冒険者ギルドへ
地方都市トホ、アルケ村から街道を歩く事10日の村から、更に馬車に乗って4日かかって辿り着いた街は、この辺りでは一番大きな城塞都市だった。
とは言っても石壁が囲っているのは中心部のみで、庶民がくらすのはその外側に広がる、土壁がむき出しの住宅地だったが。
俺たちが居るのは、城壁に近い場所にある建物。他に比べて少し立派な石造りの建物には、剣と杖が交差して、その下にドラゴンが横たわるエンブレムがかかっていた。
〝冒険者ギルド〟
異世界定番、お約束の場所に立ちテンションが上がる。ここから俺たちの冒険が始まる! と横を見ると、同じく顔を赤くそめたティルンが、
「落ち着きなさい、田舎者まるだしよ」
と、自分も人の事を言えないテンションのくせに注意してきた。なんだか嬉しそうな雰囲気をさっしたディアが、
「ワンワンッ!」
とシッポを振る。それを足に受けながら、大きくねんきの入ったドアを開けた。
ムワッとくる臭気、ケモノ臭がハンパない。それもそのはず、入り口近くには、誰かが持ち込んだモンスターの体の一部や、毛皮、ツノなどが所狭しとならんでいる。
それを木の板をもった係員が検品したり、値札を貼り付けたりと、忙しそうに働いていた。
奥の方にはカウンターがあって、そこには職員とおぼしき人が立っている。
受付嬢! 俺の心は浮きたって、早く先に行こうとして、かべぎわに立つ男に、
「おい! ギルド証を提示しろ!」
と警棒を突きつけられて制止された。
「え? ライセンス?」
キョトンとした俺を抑えるように前に出たティルンが、
「待ちなさいよ、すみません、私達これから登録なんです」
とその男に言って、俺を下がらせた。
「ライセンスの無い奴は、入り口横の通路から登録窓口に行け」
とぶっきらぼうに告げられる。そうか、そんなシステムなのね。でもそんなにぶっきらぼうに言わなくてもいいじゃないか。
少しムッとした俺を制したティルンが、
「ありがとうございます」
と引っ張った。
「何だよあいつ、初めてだから分からなくて当たり前だろ?」
と文句を言うと、
「初めてだ・か・ら、もっと慎重になさい。あまり目立ちたくないの、分かるでしょ?」
とさとされた。まあそうだけど……早くカウンターの受付嬢に会いたい。遠くから見える受付が男に見えなくもないが、この際それは気にしないでおこう。
狭い通路の先、薄暗いドアの上に、文字が書いてある。読めない俺に、
「ここが登録窓口ね」
ティルンが教えてくれた。文字が読めないって不便だな、今度ティルンに教えてもらおう。
そう考えながらドアを開けると、なお暗い室内には誰もいなかった。
「すみませ〜ん、誰かいますか?」
声をあげても何の返事もない。
「すみませ〜ん!」
少し声をはると、
「うるさいにゃん、こんな朝っぱらから、何の用にゃ?」
カウンターの後ろから、フリフリと現れたのは真っ白なシッポ、その後大あくびをする女の子が目に涙を浮かべながら身をおこした。
その頭上には、これまた真っ白な毛に覆われた耳が乗っている。どこか猫を連想させる顔は、人間そのものだった。
「何だにゃ? 猫人族は珍しいかにゃ?」
大きな黄色い瞳が俺を見る。確かに珍しくて……可愛い。
カウンターにほおづえをつくしなやかな身のこなしといい、丸みを帯びた体からは、どことなく色気を感じて、ドキドキしてしまった。
受付嬢、こんな所にいたんですね。感激です。
震える俺を気味悪そうに見たティルンが、
「冒険者登録をしに来たんです」
と告げると、
「まあそうだろうにゃあ、じゃあ一人10銀だにゃ。それとここにサインするにゃん」
と金属板と釘の様なものを差し出してきた。えっ? 登録にお金かかるの? というか、馬車代でお金を使い果した俺には、持ち合わせの金なんて一銭もないぞ。
と、困っていると、
「じゃあ二人分で20銀ね、はいこれカミーノの分」
とティルンがお金を払ってくれた。
「えっ? いいの? 俺金ないけど」
と言うと、
「あんたゴブリンから回収した緑石があるでしょ? ここであれを売って返してちょうだい」
と言われた。そうか、おごりじゃないのか。まあその方がこれから先トラブルがなさそうで良いか。と思い、ありがたく出してもらうと、金属板に向かった。
しかし俺……自分の名前も書けない。その事にがくぜんとしたまま固まっていると、
「あんた名前も書けないの? はぁ〜っ、無学って怖いわ」
と言いながら、サラサラッと金属板に下書きをしてくれた。
「これをなぞればいいから」
と言われた通りに金属を削ると、面白いように彫れた。こんな柔らかい金属で大丈夫なのか?
「じゃあこの装置に両手をあてるにゃ、あなた達の能力を複写するにゃん」
と言われて、カウンターに設置された装置を見ると、立派なハンドルが箱から伸びていた。どうなっているのか? のぞこうとすると、
「はい見ないにゃん! これは秘密の装置だにゃん、無理にのぞこうとすると、こわ〜いお兄さん達につまみだされるにゃん」
シッシッ! と手ではらわれた。
ム〜ッ、不思議装置、ジックリ見たいが、横から睨みつけてくるティルンも怖いし、大人しくしておこう。
先ずはティルンがハンドルを握ると、
「フムフム、おお! すごい魔力だにゃん。優秀優秀」
何かを覗き込んだ猫人が満足気にうなずく。そしてガシャン、と装置を動かすと、
「はい、ここに血を一滴落とすにゃ」
と先ほど名前をきざんだ板を取り出した。それは装置によって複雑な形にプレスされており、真ん中に受け皿のような小さなくぼみができている。
ティルンは自前の小さなナイフで指先を切ると、そのくぼみに血をたらす。その血は板の表面をすべると、複雑な形の中に吸収されていった。
「はい、これで登録されたにゃん、フルネームは、ティルン・プルドモード・キラリティーだにゃ? ほうほう、大魔女の家系なんだにゃ」
したり顔の猫人に、
「ここではあなたしか知らない事よ、秘密がバレたらあなたの責任だから、よろしくね」
笑顔から、なんらかの雰囲気をただよわせたティルンが言うと、
「もちろんだにゃ、でもギルドマスターには報告するから、その先は知らないにゃ」
笑顔の猫人がこたえる。おお、女の小競り合いのピリピリ感、怖え。
少しひきつる俺に、
「そっちの筋肉も握るにゃ」
ぞんざいな猫人が告げる。筋肉って……まあこの張りとツヤのある肉体を見てしまったら、意識せざるをえないだろうが。
少し自意識をしげきされて、気分のあがったおれがレバーを握ると、とたんに装置が〝ヴーーン〟と振動しだした。
「おお、中々数値が高いにゃ、え? 何? この力の数値、桁が二つ三つ違うにゃん。それにスキルが文字化けして……きゃっ! 機械が熱くなってきたにゃ、あんたレバーを放して!」
言われた通りに放すと〝ウンウンゥn……〟と静まる装置。
「う〜ん、ところどころ文字化けしてるけど……これで良いにゃん、高い装置をこわしたらえらい事にゃから」
と聞き捨てならない事を言いながら猫人が装置をガシャンと動かした。
「ええ? そんな適当でいいの?」
という言葉も無視されて、
「ここに血を……以下同文にゃ」
めんどくさそうな猫人が同じようにプレスされた板を出してくる。
不服はあるが、まあいいか。俺は袋の中から鋼のナイフを取り出すと、指にあてがい少し引いた。だが血どころか、皮一枚切れていない。もう一度引くが、全然切れない。
そういえば、この体に生まれてから一度もケガらしいケガをした事がない。俺がナイフをゴシゴシしていると、
「あんたのナイフなまくらね〜、そんなに切れないんじゃ、指を噛み切りなさい」
とティルンに言われた。いやいや、村の鍛冶屋はそこそこの腕前だ、そのナイフが切れないはずがない。
だが目の前の猫人も、早く朝寝の続きがしたいのか、イライラとシッポで机を叩きだした。
まあいっか、と指を噛むと、小さな痛みとともに、血が玉を作った。それを板に乗せると、さっきと同じように染み込んで消える。
「これで登録完了にゃ、後は奥のカウンターで依頼を受けてくるにゃん、それじゃぁおやすみ〜」
シッポをフリフリすると、またカウンターの下に消える猫人。こんなんで良いのか? ギルド。こんな職場……就職したいぞ。
消えた猫人に思いをはせながら、来た道を戻ると、今度こそ警備の男にライセンスを見せて、正式に冒険者ギルド内に入る。
男はライセンスを確認すると、黙って通してくれた。さっきは嫌な奴と思ったが、単に職務に忠実なだけかもしれない。少し男の事をみなおしながら向かった、冒険者ギルドのカウンター。そこには夢の花園が……
なかった。
男だらけのゴリマッチョ・カウンター。これならさっきの登録カウンターの方が華やかだ。来た時にチラリと見た時の嫌な予感、無意識に目をそらしていた現実に打ちのめされる俺を、不思議そうにながめるティルンが、
「ほら、さっさと依頼の受け方を聞きに行くわよ」
とせっついた。朝早いせいか、カウンターはそれほど混んでいない。いつもこうなら、それほどライバルはいなさそうだ。
しばらくして対面した職員は、角刈りのいかにもマジメそうなお兄さんだった。俺たちが初めて登録した事を告げると、こんせつていねいに依頼の受け方を教えてくれる。
先ほどから依頼、依頼と言っているのは、ギルドが受けた様々な依頼を、俺たち冒険者に委託する事をさす。
最初に受けられるのは赤色初級依頼という、俺たちのような初心者でも受託できるたぐいのものばかりらしい。それらは冒険者証の色によって、赤、青、黄、黒、白と段階づけられていて、赤依頼は壁一面に貼られたボードに、直接はり出されていた。
「君たちなら、これと、これかな?」
お兄さんは親切にも、俺たちに見合った依頼を選別してくれた。それは採取依頼という、薬の原材料を取ってくる依頼だった。
「赤根グミの芽が10個と、ブルーグラスの根が10本、成功報酬は1銀ずつだ。どちらもモンスターが出ると言われる森の中に自生する植物だね。それほど深く分け入らなければ、危険は少ないけど、冒険者に依頼するからには、それなりに危ない場所ではあるから、十分気をつけて。超過分に関しては、どちらも個別に買い取りをするから、無理しない程度に取ってきたら良いよ」
と言ってくれた。依頼を受けると、参考資料として、赤根グミの芽と、ブルーグラスの根を、資材部に行って確認するようにすすめられる。
俺たちはお礼を言うと、資材部に立ち寄った。その時、思い立った俺がディアにも臭いを覚えさせる。こいつの鼻が役に立てば良いが……そんな期待も持ちつつ、いきようようと森へと向かって歩き出した。
*****
「ホワイティ様、どうかなされましたか?」
上階には滅多に顔を出さないギルド長が現れて、慌てる職員たちに、
「あいつら、とんでもない数値を出したにゃん」
手元のボードを見せながら、白いシッポをフリフリと躍らせる。ホワイティと言われたギルド長の示すボードを見た角刈りの職員は、
「これは! 二人とも凄い数値ですね。故障でしょうか? それにカミーノという奴のスキル欄、表記が文字化けしてる……これは伝説の神スキルの兆候? それともやっぱり故障でしょうか?」
と、細い目を見開いてつぶやく。
「いやいや、ここの装置は新調したばかりにゃん。その装置が壊れそうな音を立てていたから慌てたにゃん。それにしても面白いにゃろ? これからあいつらの行動に目をつけておくにゃ」
あやしく笑うギルド長のシッポが職員のアゴをなでた。ビクッと固くなった職員がコクコクと必死に頷くと、満足した彼女は眠りにつくために、ふたたび登録カウンターに引き返して行った。