06 死の天使
二人が俺の顔をじっと見つめてくる。
だが俺には返す言葉がなかった。
なぜなら俺自身にも分からないんだからな。
しかし改めて人間かと問われると、だんだんと俺は自信がなくなってくるのを感じていた。
だがあまり驚く様子もなくヴィロサ嬢は納得してしまう。
「まあ少しくらい……他の人間と違うところがあるのは仕方がないわね。そもそもが、この世界に毒耐性のある人間がいなくて異世界まで探す範囲を広げてたのだから。異世界人と言う時点でこの世界の人間とは違うものね。変な転生癖があるくらいなら許容範囲かしら」
「……変態さんは変態さんなので。もしこれから毎日生まれ変わったとしても、私は驚かないのですよ」
完全に人とは違う生き物として認識されてしまった気がする。
っていうか毎日転生とか嫌だな。
そんな特異体質になってるものとは俺自身が思いたくない。
「でもそうなると……あなたには他にも人と違うところがあるかも知れないわね。しかも話を聞く限り、あなた自身が自分が何者か把握も出来てない様子」
少しの間を置いてから、ヴィロサ嬢はそうつぶやいた。
「これは少し問題ね。あなたが一体何者で、何が出来て何が出来ないのか。私達がそれを知りたいのはもちろんだけど、あなた自身も、自分が何者なのかをきちんと理解する必要があると思うわ。とりあえずはそうね……まずはここで、私と軽く手合わせでもしてみない?」
「ヴィロサ姉様、突然何を言い出すのです?」
ヴィロサ嬢が突然物騒なことを言ってくる。
これにはヴェルナも驚いていた。
だがヴィロサ嬢が言った言葉には、確かに考えさせられる物がある。
俺が一体何者になってしまっているのか。
それは俺自身、強く知りたいとも思っている事柄だった。
さらに言えば、生まれ変わってから俺はやけに体が軽いと感じている。
俺は単に毒が効かなくなっただけなのか?
俺の本能は違うと俺に告げていた。
俺自身が、自分の今の力を知りたいと全身で感じている。
だから俺は、その気持ちを正直にヴィロサ嬢に伝えた。
「ヴィロサさんみたいな綺麗な方と手合わせするのは少し気が引けるが、ヴィロサさんがいいのなら俺の方からお願いしたい。でも俺自身、今の力がどれだけあるのか謎なんだ。もちろん手加減はするつもりだが、まずかったらすぐに言ってくれ」
俺が答えると、ヴィロサ嬢は楽しげな笑みを浮かべて返してくる。
「人間に手加減するとか言われるなんて、この世界に来て初めての経験よ。でもそうね、なら私はあなたを同じキノコの娘と見て相手をさせてもらうわ。始めに言っておくけれど、私達キノ娘は身体能力も人とは全く違うのよ。……この世界を七日で平らげた私達の力。あなたにも少しだけ体感させてあげるわ」
期待に満ちた目で、ヴィロサ嬢は俺の顔を見つめていた。
そうして俺とヴィロサ嬢は、部屋の中央へと移動する。
この王の間はかなりの広さがあったので、少し距離を取って俺はヴィロサ嬢と対峙した。
そうして位置取りを決めた後、ヴィロサ嬢が俺へと話しかけてくる。
「じゃあさっそく始めようと思うけど、素手で戦うのも少し味気ないわね。私は元々そういうタイプじゃないし。よければ武器を用意しようと思うのだけど構わないかしら? もちろんあなたの方にもつけるわよ」
「武器か……そうだな、あんまり危ないのはなしにしたいんだけど、刃物じゃなければいいと思うぜ。武器があれば直接体を殴らなくても力を見れるしな」
俺が答えるとヴィロサ嬢は満足げに頷いた。
そしてヴィロサ嬢は奥に離れていたヴェルナにも確認を取る。
「ヴェルナもいいわね」
「もう二人とも好きにすればいいのです。……でも危なくなったら止めるのですよ。せっかく異世界まで行って変態さんを連れて来たのに、初日に死なれては私が困るのです」
ヴェルナの了解も取り、俺とヴィロサ嬢は改めて対峙する。
ここで驚くことが起こった。
ヴィロサ嬢の背中に生える羽の一部が宙へと舞いみるみる内にその姿を変える。
ほどなくして、真っ白な一本の大鎌と長い棒状の物体が姿を現した。
「私は大鎌を使うつもりだけど、あなたは棒で良かったかしら? もちろん大鎌の方も切れないよう先は丸めてあるけれど。リクエストがあれば言って頂戴。銃火器みたいな複雑な物は無理だけど、剣とか槍にならすぐ変えられるわよ」
「いやそのままでいいよ。刃先がないなら一緒だし、それならむしろ棒の方が使いやすそうだからな」
俺は答えながらも内心すごく驚いていた。
これはキノ娘の能力か。
そう言えばヴェルナも、帽子の口から煙を吐き出して自在に操っていた。
キノコの娘、身体能力以前に特殊能力がもう強そうだ。
俺の力を確認するのが手合わせの目的ではあるが、俺はある種油断していた心を引き締め直す。
そう思っている内に、ヴィロサ嬢が棒の方を俺の前へとゆっくり飛ばしてきた。
その棒は俺の目の前でぴたりと止まり、当たり前のように宙に浮かんでいる。
「これは私の特殊能力と思ってもらっていいわ。キノコの娘にはこういう能力を持つ娘も多いのよ。私の能力は《創造》。羽の形状に溜めてる胞子を操って、今みたいに簡単な物なら自在に作れる能力よ。そしてもちろん、この大鎌や棒にも強い毒の力が備わっているわ。だから普通の人間ならその棒に触れただけでも死んでしまうのだけど……どうする? やっぱり普通の武器を用意しましょうか?」
ヴィロサ嬢が尋ねてきたが、俺は迷わず目の前の棒を掴み取った。
「思い切りがいいのね。そしてやはり……私の毒もあなたには無効というわけね。でも油断はしないで頂戴。毒が効かず、刃先も丸めてあるから致命傷にはならないはずだけど、それでも当たれば痛いわよ」
そう言ってヴィロサ嬢は大鎌を構える。
俺もヴィロサ嬢を真っ直ぐ見据えて棒を構えた。
「じゃあヴェルナ。開始の合図をお願いしていいかしら」
「分かったのです。……二人とも、熱くなったりしては駄目なのですよ。ではいきます。……始め!」
ヴェルナの合図を受けて、ヴィロサ嬢が俺へと向かって突進してくる。