20 松林 初(初茸の少女)
松林 初は赤とオレンジの色彩に身を包む和ゴス娘だ。
ワイン色の長襦袢にはひらひらのフリルがついていて、中だけなら洋風にも見えるスタイル。
その上に緑色から黄色に変わるグラデーションのついた着物を羽織っている。
そのため全体として和ゴスな感じに仕上がっていた。
髪は黄褐色の短髪で、後頭部から側頭部に回るくらいに髪よりちょっと薄い色のヒラヒラした髪飾りをつけている。
そして特徴的なのは目の色で、右目は青緑色、左目はワインレッドになっていた。
そのお初さんが部屋に入った後瑠璃小路嬢の隣に座ったのだが、この二人……並ぶと顔立ちが良く似ていた。
瑠璃小路 初が青系で、松林 初が赤系の色違いキャラとでも言えばいいのか。
「私とルリルリは姉妹なわけではないけれど、一応同属ではあるのよ。でも共生する木の種類が私はマツの木、ルリルリはシイやカシの木だったりで違いはあるのだけどね。って色から違うから違いは分かるか。でも私とルリルリって名前の方が同じ初なのに、私がお初さんって呼ばれてるせいでルリルリの方が名前で呼ばれなくってちょっとかわいそうな気もするのね」
話し始めるとお初さんと瑠璃小路嬢のキャラはだいぶ違っていた。
寒色系で大人しい印象の瑠璃小路嬢に対して、お初さんは暖色系で明るい印象という感じか。
「それで交渉の方はどうだったの? 松林」
ヴィロサ嬢がするどく切り込んだ。
お初さんは少し黙り込んだ後、困った顔で話し始める。
「うん。……やっぱり駄目だった。魔導書はとても素晴らしい物だから、姫乃にはそれをこの世界に広める義務があるとか言って。魔導書の中身についても、読みさえすればその素晴らしさが私にも分かるって言われちゃってさ。私は実際読んでもいないわけだから、ちゃんとした反論も出来なかったのね。姫乃だって根は付き合いのいい良い娘だもの。そこは今も変わってないの。だから私達の方こそが、姫乃の大切な本を勝手に取り上げて、姫乃をいじめてるような気がしちゃってさ。そう思ったらもう、私には何も言えなくなっちゃって……」
お初さんはすごく悲しげな顔をしていた。
実際魔導書の中身ってただのBL本だしな。
姫乃ちゃんの言い分もあながち間違っているとは言えない面もある。
ここに来て、俺はやはりBL本について説明する必要があると判断した。
「その姫乃ちゃんの言っていることは、必ずしも間違いっていうわけじゃない」
俺の言葉にみんなに多少動揺が広がるが、俺は声を落ち着かせて話を続けた。
「一夜さんに見せるのは危険と思いつい魔導書と言ってしまったが、この本は日本で俗にBL本と呼ばれている物だ。ただし……その破壊力は本物だ。読めば高確率で姫乃ちゃんと同じ症状に陥る危険がある。ただそうなったからといって、人間に害をなすとは限らないんだ。だから今の姫乃ちゃんを冷静に見て判断してみて欲しい」
俺がそう言うと、瑠璃小路嬢は困った顔をしていた。
記憶をたどって姫乃ちゃんの症状について再考し直しているのだろう。
お初さんは姫乃は根は良い子だといい、それは今も変わっていないと言った。
やはり良くも悪くも腐女子化してしまっているだけなのだ。
もちろんBL本の危険性がこれで減るというわけではない。
場合によっては、キノコの娘達が全員腐女子になる危険性もあるだろう。
俺としてはそれは止めたい事象なのだが、腐女子になるかどうか決める権利は彼女達自身にある。
しばらくして、お初さんが最初に口を開いた。
「やっぱり私には、姫乃がおかしくなってしまったとは思えないよ。確かに理解できないようなことを言うようになったし、挙動不審な所もあったけど、でも姫乃は姫乃のままよ。私は……彼女のいう事を信じてみたい。読めば分かるというのなら、例え危険でも、私は魔導書を読んでみたい。姫乃と同じ立場に立たなければ、彼女を説得するなんて到底出来るはずがないのだもの」
お初さんの強い決意を聞き、俺はBL本をお初さんに手渡した。
一夜さんはいかにも取り込まれそうで渡せなかったが、お初さんならBL本の魔力に打ち克つことも出来るかも知れない。
俺達は固唾をのんでお初さんの様子を窺う。
そして少しの時間が経ち……
お初さんは顔を真っ赤にしてその場で仰向けに倒れた。
「これは……いけない本よ。確かに魔導書ではないけれど、私達には刺激が強すぎるもの。特に一夜は見ては駄目。絶対おかしくなっちゃうから。多分かほりと……ヴィロサになら耐えられると思うけど」
そう言い残してお初さんは轟沈した。
確かにかほりさんなら読んでも大丈夫そうだ。
ヴィロサ嬢も強固な精神力でなんとか正気を保つだろう。
そしてやはり一夜さんが一番危険だと。
「なぜ私は絶対駄目なのでしょうか……」
一夜さんは不満気にしていたが、俺から見ても一夜さんはハマりそうだからな。
お初さんが意識を失ってしまったので、俺からみんなに提案を出す。
「明日の視察には、俺も参加されてくれないか。お初さんが言っていたように、BL本の中身を知らずに姫乃ちゃんを説得するのは難しいだろうからな。そしてかほりさんとヴィロサさんも、大丈夫そうならその本を読んでみてくれ。でも決して無理はするな。少しでも危険だと感じたらすぐに本を閉じた方がいい」
「分かったわ」
「なんだかよく分からぬが、姫乃のためになるならワシも一度読んでみるかの。それで説得出来るのならそれが一番良いからの」
こうして話はまとまった。
話し合いの場においては、相手の立場を理解することが最も大切だ。
そのために、問題の根っこであるBL本の中身を知ることは必須事項とさえ言えた。
ヴィロサ嬢達がBL本の魔力に飲み込まれる危険もゼロではないが、二人なら乗り越えてくれると信じている。
そしてBL本の中身を理解したメンバーを含めて話し合えば、きっといい解決策が見つかるはずだと俺は思った。
あとは明日、姫乃ちゃんとの対峙の日を迎えるだけだ。
「では大まかな方針も決まった所で、そろそろ晩御飯にしましょうか」
話が一段落したところで瑠璃小路嬢がそう提案してくる。
「今日はヴィロサやかほりが久しぶりに屋敷に来ましたし、ヒアリヌスさんという新たなお客様のいらした日でもありますわ。それほど豪勢ではありませんが、おもてなしの準備くらいはしているのですよ。きらら達が食事の用意をしてくれているはずですわ」
気付けば外はもう暗くなり始めていた。
姫乃ちゃんへの対応もおおまかには決まったし、後はくつろいでもいいだろう。
俺達は瑠璃小路嬢に案内してもらい、食事が用意してあるという大広間へと移動した。




