春の旅立ち
「ピュイッ」
指笛を鳴らすと、山の上からわざと足音を立てるディアが、イノシシを追って走る。
「ワンッ! ワンッ!」
興奮した声が、大物だと知らせた。地響きを立てて駆け下りてくる大イノシシ。牙が六本以上ある積牙種だ。
俺は石のボーラを振ると、指先でシュルッと投げつける。それだけで吹っ飛んでいったボーラが、木々をぬってイノシシの足に絡み付いた。
つんのめって転がるイノシシに組み付くと、太い首を締め上げる。暴れるイノシシの力をいなすと、その方向に力をそえて、ゴキリと回し折った。
興奮したディアが駆け寄ってきた。その体を受け止めると、背中を「よ〜しよし」となでてやる。嬉しそうに全身を使って尻尾を振るディアは、大型犬よりも少し小さいくらいまで成長している。手足を伸ばすと、俺の肩にも届きそうだ。
俺はというと、
勇者:Level:12
力:2854
速さ:353
器用:125
知力:67
魅力:76
魔力:396
HP:1124
MP:539
保有スキル
頑健(神):Level:MAX
頑健(波):Level:3(26/40)
棍棒術:Level:6(4/320)
投擲(石・棒・ボーラ):Level:7(215/640)
格闘技:Level:4(12/80)
装備
石のボーラ
魔力糸の服
聖別の実の護符
主な持ち物
魔法の袋(魔力の緑石、鉛塊×10、水筒)
微妙に伸びているのがお分かりだろうか? だが頑健(神)がMAXになってから、種を食べても基本ステータスしか伸びないから、少し物足りない。
その代わり、頑健(波)を使うと、徐々にではあるが能力値が伸びるから、ディアがムチャをして怪我をした時などは、積極的に治療していた。まあケガに対しては、自然治癒力を伸ばす程度の効果しかないんだがな。
「ディア、力の木まで競争だ!」
もうすぐ約束の春、俺は白い息を吐き出しながら、山道を駆け上った。
素早いダイアー・ウルフのディアに勝てるはずもなく、息を切らせて木に辿り着いた時には、ディアが目を輝かせ、お座りで待っていた。
「お前は速いな〜!」
担いでいたイノシシを〝ドスン!〟とおろすと、力の木を見上げる。
この木にもだいぶお世話になった。生かさず殺さず、実を摂取し続けてきたおかげで、これまで沢山のものを得た。
しばらくお別れだ、というのも、父親はじめ、村長達を説得して、この春にはティルンと旅立つ事を許してもらっていたから。
最初に枯らしてしまった木は、水分を失って小さく固くなっている。申し訳ない事をした、と思いながら触れると、とつじょとして光り出した!
体を熱いものが巡る。まるで俺の中に吸収された力の実と、枯れてしまった力の木が呼応しているかのような感覚。
金色の光がまぶしすぎて目を閉じる。まぶたの裏まで熱く照らす光が収まった時、手の中には、ちょうど握りやすい太さの棒があった。
目の前にあったはずの力の木が無くなっている、という事はこれがそうか?
淡く発光するそれを持ち上げると、鉄の様に重い。まあ力が上がりまくった俺には軽々と振れるんだが。それ以上に胸くらいまでの長さのそれは、体の一部のように馴染んだ。
ステータスを見ると、
装備
力の杖
おお! 力の杖、しかも装備している! なおもステータスを見ると、
力:2854(4281)
魔力:396(594)
となっている。()内は……地面に計算式を書き出すと……元の数値の1.5倍か? そこを意識すると、ホンワリと力の杖から力が伝わってくるのを感じた。
これは……力の杖と俺の体が呼応している時は、パワーアップするって事か?!
俺は喜びいさんで確かめようと、力の杖を振り回す。棍棒術が利いているらしく、牛殺しを使っていた時と同じように、自由自在に振るう事ができた。そして力の杖の力を引き出そうとすると、金色に光った杖が、轟音を上げる。その一振りで周囲の枯葉が全て舞い上がり、ディアが興奮して吠えたてた。
間違いない! この杖が力を増強してくれている! その上魔力まで影響を受けるとは……ものすごい物を手に入れてしまった。
俺はちゃっかり力の実もいただくと、二本になってしまった木にお礼を言って、イノシシを肩に山を降りていった。
何だか旅立ちにせんべつをもらった気分だ。これが山の恵みというものか、ありがたや、ありがたや。これから力の木に足を向けて眠れないな。
俺は無神論者だが、輪廻の女神といい、神秘的な物事に触れて、神の存在を感じるようになってきた。ならばこれも神のおぼしめしだろうか? なんとも都合の良いかいしゃくだが、俺は勝手に山の神に感謝をしながら村に戻った。
村は変わらぬ様子だが、春に向けて人々の表情も明るくなり、畑や狩りの準備にいそしむ、忙しくも嬉しい時期になっていた。
そんな時に申し訳なくも、村を離れようとする俺に、家族をはじめ、村長達が総出で見送ってくれた。
昨日の晩には、親父から沢山のアドバイスと、はげましをもらっている。その後飲みつぶれるまで飲んだ親父の顔は、まだ少し赤い。親父、あんたこそ大丈夫か? まだまだ幼い兄弟達を守って頑張ってくれよ。
村長は、
「こんなもんしかやれんが、使ってくれ」
と、木の実を糖分で固めた携行食と、路銀として銀貨6枚を持たせてくれた。銀貨6枚は、日本で言うところの6000円くらいか? 少ないと思われるかも知れないが、現金収入の極端に少ない村の事を思えば、思い切ってゆずってくれた、貴重なお金だ。
まあいざとなったら、頑健な俺はどこでも寝れる。ディアも元々野生動物だし、問題ないだろう。
鍛冶屋もやって来て、
「お前さんが昔くれたナイフな、こんなに小さくなったが、作り替えておいた」
ぶっきらぼうに渡されたのは、革のさやに入った鋼のナイフ。見違えるように輝きを見せるそれには、イノシシ牙のハンドルが取り付けられていた。
それら全てを魔法の袋に入れた俺は、
「お世話になりました! 頑張って来ます」
とおじぎをすると、力の杖をついて歩き出した。あの日、ゴブリンの襲撃以来、本当の家族、本当の村人として繋がってきた。背を向けた皆と、その関係を捨てるような気がしてせつなくなる。
だがその時、道の端にまちぶせしていた兄弟達がワッ! と押し寄せると、その後ろからお母ちゃんがやって来た。
ニコニコと笑みを浮かべるお母ちゃんは、フンワリと俺を抱きしめると、
「体に気をつけてなぁ、何かあったらすぐに帰っといで」
と背中をなでてくれた。俺は抱き潰さないようにそっと背中に手をまわすと、
「お母ちゃん、本当にありがとう。また絶対に帰ってくるからね。親父や兄弟をよろしく頼むよ」
と丸くてあたたかい背中をなでた。兄弟がなおもすがりついてくるが、
「そろそろ行かせておやり」
と言うお母ちゃんの言葉で、鼻水をべちゃべちゃにしながら、離れる。
俺はもう一度村人達を振り返ると、
「ありがとうございました!」
と大きく一礼した。真っ赤な目の親父も涙で顔がくしゃくしゃになっている。俺も涙を拭うと、今度こそ振り返らずに、力強く村を後にした。
この場にとどまる人生もあったかも知れない。実際、ティルンとの出会いが無ければ、あのまま年をとって、たまに出没するモンスターなどを倒す程度の冒険で、一生を終えていただろう。
だが、もはや旅立ってしまった。そして俺には有り余る力と、未知の能力、ティルンやディアという相棒、そしてこの杖がある。
〝やれるところまでやってみよう、そしてダメなら母ちゃんの言うとおり、ここに戻ってくれば良い〟
開き直ってそう考えると、目の前の緑も色鮮やかに、俺の旅立ちを祝福してくれているように感じた。
*****
もはや通い慣れた道、ディアと共に、競争するように先を急ぐと、すぐに高地村にたどり着く。
「まあのんびり行きましょう、今日はここに泊まって、明日の朝出発ね」
ティルンは俺を迎え入れると、大魔女様の家に招いてくれた。
これから一緒に旅に出るんだから、同じ部屋というのにも慣れとかないとな。と思って、離れに向かうティルンに当然のようについて行くと、
「あなたは前に泊まった宿泊所に行きなさい。朝ははやいから、しっかり寝るのよ」
とあっけなく追い出された。なんだよ? これからの旅でも部屋は別々なのか? 路銀の乏しい俺には、けっこう大変だぞ。
と思いながらも、ディアと共に宿泊所に行くと、用意してくれていた食事をとって、そのまま寝た。
*****
「カミーノ達は寝たわね」
満月が最上部に達する深夜、礼服に着替えたティルンが、ご神木の根元にひざまづく。それに答えた賢人会の一人〝儀式長〟が、
「はい、彼らは夕食の後、すぐにご就寝になられました」
と告げた。
「まったく、脳筋坊やは気楽でいいわね……では大魔女様」
とご神木の股に身を沈めた老婆に声をかけると、
「それじゃぁまぁ、はじめるとぉするかいのぉ」
冷えた手をこすりながら、ご神木に向かい合うと、両手をついて旅立ちの儀式を始めた……ご神木、魔力の木との同調をもたらす魂の儀式を。
それは幼い頃から魔力の適性がある者を慣れ親しませる事によって、遠くに離れてもご神木の加護を得られるようにする、契約の儀である。
大魔女様が身を起こすと、入れ替わるようにティルンが横たわる。そのまま魔力の糸で編まれた布地でおおわれると、朝までご神木の力と同調しながらすごした。
半眠、半覚醒の状態で、フワフワと浮くような感覚の中、ご神木の一部としての自分を実感する。それがティルンの魂に定着した頃、閉じていた瞳を開けると、布地をはらって起き上がった。
全裸のティルンが朝日を浴びながら伸びをする。まるで生まれ変わったような気分だ。
スッと差し出された旅立ちの服を受け取ったティルンは、
「儀式長様、ありがとうございます」
下着をつけながらお礼を言う。
「いよいよ旅立ちですね」
少し涙目の儀式長がひざまづくのに、
「大魔女様を、この村をよろしくお願いします。私は大丈夫、ご神木の魂も一緒だし、あいつも案外頼りになるのよ」
ニッコリと笑いかけた。その手に光る指輪を見つめた儀式長は、
「くれぐれも無茶はなさらずに、生き残る事を最優先にして下さいませ」
ある予感を胸に秘めながら、少女の無事を祈ってその手をとった。




