ダイアーウルフのディア
村に戻ると、早速俺たちは井戸水で盛大に洗われた。村の男衆が数人でぶっかける水は冷たく、頑健な俺も思わずテンションが上がる。狼も嬉しいのか、キャンキャンとはしゃぎながら駆け回った。
引きぎみのティルンに渡された布でふき、洗い終わった服を干すと、
「ああぁ……わしのぉ、お気に入りがあぁぁ」
大魔女の弟さんがそれを見てなげく。かたわらのティルンが、
「まあまあ、大じじ様、服はいっぱいあるじゃないですか」
ととりなすが、
「あれがぁ一番上等だったんじゃあぁ」
と膝をついた。あああっ、知〜らない。貸してくれたのを着ただけだもんね。
俺がその場を逃げようとすると、
「おぉ、これはぁ、ダイアー・ウルフだねぇ。お前さんとぉ、魂のぉつながりをぉ感じるねぇ」
といつの間にかやって来た大魔女様が、狼を見下ろしてつぶやいた。気のせいか、その身のこなしが素早くなっているように感じる。あの治療のせいか?
「魂のつながり?」
「さようじゃぁ、こいつにぃ名前をぉつけておやりぃ。そうすればぁ、魂のぉつながりがぁ強うなるでのぉ」
名前かぁ。狼と魂のつながりを持つなんて、なんか良いじゃないか! よし、名前を付けてやろう。股間を確かめると……メスだね。
ダイアー・ウルフ、ダイアー、メスだからダイナかな? う〜ん、少しひねってディアナ、もっとシンプルに……
「ディア、でどうだ!?」
確か前世の世界では〝親愛なる〟的な意味だったと思う。
それを聞いた彼女は
「ワンッ!」
と元気に答えた。その瞬間、全身に真っ赤な紋様を浮き出させると、一回り大きくなる。
「おお! 魂のぉつながりをぉ受てぇ、お前さんのぉ力のぉ影響をぉ受けよったわぃ」
滅多に驚かないという大魔女様が目を見開いた。すぐに元の黒狼に戻るディアは、中型犬位の大きさになっている。
俺はずっと目の端に光るステータスに気を向けた。
勇者:Level:12
力:2729
速さ:220
器用:92
知力:56
魅力:63
魔力:348
HP:899
MP:140/469
保有スキル
頑健(神):Level:MAX
頑健(波):Level:3(13/40)
棍棒術:Level:6(4/320)
投擲(石・棒・ボーラ):Level:7(176/640)
格闘技:Level:3(7/40)
装備
石のボーラ
聖別の実の護符
主な持ち物
魔力の緑石
おお! レベルが三つも上がってる! 流石は大型モンスター。でもディアの事は反映されないんだな。ステータスとか見れたら便利なのに。
そう思いながらディアを見ると、不思議そうに、
「クゥン?」
と首を曲げてきた。か、可愛い! 俺が力を加減してギュッと抱きしめると、嬉しそうにナメナメしてきた。キャッキャウフフしていると、
「素っ裸で何してんの? これ、魔法で早く乾かしておいたから、さっさと着なさい」
と少し変色した魔力糸の服を渡してきた。
「えっ? これ返さないといけないでしょ?」
と聞くと、
「大じじ様はああ見えて潔癖なのよ。こんな血にまみれた服は二度と着れないでしょうね。だからあげる」
と言われた。
「じゃあ貸してくれた時点で……」
潔癖な人なら嫌がるんじゃないか? ……とすれば最初から……
ティルンはニヤリと笑みを見せると、
「まあ働きに応じたお礼くらいは当然でしょ?」
と答えた。くっ、にくいぜアネゴ。その気持ち、ありがたくいただきます!
既に夕方になっていたので、そのまま夕飯をいただくと、村にある唯一の宿泊所に泊めてもらうことになった。
その晩、流石に疲れたのだろう、ディアは俺の側で丸くなると、すぐに寝てしまった。
ごちそうをいただき、少しのお酒をもらった俺も、ランプの灯りの下でウトウトしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
ディアを起こさないように足音を忍ばせてドアを開けると、そこには夜着をまとったティルンがいた。
「ちょっと来れる?」
杖の光に照らされた顔が、いつになく真剣だ。どうせ寝るくらいしか用事のない俺は、うなずくと、ティルンの後について歩いた。
真っ暗な中で、月明かりに照らされるご神木は、昼間よりも迫力がまして、不気味な気配を感じる。その奥にある大魔女の家、その別宅に入ると、扉をしめて椅子をすすめられた。
「何か飲む? と言ってもお茶か水しか無いけどね」
「じゃあ水を、お茶なんて飲みなれてないから」
汲んでくれた水は冷たくて、昼間の戦闘で疲れた体にしみこんだ。
「昔の夢、覚えてる?」
とうとつな質問に、何の話か? しばらく考えていると、
「あなたが言ったんじゃない、冒険者になるって」
と叱られた。確かにそんな事言った気がする。生活に追われる内に、その事を忘れていた。いや、覚えてはいたが、村長や親父の話を聞く内に、過酷な冒険者稼業というものに、以前ほどの魅力を感じなくなっていたのかも知れない。
「そういえば、言ったね」
と言う俺を驚いた顔で見たティルンは、
「そういえば、じゃなくて。今でもなりたいと思ってるんじゃないの? あれだけの力を持ってたら、一旗あげてやろう! って考えるのが男ってもんでしょ?」
女子のティルンに男をさとされた。たしかに生活するだけならもったいない力を持っている気がする。そしてそう言われてみると〝やったろう〟という気がしないでもない。
「なんだかな〜、まあいいわ。話ってのはその事と関係あるんだけど、私もそろそろ修行期間に入るのよ。つまりその間、私も冒険者になるって事。あなたその相棒にならない?」
とうとつな話に、ムムムと考え込む。これは魅力的なお誘い、だが、俺一人で勝手に決めて良い問題でもなさそうだ。
考え込む俺を見て、
「今すぐ返事しなくても良いわ。来年の春出発するつもりだから、少なくとも冬までには返事をちょうだい。あなたが無理なら、他の人を誘わなくちゃいけないからね」
と言われて、安心するとともに、少し寂しくなった。俺以外の奴と冒険をするのか……そう思うと、急に「一緒に行く!」と返事をしたくなる。
やばい、昼辺りから、少しずつティルンを意識しだしているみたいだ。
そんな事思いもよらないティルンは、椅子の距離を縮めると、
「それよりも、昼間の力、凄かったわね!」
と息がかかるほどの距離で褒めてきた。
「ああ、最近はセーブしてるけど、本気になったらあんなもんじゃないよ」
ドキドキしながらも、悪い気のしない俺は、少し自慢気に胸をそらす。
「その力も凄かったけど、ダイアー・ウルフの呪いを解いた力よ! あんな風に魔法の呪縛を解いたのは初めて見たわ」
ああ、頑健(波)の力か。というか、ディアは呪われていたんだな。あの黒い塊は、呪いの力だったらしい。
「俺も初めてだよ。というか大魔女様を治療したのが初めてだったからね。あんな風に出来るなんて、今日は驚いてばっかりだ。まあ愛用の武器は失ってしまったけどね」
手持ちの武器を全て無くしてしまった。今襲われたら、不慣れな格闘技でしか戦えない。
「それは申し訳ないわね、この村にはろくな武器がないから。その代わりと言っちゃなんだけど、これをあげるわ」
と、腰元から小さな袋を取り出した。受け取った俺が、
「袋?」
と聞くと、
「ただの袋じゃないわよ、中に十品目の物が入る魔法の袋。もちろん無制限にって訳じゃ無いけどね。見た目の十倍は入るわよ」
言われて見ると、袋の中はすぐに黒い空間になっている。
「そこに手を入れて、頭の中でその物を思うと、取り出せるわ。これでやってみて?」
と、魔力の実を五つ手渡してきた。ついでにそれはくれると言う。
袋の中に実を入れると、何も入っていないように、袋はぺちゃんこである。
そこで袋に手を入れて、
〝魔力の実〟
と念じると、手の中に実が当たるのがわかった。
取り出すと、魔力の実そのものである。これはすごい! と喜んでいると、目を細めて見ていたティルンが、
「けっこう貴重な品物だから、大事にしなさい。それに旅立ちの準備をつめて来年の春に来ると良いわ」
と少し笑みを浮かべて言った。
「できるだけそうなるよう、親父を説得してみるよ」
と言って笑うと、ティルンもフフッと笑った。少しゆるい袖ぐりの夜着から、肩が見える。するとそこにやけど痕が見えた。
それに気付いたティルンがハッと肩を隠す。そして俺を見ると、
「昔の傷、あなたと知り合う前、初めて火の玉を操れる様になった時に、魔力を暴走させて作った火傷の痕よ。今では良い戒めになってるわ」
と説明した。俺の目には、少しかげりを見せたオーラのよどみが見える。額に感じるチリチリとしたかゆみに導かれて、手を差し出すと、光る指先を肩口に近づけた。
かげりを整えるように撫でていくと、少しずつ火傷痕が消えていく。それが完全になくなった時、胸元近くまではだけたティルンと額を付けるほどの距離に近づいていた。
お互いの吐息に胸が高鳴る。相手の鼓動が高鳴るのも、手を伝って感じ取れた。ふっと目をつぶるティルンと唇がかさなろうとした瞬間。
「ワンッ、ワンッ!」
扉をはね開けたディアが飛び込んできた。そのまま俺に突進してじゃれつくと、顔の周りをペロペロペロと思い切り舐めまわしてくる。
「よしよしよし、わかった、わかったって!」
最後は半ば強引にひきはがすと、唾液でベトベトになった口元を服でぬぐった。
その目の前には、すでに服を整えたティルンが真っ赤な顔でこっちを見ている。そして、
「あ、ありがとう。明日も早いから、これくらいで寝ましょう。返事、まってるから」
という言葉に追い出されると、来た道を一人帰らされた。いやもう一人、ご機嫌なディアが、
〝ご主人様を見つけて、偉いでしょ? 偉い?偉い?〟
とさかんに尻尾を振って俺の周りをグルグル回り続ける。
「ディア、お前もう少し空気読めよな〜っ」
あと少しのところで! っと悔しがるが、まだあの時のドキドキが残っている。ティルンも確実にドキドキしていたはずだ。最後は目をつぶっていたし……これはもう……来年の春に一緒に冒険者になるしかないだろ!
固く決意すると、闇の中を平気で歩くディアに先導されて、宿泊所に戻った。村長、そして親父をどう説得するかを考えながら。
翌朝目がさめると、ステータスを確認する。晩の内に魔力の実を全て食べた俺は、
魔力:374
MP:502/502
魔力が伸びるのは当然だが、消費したMPが一晩寝たら全快していたのが嬉しかった。さらに魔法の袋は、
主な持ち物
魔法の袋(魔力の緑石)
と()内に、入れた物が表示されている。この感じで個数が増えると×5などと表記される事は、昨日の魔力の実で確かめていた。こいつは便利な物を貰った。村に帰ったら、色々と試したいところだ。
親父には少し出かけると言って出たから、早く戻らないと心配されるかも知れない。早朝に大魔女様にあいさつすると、高地村の門をくぐった。
別れぎわに、顔を真っ赤にしたティルンが見送りに来てくれると、
「これ、良かったら食べて、美味しいかは分からないけど、私の手作りだから、食べなかったら殺す」
と包みを手渡してくれた。そして、
「どちらにしても冬には連絡して。私はそれまで村を離れると思うけど、春前には戻ってるはずだから」
「うん、それじゃぁ冬に。なるべく上手く話して、一緒に行けるようにする」
と誓い合うと、村を後にした。行きには居なかったディアをお供にして。




