22 毒とお酒とヒトヨタケと
月夜嬢は完全に酔っぱらってしまっているようで、くてって感じで俺にくっついてきていた。
もちろん俺としてはすごく嬉しい出来事だが、キノコの娘が何人もいる中でくっついているのはどうかと少し考えてしまう。
そう思って月夜嬢を引き離すべきか悩んでいると、瑠璃小路嬢が思わぬことを言ってきた。
「月夜がかなり酔っぱらってしまっているようですわね。申し訳ないですが……月夜が他の娘にくっつかないようヒアリヌスさんが押さえてくれるとありがたいですわ」
などと言われてしまった。
考えてみれば、月夜嬢は毒キノコの娘だからな。
毒が効かない俺にくっつく分には問題ないが、他の娘にくっついたりするといけないわけか。
ならば致し方あるまい。
俺は月夜嬢が他の娘にくっついてしまわないように月夜嬢を優しく抱き寄せた。
「いやん。ヒアリヌスさんのえっちぃ~」
月夜嬢が可愛い顔でそんなこと言うものだから、俺のキノコ君が猛り茸! しそうになってしまう。
だが俺は場所をわきまえられる変態さんなのだ。
だからみんなの見ている前で月夜嬢にイタズラしてしまうようなことはないのであった。
そんな俺と月夜嬢の様子を一夜さんが微妙な顔で見つめてきていた。
それに気付いた酔っ払い月夜嬢が一夜さんにちょっかいをかけてしまう。
「何よぉ、そんなうらやましそうな顔してー。一夜は温泉まで一緒に入ってたんでしょぉ。でもってヒアリヌスさんにエッチなイタズラしまくったくせにー。温泉で目隠しプレイだなんて、ヴィロサですらどんびきよぉ?」
「そ、そんなプレイをした覚えはありませんよ。ヒアリヌスさんにその、エ……エッチなイタズラだなんて。私はただ純粋にヒアリヌスさんの体を綺麗にしてあげたかっただけで……」
一夜さんが顔を真っ赤にしてうつむいていた。
真っ赤な一夜さんもすごく可愛い。
できれば俺の体を洗ってくれている時の顔も是非見たかったものである。
とまあここまでは良かったのだが、続く月夜嬢の言葉に一夜さんが気分を害してしまう。
「っていうか一夜。あんたもお酒飲みなさいよぉ。でもって私とあんた、どっちの毒が強いか勝負なさい。いかにも毒キノコじゃないですよみたいな顔していつまでも澄ましてるんじゃないわよぉ」
その月夜嬢の言葉を聞いた途端、一夜さんの顔色が変わる。
嫌なことでも思い出したように、すごく悲しげな顔になっていた。
「……酔って周りに毒をまき散らすなんて、私はそんな真似二度としません。月夜さんもいけませんよ。ヒアリヌスさんなら平気でしょうが、酔った勢いで抱き付いたりして、相手が毒で傷ついたりでもしたら、酔いが冷めた後に後悔するのは月夜さん自身になるんですからね」
一夜さんが冷静に返してくる。
確かに今の月夜嬢は危険だ。
他の娘にくっついたりしないよう俺がぎゅっと抱きしめている必要があるな。
「……少し早いですが、私は先に失礼します。私がこの場に長くいると事故が起きてしまうかも知れないですし。……少し夜風にでもあたってきますね」
そう言って一夜さんは部屋の外に出て行ってしまった。
「何よもう。少しくらい毒まき散らしたって誰も死んだりしないってのに。だいたい一夜がちょっと毒出したくらいじゃ、私やヴィロサに比べたら大したことないはずなのにさ」
月夜嬢は何が気に食わないのかプリプリと怒っている。
だが月夜嬢が余計なことを言ったせいで一夜さんが出て行ってしまったような気はするな。
だから月夜嬢には軽くチョップをかましておいた。
「なんで私の頭叩くのよぉ。私は何も悪いこと言ってないのにー」
月夜嬢は本気で自分は悪くないと思っているようだ。
実際そんな悪いことは言ってないかも知れないのか。
俺には一夜さんが外に出た理由が分からないからな。
それ以前に一夜さんに毒があるという話自体が初耳だし。
……っていうか一夜さんに毒がある?
俺はかほりさんやあみちゃんと共に一夜さんと温泉にまで入ったぞ?
俺はともかくかほりさんやあみちゃんもなんともなかったはずなのだが。
全体的によく分からない。
俺は一夜さんにまず毒があるのかどうかから月夜嬢に問いただした。
「知らなーい。私悪くないのにチョップされたし。一夜のことなんて知らないもん。一夜のことなら妹のきららに聞けばいいじゃない」
月夜嬢が完全に拗ねてしまっていた。
俺も確信がないまま月夜嬢にチョップしてしまったしな。
月夜嬢に悪いことをしてしまった気がするので今度はチョップではなく月夜嬢の頭を優しく撫でてみた。
「でへへー」
頭ナデナデは良かったらしく、月夜嬢は俺の足の上でうつ伏せになってごろごろし始める。
俺は月夜嬢の頭をナデナデしつつ、一夜さんについて今度はきららちゃんに聞いてみた。
きららちゃんは少し戸惑った顔を見せた後話しを始める。
「お姉ちゃんに毒があるっていうのは本当ですよ。キノコの娘が持つ毒とベースとなるキノコの毒では即効性などで効果が違っていたりもするけれど、キノコの毒自体にも様々な種類があるんです。特に一夜お姉ちゃんのベースになっているヒトヨタケは独特で、お酒と一緒に食べる時だけ危険な毒キノコなんです」
一夜さん、随分と限定的な能力を持つ毒キノコの娘だったらしい。
酒さえ絡まなければ一緒にお風呂に入っても安全なキノ娘だが、アルコールと一緒になると危険なわけか。
頭の中で話の内容を整理していると、下から月夜嬢が話を継いできた。
「アルコール自体がそもそも毒みたいな物だもんね。一夜の毒っていうのは、要はアルコールを分解出来ないようにする毒なのよ。アルコールってちゃんと分解しないと悪酔いしちゃうもの。急性アルコール中毒になんてかかったら死んじゃうことだってあるでしょ。要はお酒そのものが毒なんだけど、一夜と合わさるとその危険度が一気に跳ね上がるってことなのよ。だから酔っ払いが一夜に触るのも危険なんだよね」
月夜嬢の言葉で俺はやっとで一夜さんがこの部屋を出た理由を理解する。
要するに酔っぱらいが一夜さんと同じ部屋にいること自体が危険なわけだ。
「でもそのアルコール、一夜自身が飲んだらどうなると思う? 答えは毒キノコの娘の誕生よ。相手が飲んでなくても関係なく、アルコールとヒトヨタケの毒を同時に仕込めるもの。一夜って無害そうな顔して強いのよ。東の国唯一の毒キノコの娘だもん。多分この国じゃ一夜が一番強いよ。……なのにどうしてああなのかなぁ? 確かに飲まなきゃ戦えないなんて恥ずかしいかも知れないけど、もうちょっと毒キノコの娘らしくしたっていいのにさ」
そう言って月夜嬢は俺の膝の上でふてくされている。
俺は月夜嬢が一夜さんに絡んだ理由も少しだけ分かった気がした。
月夜嬢はアルコールのあるなしなど関係ないバリバリの毒キノコの娘だ。
そして月夜嬢は自らが毒のあるキノ娘である事を誇りに思っているのだろう。
だから一夜さんのことが引っかかるのだ。
毒キノコの娘でありながら毒のないキノ娘のように振る舞う一夜さんの行為は、見方を変えれば毒キノコの娘を否定する行為に見えなくもない。
そう考えると、月夜嬢がプリプリするのも仕方ないように思えてくる。
俺は膝に乗る月夜嬢を抱きよせて、いっぱい頭をナデナデしておいた。
そんな俺と月夜嬢の様子を見かねてか、きららちゃんが話の続きを始める。
「お姉ちゃんの言い方も、もしかしたら少しきつかったかも。ごめんなさいね月夜さん。でもお姉ちゃんも、毒があること自体を悪く思ってるわけじゃないんだよ。むしろ毒よりも酔うことの方がお姉ちゃんは嫌なんだと思う。一夜お姉ちゃん自身が、酔った勢いで私に抱き付いちゃったことがあったから」
一夜さんは月夜嬢に冷静な忠告をしていたが、どうやらそれは自身の体験談でもあったようだ。
いわゆる経験者は語るってやつだな。
しかもよりにもよって、一夜さんは妹のきららちゃんに抱き付いたらしい。
一夜さんは「酔いが冷めた後に後悔するのは月夜さん自身になるんですからね」などと言っていたが、一夜さん自身が物凄く後悔したであろうことが容易に想像できた。




