第五声「手紙を家に」
夕食はカウンター向かって左側の扉の奥にあった食堂で食べた。
並ぶ料理の中で俺の知っている料理といえば肉団子のゴロゴロ入ったクリームシチュー(だと思えるもの)くらいしかなかった。
肝心の味のほうだが、日本に比べて技術の発展してなさそうなこの世界のものでありながら、日本で食べるものと遜色ない美味しさだった。肥料に気を付けたり何だりとやっているらしく、魔法は関係ないらしい。魔法を使わずにこれほどの味とは……かなり凄い、とても驚きだ。
ここでは戦闘依頼などを受けていない人達が家事全般をやっているらしい。
「働かざるもの食うべからず、というらしいです」
そうフォニアは教えてくれた。まぁ理にかなっていると思うし、俺の方から文句はない。
今日の俺はお客様待遇のようで、何かあればこれを食えだのこれを飲めだのと色々とごちそうになった。全く見たことのない飲み物や食べ物に最初は恐る恐るだったが、いつのまにやらそんな動作はなくなり、目の前のものを片っ端からいただいていた。無論のこと、とんでもなく美味しかったからだ。
さて、そんな幸せな食事の後、この世界の歯磨きの代わりだというブリッシュの樹の枝を頂いてそれで歯を磨いた。ブリッシュは俺にそう聞こえただけで、実際はこっちの世界の言葉なので意味はよくわからない。
そして、磨いた後は皆に疲れてるだろうからと早めに寝室へ送られた。その気遣いは有りがたかった。そろそろ、この混乱した頭のなかの情報を、この状況を整理したかったところだ。
今、俺は寝室のベットにいる。窓から入る月明かりだけが頼りであり、日本のように街灯が明るいわけでもなく、駅前の商店街の光があるわけでもなく、ばあちゃんの住んでいる田舎のように真っ暗闇だった。
暗い天井に見下されながら、俺は今日に得た俺の状況を考えた。
まず、俺のこの世界置かれている状況、これは比較的……というよりかなり良かった、最高と言ってもいいと思う。
言霊の能力があったとしても、この世界で知り合いも何もない状況では餓えや雨風を凌ぐことはできても、生きていくことは難しいだろう。しかも食事はご文字制限の中から出す必要があるから栄養を考えたりなどということはできない。非常に偏った食事で体調をくずすのは目に見えている。
そして、体調を崩したところで医者が何処にいるのかを知ることはできないし、言葉が言霊の力で翻訳できるなんてことを考えつくかはわからない。そのままいけば栄養失調で死んだりすることもありえるかもしれない。
いや、そもそも先代が言霊の存在を知らせてくれたから俺はそれを知っただけで、普通ならそれすら気づかずに餓死していただろう。
先代が幸運にも言霊に気づき、この世界の言葉を理解する技を発見し、その上でこの世界で長く築いてきたもののお陰で俺は今ベッドでぬくぬく寝ていられるわけだ。
この幸運を放ることはできない。今のように暖かく迎えてくれる人がこの場所を出た時に出来るかすらわからないのだから。今は、ここをありがたく家とするのがいいだろう。
次に、俺の世界のことだ。残してきたのは家族、友人、その他俺の関係者。今頃俺が行方不明だとお騒ぎしているだろう。あるいは、家出だと片付けられているか。
俺は家族仲が良い方だった。親は俺を大切に育ててくれたし、弟とも仲は良い。家族は俺を家出だとは思わないはずだ。悲しむ姿を想像するのは辛い。
フォニアは元の世界に戻るのは難しいと言っていた。だが、方法はあって、戻れないわけではない。戻ることだけを目的とするならば、難しくても戻ろうとするのがいいだろう。
しかし、そこで俺の頭に浮かぶのはここのフォニア達のことだ。俺を暖かく迎えてくれた彼等と、これから過ごしていくのであれば、否が応でも情は湧く。いや、すでに遅いのかもしれない。俺は彼等と離れがたく思っている。
彼等とはなれず、家族といる方法……一つしか無いだろう、この世界と俺の世界をつなげることだ。つまり、自由に行き来出来るようにすること。そんな物語は見たことがない、基本的にできないのだろう。
せめて、攻めても今の俺の状況を伝えたりはできないだろうか? 家族に、せめて無事でいることと、ここの人達に良くしてもらえていること、この世界で何とか生きていこうとしていることを……。
ふと、頭に一つの案が浮かんだ。手紙を向こうに送るのはどうだろう。おそらくだがこの世界から向こうの世界に帰る方法というのは言霊の力に違いないと思う。ならば、それを使ってむこうにてがみをおくれるのではないか?
自分で見つけた案がかなり良いものに見えて俺は少し鼻息が荒くなった。
今日は早めに寝ることにしよう。そして、明日の朝に手紙を書き、送れるかためすことにする。
そうと決まれば、悩むことはない……。俺は少し期待に胸を膨らませながら目を閉じた。
****
「できた」
朝、俺は昨日の夜に建てた計画がうまく言ったことに驚くと同時に、喜びに震えていた。
発動した言霊は『手紙を家へ』の五文字。俺の手の中にあった手紙は俺がいい終わると同時に炎が消えるような音を残して消えた。
『俺を家へ』として帰ることも出来るのでは無いかとも考えたが、それはフォニアたちのことも考えてやめた。やはり、世話になった分離れがたい。
手紙には彼女たちのことも書いてある。俺は意味のない嘘は吐かない性格だと俺の両親は知っているはずだ。そう、俺の知らないところまで知っているであろう二人だからわかってくれるはずだ。
警察にはこのことは話さないこと、無事でいること、戻るのは難しいかもしれないこと、返信は送れないないだろうということ、フォニア達に世話になったこと、彼等と離れがたいこと、定期的に手紙を送ること、今までのこと、言い出せばキリが無くなってしまう。が、これで当面はいいはずだ。
手紙は一ヶ月に一度にしようと思う。日数は……自力で数えることにしよう。
さて、そのまま俺の武器と防具を持ってカウンターの部屋……ロビーでいいか。に行くと、すでにフォニアとアストが俺を待っていた。
「おはよう。響也!」
「おはようございます。響也さん!」
「うん、おはよう。ふたりとも」
元気な二人に挨拶を返す。
挨拶をしたアストの目は俺の武具に集中している。そんなにこの百万円が気になるか。
「見る?」
「見る!」
アストに武具達を差し出して聞いてみると、アストは目を輝かせながら頷いた。ネコ耳がごきげんにピクピクと動いている。ネコ耳のオッサンが耳を動かしながら喜ぶ姿……誰が特をするんだろうな。
「やべぇよ、やべぇよ」
ついに鼻息まで荒くして武器を舐めるように見つめている。これは、若干引いてもいいレベルだと思う。
ほら、フォニアも苦笑いでこっちを見ているし、やっぱりこの光景は……少々まずいだろう。
「アスト」
フォニアが静かに鼻息を荒くする彼の名前を呼んだ。
瞬間、アストが今までの興奮はどこえやら、俺の前でビシリと姿勢を正したかと思えば両手にもった武具を揃えて俺に差し出していた。女の怒りは怖いらしい。
「見苦しいところを見せた。すまない!」
「あっ、いやいや、いいけど……」
急な態度の変化に若干戸惑った。さっきまでの鼻息はどうした。
「ははは、すまんなぁ。まぁついてきてくれ」
態度を変えたアストはそう言って先を歩いて行く。俺も後に従った。
ついていった先にあったのは木の柵に囲まれた円形の砂場、土俵というのが一番近いだろう。
「ここで練習を?」
「そうだ。ここならこけても大怪我はしない。まぁかすり傷くらいならあるだろうがな」
ふむふむ、コケることはあると……まぁ仕方ないな。
「じゃあ、早速だけど始めようか。その手のやつは後で使うからそこに置いておきな」
アストはそう言って土俵の中から俺を手招きした。
俺それに従って武具を置き、土俵の中へ入った。
はてさて、ここからが本番だ。緊張の瞬間である。
「運動はしたことあるか?」
「殆ど無いと言っていいね」
アストの問に首を振る。
「戦い方は……ルールの有るやつだけか?」
俺は頷いた。剣道はルール有りきだ。アスト達が受けているような戦闘には基本的に通じないだろう。まぁ、ないよりはマシだろうが、戦い慣れしている奴と戦ったならば瞬殺だろう。
「じゃあ、基本からだな。よろしく頼むぜ」
アストが手を差し出す。
「ああ、お手柔らかに頼むよ」
その手を、握って頷いた。
感想等もらえると作者のやる気が満ちます。
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