうじきアンテモイデス様が巡回に来てしまう! どうしよう、どうしよう……
またも頭をガリガリとかきむしっていた時、もの凄い気配の者が迷宮に入ってきたのを察知する。これは……冒険者のパーティー? その真ん中辺りにいる男から、とてつも無い力の波動が湧き出ている。
これは……こいつに賭けるしかない!
ダンジョン・マスターは部下達に命令すると、その男の行方を追って、矢も盾もたまらず走り出した。
*****
〝ヘカトンケイル〟
多腕で知られるユニークな巨人族の一種で、二メートルを超える体と、左右五対からなる腕、そして中には魔法を操る上位種がいる事でこの世界の一部関係者には有名である。
この世界とは、オーブ・エ・ルーン、そして関係者とは冒険者の事だが、そんな事は彩佳が知るはずもない。
壁が迫ってきたと思った次の瞬間には、石に囲まれた知らない場所に来ていただけだ。
最初に気が付いて床に手をついた彩佳は、多数の手が同時にのびてきた事に驚いた。
後ろに誰かが覆いかぶさっている?
と警戒して振り向いても、そこには冷たい石の天井があるのみ。何故かぼんやりと光っているのは、間接照明のせいか? そこで自分の手が何本もある事に気づいて、気絶しそうなほど再び驚いた。
筋肉質な浅黒い肌、そこにはジャラジャラとたくさんの金の輪でできたブレスレットをはめている。一瞬本物の金かな? と考えたのもしかたあるまい、彩佳だって年頃の娘なのだ。こんな異国情緒満点のアクセサリーに興味はないが。
体を見下ろすと、中々のボン・キュッ・ボンが、金装飾された服に覆われている。元の体も中々豊満だったが、より男好きのするワガママ・ボディーを手に入れて、思わず自分の手で胸を揉もうとして、たくさんの手が伸び、またも気絶しそうになった。
その後色々と体を調べるうちに、魔法が使える事がわかった。なんだかこの体になってから、頭の回転が早くなった気がする。一つの事を考えるだけで、多方面から答えが返ってくる感じといえば分かりやすいだろうか?
決して誰かに与えられた知識という訳ではなく、高性能な脳がフル回転して、今有る情報を組み立て、自分でも驚くような推測ができるという感じである。
さらに色々試してみると、各手上から順に、火、風、水、土、そして一番下のは右が光、左が闇と、それぞれの属性を持っているらしい。そしてどうやら最難関ダンジョンの中層ボス、というのが現在の私らしい。
らしい、らしいと憶測ばかりだが、それらはこの石に囲まれた部屋、通称迷宮に訪れる者達との戦闘で確認した。
現れるやいきなり斬りかかってくる者もいたが、何とか話し掛けようとしてくる者もいた。彼らは皆、私の外見をほめてくれたから、結構美形なのかも知れない。多腕巨人だけど。
さらに来るのが冒険者と呼ばれる者たちで、中層ボスとは、彼らにとっても憶測らしい。
「ヘカトンケイルか、この層に出るとは、中ボスか?」
などと言う冒険者達をまとめて魔法のえじきにしてやると、
「こんなバカな……こんなに強いヘカトンケイルなんて、聞いたこと無いぞ……」
とか言いながら死んでいった。そうなのかな? でもこの部屋から出られない私には確認しようも無い。そう、なぜかこの建物にある階段には、見えない壁のようなものがあって、どうしても上がれし、下がれないのだ。これにはどんな魔法をぶつけても無駄だったので、諦めてあやとりをし始めた。
この時彩佳は知るよしもなかったが、彼女の中で爆発的な進化が起きていた。
人間は両手先の器用さによって脳の発達を遂げたと言われている。両手を複雑に制御するためには、それだけ優れた処理能力が居る。さらにそれらを駆使して道具を作り出す事で、どんどん脳は発達していった。
そしてその優れた脳は多方面に渡って発揮され、人間は生物界での一人勝ちを成し得た。
彩佳の場合はそこに多腕、そしていくつもの属性を持つ魔法を操る処理能力が加えられる。
その進化たるや別次元、人智をこえた神の領域に達しようとしていた。
そんな事知る由もない絢香は、冒険者の来ない間、暇つぶしに魔法を操りながら、右手の火魔法と左手の風魔法を合わせて、独自の魔法をあみ出すなどの、普通ではあり得ない魔法運用を開発していく。
ひまつぶしといえばあやとりである。彼女の唯一の趣味である、オリジナルあやとりは、自分で新しいあやとりを考えるもので、暇な迷宮暮らしにはぴったりだった。もっともあやとりのヒモは毛糸では無かったが……
「このっ、このっ、ここをこうすれば……あゝだめか」
一人で何本もの魔力糸を操り、作り上げていたのはあやとりのホウキに星を絡めて、そこに火、風、土の三属性の性質を絡めた新技〝シューティング・スター〟
完成すれば超威力の合成魔法になるはずだが、進化した頭をもってしても、中々上手くいかない。
「どうしても糸どうしが合わさると、属性を保てなくなるのよね〜」
すっかり独り言が板についた彩佳がつぶやく。その時、迷宮内が赤く明滅した。
「良いところなのに! また冒険者? まったくこりない連中ね」
作業を邪魔された彩佳の怒りは、邪魔者である冒険者に向けられる。そうとは知らない冒険者達は、20階層ボス攻略に手を組んだ数組のパーティー、その数は30人にものぼろうとしていた。
「ヘカトンケイル変異種! 貴様は我が混成パーティーが退治してくれるわ」
先頭に立つ爆発頭の戦士が宣言する。何? あの頭、不潔そうでよけいにムカつく!
新技シューティング・スターを作ろうとしていた手を解くと、その魔力が属性同士、三つの渦を作り始める。
前衛組らしき戦士達が、突貫をかけてきた。流石に深層まで到達したパーティー、その動きは無駄がなく、風のように駆け抜ける。
だが既に発動し始めている魔法にはかなうはずもなく、火炎と突風、そこに混じった土石に嬲られると、跡形もなく弾け飛んだ。
後ろで魔法の準備を始めていた後衛組は、前衛組が魔法一発で全滅したのを、呆気にとられた顔で見つめていた。戦士達は魔法耐性を上げる装備を固めていたはずなのに、それがこうもアッサリとやられてしまうとは……目の前で見たにもかかわらず、信じられない事態である。
その中心部に向けて、水の魔力糸と土の魔力糸で星を作った彩佳は、
「お星さまのま〜ほうっ!」
と決めポーズを作ると、あやとり星の中心から信じられない量の土石流がほとばしり出た。
抵抗する間もなく、巻き込まれ、流される冒険者達。全てを綺麗さっぱり流しきった彩佳は、
「これは上手く出来るんだけどな〜。星といえばキラキラ、パチパチしてくれないと〜」
とまたもやシューティング・スターの開発に没頭していった。
万箱と呼ばれる迷宮の20階層、後に帰らずのボス部屋と呼ばれる彩佳の部屋は、今日も暴力的に平常運転だった。