指名依頼
どこかの闇、いつかの夜に、地の底から響くようなこもった声があがる。
「羊狼のキメラを倒したからどんな奴かと思っていたが、今度はイビル・イヴィまで倒したか。病魔に対抗する力……うっすらと幻視に示された、親方様に縁のある異界の勇者なる存在、あれは奴の事やも知れませぬ」
「まあまだ決断を下すには早い。ここは人間を使って小手調べといくか」
闇に小さく揺れる焚き火、赤い光に揺れる影は一つのみ、だがその声は二重にも三重にもかさなり、まるで複数人が相談しているように聞こえた。
「ならば我らにつながる組織に依頼を出しまする。たしかあの街にも暗殺教団の支部があります故」
「うむ、詳細はそちに任せた。あの者が当たりだと良いがのう」
というと、懐から一枚の紙切れを取り出して、焚き火にかざすと、その煙を吸って文字が現れる。それを空中に放ると、火がついて焼き消えた。
「時間はたっぷりある、よく見てじっくりと対処させてもらおうぞ」
と言うと、それきり黙り込んで火の守りを続けた。
*****
ウールナは短弓使いというだけでなく、野外活動全般に詳しい、いわゆるレンジャーと呼ばれる存在だった。しかも土魔法を使いこなし、ティルンの感知魔法や、ディアの鼻までくぐり抜ける隠匿能力の持ち主である。
見た目13〜4才くらいの美少女だが、本人に聞いたところ53才と、意外に年をとっている事が分かった。だが、エルフ族は80才で成人と認められるらしいから、人間で言うところの13才くらいであっているのかもしれない。
もう少し大きかったらストライクゾーンなんだがな〜、つるぺたボディーは流石にそそらない。お姉さんのウールルは大人の色気をもった美女だから、また合流してくれないかな? と期待感が高まる。
などと不埒な事を考えていると、不思議そうな顔で振り向かれ、
「どうかしましたか? カミーノ様」
とつぶらな瞳で聞いてきた。そう、敬愛する姉を助けた俺は、彼女達からすると神様のような存在らしく、ウールルも別れ際まで「カミーノ様、カミーノ様」とうやうやしい扱いをしてくれた。
なんだろう? むずがゆくも、正直うれしい。素直な美少女にかしずかれるというの悪い気はしないものだ。
どこかの人をアゴで使うような女にも見習って欲しいところだが……
「何よ?」
ジト目で見てくるティルンには、とてもではないがそんな事言えない。まあこれはこれで気を使わないから良いんだけどな。
それからは森を知り尽くしたウールナをメンバーに加え、俺たちは街周辺の採取依頼や、討伐依頼を次々とこなす事ができた。そうこうする内に、すぐに一ランク上の青色冒険者になり……
「お前さん方をよんだのは、他でもないニャ」
いきなりギルド長室に呼び出された俺たちを迎えたのは、受付嬢のホワイティーだった。
おいおい、そこはギルド長のイスなんじゃないの? 勝手に座っていると怒られるよ? と思っていると、後ろからギルド職員がやって来る。
怒られるぞ〜、知らないんだ〜、と思っていると、一礼した後、
「ホワイティー様、こちらがオルファン氏の書類でございます」
と紙の束を置いて出て行った。え? 様付け? って事は……
「ま、そういう事にゃ、改めましてギルド長のホワイティーにゃん、よろしくにゃ」
と招き猫のように手をあげる。う、うん、別に動揺なんかしないんだからね。少し驚いたけど。
俺たちに合流したウールルも、初めて会うホワイティーにあいさつをする。回復した彼女は昨日合流する事ができた。なんでもエルフの里に帰ってから、里長を説得して俺たちに同行する事を承諾させるのに手間取ったらしい。
最終的には、あの時お礼の品を断り続け、
「それではウールルを同行させて」
とお願いしたのが効いたようだ。ウーフェスさん、グッジョブ!
ウールルは精霊魔法という、エルフ独自の魔法を操る事ができるという。簡単に言うと、ティルンやウールナのような魔法使いよりも、広範囲に魔力を発揮できる代わりに、単体攻撃などの細やかな使用が難しいらしい。
いわば天災のような効果が精霊魔法で、ピストルや爆弾のような効果がティルンらの攻撃魔法という事か?
ディアと俺が前衛で、ティルンとウールルが後衛、そしてウールナという遊撃要員も居る。かなり強力なパーティーになってきたな。
何より他のじゃりんこ女子どもには無い色気、推定年齢20才くらいか? 若返った俺にはお姉さま的な存在が「カミーノ様」などと慕ってくるのは、快感以外の何ものでもない。
そのまま俺たちと行動を共にするという彼女を、仲間として登録するためにギルドに立ち寄ったのが今。そして最初の時に行った登録カウンターに行ってくれと言われて来たんだが。その奥がギルド長室になってるとは思わなかったな。
「最速で青色ランクに上がったお前さんがたには、噂を聞きつけた依頼人から個別依頼がきているにゃ。その中でもどうしてもと頼まれた依頼があってにゃ、頼まれてくれんかにゃ?」
ギルド長であるホワイティーに頭を下げられては、むげに断れない。とりあえず内容を聞きたいと伝えると、とある商人からの護衛依頼だという。
すでに何度か護衛依頼を受けたことがあったが、なぜわざわざ俺たちを指名してきたのか? 不思議に思って聞いてみると、大商人と呼ばれる方から直接依頼が入っただけで、詳細はよく分からないという。
「ところがこの大商人というのが、ほんとうに大物でにゃ、一ギルド長なんてアゴで使われるようなお方なんにゃ。気に入られたら、お前たちも後々いいことがあるにゃん」
とまで言われちゃあ、
「やります、やらせて下さい」
上昇志向のティルンが食いつくわな、もちろん俺も異論はない。たいがいの依頼なら、このメンバーでなんとかなるだろう?
ちなみに俺のレベルは四つ上がって、
勇者:Level:20
力:2924(4386)
速さ:425
器用:207
知力:91
魅力:104
魔力:462(693)
HP:1210/1210
MP:625/625
保有スキル
頑健(神):Level:MAX
頑健(波):Level:7(106/640)
棍棒術:Level:8(68/1280)
投擲(石・棒・ボーラ・ナイフ):Level:8(124/1280)
格闘技:Level:6(305/320)
装備
力の杖
補強されたボーラ
魔力糸の服
聖別の実の護符
主な持ち物
魔法の袋(黒鋼塊×10、黒鋼塊×10、水筒×10、水筒×10、携行食×10、携行食×10、鋼のナイフ×10、魔石×10)
金袋(25金13銀15銅)
かなりリッチにもなってきた。討伐依頼はディアの鼻をもってすれば、短期間でかなりの稼ぎを生み出せる。もちろんモンスターの多い森が街の側にあるのも大きいが。
迷宮都市と呼ばれる、周囲に多数の迷宮が存在する街もあるらしい。正しく絵に描いたような冒険者の街。実際住人は冒険者と、そのもたらす利益で生活する商人達ばかりらしい。
せっかく冒険者になったからには、一度は訪ねてみたいが、そのためにはダンジョンに詳しいスカウトなる職業の仲間がいるらしい。
是非とも逸材を見つけ出して、挑戦してみたいものだ。なんでも他の都市に比べて倍以上の収入が期待できるらしい。そのぶん死亡率もはねあがるんだが。
出物さえあれば、薬剤店などで各パラメーターが上がる種も買っている。だが大都市にでも行かないと、大量購入はできないらしく、チョボチョボ買いが現状だ。
それでもすばやさの種や、器用の種があると分かっただけでも収穫と言えるだろう。それにしても早くかしこさの種が欲しい、でないと知力だけが取り残されて、単なる脳筋野郎になっていく気がする。
少しの間にレベルが上がっているのは、時々街中の治療院に行って、重症者を治したりしているからだろう。割と評判は良い、というかそこのシスターなどは、俺の事を救世主などと崇め出して困ってるくらいだ。
そのシスターってのが、まあいわゆるボン、キュッ、ボンのナイス・バディの持ち主で、チヤホヤされるもんだからついつい通って……いや、困っている民衆のために無料奉仕で治療を行っている。と、建前で宣言してしまった。
だって凄い期待されちゃってるんだもん、美女の期待は裏切らない。俺の人生訓はこれに決まりだな。
……うん、話がそれた。ギルドで教えられた場所に行くと、そこには見渡す限りの壁。こんな街中に、何の冗談? ってくらいの敷地をほこるのは、大商人の別邸らしい。
「商品保管のためとはいえ、凄い敷地ね。これで本邸は都市部にあるっていうんだから、相当なお金持ちに間違いないわ」
ティルンはとても嬉しそうだ。一緒に行動してみてわかったのは、彼女が割とお金とか権力とかに興味があるという事。
「実社会の勉強も大切な修行の一環」
と言っていたが、単に性根に合っているんだろう。
立派な門番が二人もいる石造りの門をくぐると、広大な敷地のかなり奥に、これまた立派なつくりの建物がある。
迎えに来た執事に連れられて、場違いな感じの中を進むと、
「こちらにお待ち下さいませ、ただいま主人がまいります」
とこれまた立派なソファーのある応接間に通された。目の前には、この世界では珍しい砂糖菓子が置いてある。
一つつまむととっても甘い! 甘みってこんなに美味しかったのか! と感動していると、奥から大柄な男が数人の従者を連れてやって来た。
「はじめまして、私がオル商会会長のオルファンです、今回は指名依頼をこころよく引き受けて下さってありがとうございました」
大柄な男が名乗る。差し出された手を握り返すと、
「はじめまして、私はカミーノ、こちらがティルン、そしてウールルとウールナ、それにこいつがディアと申します」
ソファ脇におとなしくしゃがむディアを含め、皆を紹介すると、訳知り顔でうなずかれた。どうやら俺たちの事は調べ済みらしい。笑顔が魅力的な柔らかい印象の男が、
「早速護衛依頼なのですが、今回はある物を運んでもらいたいのです」
と言うと、従者に合図を送った。それを受けた女が台車を押してくると、上にかかった布を取る。
「大きなメノウでしょう? これには名前がついてまして、巨人の涙と呼ばれています」
見ると、なめらかな茶色の石のなかに、涙型の青い石が埋まっている。絶妙なカッティングと見事な大きさ、さぞやお高いんでしょう? と思っていると、
「時価200金はくだりません」
とおっしゃった。1金が10万円くらいとすれば……2000万円! 超お宝じゃないか。
「こちらのハーヴェイさんが購入されましてな、おつきの従者もいるのですが、若干護衛に不安があるとの事で、今回は新人の割によく働くと、噂に名高いあなた達に依頼したって訳です」
オルファンさんの後ろに控えていたハーヴェイさんが前に出てくる。長身で引き締まった印象の壮年男性は、商人というよりも軍人といった見た目だった。
「よろしくお願いします。私は森を越えた隣町で商いをしております、ハーヴェイと申します。今回は想定外の大きな商いになりまして、急遽護衛を増員する事にしました。オルファンさんに無理を言ってお口添えをいただいたのですが、快諾していただき、ありがとうございます」
立派な大人にていねいにあいさつされると、悪い気はしない。俺たちはさっそく旅程の話し合いになった。
ハーヴェイさんの従者の内、戦える者は5名。鎧を着込んだ戦士の男達と弓矢使いの男。それに客人らしい仮面をかぶり、曲刀を持った異国の戦士と、その付き人らしい女。
俺の見間違いでなければ、侍と女忍者といったいでたちだが、この世界にも日本らしい場所があるのだろうか? 服装などをじっくり見ていると、着物などに若干の違いがあるから、似て非なるものかも知れないが……
俺がジロジロ見ていると、
「失礼でしょ? 田舎者まるだしよ」
とティルンにたしなめられた。ハッと気づいた俺が、
「すみません」
と謝るが、相手はうわのそら。まるで俺など眼中にないような感じで行ってしまった。
「なんかやな感じね」
それを見ていたティルンがつぶやくと、
「あれが正常ならば、心が弱っているのかもしれませんね。精霊の力が薄まって見えます」
ウールルが答える。万物には精霊が宿り、人間もそれに外れないと教えてくれた。精霊使いのウールルが言うなら間違いないのだろう。
俺の目にも、どこかかすんだオーラに見えた。
「まあ人間いつも万全とはいかないものね、人のことより自分の事。昼過ぎに出発らしいから、さっさと準備に取り掛かりましょう」
俺たちの中で、自然とリーダーになったティルンがテキパキと指示を出した。