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第三声「ワノンダレン」

 この状況をどう言えばいいのか……そうか、もみくちゃというのはこういう状況のことなのだろう。

 右に人、左に人、正面に人、後ろに人、そしてなぜか上と下にも人、囲まれて押されて少々というか、いや、かなり息が苦しい。しかも、声も出せない。


「君が新しい言霊使いかぁー、へぇー」


「おうおう、こんなほそっこいので大丈夫なのかよぉ!?」


「でも、ムキムキの筋肉よりかはいいと思うどね」


「まぁ前の人もそうだったけど、戦闘経験はなさそうだよね」


「訓練一からしなおしかよ、面倒だなぁ」


 何やら戦闘なんて物騒な言葉が出ているぞ。

 いや、それよりも速くどいてくれないだろうか、そろそろ限界だ。視界が揺れる、景色が霞む……。

 だれか……止め……



「止まってください!」


 凛とした一括が響く。俺を押していた力が一気に落ちた。

 息を吸い込みながら、脱力してへたり込んだ。俺の下にいた人物がうめき声をあげた気がするが、そんなことを気にしている余裕はない。

 深呼吸を数回する。潰れかけていた意識はそれで何とか回復してくれた。

 周囲を見渡して確認する。先ほどまで俺を押しつぶしていた奴らは総じて両手を上げてストップしていた。ピクリとも動かない。

 ボーッとしていると、彼等をかき分けるようにフォニアが入ってきて俺の前で腰を下ろした。


「大丈夫ですか?」


 彼女はボーっとしたままの俺の顔に手を当てて心配そうにそう言った。

 俺は彼女に軽く頷いて、しばらく目を瞬きし、意識をはっきりさせてからフォニアに聞いた。


「何が起こったの?」


 フォニアは「えーとですね」なんて困ったように頬を掻いた。

 そして、俺の手を握って立たせると、ゆっくり状況を説明してくれた。


「ここにいる皆は先代さんの知り合いで……その……先代さんの言うとおりに響也さんが現れたのに興奮したらしく、みんなで取り囲んじゃいまして……」


「窒息……しかけたね」


「ごめんなさい! 皆が騒ぐのは予想してたんですけど襲うなんて考えてなくて……」


 苦笑いする俺にフォニアが俺に頭を下げた。別にフォニアに襲われたわけではないので、謝られるとなんだか申し訳ないというか許さずに入られない気分だ。


「いいよ、フォニアに襲われたわけじゃないし」


 まぁ結局はその一言で済む話だ。そもそもフォニアが謝ることではない。

 フォニアは「本当にごめんなさい」と言ってもう一度頭を下げた後に、周囲で固まっていた人たちに視線を向けた。ただ、その視線は先程のものとは大きく違っていて……その、まぁなんだ、般若だった。


「……何してくれてるんですか?」


 その声は静かながらも圧倒的で、周りの奴らが一瞬ビクリと震えたのがわかった。

 奴らは自分たちの顔を見渡した後、一人だけ大きな男が出てきた。まぁ、ネコ耳付きだったが。


「まぁその、苦しかったことは謝るが、まずは新人の身体検査をだなぁ」


「なんです?」


 男は申し訳無さそうにしながらも何やら弁解をしようとして、撃ち落とされた。

 フォニアの声はもうさっきの心配そうな震える声ではなく、怒気の混ざった威圧に満たされていた。

 男はその声に目をそらすと小さく一言呟いた。


「すまん」


 男の身長は俺より十センチは高い……フォニアは俺より二十センチは低いだろう。三十センチも低い女の子に押される男というのは中々に珍しかった。


「あとでいくらでも質問はさせてあげますから、今は全員おとなしくしていてください。

 ……………………いいですね?」


 般若の声をしたフォニアが問いかけると周囲で反論をするものはなく誰もが一斉に頷いた。

 「よし」と頷いたフォニアが俺の方を振り向くと先ほどまでの威圧はなく、出会った時の朗らかな美少女がいた。


「すいません響也さん、先にお部屋に案内しますね」


「あっ、うん」


 フォニアに手を引いてもらって人群の中から脱出した。

 ゆっくりと歩きながら部屋を見渡す。部屋は入ってすぐにカウンターがあって、カウンターの左右の脇に扉があった。二つの扉の隣には掲示板があって、何やら色々貼り付けられていた。

 フォニアに引かれて入ったのはカウンターに向かって右側のドアだった。そこには普通に廊下があって、左側には明かりのついていない部屋が二つあり、その奥には階段があった。


「ここを上がってすぐですよ」


 フォニアはそう言いながら俺の手を引く。髪を揺らしながら歩く姿は楽しそうでとてもかわいい。

 二階の廊下は建物の端まで続いていて先ほどの左の扉からは繋がっていないようだ。

 俺が連れて来られたのは一番端の部屋、家具はクローゼットとベッド、そして机の三つが一つずつ。壁は白で、窓は一番奥に一つ。かなりシンプルだ。


「ここが俺の部屋?」


「はい。ここが響也さんの部屋です。響也さんの好きなように使ってください」


 フォニアは俺の手を放し、部屋の窓を開けながらそういった。

 もうそろそろ一息ついてもいいだろう。俺はベッドに腰を下ろして息をついた。

 でも、ずっとこうもしている訳にはいかない。まだフォニアには聞きたいことが有る。


「フォニア、聞きたいことが有るんだけど」


「そうですね、時間はあります、ゆっくりいくらでも聞いてください」


 フォニアはその金髪を風邪で揺らしながら優しげな微笑で答えてくれた。

 その言葉に甘えて、ゆっくりこの世界について聞くことにしよう。




「じゃあ、まず、俺は戻れるのかな?」


 まず最初に俺は一番重要なものを持ってくることにした。これの答え次第で今後の問も変わってくるだろうからだ。


「出来るかできないかで言えば、できると思います。でも、難しいんじゃないでしょうか」


 俺の問にフォニアはしばらく悩み、しばらくして難しい顔でそう答えてくれた。


「どうして?」


「えっと、私自身は帰ることが出来るという証拠を持っていません。でも、先代さんの日記には帰ることが出来ると書いてありました。

 ただ、帰ることが出来るなら一度来ているのですから行き来ができるはずです。なのに先代さんは帰らず、行き来すらしなかったので実は難しい条件なんかが有るのではと考えています」


 なるほどねぇ、でも、俺がここに来た方法は知らないから、実は行き来なんてできなかったから帰らなかっただけとも取れる。……どちらにせよ前例が帰らなかったなら帰れない方面で話したほうがいいのだろう。

 それに、さっきフォニアは帰れると書いてあったとだけ言った。帰る方法までのっているとは限らない。


「じゃあ、次。ここでの生活ってどうしたら良いの?」


 俺がそれを聞いたとき、彼女の目がキラリと光ったような気がした。実はその質問を待っていたんだろう。


「それに答えるなら、まずはこの家がどういうところから話さないといけませんね。ええと、孤児院兼、鍛冶屋兼、用心棒兼、モンスター討伐依頼所……です」


「なにそのなんともふくざつな長い呼び方」


 何やら色々と混じってしまっている。しかも役割としては孤児院だけ浮きまくっているし。

 なんかこうなんたらギルドとか、なんたら団とか、カタカナの格好いい呼び方はなかったのだろうか。


「通称は『ワノンダレン』です」


 それっぽいのがあったらしい。意味は全く分からないがそれっぽいのでよしとしよう。

 それよりも、先ほどもみくちゃの時に聞いた限りでは戦闘もするらしいじゃないか。


「その、戦うとかなら俺は戦力外だぞ?」


「そこは訓練してもらいます」


 フォニアは拳を掲げてそのイキイキとした目を俺に向けた。

 そう押されてしまうと……戦闘に不安がとはいえない。が、別の話題で撃墜できる。


「えっと、用心棒とかだと人殺しとかありえそうなんだけど?」


 フォニアの顔が一瞬はっとして、目が泳ぐ。しばらくして、言い訳を思いつかなかったのかフォニアはかんねんしたように言った。


「それは……慣れてください」


 そんな無茶な。

 いや、でも一番初めから職業と言うか働く場所が有るだけマシなのだろうか。

 この世界にはステータス表示とかそう言ったゲーム要素はない……しかも俺にはよくあるステータス改造とかチート能力とかもない。ということは冒険者として迷宮探索で日銭を稼ぐぜ! なんてことはできないということだ。

 ならば、衣食住が保証されている、給料がもらえる、その上美少女のそば付きさん有りとは結構幸運なのだろうか。……きっとそうに違いない。命の危険は冒険者系でも同じだ。

 俺は幸運、そう、幸運だったのだ! 確証はない。


「最初から、人殺しをしろとは言いません。でも、いつかはしてしまうかもしれません」


 フォニアはそう言って少し目を伏せた。この話題を振れば断られる可能性が高いことは承知しているのだろう。当然のことだ。だれだって人殺しはしたくない。日本のような殺し合いのない国から来た俺ならば余計に。

 石版にも書いてあったはずだ、俺の好きな様に生きろと。ただ、俺にはここにいついて生活することを逃せば、たった五文字しか言霊の使えない人間だ。正直に言って普通に暮らせるようになるまでどれだけ時間がかかるかわからない。下手をすれば戦闘経験もないのだから明日には野盗に襲われて死んだりする可能性もある。

 なんだ、答えは決まっているようなものじゃないか。


「仕方ないね」


「……ごめんなさい」


 フォニアは申し訳無さそうに頭を下げた。


「いや、いいさ。フォニア達がいなかったら一文無しの家無しだからね」


「ごめんなさい」


「そんなに謝らないで、それに、前向きに考えるならなんお準備もなく異世界に来たくせに生きていられることが幸運なんだ。

 だから、謝らず、笑って、俺を迎えてもらっていいかな?」


 彼女の頭を軽く撫でながらそういった。

 顔を上げた彼女は少し潤んでいた目を拭って笑顔で言った。


「ようこそ響也さん。ここは『ワノンダレン』あなたの家です。

 今日は自己紹介で、明日から訓練や家事頑張ってもらいますからそのつもりで!」


「うん、よろしくねフォニア」


 こうしてやっと俺の拠点生活が始まった。

 まぁ、色々整理するのは……元々考えるのは得意でない方だ、寝る時に決めよう。

感想などくださると作者が飛び上がって喜びます。


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