04 実は死んでた
「変態さんは……生まれる前から変態さんではないのですか?」
ヴェルナが真剣な顔で尋ねて来た。
っていうか生まれる前から変態ってひどいね!
だがヴェルナの驚きようから見ても、俺の体に起きている異変はヴェルナのせいではないようだ。
俺の体……実は全体的に違和感があるんだよな。
まず腹痛がない。
夜中に気を失うほどひどかった痛みが今ではきれいさっぱりだ。
しかも体がやけに軽い感じがする。
そして改めて自分の腕を見てみると、肌さえ健康で若々しくなっているように見えた。
やっぱりおかしい。
そもそも俺は昨日の時点で死にそうだったのだ。
キノコに当たる以前に俺は餓死寸前だった。
なのに今は空腹感すら全然ないし、腕にも生気がみなぎっている。
栄養失調でカサカサだった肌まで生まれ変わったようにすべすべだ。
これは鏡で顔を確認しなくては。
「悪いヴェルナ。ちょっと待っててもらえるか。君の話もすごい驚きなんだが、俺の体にはそれ以上に何かおかしな事が起きている」
そうして俺はトイレの前にある洗面台へと歩を進める。
そして鏡に自分の顔が映った時――
――俺は絶句した。
「誰だこのイケメン」
「自分でイケメンとか言っちゃう人を私は初めてみました。……変態さんは変態ナルシストさんだったのですか?」
俺の後をぴったりついて来ていたヴェルナにツッコミを入れられてしまう。
だが俺はナルシストじゃない。
そしてこれはそんな軽い話でもなかった。
……マジで誰だよこの青年。
この俺、佐藤 紳士は餓死寸前の二十七歳独身(彼女いない歴=年齢)だったはずだ。
だが鏡に映る青年は、血色のいい十七歳くらいの若者だった。
どことなく俺と似ている気はするが。
鏡に映る青年の顔は、十年前の俺がもしスポーツとかやってる好青年だったらこうなっていたかも知れないというような顔だった。
しかも髪の毛までなんかオレンジ色になっている。
「……変態さん変態さん。……紳士さん。いつまで自分とにらめっこをしてるのです。ナルシーにもほどがあるのですよ変態さん」
ヴェルナが変な物を見るような目で俺を見ていた。
「いや、お前に言っても分からないかも知れないけどな。この顔、俺のじゃねぇんだよ。っていうか体が丸ごと入れ変わ……生まれ変わってる?」
そう、生まれ変わっている。
言葉に出してみると正にこれだと俺は思った。
気絶する前にあった痛みや空腹感も全てリセット。
ついでに体つきまですこぶる健康体になっている。
これはもう、生まれ変わったと言っていいのではないだろうか。
なぜ赤ちゃんじゃなくいきなり青年なのかは疑問だが。
俺はヴェルナの顔を正面から見据えてつぶやいた。
「どうやら……寝ている間に俺は生まれ変わっていたようだ」
「そうですか」
口に出してから気が付いたが、俺は今ヴェルナ以上に電波な発言をしてしまったかも知れない。
中二なヴェルナに電波さんだと思われたかも。
それはすごく屈辱的だと思ってヴェルナの顔を見てみると、ヴェルナはすこぶる無表情だった。
だが何か、納得したような顔に見えなくもない。
そして次のヴェルナの言葉に、俺は心の底から驚愕することとなる。
「それじゃあ……ベッドで死んでるあのおじさんが変態さんの前世と言うわけですか?」
……え?
ヴェルナの言葉を聞いて俺はダッシュで部屋へと戻る。
そして俺は……そこで見慣れた男の死体を発見した。
「マジかよ。マジなのかよ……」
そこには確かに……二十七歳な俺の死体が転がっていた。
……しかもズボンのチャック全開で。
「……変態さんが離れた後に死体があったので私は少し驚いていました。でも前世というなら良かったです。これが殺人なら警察に連絡しないといけない所でした」
そう言ってヴェルナはうんうんうなずいていたが、俺はそれを気にするどころじゃなかった。
……自分の死体を見る。
実際に体験してみると、これは想像以上にくるものがあった。
しかもチャック全開だし。
俺は胸にこみ上げてくる様々な思いを押し殺しながら、死体のキノコ君をズボンにしまい、そしてチャックをそっと閉じた。
「変態さん……」
ヴェルナが少しだけ心配そうに声をかけてくる。
だがさすがにこれは、心の整理をする時間が必要だった。
「悪いなヴェルナ。ちょっとだけ……待っててくれないか」
そうして俺は、自分で自分の死体を整えた。
整えたと言っても、ベッドの上に寝かせて服をちゃんと着せた程度だが。
俺は……正直この世に未練はなかった。
というか本当に昨日の時点で死にそうだったし、実際にこうして死体を見ても、驚く前に納得してしまった。
やっぱり俺は、夜中の激痛の後そのまま死んでいたんだなと。
だから俺は、自分が死んだことそのものは素直に受け入れることが出来た。
だが……ひどすぎる。
こんなゴミだらけの部屋で、餓死寸前までやせ細って、最期に毒キノコ食って中毒死だなんて。
死体になった俺の顔は……長い時間、それこそ本当に死ぬほど苦しんだのだろう、見るに堪えない苦悶の表情を浮かべていた。
あまりに……みじめすぎる。
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかった。
確かに俺は、十代の時大学受験に失敗してしばらく実家に寄生していた。
でも二十歳に家を追い出され、それからは俺なりに必死に生きてきたんだ。
バイトを転々とするフリーターだったけど、それでも一生懸命生きていた。
仕事だって、俺なりにちゃんと真面目にやっていたんだ。
警察に捕まるような悪いことは何もやってない。
万引きすら……それこそ俺は、こうやって死ぬまで一度もしたりはしなかった。
確かに俺は、他の奴より努力が足りない時はあったかも知れない。
でも、だけどよ。
……なんで、ここまでみじめな死に方をしなくちゃならなかったんだよ。
せめて……ズボンのチャックだけでも閉じた状態で死にたかった。
俺は、自分の死体を見ながら泣いた。
「……変態さん」
むせび泣く俺に、ヴェルナが後ろから声をかけてくる。
「……生まれ変わったと言うのなら、今の変態さんには住所も戸籍もないのですよね。つまりは……この世界に居場所がないんじゃないですか? しかもこの状況、へたすると変態さんがこの人殺したようにも見えますよ?」
自分の死体を前に泣く俺を見て、慰めようとか言う心はヴェルナには欠片もなかったようだ。
現実とは非情である。
「死んだのなら丁度良かったじゃないですか。これで異世界への障害は皆無です。生まれ変わった気持ちで一緒にクサビラ界へと旅立ちましょう。前世の変態さんな人生を悔い改めて、今度は真っ当な人間として生きるのです」
俺は生まれて初めて、女を本気で殴りたいと思った。
……もちろん実際に殴ったりすることはなかったが。
そしてヴェルナの言い分には色々思う所こそあれ、俺の置かれた状況を的確に表してはいる。
本格的にこの世に居場所のなくなった俺は、ヴェルナと共にクサビラ界へと旅立つことを決意した。
「この世界に居場所がなくなっちまったって言うのはヴェルナの言う通りだ。俺の体に起きてることは謎のままだが、異世界に行く決心はついたぜ」
俺がそう言うと、ヴェルナは満足そうに頷く。
「……良かったのです。では私は先にクサビラ界へと帰るので、その後変態さんもついて来て下さい。私が帰ればこの体は元のキノコに戻ります。それを生で食べれば変態さんもクサビラ界へと渡ることが出来ますので」
とのことだ。
ヴェルナはこの部屋に残っていた白キノコちゃんを媒体としてこの世界に来た。
その時点で媒体のキノコ自体にも不思議な力が宿っており、それを食べることで俺もヴェルナ達の世界へ行けるということだ。
以上の説明を聞いて、俺はしばしヴェルナと別れる。
「それでは、向こうで待ってます。……ちゃんと来て下さいね」
そう言うと、ヴェルナは光の粒となって消えた。
粒と言うか光る胞子だったのかも知れないが。
そうしてヴェルナは俺の前からいなくなり、その場には一本の白キノコだけが残される。
俺は残されたキノコを拾い上げて水で軽く洗った。
そしてそのまま、白キノコちゃんを一気に食べる。
しばらくすると目の前の景色がぼやけはじめ、俺はそのまま意識を失った。




