第一声 「ここどこ?」
目を開けると雲ひとつ無い快晴の空が目に写った。
体を起こし周囲を見渡す。広がる草原と墓標のように立つ一枚の石版が目に入った。
寝起きの頭は起きた場所も服も違うと混乱し、しばらくしてやっと一言言葉をひねり出した。
「ここどこ?」
それはずいぶんとありがちな言葉だったが、俺の今の気分にはぴったりだと思う。
状況として言えば、寝室で寝て、起きたら草原だったということだ。
……すこし、落ち着こう。そう考えて息を吸い込む。混乱していても始まらないのだから。
まず、見たのは俺の着ている服だ。寝た時はふだんのパジャマを着ていたはずだが、今は以前にお坊さんのお弟子さんが着ていた服と同じものを着ている。名前は確か……作務衣だったか。
次に目の前の石版。こういう有りがちなものに大体ヒントがあったりするものだ。
深く息を吸い込んで、石版を見る。書かれてあるのは日本語だった。題名は『謝罪とお願い』。
『君は今の状況に混乱しているだろうし、僕にも時間がない。だから、難しいことは言わず、重要な事だけを書くことにするよ。
まず、ここは地球じゃない。大陸の位置は違うし、僕らの知っている動物以外にもいるし、何より、人の樹族が人間だけじゃない。
そして、この世界には魔法が有る。ゲームなんかで使われるのと同じで、魔力があり、それを消費して魔法が使える。
次に、君のこと。君はこの世界では魔法の使えない人だ。地球人は魔力のない世界の人間だ。魔力はないから、魔法も使えない。
ただ、僕達はこの世界では一つだけ別の力を使える。『言霊』の力、つまり言葉の力だ。
この力は僕らしか扱えず、そして僕らには最強の武器になる。最初は上手くできないから制限も多いけれど、つかえるようになればきっと役に立つ。頑張って。
使い方は簡単だ。言葉の最初に『霊言』と付けてくれ。文字数は漢字表記だよ。
最後に、これからの君のこと。君がここに来たとき、おそらく1時間以内に誰かが来るはずだ。それは僕の知り合いの関係者のはずで、この世界を案内するガイドだ。ここに来て戸惑った僕が出来るせめての援助だ。
さて、これは、僕のお願いだから強制はしない。
君がここに来た後、いつでもいいから………(なぜか意図的に削られている)。
ああ、時間がないね。
最後だし、もう一度簡潔に言うよ。
君は異世界に来た』
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石版を読み終えて一息つく。とんでもないことになってしまったと混乱した頭でそれだけを思っていた。
なぜ俺なのか、どうしてそんな力を持っているのか、どうして俺に世界を救ってほしいのか、色々な疑問がうかんでは答えがなくて消えていく。
しばらく考えて、後から来るという奴に全部放り投げることにした。正直に言うと、面倒だ。
ああ、でも一つだけ確かめられることが有る。この世界で地球人がつかえる力、言霊とかいう力なら確かめられるかもしれない。
石版をもう一度見直し、使い方をもう一度確かめる。『霊言』と言葉の最初につけるだけでいい。とあるが本当なのだろうか?
「『霊言』」
試しに最初の言葉だけを発してみた。すると、ふわりと風邪が体をなでた気がした。
ああ、なるほどなんてことを思う。主人公が魔力なんかに目覚めた時の描写に酷似した感覚。自分の中に何かの力があって、それが喉元に有るのがわかる。これを言葉として吐きだせということか。
ものは試しという。軽く何かを言ってみることにする。
「剣よ出ろ」
喉を震わせると、そこにあった力が外に出て行ってくのがわかった。そして、目の前では青い光がグルグルと渦巻いたかと思うと、何もない空中から突然、両刃の剣が生えた。
なるほど、こうなるのか。と思いながら生えてきた剣を手に取る。初めて触れる剣はずっしりと重くて、鋭く光る刃はこれが凶器であることをありありと示していた。
なかなか、魔法みたいな力は面白いと思える。もう少し遊んでみよう。
「『霊言』明日の天気は?」
空中に向けてもう一度唱えてみる。……が、すぐに失敗だとわかった。なんとなくだが、喉元にあった力が言葉の途中でなくなってしまった感じだ。文字制限が、有るのだろう。
上手く扱えていないから制限があるとはこういうことか。便利だけど、不便だ。
じゃあ、次はどれくらいの文字制限が有るかだが、これは予想がつく。剣の時は四文字、天気の時は六文字だった。つまり五文字が出来るかどうかで決まる。
「『霊言』剣よ消えろ」
そう言うと、持っていた剣が溶けるように消えていった。手のひらからも重さが消える。
実験完了だ。この力は漢字表記で五文字までしか使えない。石版に文字数の数え方が書いてあったおかげだ。
「って、どうにも混乱のし過ぎで冷静になってきてるな」
能力の実験なんてものをのんきにしている自分をそう思い、空を見上げてそう呟た。さっさと来てくれないだろうか、そのガイドさんとやらは。
「いつまで待つのだろうね」
「すみません、おまたせしました。今つきましたよ」
背後で声がした。ビクリと背中を震わせて、大きく後ろを振り向いた。
立っていたのは青い瞳に金髪を持った外見十五、六の少女だった。
「あの……大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫」
驚きで固まっていた俺は少女の声で我に返った。
目の前の少女、外見は子供のようだがどこか大人っぽさというか、垢抜けた感じがある。さっきの驚きはそんな彼女に見とれたのも会ったのかもしれない。
少女は俺の言葉にそうですか、と頷くと言葉を続けた。
「初めまして言霊師さん。私はフォニア、言霊師さんのお名前を聞いても?」
「俺は、俺は轟 響也」
「はい! 響也さん、よろしくお願いします!」
俺の返事に彼女は嬉しそうに笑い、手を差し出した。
少し照れくさかったが、俺も手を出してお互いに握手をする。
「じゃあ、ご案内します。質問があれば道中で聞きますよ」
「ああ、よろしく頼むよ」
彼女は俺の返事を聞くと、こっちですよと言って俺の手を握りしめたまま歩き出した。
女慣れしていないせいでかなり恥ずかしい。でも、やっぱり役得ではあるのでそのままにする。
笑顔を絶やさない俺もつられて笑顔になりながら、未知の世界へ出発をする。
前の世界に残してきたものも多い。家族、親、仕事、でも、それも後で聞くことにしよう。今は、わけがわからないけれど、なんとなく、なんとなく面白くなりそうだと思うから。
感想等もらえると作者が小躍りします。