第四声「百万円」
俺の生活用品を買うために夕方に慌てて出て行った最後の店は武具屋だった。
それまでの店は普通の、といっても現代日本にはない店だったがそれでも特に変わったところはない店だった。が、この武具屋は違った。
縦長のテンポの右には武器が、左には防具が置かれていた。
まぁ武具屋なんて来たこと無いから良いかどうかなんてわからないが、商品の種類だけは多いことが分かる。だって、剣一つにしたって明らかに違う種類のものだと分かるものが数十は置かれているし、縦長の店舗と言っても横幅はかなり広い。
俺は今まで見たこともないような雰囲気に圧倒され息をついた。
「驚いたかい?」
そんな所に後ろから声がかかった。
急なことに慌てて振り向くと、そこには八十そこらであろう腰の曲がったお爺さんが一人。
「店主さん、お久しぶりです」
「ああ、この人が前に行っていた人だね?」
「はい」
俺を挟んで会話をする二人によると彼がここの店主で、俺のことを知っているようだ。
お爺さんをまじまじと見ていると、それに気づいたのか彼は俺の方に顔を向けた。
「最初の装備をお買い上げだね?」
「は、はい」
なんだろうか、この老人からなんとなく威厳のような物が感じられる。顔は笑顔だし物腰もやわらかなのに……年の功とはそういうものなんだろうか?
と、そんなことを考えている俺にお爺さんは少し近づくと、俺の手を握った見始めた。
「あの、なにか?」
「運動は得意かな?」
「いえ、運動はそんなに……」
急に投げかけられた質問に反射的に答えてしまう。
なるほど、これは俺に合う武器が何だとかを探してくれているのだろう。おそらくは……長年の経験から探すのだろう、やっぱりこれも年の功だ。
「背筋は……いいほうだね」
「あ、ありがとうございます」
「筆はどちらの手でももつかね?」
「左です」
「物を投げるのは?」
「右です」
「力はあるほうかい?」
「無い方だと思います」
「何か武術などの経験は?」
ここで俺は少しだけどう答えるか悩んだ。一応少しだけ俺は武道の経験があるのだ。
小学校入学すぐの頃から高校に上がるまでの九年間、その間だけは俺は剣道を習い一応二段までは持っていた。だが、もうずいぶんとブランクがあるし、この世界で剣道が通じるはずもない。
「あるにはありますが……」
おれは少し濁すことにした。
間があった俺にお爺さんはその答えを予想していたのか微笑むと。
「表現するのが難しいかね? では、それで使う物に近いものを教えてもらえるかな?」
そう言ってお爺さんは武器の並びを指さした。
剣道で使うのは竹刀だ。剣道には規定があったはずだし、それにあっているとすれば、使っていたのは三尺七寸(百十四センチ)以上の物で、重さは大体四百四十グラム以上のはずだ。
武器の並びを見て回り、刀によく似たもんを探してみる。一番近いのは細身の直剣だった。
この直剣、長さもそう変わらないが、ただ、かなり重い。
日本刀は二尺四寸が普通だったと聞いたことがあるし、それでも一キロ以上の重量があったはずだ。これを俺が触れるとは思えない。だが、これより短い間合いにいるのは少々怖い。
「それかい?」
「ええ、ですがこれは重すぎます」
「そうかい」
ふんふんうなづきながらお爺さんは武器の棚を見ていくと、少し首をひねってから店の奥に消えていった。
しばらくして、戻ってきた彼が持っていたのは、俺が持っていた直剣と同じ長さの黒い剣だった。
「これは?」
「これは浮遊の魔法がかかっている魔法鉱を使った剣だ。その剣より薄い刃に魔法鉱の硬貨が合わさってかなり軽いものに仕上がっている。持ってみなさい」
お爺さんは俺の方に剣を差し出した。
俺は今まで持っていた剣を気をつけながら戻し、お爺さんの手から剣を受け取る。
軽い。さっきの剣と同じ長さとは思えないほど軽い。それどころか自分が使っていた竹刀より若干軽く、凄く手に馴染む。
「凄い」
俺はそんなことを呟いていた。お爺さんはそんな俺に嬉しそうに笑うと、今度は防具だねと奥に引っ込んでいった。
そして、またしばらくして戻ってきた時に持ってきたものに俺は驚いた。防具というよりはただの分厚い革で出来た着物に見えたから。
「軽くて動きを妨げない。強固ではないが丈夫で、打撲にはなるが刃は通しにくいはずだ」
剣と交換して、防具を受け取って広げてみる。上半身の防具はノースリーブの革製胴着だった。でも軽いし何の革なのかしら無いが黒い艶が剣道の胴の防具に見えた。付けてみるが、お爺さんの言った通りそれほど重くない。サイズもぴったりフィットで文句のつけようがなかった。
下半身用はこれまたただの袴。こちらは革というわけではなく布のように見える。
「それは墨の糸と割れる水でできているんだ」
「墨の糸? 割れる水?」
「書くときの墨から作った繊維で編んだ軽くて丈夫な布に、衝撃を加えるとその瞬間だけ強固に固まる性質を持つ液体を塗っているんだ。これは時には両手剣を変形させるほどの強度があることがわかっている」
つまりは墨の糸はカーボン繊維ということか。この世界で作ったのならおそらく魔法でも使ったのだろう。
衝撃を加えると固まる素材というのは水を含んだ砂のようなものだろうか。確かそれの原理を使った防弾チョッキがあったはずだ。両手剣は結構大きな剣のことだったはずだし、強度は保証されているということか。
「魔法で作ったハイテク装備ってやつか」
「これでいいかな?」
「え、その」
お会計をするのはフォニアなのだ。俺は決めかねてフォニアの方を見る。
「店長さん、それで構いませんよ」
フォニアは天使の笑顔でお爺さんにそう言った。撃ち落とされそうである。
お爺さんはその答えに頷くと、ちょっと待ってなさいと言ってどこから出したか革製の大きな袋に防具を詰めていく。
そして、最後はこれだねなんて言って剣をこれまた何処からか出した鞘に納めると、俺に持たせてくれた。
「では、先を期待しているよ言霊師さん」
「あ、はい。ありがとうございます」
お爺さんは俺の返事に笑うと、フォニアノ方に向けて指を一本立てる。
「お兄さんは初だし二十万まけておこう、百万円ね」
「分かりました」
思わず変な声が出た。驚いた二人が俺の方を見る。俺は少し目を泳がせた後フォニアによっていって慌てて聞いた。
「百万だよ!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫ですよ。この装備ならこんなものですよ」
「そうなの? ほんとうに大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。これでも我が家にある装備では一番安いものになりますから」
それを聞いて俺はもう何も言えなくなってしまった。これより高いものがあるということにではなく、これが一番安いものだということにだ。
百万円とはそんなに安いものだったのだろうか?
現代世界の防弾チョッキや十の価格を知らないから安いのか高いのかは知らないが……大切に使うことにしよう。だって、百万なのだから。
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武具屋の帰り道を『百万円』といっしょに俺は歩いていた。
武具を割れ物のように扱う俺にフォニアは何だがコントでも見ているようにクスクスと笑っている。
フォニアよ、この装備はびっくりだ。百万とは……百万とは……。
装備がハイテクなんてそんなものもうどうでもいい、壊さないようにしよう。
「響也さん、見ていて面白いですね」
「だって百万円だもの」
「響也さんにならこれくらい安いものです」
買いかぶり過ぎではないだろうか。俺は二十年近く超能力もない一般ピーポーなのだ。
「君に期待される程のちからがあるとは思えないよ」
「いえいえ、期待からお金を出すんじゃないですよ」
「え?」
「一緒に住む家族ですから」
そう言ってフォニアは微笑んだ。
家族……会って数時間で家族と表現されるとは思わなかった。意外と意表である。
家族と言われて悪い気はしない。
「大切に使うよ」
俺が笑ってそういうと、フォニアは微笑んだ。
明日の訓練が装備の壊れない程度のものであることを祈ることにする。
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