表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

01 そして執事は街に行く

今回は早めの更新となります。しかし本当にいつ更新できるかわかりません。作者の執筆スピードが遅いので、そこは許していただきたいです。

 アウストラ領。現在シリア・アウストラによって統治されている、ラフェルニア王国に存在する地方。

 隣接する他の領土よりも税が安いだけではなく、人々が住みやすいように環境を整えている。

 それも全て、領主であるシリアの手腕であり天才と呼ばれる所以である。

 そのことをよく思っていない人々もいるようだが、シリアの話術によって言いくるめられるか社会的に殺される様な内容を言われて手玉に取られることが殆ど。むしろそれをご褒美と思って言いに来る人物まで現れる始末だ。

「それが今のアウストラ領における問題点の書類。そしてこれが貴方が考えるべきスケジュールよ。本来ならば今日から執事として働いて欲しいのだけど、実績などが少ないから貴方の実力すら曖昧。だから今日はセルヴァと模擬戦をしてもらえないかしら? 勿論、本気でね」

 どうやら俺が本気ではなかったことを完全に見抜かれているらしい。厄介な奴だ。

 あの後、シリアを迎えに来た馬車によって路地裏に残らない10名の子供や大人が運ばれた。きちんとした仕事先を見つけられるらしい。それに子供は孤児院で育てられるそうだ。

 嘘を言うことができないシリアに確認をとったのだから、その通りと思っていいだろう。しかしそれが本当なのかどうかは、俺が見なければ完全には信頼できない。

「一応だけど、現在のラフェルニア王国やその周りの諸国について話すわ。まずラフェルニア王国だけど、現在7つの国で最も安定している国と言っても過言ではない。貴族制が上手く働いているところと違うところの差はかなりあるけれど、国王陛下やその側近が動いているからあからさまな動きはないわ。ただしだからと言って治安がいいわけじゃない。私の領地でも奴隷商人が誘拐なんて話を聞くの。完全に犯罪をなくすというのは不可能な話ね」

「当然だ。そんなに簡単に犯罪がなくなったら、元から犯罪を起こす奴なんていない」

「それもそうね。次に右側に隣接するオリバ王国。こちらはかなり内戦が起こっているわ。もしかするとラフェルニアも巻き込まれる可能性がある。特に私達の領地であるアウストラ領はオリバ王国に隣接しているから、亡命者が多く来ているわ。勿論しっかりと判断した上で入国させているけれど」

 亡命者は厄介だ。もしその中に領地のトップがいれば、それだけでアウストラ領に攻め入る口実が出来上がる。だからと言って亡命者を拒むのは、シリアのプライドに反するのだろう。難儀な性格だ。

「海を通して左側にあるルヴェンクス帝国。こちらは完全な宗教政治。宗教を馬鹿にすれば即処刑と言うアホみたいな国よ。それを国家の集まる会議でも行ってくるのだから厄介なのよね。私が最も嫌いな国よ」

 とてつもなく偏見が入った気がするが、宗教を盾に迫ってくる相手に対して何を言っても無駄だ。それを知っているシリアは更にイライラするのだろう。

「北に位置するファーヴァル王国は今かなり危険ね。それより北に現れた魔王による魔物の襲来と、作物の現象により国内は地獄絵図。何とか逃げようとして亡命しているけど、あそこを任されているスカラー卿は良くも悪くも自分の領地を守ろうとしているから入れてもらえないみたい。それで無理矢理入ろうとして殺される国民もいるみたい。右は内戦中のオリバ王国で左は極寒の海。まさに八方塞がりの状況で困っているようね」

 魔王。そう聞いた瞬間に俺は、自分の拳に力が入るのを感じた。魔王襲来のニュースは路地裏まで響いていた。そして同時に、魔王を殺そうとして敗北した者達は自分達よりも惨めな路地裏の住人を襲うことで晴らそうとしていた。そのせいで俺に付いて来ていた二人の少女が殺された。もう一人は欲望の捌け口になっていたが、一応生きている。今はどうなっているか知らないが。

 ともかく、俺は魔王と言う存在を殺したくてしょうがない。もっと殺したいのは、二人を殺し一人を犯した敗北した男達なのだが、そいつらは既にこの世から消した。

「今は周りの国だけでいい。下は海で何もない。だからこの三つの国だけ知れれば十分だ。特に魔王をな」

「貴方、魔王に何か因縁があるの?」

 それに対して俺は無視をする。別に話すような内容ではないし、ここで話すには重過ぎる話だ。さらに言えば、こういうことを言えるほど信頼しているわけでもない。

「別に言いたくないならいいわ」

 暫く無言が続き、俺は外の景色を眺めていた。馬車から見える景色は中々良い。それに俺は元々景色を見ることが好きだ。美術的な感性があるわけではないのだが。

「着いたわ」

 それから少し時間が経ち、俺は馬車を降りた。そこにあったのは活気溢れる街。こんなに活気があるところに来たことがないので、少したじろいだ。

「そんなに驚くことかしら? まぁあの領地にいたらこの活気に驚くだろうけど」

「そうか。シリアが住んでいるところに早く連れていけ。と言うよりも、馬車はもう使わないのか?」

「馬車を使って子供が飛び出したら危ないじゃない。だから馬車は使わないわ」

 案外子供のことを考えているんだなと思いながら、俺はシリアと一緒に歩き出す。途中で何人もの民衆に喜びの言葉を伝えられ、それに笑って返すシリアは何故か幼く見えた。

「シリア。お前本当は……」

「子供っぽいって? そうかもしれないわね。私もまだ15歳。成人しているとは言えない年齢だわ」

 20歳で成人するのだからもうそろそろと言えるかもしれないが、この5年はでかい。斯く言う俺も16歳だから人のことを言えないのだが。

「だけど交渉の時は別よ。この幼さを罠にして相手を奪うの。簡単なことでしょ?」

「お前の性格の悪さを知るよ。それにしてもこの街は随分と小さいな。これが全ての街か?」

 俺が尋ねると、くすりとシリアが笑った。いたずらっ子の様なその笑みが、俺の心を少し震わす。子供っぽさを残した妖艶さ。それがシリアかもしれない。

「いいえ。この街は中心の街。基本的に領地に街は一個だけど、私は多くの街を領地内に作ったの。全て異なる条件の場所でね。ここは一番街。領主の家があるから他の街から多くの物資が届いてくる。だからこんなに賑わっているわ。他にも漁業を中心とした二番街、農業を中心とした三番街、鍛冶を中心とした四番街、兵士を育成する為の五番街、隣国からの亡命者等を管理している六番街が存在するの。その全てが互いに補い合っているからこそ、この街は賑わっているのよ」

 多くの街によって成り立っている領地。こんな領地があったこと自体驚きだが、それを考えついたのは恐らくシリアだ。その手腕に俺は驚いていた。

「そろそろよ」

 そして目の前に現れたのは、大きな建物だった。

「これがアウストラ領当主、シリア・アウストラが住む家か」

「えぇ。この中にはメイドが五人いるわ。それ以外にはセルヴァと貴方だけ。メイドの戦闘能力もかなり高めよ」

 要塞。俺はこの建物をそう例えるだろう。ただでさえセルヴァと言う俺に勝つ奴がいて、戦闘能力がかなり高めと言う程の人物達が五人いる。これは過剰戦力と呼べるのではないだろうか。

「じゃあ早速だけど、手合わせをしてあげて。セルヴァ」

「畏まりましたお嬢様。トーマ君、それではご手合わせをお願いします」

「あぁ」

 短めに答えた俺は、すぐに両腕に魔力を込める。魔術とは創造の力であり、本来ならばそれを特性別で分ける訓練を得てから始まる。

 例として火を上げてみる。まずは燃えている姿を想像する。そして次に自分の血液に流れている魔力と呼ばれる力を集中させる。そしてそれを現実へと魔力によって具現化する。これが一通りの構成となる。

 ただ俺の魔術は違う。俺は創造から特性を出すまでの構成が抜けている。だからこそ、これができる。

「ジャッジナイフ」

 空中に浮かんだ無数のナイフ。空中に創造するだけという在り来たりな魔術なのだが、セルヴァは驚きの表情を浮かべていた。何故なら、これを使うことは常識的に考えられないからだ。

「何故、特性ではない魔術を使えるのですか?」

「人は誰でも特性を持っている。それは火、水、風、土、光、闇のどれかに必ず当てはまる。しかし俺はその特性を教えられていないし、創造できるものも少なかった。闇とかも考えたんだが、結局俺にはナイフ程度しか想像できない。だからって甘く見るなよセルヴァ。前回は路地裏に魔術を使う相手なんていないと思って油断したが、今回は違う」

 無数のナイフは全てセルヴァにその矛先を向ける。

「本気で行くぞ」

 ナイフが一気に放たれる。セルヴァは勿論のこと何もせずに避ける。動きも単調的だし、避けるのは簡単なことだ。だからこそ、隙ができる。

「そんなところに居ていいのか?」

 予想していた場所にセルヴァが来たので、俺はそこに向けてナイフを一本投げつける。それをセルヴァは簡単に右手で弾いた。その右手は少しの風を纏っている。

「少し油断しましたかな? 安心してくださいトーマ君。私も、少し様子見をしていただけです」

 次の瞬間、セルヴァの動きが速くなった。俺の目で追えないスピードではないものの、それなりに速い。俺に向けて右足の蹴りを放ってきたが、それを俺は左腕でガードする。そして右足を左手で掴むとぐるぐると振り回して投げた。

「む」

 少し声を漏らしたが、逃さない。着地地点に向けてダッシュすると、左拳を構える。

「そらっ!」

 放たれた左拳とセルヴァの風によって作られたバリアが激突する。威力で言えば圧倒的にセルヴァの方が上だ。当たり前だろう、魔術何だから。

 魔術というのは基本的に超常の現象だ。それに対して生身で立ち向かっているのだから、当然俺が弱い。だけどそれを補うものがある。

「ジーク・フリート!」

 直後、セルヴァは風と自分の身体能力を全て使って回避行動に移っていた。だがそれでも足りない。剣の様に突き出された右拳の一撃はセルヴァの風のバリアを貫き、セルヴァの左肩を打ち抜いていた。

 それは突き。ただ拳を捻りながら全力で前に出しただけの拳だ。ただしもしそれが関節が外れる程の回転力をかけた、超高速回転する拳だとすればどうだろうか。それは既に、突きの威力を超えている。

「くっ」

 セルヴァが一瞬呻くが、すぐに体勢を立て直す。

 それを見て俺は舌打ちをした。

「アンタ、いつまで様子見をしているつもりだ」

「っ! 気づかれていましたか。でしたら本気を、少しばかり見せたほうがよろしいでしょうか?」

 確実に今までと雰囲気が変わった。白髪の初老の男性のはずなのに、まるで圧倒的な差を感じる。

「嵐王とも呼ばれたこの実力、貴方のような若者に見せるには少々――」

 直後、セルヴァの姿が消える。一瞬だったが、後ろから感じた殺気に反応して横に飛び出す。

「刺激が強すぎるでしょう」

 背中に熱いものがこみ上げてくる。避けたはずなのに当たったという事実。それが何よりも俺の心を沸騰させた。

 強い。その一言だ。今まで戦ってきたどんな大人よりも強く、これ以上上を知らないほどに強い。ただ強いとしか言い表せないような強さ。

「避けるとは中々でございますね」

「外したくせに何を言ってる」

 全身に風を纏っているセルヴァの姿は、悪魔そのものだ。レベルが違い過ぎる。確実に、勝てない。

 だからこそ、戦いたいという思いがある。

「行くぞ!」

 だが奥の手は見せられない。奥の手とは使わないからこそ奥の手であり、信用もできない二人の前で使うわけにはいかないものだ。

「まだ諦めないその心意気、見事でございます」

 ――声が、真横から聞こえた。

「~! ジャックナイフ!」

 ナイフがセルヴァに向かっていくが、その風によって吹き飛ばされた。なら、一撃の威力を鋭くすればいい。もっと高い威力にすればいい。

「ライズ・ゼファー!」

 放たれたナイフが風を貫いてセルヴァに傷を与えると、セルヴァは驚いたように傷を見てから俺を見た。

「たった一撃で次の攻撃を判断、もしくは作り出したというべきですかな? 末恐ろしい才能でございます。ですが、撃った後の隙が大き過ぎますよ」」

「ちっ」

 浅い。全力に近い形で放ったものの、やはり風で弱められてからのナイフでは速さが若干劣る。それにセルヴァの元々の身体能力がかなり高いため、俺じゃこれが手一杯だ。

 まぁだからと言って諦めるわけじゃないんだが。

「ジーク・フリート!」

 ナイフがダメならば拳を使って貫けばいい。セルヴァの腹に向けて放たれた高速回転する右拳は、セルヴァの右手によって掴まれた。

「確かに、その威力は驚異的でございます。ですが、放つまでのタメが大きい。それにこちらが風で少しずつ回転を弱めれば完全に止められるのですよ」

 この技の弱点の一つだ。相手の方が筋力が上の場合、掴むと止められてしまう。防御ならば弾くと言うことができるのだが、成長途中である俺の体じゃ筋力が足りない。

「行きますよ」

 次々と放たれる蹴りや拳を、体の全体を使って威力を流す。完全に流しきれずにダメージが来るが、それ以上に風が俺の体を切り裂いていく。

「がぁっ!」

 血が俺の周りを鮮やかに彩る。恐らくこのままだと確実に負ける。そんなことは、認めない。

 絶対に、認めない。






 次の瞬間、トーマから放たれる威圧感が一変した。今までとは違う、明らかにそれまでが手を抜いたと思える程圧倒的な威圧感。

「……セルヴァ」

「わかっておりますお嬢様。ここからは少々、手荒な真似をさせて頂きます」

 セルヴァはトンと地面を右足で叩くと、次にはもうトーマの目の前にいた。

「その年齢でこの威圧感、見事でございます。ですが、自我を失った程度で私に対抗できるとお思いですか?」

 放たれた蹴りは――空振る。

「なっ!?」

 セルヴァが驚くのは当然だろう。今のセルヴァの動きは今までの数倍の速さを持っていた。しかしトーマはそれを見てからしゃがんだ。異常な動体視力と言うことは言わずもわかるだろう。

 一瞬でしゃがんだトーマはセルヴァを睨みつける、そこから足をバネの様にしてジャンプする。その速さは今のセルヴァでは避けられない程の速さだ。

「――命令よトーマ。自我を取り戻しなさい」

 一瞬ぶれたトーマの意識。それによって一瞬遅れたことが、セルヴァの思考を防御の一点に集中させた。

「はぁ!」

 風を円形に設置してトーマの右拳を何とか防ぐ。だが次第に風は押されていく。

「時間稼ぎと言うことでございます」

 背後を取ったセルヴァの手刀が、トーマの意識を刈り取った。

「ありがとうございました。お嬢様。あの時お嬢様のお声がなければ、恐らく私の頭には大きな穴があいていたことでしょう」

「そう。それでどうかしら? トーマは」

 真剣な表情で言うシリアに対し、セルヴァは頷いた。

「はっきり申しますと、わかりません。私程度ではその底を見ることはできませんでした。現状、育てば英雄級かと」

「英雄級ね。やっぱりそれくらいの実力は持っているの」

「いえ、お嬢様。その前に最低でもと付きます」

 強い瞳を持って言ったセルヴァに、シリアは大きく目を見開いた。

「最低でも、英雄級?」

「はい。帝王級。いえ神話級に至る可能性も、無きにしも非ずでございます。どうやら本当に、救世主となるお方かもしれません」

 それを聞いてシリアは少し考え始める。それもそうだろう。英雄級と言うのは、5人集まれば魔王を倒せると言われている程の実力者達。魔王とは実質軍が動いても倒せない相手なのだから、実質一国の軍隊と同レベルの戦力と考えてもいいだろう。

 帝王級はさらにその上。世界中の軍隊と同等。そして神話級は、神と同格とも言える実力を持っている人物達だ。

 そんな実力を持っていると言うトーマを、自分が制御することができるのか。しかしシリア不敵に笑みを浮かべた

「そんな執事が私を守ってくれるなんて、頼もしいわね」

 シリアはそう決心した。誰がなんと言おうと、トーマは自分の執事なのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ