病魔の村
迷宮都市までは馬車で駆け抜けても二週間はかかる、その間補給に立ち寄る街道沿いの村々は、中々活気に満ちていて、旅慣れない俺の目を楽しませた。
だがある村に差し掛かった時、
「ここは通り抜けましょう」
と乗務員が馬車の窓にカーテンをはった。
「なんで?」
と問いかけても、口を濁して答えてくれない。俺が好奇心にかられてカーテンのすそを上げると、街道沿いの商店はのきなみ店を閉め、通りには人っ子一人いなかった。
それ以外にも、ボンヤリと村全体がかすんで見える。これは……オーラだ。灰色のオーラが濃淡をつけて、村全体を覆っている。
「何だろう? まるで無人の村みたいだ」
と言うと、隣に座ったホーリィさんが身を乗り出して来た。うむうむ、乳も良いけどお尻もね。と、目の前の見事なヒップに色ボケしている場合じゃない。
「あの旗じるしは」
と指差した先にあるのは、村の教会。屋根の上に取り付けられた棒に丸を取り付けたシンボルには、赤い旗がさがっていた。
「疫病がまんえんした時にだす、緊急旗。まさかこの村に流行病が」
と言うと、扉を開けようとして乗務員に、
「あぶない! このまま通り抜けますから、お客さん達は降りないで下さい!」
と真剣に止められた。だがその手を振りほどいたホーリィさんは、
「私には神聖魔法のバリアがあります。一人なら大丈夫。皆さんは私を置いて先に避難して下さい」
と言うと、扉を開けて出て行ってしまった。大丈夫か? いや、どんな状態か分からないが、純粋すぎる彼女を放ってはおけない。
「俺も体質的に大丈夫だから、皆は避難していてくれ!」
と言うと、ついて来ようとしたディア、エナ、サエの従者トリオを無理やり馬車押し込んで、避難させた。
俺一人の方が安全だ。何せ猛毒の種すら通さない頑健(神)MAXの持ち主だからな!
ーーなどと軽薄に考えていたのは、ほんの少し前だというのに、今の俺は頭が真っ白になるほどの衝撃を受けている。
何だ? このオーラは? 灰色が濃すぎて、呪いのオーラのようにどす黒くなっている。
毒が紫、呪いが黒なら、病のオーラは灰色なのかと思ったら、どうやらそれは間違いらしい。
病も呪いも同じく濃灰色なんだろう、でないと流行病におかされたというこの村のあちこちが、こんなに黒い説明がつかない。
ホーリィさんは大丈夫だろうか? まさか倒れていないだろうな? と思い、探し回る。オーラが濃すぎて視界を塞がれるという、初めての経験に戸惑ったが、頑健(神)MAXの調整をしようと思ったら、自然とオーラが薄まり、視界が戻って来た。
「ホーリィさん!」
教会の扉に取り付いて、力一杯開けようとするホーリィさんを発見すると、近づいて肩を叩く。
彼女の顔の周りには、光のベールが出来ていて、呼吸なども普通に出来るようだ。神聖魔法も中々便利そうだな。
「カミーノ様、大丈夫ですか?」
俺が素でいるのにビックリしたホーリィさんが、あわてるが、
「全然大丈夫」
と胸を叩くと、信じられないという顔をしてから、思い出したようにまた扉に取り付いた。俺はそれを制すると、
「開けますから、離れて下さい」
と声をかける。なぜならそこが一番黒オーラの濃度が高かったからだ。
内側から釘打たれた扉を無理やりはがすと、悪い空気が吹き出してくる。密閉したところに火をたいてしまったのだろう。
この世界にもそれくらいの知識はあるはずだと思うが、一酸化炭素中毒というやつだ。
思わずホーリィさんを遠ざける。中の様子は……地獄だな。少なくとも生きている人間は皆無。大小の人が、詰め込まれるようにギュウギュウ詰めになっていた。
窓という窓には目張りがされて、何かから避けるように板を打ち付けて補強している。火元を見ると、この世界で魔をうちはらうと信じられている香油の皿がくべられていた。何か邪悪なものから身を守ろうとしていたかのようだ。
他の建物は? と見て回ると、どす黒いオーラの中にあって、唯一ほんのりと緑色のオーラを発している場所がある。
その建物に入ると、大柄な男の人が、女性と小さな子供を抱えて、淡い光の結界の中でうずくまっていた。
「ヒルト導師!」
ホーリィさんが駆け寄ると、力なく顔を上げた男が、
「おお、きょにゅ……いやホーリィどの。良き所へ来てくれた。一緒にこの者達を癒してくれまいか? この村に立ち寄った時、緊急旗を見てすぐさま治療に当たったのだが、この者達以外は手遅れだった」
と疲れた表情で告げた。青白く、生気がない、本人も相当参っているのだろう。急ぎ治療せねばと、力の杖を向けると、頑健(波)を照射していく。
先ずは子供、そして女性、そしてヒルト導師。
この病は肺に取り付くのだろうか? 胸に濃く出た灰色のオーラを小さくしていくと、すぐに呼吸が楽になり、血色を取り戻した。
その間、その様子を呆然と見ていたヒルト導師が、
「この方は何者ですか!?」
と聞いてくるが、そんな余裕は無い。俺が、
「ホーリィさん、この方達にもバリアーを張れますか?」
と聞くとうなずいて、祈りの言葉を唱えだした。すぐに三人の顔にも光の結界が現れる。俺は彼らを抱えると、子供はホーリィさんに任せて、仲間の後を追った。
小高い丘の上で、仲間を乗せた馬車は俺たちの帰りを待っていた。
「大丈夫ですか?」
俺を見たエナが駆けつけるが、
「彼らを頼む、もう少し待っていてくれ」
と言うと、止める彼女達を振り切って、来た道を引き返した。流行病ならば、この場でやらなくてはならない事がある。
教会の側、一際濃いオーラの場所に行くと、空中に向けて頑健(波)を放射していく。見る見る晴れて行く空気、その中で渦を描いた黒いオーラが、俺に向かって突っ込んで来た。
力の杖を突き出して、先端から頑健(波)を力一杯放射する。黒オーラの抵抗もむなしく、かたっぱしから浄化しきった。たぶんこれでいけるか? と思っていると、ポトンと地面に粒が落ちる。
つまんで見ると真っ黒な塊である。少しすると小さな黒オーラをポフッと放出した。まさか……これが元凶か?
手のひらの中で、頑健(波)を思い切り放射すると、ブルブルッと抵抗した塊は、手ごたえを感じる程に濃いオーラを発しながら、それでも照射しつづける内に崩れて消えた。
何だったんだろう? この世界の病気というのは、呪いと同義なんだろうか? そしてこのような塊によって蔓延する?
その時、追いついてきたホーリィさんが、
「この病には、私たちの神聖魔法の癒しも歯が立ちません。せいぜいバリアーを張るのが精一杯。己の無力さを痛感させられていた時、カミーノ様、あなたが現れたのです」
と手を組む、まるで俺を礼拝するように。
「ですから私はあなた様の事を伝えました。しかしラブリーフ教団の上の者たちは、あなたが力の実を入手しているという事をもって、あなたを邪悪だと判断し、異端者だと決めつけました。彼らにとって、民衆を救う事より、伝統や慣習に従う事の方が重要なのです」
「え? 力の実って邪悪の象徴なの?」
「はい、開祖が修行中に食して、死にかけた事から、悪魔の象徴とされています」
と言うホーリィさんは、何をいまさら? と首をかしげる。ええっ! そうなの? 知らなかったわ。
早く離れないと、仲間たちにどんな影響が出るか分からないから、馬車を走らせた。目の端にステータスが光っている、見ると3レベル上がっていた。
勇者:Level:38
力:8540(12810)
速さ:1085
器用:1017
知力:533
魅力:335
魔力:2465(3697.5)
HP:10065/10094
MP:8026/10372
保有スキル
頑健(神):Level:MAX
頑健(波):Level:MAX
頑健(包):Level:1(0/10)
棍棒術:Level:9(108/2560)
投擲(石・棒・ボーラ・ナイフ):Level:9(235/2560)
格闘技:Level:9(67/2560)
装備
力の杖
鋼線のボーラ
魔力糸の頑強な服
聖別の実の護符
主な持ち物
魔法の袋(黒鋼塊×10.黒鋼塊×10、水筒×10、水筒×10、携行食×10、携行食×10、鋼のナイフ×10、超高級魔石千金分×10)
金袋(125金、12銀)
だが今はとてもじゃないが喜ぶ気になれない。精神的に疲れ切った俺は、隣のウールルにもたれかかると、気絶するように眠ってしまった。
夢の中で、苦しむ村人達の姿が見える。そしてその声は、
「何故もっと早く来てくれなかったんだ」
「お前がノンビリしている内に、見ろ! この子は死んでしまった」
と口々に恨みの声を発して俺を責め立てる。いやいや、知らなかったし、分かってたら真っ先に飛んできたんだが。
「知らなかった? 今のあなたでもそんな事が言える?」
と言われて、今までとは違う感覚に気づく。とても勘が冴えて、見るもの全てを理解している感覚。少し認識しようとするだけで、そのものの本質が理解できて、それを導く直感に従うだけで良い。
これは……頑健(波)がMAXになった効果か? いやそうに違いない。今なら直感でそう思える。そして目の前の亡霊を見ると、
「お前は村人では無いな?」
うつむく村人達がニヤリと笑うと、
「クスクスクス、やっと気づいたか? 能力だけのボンクラが」
目の前の人数よりはるかに多くの声が響く。まるで集団に取り囲まれて、罵声を浴びているかのようだ。
「お前は何物だ!」
俺が頑健(波)を力の杖に宿らせながら脅すと、
「おお怖、だがそんなもの我には通用せぬ。我は神聖なるものの一部、そしてここは我の見せし夢の世界」
ばかな、こんなにまがまがしい〝なにものか〟が聖なるものの訳がない。
俺は遠慮なく頑健(波)を照射すると、〝なにものか〟は光に包まれた。
「クスクスクス、ムダだ、ムダだ。馬鹿力も何もかも、使いようって事を考えろ。我はまっておるぞ、救世主よ」
耳に残る嫌な笑い声を残しながら、空中に溶けるように消えてしまった。それは消滅させたのではなく、自らの意思で消えたのだという事が、手ごたえで分かる。
何者だろうか? と考えていると、遠くから、
「****! カミ**! カミーノ!」
と呼ばれている事に気づいた。え? 俺? と思って、
「何!?」
と声を上げたところで目が覚めた。周りを見回すと、仲間達が心配そうに覗き込んでいる。
「大丈夫? かなりうなされてたけど」
ティルンが眉根を下げて聞いてくるので、
「うん、大丈夫、ただ悪夢を見ただけ」
全身に驚く程の汗をかいている。俺の頭はホーリィさんが膝枕をしてくれていて、治癒魔法をかけてくれていた。もしかしたら眠ってからずっとかけ続けてくれていたのか?
汗で濡れてシミができてしまっている。それを詫びると、
「こちらこそすみません、勝手に行動して。あの場に私一人では何もできませんでした。すみません、すみません……」
と何度も謝られた。その度に額に当たる胸が心地よい、いや、今はそんなムードではない。
すっかり回復した俺はとび起きると、
「全然そんなこと無いよ、現にあの三人を保護したのはホーリィさんだからね」
と、馬車の隅で眠る三人を指差した。疲れ切っているのだろう、移動する馬車の中でも、熟睡して微動だにしない。
「とりあえずお腹が減ったな、皆は?」
と聞くと、ようやく笑顔になったティルンが、
「何勝手に仕切ってんのよ、でもそうね、皆で食事にしましょうか」
と言うと、乗務員に言って、馬車を止めてもらった。
外に出ると、もう村はどこにもみあたらない。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ俺は、夢の中で言われた言葉を反芻していた。
〝救世主〟
救世主か〜、そんなのになる気は無いんだけどな〜。村人たちが折り重なって死んでいる所が脳裏によぎる。う〜ん、こりゃ今夜は眠れそうにないぞ。
力を持つものには責任が宿る。うん、何となく意味は分かるんですよ? だけどな〜、そんな人間じゃないんだけどな〜。
もんもんと考えていた俺は、
「食事の用意が出来ました」
と呼びに来たサエに連れられて、仲間の所に戻る。簡易テーブルには、どこにあったの? ってくらいのご馳走が所狭しと並んでいた。
まっ、食ってから考えるか! 三人の身の振り方も考えなくちゃいけないしな。
持ち前の頑健精神で悩みを棚上げすると、飛びつくように飯を平らげていった。
「こら! ちゃんとフォークを使って!」
と叱ってくれるティルンを、なぜだかとっても優しく感じながら。
***第二章〜完〜***