12 自然と環境と共生と
「お主から見て、この山はどういう風に見える?」
かほりさんに尋ねられて俺は再び辺りを見回す。
改めて見てもやはりこの山は里山だった。
俺は素直に感想を述べる。
「よく手入れされてて歩きやすい山だと思うな。これって後ろにいる人達が手入れをしてくれてるんだっけか? これがかほりさんの言う人間との共生関係ではあるんだよな」
「その通りじゃ。ワシが魔物から人間を守ったりする代わりに、彼らには山の環境をマツタケが生育しやすいように整えてもらっておる。もちろん報酬としてマツタケそのものも提供したりしておるな。人が数人マツタケを採って数が減るよりも、環境を整えてもらって生える本数を増やすことの方が遥かに重要だと言うわけじゃ。
ところでお主も日本人なら、地球でマツタケが高級品なのは知っておるじゃろう。その一番の原因はなんじゃか知っておるかの?」
マツタケが日本で高級なのは知っていたが、その理由まで考えたことはあまりなかった。
だがかほりさんの口ぶりからして、昔は生えていたけど今は少ないという感じのニュアンスが伝わってくる。
ならおおよその答えは予想できる。
「やっぱり地球で人類が増えすぎたせいか? 自然が破壊されてマツタケが減ったとか」
だが俺の回答は見当違いであったようだ。
「むしろ逆じゃの。人間が関係するという点では正しいが。そもそも日本の人口は減っておるとも聞いておるしの。そして日本で山の自然が破壊されなくなったのが、マツタケが減少することになった一番の原因とも言えるのじゃ」
180度逆の答えが返ってきた。
だが人の自然破壊で生物が絶滅するのは理解できても逆というのは珍しい。
そう思ってかほりさんを見ていると、かほりさんは少し寂しそうな顔つきで話を続けた。
「そもそもマツタケという生き物は、自然に淘汰される生き物なのじゃよ。マツタケというか、宿主となる松林そのものがそうなのじゃがの。植生遷移の中で松林などの陽樹林は、中間に位置する植生なのじゃ。山が自然のまま放置され続ければ、やがては日陰でも生育できる陰樹林にとって代わられる。これが本来の自然の流れというものじゃ。人間が自然に手を加えぬのが常に正しいとするならば、マツタケは淘汰されてしかるべき生き物じゃと言えるかの」
かほりさんの顔には悲しみのような物さえにじんでいた。
だがここに来て、その顔つきが強さを持つ物へとがらりと変わる。
「じゃからワシからすれば、自然などは糞くらえなのじゃよ。そもそも環境なんてものは手を加えてなんぼの物じゃ。邪魔な木の整理伐を行ない、落ち葉や枯れ枝を拾って土壌の富栄養化を阻止し、全力を持って自然の流れに抗い続ける。そうして初めて、マツタケと言うのは世界に存在し続けることが出来る生き物なのじゃよ。
じゃが自然はてごわい。それこそ星そのものを敵に回すような物じゃからの。いくらキノ娘が強い力を持っていると言えども多勢に無勢。自然は本来とても抗える相手ではないのじゃ。じゃが唯一、自然と互角に戦える最強の生き物が存在する。それが人間なのじゃよ。
人間は一人一人の力は小さいが、集団として集まった際には途方もない力を発揮する。それこそ自然を破壊することさえ可能な力じゃ。これを使わぬ手はないじゃろう。人間が持つ高度な環境改変能力。その一端を借りることにより、適度に自然を破壊して山の環境をマツタケが生育しやすいように維持しておるというわけじゃな」
かほりさんの語る言葉は熱を持っていた。
そして赤松 かほりは強い信念を持つキノ娘だと俺は確信する。
しかも自然と真正面から戦う本物の戦士。
それが赤松 かほりというキノ娘だった。
「ヴィロサ達はお主の召喚に成功したことを受けて、これから人間との共生を本格的に推し進めるつもりじゃろう。ワシはその流れに賛成じゃ。月夜達西のキノ娘には反対の者も多いようじゃが、ワシに言わせれば彼女らは人間を舐めすぎておる。確かに身体能力においてワシらは人間より遥かに上じゃ。本体に至っては、その大きさや地下に潜るという防御特性によって不死身に近いと勘違いしておる節さえある。
だがワシに言わせればそんなのはただの幻想じゃよ。キノコの娘は決して不死でも不死身でもない。ただの一生命体に過ぎないのじゃ。確かに生物としては、キノ娘を含む菌類は世界最大の生物であり、環境さえ良ければ千年を越えて生き続けることさえ可能じゃ。
じゃがワシらは環境の変化に弱い。マツタケを含む菌根菌は特にそうじゃが、寄生菌とて宿主となる生き物が絶滅しては生きてはいけぬ。そして宿主を必要としない腐生菌であっても、生育に適した環境というものは存在するのじゃ。その環境ごと破壊されてしまえば、ワシらは本体からあっけなく死んで行くじゃろう。それこそ日本のマツタケのように淘汰され、あえなく絶滅するのみじゃ。
その上でワシは、人間は敵ではないと考えておる。環境に大きく依存するキノ娘にとって、環境を改変出来る人間の力は大きな武器となるはずじゃからの。自然との厳しい闘いの中で、キノ娘と人は互いに助け合えると信じておる。それこそ日本の里山においてかつて存在した、人とマツタケの関係のようにの。その共生関係を正しく築き、そしてそれを維持して行くためにも、人とキノ娘は互いのことをもっと良く知る必要があるのじゃとワシは思っておるよ」
俺は山を抜けるまでかほりさんと話を続けたが、すごく有意義な時間を過ごせたと思う。
俺はこれまで、キノコの娘は人より完全に上の生命体だと思っていた。
世界を越える能力さえ持つ、それこそ神に近いような存在だと。
だがもし本当にそうだったのなら、そもそも彼女らは元いた世界を離れる必要さえなかったはずなのだ。
キノ娘もけして、完全な存在などではないということだ。
そしてだからこそ、キノ娘と人とが仲良く出来るよう、俺も彼女達の為に力を尽くそうと、俺は改めて心に誓うのだった。
そうして心に誓いつつ、同時に俺は一つの疑念を抱いていた。
その疑念は、実はこの世界に来る前から俺が少しづつ感じていたものだ。
かほりさんとの話の中でその疑念はさらに強くなり、俺は彼女に質問せざるを得なかった。
「なあかほりさん。もしかしてなんだけどよ。あんた達キノコの娘が、元々いたっていう世界の話だ。そのあんた達が元いた世界って……もしかして地球なんじゃないのか?」
キノコの娘達が、世界を越えられるという事は知っている。
そして異世界から俺を発見したことから考えて、違う世界の情報を得る手段も存在してはいるのだろう。
だがしかし。
それでも彼女達は地球についてくわしすぎた。
へたするとこの世界のことよりも、地球についての方が彼女らはくわしいんじゃないかとすら思えるほどだ。
キノコの娘達が百年ほど前にこの世界にやって来たというのは聞いている。
だがそれ以前。
キノ娘達が元々住んでいた世界の話については、俺はほとんど聞けてはいない。
そして彼女らは、元となるキノコの種類そのものさえ、全てが地球に存在するキノコだった。
だから彼女らが、地球からこの世界にやって来たのだとしたら俺の疑問のほとんどは解消することが出来る。
だが俺の質問に対して、かほりさんが明確な答えをくれることはなかった。
「ワシらキノコの娘は、あまり過去を振り返らずに生きとるからの。ワシらは人型の子実体を更新しながら生活しとるが、実は子実体を更新するごとに記憶が一部欠落したりするのじゃよ。じゃからこそ何百年も狂わずに生きていられるとも言えるがの。
じゃがそういう面も相まって、ワシらは過去を人間ほど振り返ったりはしないのじゃ。じゃから……この世界に来る前のことはそれほど記憶に残ってもおらなんだし、つとめて思い出したいとも思ってはおらぬよ。
じゃがそうじゃの。あえて言うべきことがあるとするならば、ワシらが元いた世界は決して星ごと滅んだりはしておらん。ただワシらが生活する上で、この世界の方がより適しておると判断したから移住したというのが実情なのじゃよ」
そこまで聞ければもう俺には十分だった。
キノコの娘達が地球からこの世界に来たのなら、それは彼女達が、地球を見限ったということだ。
それなら地球から来た俺に対して、そんなことを自ら話したいなどとは思わないだろう。
その場合それは彼女達の、俺に対する配慮であるとも言えるのだ。
そして仮に違っていたとしても、彼女らが元の世界を見限って、もしくは逃げるようにしてこの世界へ来たというのは事実だ。
その元の世界のことについて彼女達が思い出したくないとしても、その気持ちも決して理解できない物ではない。
だから俺は、彼女達が元いた世界について深く追及するのはやめようと思う。
それよりも、この世界で彼女達と共にどう生きていくかの方が大事なことだ。
そしてキノコの娘達も決して万能な存在などではなく、リスクを冒して世界を移住することさえあるということ、そのことだけを心にとどめておこうと俺は思う。
願わくば彼女達キノ娘が、この世界では末永く暮らせるように全力でサポートしようと思うだけだ。
そうした決意を固める内に、俺達はふもとの村へと辿り着いていた。




