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プロローグ

 大学八年生、と聞くとはてな? と思う人もいるかも知れない。が、留年に留年を重ねた人間は八年間大学に在籍できるのだ。


 神野かみの けん、親からはけんちゃんなんて呼ばれている俺は、三浪したあげくにやっと入れた私立大学の八年生、つまりもう直ぐ30のアラサーってやつだ。



 幸いにも親は共働きで、そこそこ暮らしに余裕がある。自宅ローンも完済しており、計画的な両親のもと、平穏なパラサイト生活を送らせてもらっている。

 彼らの人生の内で唯一計算外なもの……それが一人息子である〝俺〟の存在だ。


 大学に八年も通って、取れた単位は卒業できる規定の半分にも満たない。


 そんな俺を支配しているのは〝無気力〟ーー


 信じられないぐらいやる気というものが無い。空っぽ、エンプティー、空虚くうきょな肉の塊。生けるしかばね……それが俺だ。


 スマホでお気に入りの動画を見ながら、イヤホンのボリュームを最大に上げる。画面の中では、二次元アイドル達が柔らかそうな体を震わせて、踊り、歌っていた。


 こんな夜中にしか外に出る気がしないのは、醜く肥えた体を包む、何か分からない染みで薄汚れたジャージに対して、少なくとも恥ずかしいという気持ちがあるからだろうか。


 昔はこんなじゃなかった。運動も勉強もそつなくこなす俺は、どちらかというと皆を引っ張る存在だった。


 特に小学生の頃は慢心していたと思う。絵に書いたような健康優良児である俺は、年の割には背が高く、何をしてもすぐ一番になった。


 少し捻くれた性格の奴をターゲットにしては、


「あいつハブろうぜ」


 などと、いじめを主導する事もあったくらいだ。後になって思うと、何であんな事をしたのか? と思うが、慢心としか言いようがない。捻じくれていたのは俺の方だったのに……


 そんな俺に天罰が下ったのは、中学生の時。イジメていた奴が急に成績を上げ出すと、体力もつけ出して、あれよあれよという間に、立場が逆転してしまった。


 俺はと言えば、慢心からろくに勉強もせず、運動もせず、ただ〝俺は出来る奴だ〟という根拠のない自信だけが大きくなるばかり。そんな奴の成績が伸びる訳が無く、身長も平凡になり、勉強が本格化し始める頃には、周囲と取り返しのつかない差が生まれてしまった。


 そんな時〝奴〟がやって来た。中学三年のクラス替えで、とうとう俺がシカトした相手、白石が同じクラスになったのだ。


 それからは地獄の日々だった。元々性格の捻くれていた白石は更にひねくれ、俺にジワジワと復讐を始める。


 靴を隠される、教科書に落書きされる、などは始まりに過ぎず、クラス全体からの無視、かと思えば、有志連合という訳の分からない組織を作っての集団暴行。


 クラスの皆の前で裸にされ、画像をネットに流されると、俺の恥部は全校生徒どころか全世界に向けて発信された。


 ーーそして俺は家に引きこもった。


「何も聞かないでくれ」


 と言う俺の言葉に、親は何も問わず、黙って見守ってくれた。それが唯一の救いだった。


 穏便に済ませたい学校と親の間で、何かの話し合いがもたれたのだろう。中学を何とか卒業させてもらった俺は、両親の勧めで、在宅型の通信制高校を卒業すると、これまた両親の見つけてきた、願書さえ書けば、形ばかりの試験で誰でも入れる私立大学に入学。人間不信からろくに出席もせずに、今に至る……


 最近では外に出る事さえ稀になった。真っ白になった肌は、蓄えられたカロリーによって艶を持ち、まるで白豚のようだ。

 少し自虐的な気分で、お菓子で満たされたコンビニ袋を見下ろす。


 これで数日は部屋から出なくて済むな。


 どんよりと回らない頭で、そんな事を考えていた俺の視界に、スニーカーが現れた。


 通行の邪魔になるか? と顔を上げると、そこに居たのは……白石!


 びっくりしたのは奴も同じらしく、一瞬気まずい沈黙が間を作ると、立ち去ろうとする俺を制して、


「よう、けんちゃんじゃん。元気? 何してんの?」


 口の端を歪めてかがむように、俺の顔を覗き込んで来た。


 俺は消え入りそうな声で、


「なにも」


 と言うと、白石の横をすり抜けようとする。その肩に、


「待てよ」


 と語気荒く叫んだ白石がつかみかかってきた。全身の神経が逆立つ。嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 俺は肩を振り払うと、震える足を上げて走り出した。だが普段走る事などない俺は、すぐに追いつかれ、


「逃げる事ないじゃん、おっ、面白いから有志連合呼んでやるよ。逃げんなよ」


 と言うと、スマホを操作して仲間に連絡を取り出した。


 やばい、あの連中に捕まったら何をされるか分からない。頭が真っ白になった俺は、白石を突き飛ばすと、なりふり構わず走り出した。もつれる足も構わずに走る、もつれる、転ぶ。

 後ろからは狂ったような白石の笑い声、仲間と話しているのだろうか? その先の恐怖に涙がにじみ、前か後ろかも分からないままに立ち上がると、ふらつきながら地面を蹴った。


 そこは街灯も乏しい国道、いきなり飛び出してきた俺を避ける事も出来ずに、トラックが俺の頭を吹き飛ばしたーー


 こうして俺の無気力に支配された人生は、無意味に終わりを告げた……はずだった。





 *****





 真っ白な空間で、目の前に浮かんで形を変える不思議な物体を見続けていた。

 いつからかは分からない、それがどれぐらい離れた位置にあるのかも分からない。


 焦点のぼやけた視界にあるそれは、8の字を横にしたような、(むげんだい)を表す金色の光を発するオブジェのようなもの。


「何だこれ?」


 と言おうとして、口がきけない事に気付く。慌てる俺に、


『慌てる必要は有りません。ここは天界、貴方の魂を呼んだのは私です』


 頭に直接響く声が聞こえてきた。若い女性の、澄んで心に染みるような美声である。


 天界……って事は、俺は死んだのか?


『私は輪廻の女神、貴方を転生させる者です。今回は特別に姿を見せましょう』


 俺の疑問をよそに話をすすめると、∞の下から光柱が伸びて、一瞬強く光った。

 と思うと、複数の羽を背負った白く輝く女性が空中に浮かび、手のひらの無い腕を、胸の前で重ねている。


『女神……転生……』


 なんだかどこかのゲームタイトルのような事態に、益々混乱が深まる。そんな俺をよそに女神は、


『貴方の転生先は決まっています。その名はオーブ・エ・ルーン。剣と魔法と魔獣に支配された世界です。そこで貴方は〝頑健〟の勇者として生を受けるでしょう』


 なんだろう? この展開は、ネット小説なんかによくあるテンプレで言う所の、チートスキルをくれるシーンじゃないのか? 引きこもりで毎晩のように読み耽ったそれらの作品が脳裏をよぎる。だとしたら頑健って何さ? あまりにも平凡な能力に、内心ガッカリしていると、


『〝頑健〟は貴方の想像するよりもずっと強い力です。神の権能としての〝頑健〟ーー貴方がこれをもってかの世界に何をもたらすか、楽しみにしていますよ』


 頭上にある∞に腕を持っていくと、変形して手のひらを形づくる。それをゆっくりと俺の頭上に下ろしてきた。


 最後に慈母のような微笑みが、ニタリとした粘着質な笑いに変わる。背筋に冷やりとしたものを感じた瞬間、唐突に意識を失った。直前に斬られたように感じたのは気のせいだろうか……

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