種チート発動
種系アイテムーー食べただけで力が上がったり、生命力が増えたり、綺麗になったりする。
だったら村人達は、何故食べずに取って置くのだろう?
いつか売るため? それもあるだろう。
勇者に取られるため? だとしたら種の入ったタンス部屋の隣で、
『あゝ勇者様、ようやく我が家においで下された……あっ、いまタンスを開けた。たっ、食べた〜! 自分で食べずにしまっておいて良かった〜』
的な事を考えているのだろうか? うん、それも有るだろう。
でもモンスターが徘徊する危険な世界で、少しでもみずからを強くしたい。そう願うのは当たり前の事ではないか?
だが、夢のようなドーピング・アイテムである種シリーズを、分かって食べる人間は少ない。
何故か?
それは強烈な副作用があるからである。
考えても見れば当たり前の話だ。何もせずとも力が上がる、そんな事有るか?
種を食べて頭が良くなる? 素早さが上がる? そんな馬鹿な。
ようは体の再編を促す劇薬、その副作用たるや、はんぱなものでは無い。
食べた者の約半数は後遺症を残し、更にその半分は死亡するという。
そのリスクに、たかだか能力を少し上げようとする者はしりごみをする。
この世界では、死刑執行の次に重い刑罰が、特殊な木から採れた種を食べる、という行為なのだ。
つまり先程の村人は、
『うお〜っ、流石勇者、勝手に人ん家上がり込んで、タンスの中から劇薬ぶん取って口に入れるとか、まぢ勇者だわ』
と考えている者も多いとか。そして死亡された勇者の装備品は武器屋に売られ……だからあんなに高品質の武器が、普通の村で普通に売られていたんですね。
と、いう訳で……森の中には手付かずの種が普通に実っていた。
それに気づいたのは三歳の頃、この世界に勇者として転生した俺は、貧乏農家の三男として、最底辺の暮らしに甘んじていた。
全ての記憶を引き継いで生まれた事にも驚いたが、何にもない閑散とした村って……どうすりゃ良いのさ? 職業【勇者】といっても、自分が認識しているだけだ。それはステータスの中に明記されていた。
そして生まれ持って持ち得た能力は【頑健】のみ。
効能ーー病気、毒に侵されることが無い神の権能。レベルに応じて自然治癒力が高まり、皮膚、筋肉、骨、内臓等の作りが丈夫になっていくーー
つまり、健康だけが取り柄の一般人。少し濃い茶色の髪と瞳の、日に焼けたどこにでもいる子供。それが田舎転生勇者、神野健、現世年齢8歳である。
この世界ではカミーノって呼ばれているからよろしくな。
貧乏農家の三男坊ともなれば、食べるものも少なく、仕方なく危険な森に入って食料を採取する事もしばしばだった。もしモンスターなどに食われても、そこは口減らしとして、しかたないと割り切られている、そんな世界。
そこで兄から教わったのは、黄金の木周辺の安全地帯。何故か昼なお暗い森にあって、キラキラと金光を放つ木々がある。
通称〝力の木〟そう、かの〝力の実〟がなる大木である。
この森に三本あるこの木には、何故かモンスター共が近づけない。
いまも山犬の群れに追われて、この木に逃げ込んだ俺は、しかし空腹の余りつい力の実をもぎって手に取った。
手の中でコロコロと丸っこく転がる殻は、美味しそうなツヤを放っている。
だがこの中には、肉体を変える程の劇的効果で、食べたものの半数を害する毒がつまっているのだ。
そこではたと気が付いた。俺が唯一持っている神の権能〝頑健〟ならば、種の副作用を打ち消して、効能のみ手に入れられるんじゃないか?
何せ〝神の権能〟である。3歳の頃、村では知らぬ者のいない猛毒を持つヘビ、縞腐りに噛まれた時も、ケロッとしていたらしい。どころか口の端からヘビの尻尾をたらして、モグモグと食べていたという。
それのおかげか、俺のレベルは認識できた時には2に上がっていた。
そうそう、レトロゲームのようなこの世界には、視認できるステータスというものが存在している。
視界の端に、まるでゲームのようにコマンドが並び、そこに意識を向けると、各パラメーターが浮かび上がる仕組みになっていた。これは村人にそれとなく確かめると、俺だけらしい。
「ステータス? なんだべ? そりゃうめぇんけ?」
と阿呆面で聞き返された。これは転生者たる俺だけの特典仕様だろうか? ともかくそれによると、現在の俺のステータスは、
勇者Level:2
力:12
速さ:6
器用:3
知力:10
魅力:5
魔力:12
HP:17
MP:3
保有スキル
頑健(神):Level:2(2/20)
投擲(石のみ):Level:1(5/10)
とある。何て低さだ、これでも一歳を過ぎて、自由に動けるようになってからは、毎日の様に鍛えてきたつもりだ……主に畑で。特に記憶を引き継いで来たため、前世の能力を継いだと思われる知力がこんなもんとは。情けなくて涙が出そうになる……まあ出ないんだが。
まあ、それはさておき、以前見た時より力が3上がっている! さらに悪い副作用も出ていないようだ。そして嬉しい事に、頑健(神)の後に続く数値が伸びていた。以前蛇に噛まれた時は、Level:1で、()内の数値は5/10だったから……これは猛毒の実を食べた事によって、頑健が鍛えられたと考えるべきだろう。
つまりスキルは使えば使うほど、レベルアップしていく仕組みのようだ。()内は次のレベルへの指標だろうか?
ここにある木の実を食べるだけで、力と頑健のレベルがガンガン上がる! この事実に狂喜した俺は、なっている実を片っ端から食べて食べて食べまくった。その数なんと50個以上。力の実は大きく、結構食べがいがある。栄養不足で小さな胃袋しかない俺にはこれがリバースしない限界だった。
肝心のステータスは、
ちから:128
頑健(神):Level:6(66/320)
驚異的な伸びを見せていた。両腕には筋肉が満ち満ちており、全身の体格が作り変えられたようにビルドアップされている。それに伴い、皮膚や骨も強化されたように感じるのは、気のせいではあるまい。現にそこらへんの木を殴ってみたが、軽く幹をへし折る事が出来たし、拳の皮はつるんと元のまま、何のダメージも受けていない。
倒木によりギャアギャアと鳴きながら逃げて行く鳥をよそに、湧き上がる力の実感に喜び、震える。
〝頑健〟使えるじゃないか! 女神様ありがとう! 最後に見た粘着質な笑みは気持ち悪かったが、こんな権能をくれるなんて、まさに女神様だよあんた!
見上げた黄金の木には、まだまだ力の実がなっている。これを全て食べれば……凄い事になりそうだぞ!
俺は浮き立つ心で満腹の腹を撫でると、山犬に追われていたことも忘れて、腹ごなしもかねて山を走っておりて行った。明日朝早く、野良仕事が始まる前にまた来て、たらふく食べてやろう。
燃え上がるように湧き上がってくるバイタリティー。あゝ、前世では一度たりともこんなにはしゃいだ事がなかった気がする。
こっちの世界に来てから、文明に慣れ親しんだ精神には厳しい事だらけだった。良く耐えられたと思う、何故か? まあそこのところは耐えられたという事実のみが大事だから、良しとするか。
転生した頃は残してきた両親に、すまないという気持ちばかりが心をみたしていたが、時間が経ってみると、問題ばかりを起こしてきた俺がいない方が、彼らにとっても良かったんじゃないか? とも思えてくる。というか、今更なにも出来ない身の上だから、そうして納得する以外に方法がなかった。
昔の俺の座右の銘は〝頑張らない人生〟だったが、今の俺は〝とにかくやってみよう!〟に変わっている。そんな自分が嬉しくて、山をかける足に力がこもった。
ーーカミーノは知らなかったが、神の権能である〝頑健〟は精神力にも効果をもたらしていた。病んで卑屈になっていた精神は、振り切れるほどのポジティブな思考に変貌し、何事にも動じない肝っ玉を得ていたのであるーー