09 毒嶋 笹子(毒笹子の少女)
朝になった。
俺はこのクサビラ界へと来て一夜目にして、美少女と一つのベッドで眠るというすごく幸せな体験をしている。
そして朝もヴェルナの可愛い寝顔を見ながら目覚める、幸せな時を迎えると思っていたのだが――
――俺は、ヴェルナに噛みつかれる痛みで目が覚めた。
しかも噛みついているのは帽子の方。
人間も丸呑みにできるんじゃないかってくらい大きな口が、俺のアゴをガジガジ攻撃してくる。
だがこれは……俺の方が悪かった。
俺の体がヴェルナを完全に押しつぶしていたからな。
……これ、下の口とか息できない状態になってないか?
俺はすぐにヴェルナの上から離れ、心の底からヴェルナに謝った。
「……重たかったのです。変態さんに全身を覆われて、私は成長を阻害されるかと思ったのですよ」
ヴェルナはふてくされた顔で怒っていた。
上に乗ってしまったのは確かに悪かったと思うので、俺は素直に謝る。
成長を阻害とかはさすがに言い過ぎだと思ったが。
ただ個人的意見を言わせてもらえれば、ヴェルナは現状で十分可愛い。
だから幼い今のまま成長しなくてもいいんだぞと心の中で俺は思った。
「……変態さんからロリコンの気配を感じるのですよ。変態さんにはロリコン系変態さんの疑いがあるのです」
するどいツッコミを喰らってしまった。
だが俺は会心の返しを披露してやる。
「そんなこと言うなよな。それに……ロリコンじゃない奴から見たってヴェルナは十分可愛いと思うぜ?」
「……なっ」
俺の返しが予想外だったのか、ヴェルナはもじもじと恥ずかしそうにしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ヴェルナの部屋を出た後は城の広間で食事をとる。
飯は普通においしかった。
ヴェルナ達も人間が食べるような普通の食事を取るようだ。
「機能的にも人間に近い子実体を形成してるのだもの、これくらいは当然よ」
ヴィロサ嬢が軽く説明をしてくれた。
ちなみにそのヴィロサ嬢は、さっそく子実体の更新に入るとのこと。
「明日にはファルもここに戻る予定だしね。本当は来るまで待っててもいいのだけど、私がいると安心してまたすぐ城を出ちゃいそうだし。ファルにはヴェルナの方からよろしく言っといて頂戴」
「分かったのですよ」
「転生はひと月ほどで終わる予定よ。それまでは少し大変かも知れないけど、みんなで力を合わせて頑張ってね」
「……頑張るのです」
そんな感じでヴィロサ嬢は城を旅立っていった。
その後少し準備をして俺とヴェルナも城を出る。
城には他にも何人かキノコの娘がいたのでそっちにもきちんと挨拶しておいた。
……その子らはそれほど俺に関心がないようだったが。
「……キノコの娘がみんな人間と仲良くしたいわけではないのですよ。特に城には少ないのです。人と仲良くしたいキノ娘は、もっと人里近くに住む子が多いですから」
とのことだ。
そういうわけで、人と仲良くしたい思いの強い子から優先的に訪ねて行こうということになった。
「最初は笹子の所に行くのです。笹子は明るくてすごく良い子なのですよ。……それに見た目が小学生なのでロリコンな変態さんにも嬉しいはずなのです」
最初に訪ねるのが明るい良い子というのは良さそうだ。
……小学生である必要はなかったが。
俺に対するヴェルナの評価に、ロリコン属性が追加されている気がする。
色々言いたい気持ちを抑えつつ俺はヴェルナと共に城を出た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「変態さん……手を出して下さいなのです」
城を出るとヴェルナがそんなことを言って来る。
言われるままに左手を差し出すと、ヴェルナにぎゅっと握られてしまった。
「……迷子になるといけないですので」
そう言って、ヴェルナは俺の手を握ったまま再び歩き始めてしまう。
辺りは見晴らしのいい草原なので、わざわざ手をつながなくてもはぐれようがないように思えたが。
だからしばらく歩いた後、俺はヴェルナに尋ねてみた。
「こうやって誰かと手をつないで歩くのも、やっぱり初めてだったりするのか?」
俺が聞くと、ヴェルナは少し間をおいてから小さく頷いた。
「そっか……じゃあ、好きなだけにぎっていいぜ」
俺がそう言うと、ヴェルナは再び小さく頷く。
……やばい、ヴェルナちゃん超可愛い。
俺はヴェルナをぎゅっと抱きしめてそのままお持ち帰りしたい衝動に駆られてしまう。
だがそんなことをすれば変態を超えてもはや犯罪者。
俺は猛る心を必死で抑え、ヴェルナの手を優しくにぎり続けるのだった。
そんな感じで俺はヴェルナと手を繋ぎりつつ笹子ちゃんの家へと向かう。
向かいつつ笹子ちゃんについてヴェルナから話を聞いた。
「……笹子のフルネームは毒嶋 笹子。ドクササコのキノ娘なのです。でも毒はあるけど死に至るほどではないのですよ。ただし……死にたくなることはあるそうですが」
笹子ちゃん、何気に恐ろしい子のようだ。
死にはしないが死にたくなるとか、ある意味余計に怖い。
実際……毒で直接死んだ人はいないが自殺した人はいるとかなんとか。
「そして笹子は……そういう犠牲者を出して人里に出るのを禁止された子の一人なのですよ。本人は人間大好きなのですが、禁止されてからはちゃんと我慢して……出来るだけ人里から離れた場所に住んでいるのです」
話を聞くと、少しかわいそうな娘だった。
明るく人懐っこい性格。
だがそれゆえに人と関わりすぎてしまい、毒を与えてしまった。
そして今は人里を遠く離れ、森の近くの一軒家に住んでいるとか。
「笹子は……人間について無知なだけなのです。ちゃんと人間について知りさえすれば、きっと人とも上手くやっていけるのですよ。根は純粋ですごく優しい子だから。だから私は……一番最初に笹子に変態さんを会わせてあげたかったのです」
最初に会う子が笹子ちゃんな理由は、決して笹子ちゃんの見た目が小学生だからなんかじゃなかった。
ヴェルナの話を聞くうちに、俺も早く笹子ちゃんに会いたくなる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そうして、俺とヴェルナは森の近くにある笹子ちゃんの家へと到着した。
だが中に人の気配がない。
「……家を空けているようですね。森の中に入っているのかも知れないのですよ」
ヴェルナが言うのを聞いて俺は心に不安がよぎる。
だから俺はヴェルナに尋ねた。
「森の中って危険じゃないのか? この世界がどんなところか知らないが、場合によっちゃ魔物みたいのが出たりとか」
「もちろん出ますよ」
ヴェルナはこともなげに答えた。
俺は笹子ちゃんの身がより心配になる。
そして俺が心配を膨らませた時、獣の叫び声がこだましてきた。
「おいヴェルナ。今の鳴き声って――」
「……魔物の雄たけびですね。近いです。……笹子がいるかも知れないのです」
ヴェルナの答えを聞いて俺はすぐに森へと走った。
小さな女の子が魔物のいるような森に入るなんて自殺行為もいいとこだ。
俺は祈るような気持ちで森の中を走る。
だが獣の叫びが聞こえた場所へと到着すると、全てが終わった後だった。
辺りはおびただしい血で真っ赤に染まり、中心には一体の生き物だけが立っている。
その生き物は、返り血で全身が真っ赤に染まっていた。
その両手には鋭い突起のついた鋼鉄の鉤爪。
両足にも手と同様に鋭い突起のある鋼鉄製のブーツを履いている。
そして四肢にある鋼鉄の装備は、その全てが赤熱して淡い光を放っていた。
恐ろしいほどの熱量があるのだろう。
その生物の周りでは、真っ赤な血が湯気を上げボコボコ沸騰さえしている。
そしてその生き物は、幼児のような無邪気な笑顔でこちらへと話しかけてきた。
「わーっ! ヴェルナ久しぶりぃ。元気してたぁ? って、あー! 人間! 人間がいるよぉー!」
そう言って、ゴツイ装備をつけた血まみれの少女がかけてくる。
正直すごく怖い。
だがどうやら……この子が笹子ちゃんであるようだ。
見た目が小学生で、明るく純粋な笹子ちゃん。
どんな子かすごく楽しみにしていたら、全身血まみれで鋼の鉤爪を持つハンターだった。