27 列生! サクラシメジ
「千体ですって……」
桜ちゃんの報告に、その場にいた全員が驚いていた。
「ゾンビとてそう簡単に造れるものでもあるまいに。姫乃の奴、百年間ずっとゾンビを造り続けておったのか。……他にやることなかったのかのう」
「もしかすると、BL本こそが姫乃がゾンビ作り以外に初めて目覚めた趣味なのかも知れないわね。でもあの娘もタイミングが悪いわ。私達はもう、姫乃にあの本を返すつもりだったというのに」
ヴィロサ嬢が口惜しそうな顔をしていた。
「確かに状況は悪いが、今からでも話し合いは出来ないのか? こっちの状況は丸っきり変わっているんだ。そもそも戦う理由がもうないだろう」
「……もちろん説得は試みますわ。でも……難しいでしょうね。攻め込まれたから本を渡すでは姫乃は納得しないでしょう。いっそ降伏する形を取ってしまえば……戦いは回避できるかも知れないですが」
「降伏するのはあまり賛成出来ないわね。姫乃はBL本の返還の他に、地球への渡航も要求してきているのだもの。BL本を返すだけなら賛成だけれど、地球への渡航はすぐに認めることは出来ないわ」
急変した状況に対して、瑠璃小路嬢やヴィロサ嬢も対応を決めかねていた。
そんな状況を見かねて桜ちゃんが再びわめき始める。
「そんなのは後でいいですからっ! とにかく外に出て下さいであります! 姫乃はもう近くまで来てるのでありますよ!」
「そうですわね。難しい状況ですが……とにかく姫乃と話をしましょう。本の方はきちんとありますか?」
「大丈夫よ。私が肌身離さず持っていたわ。じゃあ……外に出ましょうか」
そうして俺達はみんなで屋敷の外へと出る。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
瑠璃小路嬢の屋敷は小高い丘の上にあり、木々もまばらなためある程度の見晴らしはついた。
そして丘の上から下を見下ろすと、綺麗な列をなしてこちらへと迫ってくる魔物の大群を発見する。
もちろん、姫乃ちゃんが指揮するゾンビの軍団だ。
魔物の種類は様々だが一様に色が青緑色と化しており、その全てがゾンビだと一目で分かる。
それにしてもすごい数だ。
北の国ではヴェルナやファルが魔物を撃退するのを見たが、あの時の魔物は百体前後しかいなかった。
それに比べて姫乃ちゃんの戦力は少なくともその十倍である。
この軍勢全てを一人のキノ娘が操っているのかと考えると、改めてキノ娘の能力の高さに驚かされてしまう。
だがこちらにもそのキノコの娘は何人もいるのだ。
百体の魔物の襲撃があった時、ファルは数が少ないと残念がっていたくらいだ。
もしこの場にファルがいたのなら、喜んで千体のゾンビ軍団に突っ込んでいっている所だろう。
だが――
「状況は……厳しいわね。ここにいる戦力だけじゃ、あの数のゾンビには対処できないかも知れないわ」
ヴィロサ嬢は厳しい表情をしていた。
「駄目なのか? 姫乃ちゃんの能力が凄いのは分かるが、こっちにだって何人ものキノ娘がいる。オレだっているし、戦って勝てないわけじゃないんじゃないか?」
「これが北の国だったら、魔物の千体くらいはもちろんすぐ撃退出来るわ。というより成菌状態の私とファル、後はヴェルナがいれば三人で倒せる程度の敵よ。でも東の国は……正直言って弱いのよ。ほとんどが毒のないキノコの娘だし、戦闘能力自体がほとんどない娘も多いもの」
ヴィロサ嬢に言われて俺は改めてここにいるキノ娘の顔を見渡す。
まず毒のあるキノコの娘。
東の国には基本的に毒のあるキノ娘はいない。
一夜さんを毒キノコの娘として数えてもたったの一人だ。
それにヴィロサ嬢と月夜嬢を加えて三人。
ただしヴィロサ嬢は現在幼菌状態で全ての能力が落ちている。
月夜嬢はそもそも補助が専門だ。
残りは一夜さんだが、一夜さんがどういう能力を持つのか俺は知らない。
そしてその他の戦力。
毒がなくても戦闘が得意なキノコの娘もいる。
まず一人はかほりさん。
マツタケの山ではショットガンを撃っていたが、銃よりも素手で戦う方が強いと聞いている。
毒を含まない純粋な身体能力で言えばファル以上という噂も聞いた。
そしてお初さんもかなり高い身体能力を持つと聞いている。
だが他の娘は……戦闘そのものが苦手なのだそうだ。
瑠璃小路嬢は今にも貧血で倒れそうな顔色をしているし、あみちゃんに至っては幼女である。
きららちゃんも得意なのは家事であって戦闘は出来ない。
というか足元の《菌糸塊》を踏まれて絶対転ぶ。
他にも何人かキノコの娘はいるが、幼い娘が多くやはり戦闘能力は低かった。
「ここには非戦闘員も多いからのう。戦えるのは、ヴィロサ、月夜、ワシ、お初さんに……後は桜くらいか」
「オレも戦えるぜ」
「そうじゃの、ヒアリヌス殿も加わってくれるのなら心強い」
俺を加えても戦えるのは六人。
一夜さんが数に入っていないのは気になるが、お酒を飲まないと駄目だからか。
一夜さんはお酒を飲むのに強い抵抗を持ってるだろうし、戦わせないで済むにこしたことはない。
もちろん戦闘そのものが起こらないのが一番だが。
「念のため桜には周囲を警戒しておいてもらおうかの。桜、分身は今何体まで可能じゃ?」
「はいっ! 本体のサポートがないため少なくはなりますが、ここでも百体までなら可能であります!」
「分身って、桜ちゃんそんなこと出来るのか?」
「もちろんでありますよ! 自分のベースとなるサクラシメジは巨大な菌輪を作る事で有名。列をなして生えるその姿から兵隊きのこの異名もあるのであります! それに由来する自分の能力は《菌輪列生》! サクラシメジが列をなすように大量の分身を生み出す能力であります! 実体を伴う分身なのである程度なら戦闘も可能なのでありますよ!」
桜ちゃん、実はすごい能力の持ち主だった。
ゾンビの数には足りないが、百体以上に分身出来るというのもとんでもない能力だ。
「桜は体が硬いせいで動きは少しにぶかったりもするがの。その分防御力は高いから壁としては実に優秀じゃ。では桜、周囲の守りは任せるぞ」
「はい会長! キノ娘山岳会のナンバー3、峰越 桜の実力を今こそ見せるでありますよ! いきます! 《列生分身》!」
そう言うと桜ちゃんは両手を前へと真っ直ぐ伸ばし、前ならえの姿勢を作る。
すると桜ちゃんの前にもう一人の桜ちゃんが地面から生えて来て、その桜ちゃんも再び前ならえの姿勢をとった。
そうして桜ちゃんは見る間にその数を増やしていく。
最終的には大きな輪となり、瑠璃小路嬢の屋敷を中心に百体からなる円陣を形作った。
桜ちゃんの大菌輪である。
実に圧巻な光景だった。
こうして屋敷の守りが固まる中、いよいよゾンビの群れが俺達のいる丘の下へと集まり始める。




