聖人伝説
「う〜〜んっ! よく寝たなぁ」
貸してくれたベッドが気持ちよかったせいか、普段よりもずいぶんと遅くまで寝てしまった。おかげで元気満タン! まあいつも頑健MAXだから、起き抜けはこんな調子なんだが。
「クワ〜ッ、カフ」
ディアも大きくあくびをすると、背中をそらせてシッポをふった。
「ディア、今日こそは新たな冒険に出発だぞ!」
俺の興奮が伝わったのか、耳をピンと立てたディアが、誘うように俺を先導して扉を出ていく。
後について宿泊所を出た俺に、
「遅いわよ! これ、作っておいてあげたから、さっそく出発しましょう!」
高台から見下ろしてくるティルン、朝日の影響か? 昨日よりも神々しく見える。いや、実際に立ち昇るオーラの質が変わっている。どうしたのか? という質問を許さないティルンは、俺に包みを放り投げると、
「荷物は持った? 私は準備万端、早いうちに出発して、暗くなるまでに峠を越えるわよ」
とはりきって歩き出した。彼女の荷物といえば小さな背負い袋一つのみ。だがその側面の紋様は、俺の持っている魔法の袋と同じだった。という事は、あの中には沢山の荷物が入っているのだろう。
あれ? 村人は? 誰一人として見送りに出ていない。キョロキョロと辺りを見回す俺に、
「何してんの? サッサとそれ食べちゃいなさい」
とドンドン先を行くティルンが振り返って言う。葉っぱの包みを開けてみると、ズッシリと重い蒸しパンが湯気をあげた。
さっそくいただくと、美味い! 真ん中には貴重な黒糖がタップリと詰まっていて、パンの風味とともに優しい香りが口に広がった。
こんなに美味しいパンは、前世の記憶以来かも知れない。俺が感動にむせびながらパンをがっついていると、
「はい、これはあなたに」
とディアには生肉をあげてくれた。
完璧に餌付けされた俺とディアは、ウキウキ気分でティルンに付き従う。
それをこっそり見ていた村人たちは、微笑ましい光景に、この旅の無事を祈って拝み続けた……らしい。
日中はできるだけ移動して、暗くなる前に野営の準備、そして朝は日が昇ると同時に出発する。
ティルンは旅慣れているらしく、それらを易々とこなしていた。俺も村長仕込みの猟生活で、遠征には慣れているから問題ない。ただ見知らぬ土地を旅するというのは初めてだったから、いつもより神経は使った。
ティルンも探知魔法を使いながらの移動は、普段よりも疲れるらしい。ただしディアの鼻や耳の警戒と合わさった用心は、頼もしいことこの上ない。モンスターも徘徊する世界で、これほどスムーズに山道を歩けるのは、彼女達のおかげだろう。
獣道のような草の濃い山道を抜けると、段々と人のふみ跡が目立つようになってきた。
すると道のはたに道標として大きな石が埋め込まれ、矢印の下にアルケ村、反対矢印に高地村と書かれていた。
「ここからは大分と楽になるわよ」
少しホッとした表情のティルンが告げる。その言葉通り、ドンドン広くなっていく道は整備が進み、階段状の部分には丸太が敷かれるなど、人の手の入った様子が見てとれた。
気分良く進んで行くと、ディアが立ち止まり、耳をピクピク、鼻をスンスンと反応させる。ティルンも何かを感じたのか、杖を構えると、先端の魔石が淡く光りだした。
俺は左手に鉛つぶてをのせ、右手の力の杖を構えると、一歩踏み出す。そこへ、
「な〜んだ、ガキかよ〜。こんなん襲っても大した実入りにゃなんねぇべ」
ヤブの中から現れたのは、毛皮を纏った男、むき出しの山刀を肩に担いで、道に飛び降りると、ベッとツバをはいた。
「あで〜? こんな所に子供二人なんて、おがしいな〜?」
その後ろからずうたいの大きなハゲ男が、棍棒を杖代わりに出てくると、傾斜をズリズリと滑り降りてきた。
その後を思い思いのかっこうで現れる男達、その数12人。この感じは……
「あなた達、山賊ね?」
ティルンが強い声で聞く。
「おっ、このねえちゃんは中々のベッピンさんじゃな〜い。いや〜、むだ足にならなくて良かったよ〜」
ケケッと笑う最初の男がティルンを値踏みするようにネットリと見続けた。何だろう? こいつくらい下品に生きられたら、いっそのこと気持ち良いかも知れない。そう思わせるほどに下品だった。
山賊どもはそれからも何やかやと勝手なことを言いながら、ティルンに近づこうとしたが、
「ヴゥゥゥゥ」
と唸るディアがそれを許さなかった。
「何だ? ワン公、文句あんのか?」
山刀をチラつかせて威嚇する男の側を、黒いものが通り過ぎる。
「あ?」
と言った男のふくらはぎから、ドバッと血が噴き出した。
「あがあっ!」
倒れこんだ男の首に噛み付いたディアが、まるでボロ切れのように男を振り回すと、仲間の方に放り投げる。
一瞬の出来事に固まる山賊に、仲間の血肉がふりそそぐと同時に、その間を駆け抜けた黒い残像が、俺のもとに戻って来た。
ペッと吐き出した肉は、男どものふくらはぎ。目の前には、足を掴んだ男どもが、うめき声をあげて転げまわっていた。
「ディア、凄い……」
絶句するティルンに、褒めて! と言わんばかりのディア。この娘の即断即殺ぶり……すえおそろしい。
俺がディアの頭を撫でて落ち着かせていると、転げまわる男どもの中からひときわ大きな奴が、
「ごのおぉぉ!」
と棍棒を振り上げて向かってきた。痛みににぶいのか? 血をふきだす足もかまわず、結構なスピードだ。
近づくのを待って、振り上げる棍棒をコツンと打ち据えると、腕ごと吹き飛んでいった。ポカンと見上げる頭を叩くと、地面にめり込む勢いで衝突する。
それを見た他の奴らは、
「ばっ! 化け物だあ!」
と這いずりながら逃げ出した。ティルンに、
「どうする?」
と聞くと、
「面倒だから放っておきましょう」
という言葉に従って、先を急ぐ事にした。倒した男達の懐をあさり、4銀と山刀をちゃっかりともらった後で。これではどちらが山賊か分からないが、まあお金に困ってるから良しとしよう。
「それにしても、こんな所に山賊が出るなんて珍しいわね。高地村といい、アルケ村といい、どっちも昔から治安が良いんだけど」
そうつぶやくティルンの言葉が気になる。アルケ村からさらに街道に出て、徒歩で3日歩いた先の街に行くつもりだったが、無用なトラブルに巻き込まれるのはかんべんしてほしいところだ。
だが悪い予感というのはよく当たるもので、少し歩いた先にあるアルケ村は、異様な雰囲気に包まれていた。
見ると極端に老人、子供の姿が見当たらない。ティルンによると、街道沿いのこの村は、普段けっこうな人でにぎわっているらしいが、通行人も少なく、村の入り口も柵をはって閉じている。
そばに立つ男に、
「何かあったんですか?」
と聞くと、
「流行り病じゃ、ほんの数日前からなんじゃが、弱い者は皆やられてしまってのう。さらに弱ったところに山賊共が村のそばにやって来てしもうた。もうこの村もおしまいじゃ」
と言ってガックリとうなだれた。そんなすぐに村がダメになるなんて、信じられないと驚くティルンは、
「まだ苦しんでいる村人たちがいるはずよ。あなたの力でどうにかできないかしら?」
と聞いてくる。もちろん俺としても、出来ることなら治してやりたい。でも先ずは村人たちの状態を見てみないと、と思い門番にたずねると、村の外れにある建物数軒に、病人を集めているという。
俺達はそこに急いだ。
先ず入った一軒目の家には、子供達が数名寝転がされていた。嘔吐と下痢の臭いがひどく、ゲッソリとやつれた顔には生気が感じられない。
世話をしているのはたった一人の女性で、俺たちを見てもトロンと無反応な視線をおくるだけだった。
「少し見せておくれ」
と一人の少年の服を脱がせて見ると、ガリガリにやせ細り、あばらがむき出しに見えている。その反対に手足はむくれ、腹だけがポッコリと膨らんでいた。
だがその原因は……弱々しいオーラに、濃い緑の藻のようなものが絡み付いている。それは触れようとすると過敏に反応して、俺にも絡まりつこうとした。
ピリピリと感じる額に導かれて、頑健(波)の力が発動すると、手の中からあふれ出す光が、緑の藻のような物を溶かして消えた。
スウッと顔色を良くする少年、それを見ていた女性が俺の服を引っ張ると、側に寝る女の子を指差して、
「私の娘にもお願いします!」
と懇願してきた。
「分かりました」
と力の杖を持って立ち上がった時、杖から力が湧き上がる感覚が伝わってくる。ある予感に従って少女に杖を向けると、そこに頑健(波)を放った。
杖の先端から放たれる光によって、先ほどよりも少しの力で、緑の藻状の物を溶かす事が出来た。こうしてその建物の子供達を治して回ると、その隣、そのまた隣の建物も回って、苦しむ村人を治して回る。終わった頃には、
勇者:Level:14
力:2892(4338)
速さ:363
器用:130
知力:72
魅力:82
魔力:425(637.5)
HP:1136/1150
MP:56/570
保有スキル
頑健(波):Level:5(45/160)
おお! レベルが2も上がってる! それに村人たちに感謝されて、まんざら悪い気もしない。
少しMPを使いすぎた俺は、顔を洗おうと井戸に向かった。だがディアが先回りすると、井戸に向かってほえたてる。
何かあるのか? と思ってよく見ると、先ほど沢山溶かした緑の藻の様なものと同じオーラがただよっている事に気づく。だが、こちらの方がより強力だ。
力の杖を向けると、先から頑健(波)を放ってみる。すると井戸の奥からビシャッ、ビシャッ! と水音がたって、苦しむような気配が伝わってきた。
だが、俺のMPも残り少ない。どうする? と思っていると、井戸の壁を這い上がる音が聞こえてきた。
うなり声を上げるディアを下がらせると、一歩前に出る。あの藻の親玉だとすると、牙で攻撃するディアはもろにその影響を受けるだろう。
力の杖を構える俺の前に、井戸から這い出した〝それ〟がトグロを巻いた。
それは蛇にも似た、しかし目などは見当たらない、ヌメヌメとしたモンスターだった。全長はパッと見10mは下るまい。全身に緑の藻を生やした気持ちの悪い体が動くたびに、ビチャビチャと嫌な音がする。
先端の穴が空いて、
「シャアァァァッ」
と威嚇音を放つと、その中に牙がビッシリと、何層にもかさなって生えているのが見える。
「なにこれ? 気持ち悪っ!」
後ろのティルンが言いながら火球を形成して放つ。とっさに放ったそれはモンスターに着弾すると、全身を燃え上がらせた。
「ピギイィィィッ!」
鳴きながら暴れ狂うモンスターは、確かに気持ち悪い。ディアも手出しできずに、若干腰が引けている。
藻の水分が火をかき消すと、その巨体を丸めて、飛びかかって来た。
それを正面から打ち据えると、ブチンッ! とちぎれて、またも暴れ狂う。それを何度も打ちすえると、細切れになって、残りのMPで頑健(波)を照射すると、ようやく死に絶えた。
立ち昇る臭気に「おえっ」と胃液があがってくる。軒先から顔を出した村人たちは、自分たちの井戸にこんなモンスターが居ついていた事に驚いていた。
「こんなモンスター聞いたこともないわ。キメラの事といい、最近ここら辺ではおかしな事ばかり起きるわね」
ティルンの言う通り、ここ最近平和な村で何が起こっているのか? 十数年生きてきて、聞いたこともない事態が沢山起こっている。
思えばゴブリンが村を襲うのも、最近までは聞いた事もなかった。
村人たちに感謝されながら、村長の誘いで建物に入ろうとした時、
「ごらあぁぁ! おどうどを殺ったのは、どごのどいづじゃあ!」
柵を蹴散らして、大男がどなりこんで来た。その後ろにはたくさんの男達が従っている。さっきやっつけた山賊達が仕返しにやってきたか?
俺が正面に出ようとすると、
「あなたさっきから魔法を使い通しだから、少しは休んでて、私が行くわ」
とティルンが前に出た。その杖には、すでに魔力がねりこんであるのか、赤い光がともっている。
「おまえがあ!」
大男が大きな斧を振りかぶると、そこに熱線が走る。斧の柄が焼けて、斧頭がポロリと落ちると、
「痛い目にあいたくなかったら、さっさと退散なさい!」
とティルンが胸をそらせた。それを聞いた大男は、
「ムガアアァァッ」
と隣にいる男をひっつかんで投げつけると、ドタドタと突進してくる。
冷静に見すえたティルンが杖を向けると、熱線が投げられた男を貫いて、大男の腹を直撃した。
悲鳴をあげる男が転げまわる。それを見た後ろの男たちが口々に、
「おかしら!」
と走り寄るが、そのうちの一人をつかまえると、その頭を握り、立ち上がった。
「ごんのおぉぉ」
もう片方の手で、棍棒となった斧の柄を杖代わりに立ち上がる。だが力尽きた男は、ひざから崩れるように倒れこんだ。
「次にやられたい奴はだれ?」
赤い光を放つ杖を向けると、
「ヒッ」
と身をかがめる男たち。どうやらこれ以上抵抗する奴はいなさそうだ。俺は村人に縄を持ってきてもらうと、山賊達をひとくくりに縛っていった。
「どうもあなた達が現れたのと、村が汚染された時期が一緒なんだけど? どういう事?」
縛られた山賊に杖を向けたティルンがたずねる。すると、
「ヒグスが……あんた達の犬に最初にやられた奴なんですが。あいつがあるお人から、藻虫っつうモンスターの卵を手に入れたらしくって。井戸に放り込んだら村人たちがバタバタやられていくから、その後を俺たちの根城にしようとしたんでさぁ」
口の軽くなった男たちがペラペラとしゃべりだした。それを聞いた村人達の顔がけわしくなる。山賊達がハッと気付いた時には、その周囲を村人たちに囲まれていた。
「ぎゃあっ!」
と叫ぶ山賊達がどうなったかは分からない。俺たちはそのまま村を後にしたから。後から俺たちがいない事に気付いた村人たちは、俺の事を〝聖人様〟と拝んだらしい。
火の魔法使いと黒い犬を従えた聖人様、その伝説はこんな風に始まった。




