ヤンデレは本当に負けたのか。
「エイプリル・フローレンスですわ。私も貴方様のような方と縁を結べることは、至極光栄の極みでございます。これからはエイプリル・エドワーズとして宜しくお願い致します。旦那様。」
昔から笑うことが苦手だった。
笑顔をどう作ったらいいのかわからないのだ。
話を聞けば面白いと思う。自身を褒められれば嬉しく思う。でも、それに笑顔がついてくることはほとんどなかった。
「貴方って、なに考えてるかわからないわ。
」
「君は一緒にいてもつまらないね。」
物心ついた頃からよく言われる言葉。
幼い頃はその言葉に傷つき、鏡の前で努力をしてみたこともあった。鏡の中には笑顔のない、睨んでいるようにも見える自分の顔。口の端を上げても、目を細めても、それが笑顔という代物ではないことは確かだった。
鉄仮面のアンソニー。
アンソニー・エドワーズは笑わない子。
心を忘れたエドワーズ家のご子息殿。
次第に、周りも自分も諦めていた。
体が大きくなり、成人をし、国の軍に入り、位をもらう頃には、笑うことなどどうでも良かった。
「こんな所に眠り姫とは。ならばこの僕がキスをしてあげよう。」
目を開ければ、同僚の顔がそこにあった。
窓の外からはポカポカとした暖かな日差しが差し込み、そこから柔らかく入り込む風が書類の束を撫で上げていく。
インクの匂い。書類の束。乱雑に積み上げられた書籍。使い古した机と椅子。
寝ぼけた頭で、ぼんやりと自分は事務処理中だったことを思い出す。
どうやら春の陽気に当てられて、少し眠りこんでしまったようだ。
「何だ起きてしまったのかい?せっかくチューをしようと思ったのに。つまらないね。」
本当はする気なんてないくせに、軽い調子の同僚はいつも自分にちょっかいをだしてくる。
「黙れ、変態。出てけ、変態。」
寝起きの苛立ちも加えて彼の軟派な言葉に舌打ちをすると、彼はケラケラと楽しそうに声を上げた。
「冗談だよ。君は少し頭が硬い。すこしミルクでふやかすべきだね、友人殿。」
「友人じゃない。」
眠気覚ましにすっかり覚め切ってしまった紅茶を煽り、自分が処理をしていた書面に向き合った。
今日中に片付けないといけないものが何件かある。それに、自分の隊の者達を指南すると約束もしていたし、自分自身も少し体を動かしたい。それから、明日の会議の準備もしたい。
寝こけている暇はない。
「本当に君は忙しいね。補佐官をつければいいのにっていう話は何回目だったかな?」
同僚は書類の山から、処理済みのものだけを抜き取っていく。
「わたしには必要ない。知らない奴がいても息がつまるだけだ。いらない。」
どの隊にも補佐官が一人つく。いわゆる事務と秘書を兼ね備えた者だ。
確かに、自分にも補佐官が一人つくだけで、この書類の山は片付くだろう。でも、知らない者をこの空間な入れると思うだけで気が滅入る。だから、私には補佐官は必要ない。
「そうかなぁ?僕なんか、とっても可愛い女の子にしたよ。もう猫みたいで。威嚇されるとたまらないね、手懐けたくなる。名前はローズと言ってね。おっと君は名前で呼んではいけないよ。僕の大切な子猫ちゃんだからね。」
「出てけ。」
どんなに辛い訓練よりも、彼といる方が精神的に何倍も辛い。
同僚は片方の眉毛を器用に上げた。
「おや?羨ましいのかい?君も大切なハニーを見つけたじゃないか。どうだい?新婚生」
ひゅっ。と同僚の耳を横切ったペーパナイフが彼の髪の毛攫って、びぃんと波打ちながら後ろの壁に刺さっている。
「手が滑った。」
パラパラと床に落ちて行く自分の髪の毛を見ながら、同僚は笑った。
「あはは。本当に君は照れ屋だね?あと少しずれてたら死んでいたよ。困ったお人だ。それに僕の大切な髪の毛が無残な姿に。あぁ、君達の事は忘れないよ。僕の髪の毛さん。」
「避けた癖に何を言う。」
突き刺さったペーパナイフを見てから、気色悪い同僚に目を細め睨んだ。
そんなこと、お構いなしに同僚はへらへらと笑う。
「まだ死にたくはないからね。まぁ、真面目な話。友人殿、君には本当に補佐官が必要だ。一人で全部を抱え込む君を見ているのも好きだが。大きく、大きく。大きく膨らみすぎた気球はどうなると思う?そう、いつか破裂してしまうだろう。パチンっとね。」
指を鳴らした同僚は、にやりと笑った。
同僚のこの顔は、とても良くない事を考えている時に見る顔だ。
いつもこの顔を見た時は警戒をしなければならない。だが、それを遥かに超える事をこの同僚はやってのけるので、警戒しようが探って止めようが今のところ無駄に終わっている。
「そして、地上に落ちていく。真っ逆さまだ。空飛ぶ事を夢見ながらグシャリ。そんな君を見たくはないからね。」
同僚が飛ばしてきたウィンクを丁寧に避けると、ふふふと同僚は笑う。
「愛の力は素晴らしいね。君はとても丸くなった。良いことだ。君はまるで、ゆらゆらと揺らめく死神の様だったけれど、君のハニーに会ってから、君は柔らかく笑えるようになった。彼女について限定だけど、流石月の女神様だね。闇夜で泣き崩れる君を優しく照らして・・・はいはい。恥ずかしいのはわかったから、剣をしまってほしいね。本当に困ったお人だ。」
「心配せずとも、後始末は得意だ。」
「真剣で戦うのは、君の方が何倍も強いから僕は遠慮するよ。僕の得意分野は情報戦だからね。さて、僭越ながら、この僕が君の補佐官について上に話して置こう。この補佐官のいい所は軍人ではないという所で、一般から応募ができるから、きっと君の補佐官だとわかれば倍率が上がるだろうね?とても楽しみだ。」
同僚は抜き去った処理済みの書類の束を抱え、ドアノブに手をかけた。
「それではまた、僕の大切な友人殿。今度は是非、君のハニーにもお会いしたいものだね。死神の心を射止めた月の女神様に。」
ドアの向こうから聞こえてくる、同僚の笑い声に頭を抱えた。
自分にはエイプリルという名の妻がいる。
あのフローレンス家の長女である。彼女の父がひどく溺愛していることで有名で、実際に彼女のことを見たことのある者は、ほんの一握りだとか。
その様子を周りは、輝かしい月のようだがすぐに雲で隠れてしまい見ることが叶わない月の女神と嘆いた。
そんな月の女神様に別段興味もなかったが結婚するに至ったのは、いわゆる政略結婚というやつである。
家庭を持つことなど、どうでもよく。自分の妻になる者なんて誰でもよかったため、トントン拍子で話は進んでいった。
「エイプリル・フローレンスですわ。私も貴方様のような方と縁を結べることは、至極光栄の極みでございます。これからはエイプリル・エドワーズとして宜しくお願い致します。旦那様。」
顔合わせの日、そう柔らかな笑みを浮かべる目の前の女に胸が高鳴った。
光を受けて柔らかく輝くブロンドはふわふわと波打ち。桃のように染まっている頰。ぷっくりと赤く潤う唇。天の星を宿しきらきらと自分を見つめる二つの深く青い瞳。
なるほど、月の女神とはとても的を得ている。これはフローレンスの当主が鍵をかけて閉じ込めるわけだ。大切に育てられてきたのだろう。
あぁ、欲しい。
そう思った時には、もう遅かった。
簡単に恋に落ちていた。馬鹿らしいくらいだが、初恋だった。
気付いたら、花を送り、作ったこともない菓子を作っていた。
全てを自分で満たしたかった。朝目覚めた時に、目に写るのが自分の送った花であるように。少しでもいいから彼女の口に入る物が、他の男の作った物ではないように。
彼女のあの柔らかな笑みを作ったのが、自分であるように。
心から願った。エイプリルが欲しいと。
どうか、あの春の柔らかな光を受けて鮮やかに咲く花を私だけの物に。
「旦那様、伯爵家のご子息様からお花が届いております。奥様宛に。」
「燃やせ。」
「旦那様、公爵家のご子息様からお菓子が届いております。奥様宛に。」
「燃やせ。」
「旦那様、国王陛下から夜会の招待状が届いております。絶対に奥様もご一緒するようにとの事ですが。」
「私もエイプリルも出ないと返事した上で燃やせ。」
困りましたねー。と、家令のトーマスは笑いながら、今日の検問に通らなかった品々を片付けていく。
朝の恒例となりつつある、エイプリル宛の検問はエイプリルの元に届くものはとても少ない。
女性の名前で来たものでさえ、全て厳重に審査をしている。
トーマスが顔を顰めてこちらを見ているが、知った事じゃない。
「エイプリルは?」
読んでいた書物を閉じ、茶の準備をし始めたいるトーマスに尋ねた。
非番の日、最近妻の姿を見なくなった。朝晩の送り迎え、食事の時間しか妻と会うことがない。寝台も一緒だったが、私が寝てから妻も寝台に潜り込んでくるようになった。
以前は私が少しでもゆとりができると、庭の散策やお茶に誘われた。寝ずに寝台で私が来るのを待っていたというのに。
「本日も私室にこもっておられます。」
カチャカチャと茶器を操りながら、トーマスは答えた。
何をしているのかわからないが、ここ一ヶ月は確実に部屋の中にこもっている。
私は避けられているのだろうか。
ドロリとなにかが腹の中で渦巻いた。
また、だ。
妻と出会ってから、ドロドロと腹の中でなにかが渦巻く。こんなこと今までなかった。この名も無いこのドス黒いものが渦巻くたびに、恐ろしくもあり愛しくもある。
渦巻くたびに思うのだ。
もう逃げられないだろう。可哀想に。
「トーマス。すまないが、お茶は庭で飲む。エイプリルが好む菓子を用意してほしい。」
「かしこまりました。」
トーマスは恭しく礼をとると、準備していた茶器を片付け始めた。
エイプリルの部屋はこの屋敷で一番日当たりが良く、そして景色のいい部屋を用意した。
初めての顔合わせのあと、すぐに部屋を整わせ自分もエイプリルの部屋の隣に、私室を
移動させたのはエイプリルの知らない話。
エイプリルの部屋の戸を叩けば、すぐに返事が帰ってきた。
「エイプリル、私です。」
「ア、アンソニー様っ!?少々お待ちくださいませ。あ、あの!恥ずかしながら部屋が散らかっておりまして!す、すぐに整えますのでっ!」
エイプリルの可愛らしい声と共に、ドタバタと慌ただしい音が部屋の中から聞こえてくる。
珍しい。
いつもは、待たされることなく入れていたのにと、自分の心が冷えていくのがわかった。
やはり、何か隠し事でもあるのだろう。
やましいこと、見られては困るもの。
さぁ、何だろうか。
暫くして開けられた、部屋からエイプリルの優しい香りが鼻を擽る。
その匂いに、胸がきゅうっと甘く痛んだ。
「アンソニー様。どうなされたのですが?」
ようやく、自分の名を呼ぶようになった妻。自分の名を呼ばれるのはやはり心地いい。
「庭で、お茶でもご一緒にいかがですか?」
そう言えば、自分から誘うなんて初めてかもしれない。
エイプリルは顔を両手で覆うと、ぶんぶんと首を縦に振った。
「まぁ!アンソニー様から、お茶のお誘いをされてましたわ。私はなんと幸せ者でございましょうか。アンソニー様、大好きです。」
顔を手で覆うも、耳まで赤くしているエイプリルが可愛らしくて、思わず自分の顔が緩んだ。
「っ!アンソニー様の笑顔。私、鼻血が出てしまいそうですわ!」
そう言われて、自分が笑みを浮かべていたことを知る。
そう言えば、笑うことなんて忘れていた自分をあっさりと笑えるようになったのは彼女のおかげだ。エイプリルが私の名を初めて呼んだ時、笑っていたらしい。
幼少期、あれだけ悩み練習をしたというのに作ることができなかった笑みが、彼女に名前一つ呼ばれただけで、できるようになるとは。
もはや自分の笑う顔など至極どうでもいいが、彼女が喜ぶのであれば悪くない。
エリプリルが私で喜んでいることが大切なのだ。それ以上もそれ以下もない。
それはさて置き、
「庭に貴方が好きな花が咲き始めました。トーマスに茶の用意させています。」
他の男と接触していたらどうしてくれようか。
庭でお茶をしたあの日。
エイプリルとの会話で男の影が出てくることはなかった。遠回しに鎌をかけるようなことを言っても、エイプリルは綺麗にそれをスルーしていく。鎌をかけるのも面倒になり、「貴方が部屋を散らかすなんて珍しい。何か隠し事でも?」と大胆に聞けば、分かりやすくスコーンを喉に詰まらせていたので、隠し事をしているのは確かだ。
しかし、丁寧に調べ上げているのに、肝心な「隠し事」にはたどり着けないのだ。
そもそも、エイプリルが外部との接触は極めて少ない。なぜなら、私が制限をかけているからである。
婦人達の茶会や夜会の招待状も、下心が伺える貴族達の手紙も、いやらしい笑みを浮かべる商人達も、全て私が目を光らせているので、家族を抜いた他人とは必要最低限しか接触しないはずだ。
つまり、自分という名の門を掻い潜ってきたネズミがいるらしい。
彼女が誰のものか分からない輩がいるとは。見つけ出して、しっかりお教えしなくてはならない。
「やぁ!いい朝だね、友人殿。おやおや、でも君はご機嫌斜めのようだ。」
ノックもせずに入ってくる、同僚に溜息をついた。
今日も今日とて、書類に囲まれている自分は、同僚なんかに目もくれずに羽ペンを用紙上で走らせる。
「私は貴方の友人ではない。」
「君はいつも手厳しいね。今日はとても良い知らせを持ってしたというのに、友人殿?」
「ほう?」
「君の補佐官が決まったんだ。」
その言葉に、書類の上を走らせてた羽ペンが止まる。
書類から顔を上げ、同僚の顔を捕らえた。
「以前、私は貴方にいらないと伝えたはずだが?」
「そんなに睨まないで欲しいね。この国軍において補佐官を持たない隊は君だけだよ、友人殿。無駄な抵抗は諦めた方がいい。君は大人しく、僕のお節介に身をまかせるべきだ。」
「誰が決めた?」
「僕個人の偏見と独断だね。」
ヒュンッ!と、投げた羽ペンは狙いから外れ、同僚の顔の脇をかすめた。
同僚という名の的に当たらず壁に突き刺さった羽ペンは、この前のペーパーナイフと仲良く並んで、ビィィンと衝撃に身を震わす。
「あはは。友人殿、僕だってそう何度も同じ手にかからないよ。物は大事にしなきゃならないって、教わらなかったかい?」
「手が滑った。」
困ったお人だと、クスクスと笑いながら同僚は肩を竦めた。
「さて、良い知らせは以上だよ。何か質問はあるかな?」
何がいい知らせだ。とんだ悪い知らせではないか。
「私の補佐官をなぜ貴方が決めた?」
同僚はよくぞ聞いてくれたと、顔を輝かせた。
聞かなきゃよかった。
「それは簡単なことだよ、友人殿!君の補佐官について、石頭な上に相談したら案外すんなり動いてくれて、これはなんと幸運なことかと、恐縮ながらこの僕が募集をかけようとしたところ、またまた幸運なことに、とても補佐官に有力なお人を見つけてしまってね、やってみないかと持ちかけたところ、二つ返事でやっていただけることになって、それでは少し試験があるからそれに合格していただくことになると伝えるたら、なんと昨日その試験で合格してね、事の次第を君に伝えに来たのさ!あー楽しかった!」
キラキラーッ!と眩しい笑顔を自分に向けるが、憎さばかりが積もる。今すぐそこに座れ。叩き斬る。
「経緯は十分わかった。私の補佐官とやらに、今すぐ合わせて欲しい。これからのことをきっちりと、話さなければならないからな。きっちりと。」
そうやって席を立つ自分に、同僚はひらひらと手を仰がせた。
「そう言ってぇ、君が補佐官を追い返そうとしている魂胆は見え見えだよ。友人殿?まぁでも、君がそう言うと思ってね、もうお招きしてある。呼んでくるよ。」
それではまた、友人殿。
同僚は、ウィンクを残して部屋から出て行った。
嫌な予感がする気持ちが倍に膨れ上がったことは確かだった。
暫くして聞こえた、ノックの音に返事をする。
「入れ。」
「失礼いたします。」
その声に、大きくため息が漏れる。
嫌予感はよく当たるが、当たって欲しくなんかなかった。
「エイプリル。」
愛しいその名を呼べば、女性用の軍服に身を包み、照れた表情で部屋に入ってくるエイプリルが姿勢を正して自分に敬礼をする。
「本日よりこちらに補佐官として配属が決まりました。エイプリル・エドワードでございます。貴方様と共にお仕事ができるのは至極光栄の極み。これから、精一杯努めさせいただきとう存じ上げますわ。旦那様。」
そう初めてあった時と同じ、柔らかく笑うエイプリル。
「なにをしているのですか、貴方は・・・。」
気のせいか頭痛がする。勘弁してほしい。
うふふっとエイプリルが笑う。
「あら、アンソニー様が以前仰っていたではありませんか。私を閉じ込めてしまいたいって。私、考えましたの。閉じ込められてしまうのもいいですけど、それではアンソニー様がお仕事なされている時、お会いすることができませんもの。」
エイプリルはぷっくりと頬を膨らませ、拗ねたように口を尖らせた。
それでは、とても寂しくて困ってしまいますわ、と。
「だから私も、同じお仕事に就けばずぅっと一緒ですわ。アンソニー様。」
エイプリルの言葉に、頭を抱えずしていられなかった。
「貴方は、馬鹿ですか?ここは国軍です。補佐官とはいえど、国と国の守りと攻め、生と死に関わるところです。」
「えぇ、よく存じておりますわ。アンソニー様との大切な時間も我慢して、とてもお勉強を致しましたもの。それから、お勉強をした上で思いましたの。旦那様の、アンソニー様のお力になりたい、と。私一人の力は大変微々たるものですわ。でも、アンソニー様の為なら、火の中水の中あの世の果てまでも。私、エイプリルは参りますわ!」
自身満々に宣言するエイプリル。
可愛らしい、可愛らしいが参られたら困る。
「いえ、貴方はわかっていない。ここは危険です。家にいてくだされば、私が守ることが出来る。貴方はただ、家にいて私の帰りを待っていてくださればいいのです。私は貴方が大切なのです。」
「あら?分かっていらっしゃらないのはアンソニー様ですわ。アンソニー様は私のことを、ただ帰りを待つだけのつまらない女とお思いですの?守られているだけでは嫌ですわ!私は貴方様の隣で共に歩みたいのです。」
どうしてこうなった。
あの同僚は確実に締めよう。叩き斬る。
あぁ、せっかく閉じ込めて独り占めして、大切に大切に愛でていこう思っていたのに。
他の目が届かぬところで、ずっと。
貴族共に牽制をかけ、女友達ですら制限をかけていたというのに。
今までしてきたことが、水の泡になってしまった。
何も言わない自分に不安になったのか、エイプリルが不安そうに顔を覗き込んできた。
「アンソニー様はずっと一緒、嫌でしたか?」
悲しそうに眉は下がり、うるうると目を潤ませている妻はとてつもなく愛らしい。ああ、もう可愛い。
アンソニーは今日一番の深くため息をついた。
「いえ、貴方と私はずっと一緒なので何の問題もありません。」
果たして、本当にヤンデレは負けたのか。