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08 松茸の山

 東の国へと入って二日目の朝がやってきた。

 俺達は紫蜘ちゃんに見送られて大蜘蛛の森を後にする。


 ちなみに紫蜘ちゃんは家の窓から上半身だけを出して俺達を見送っていた。

 昨日は大蜘蛛より強い魔物を倒すため外に出ていたが、紫蜘ちゃんは基本的に外に出るタイプのキノ娘ではないということだった。


「紫蜘の居場所が不明だったのにはそういった理由もありますね。紫蜘は元々人見知りしがちで、特に人間とは接したがらないキノ娘でしたから。それが森を拠点として、さらに家の中に引きこまれては同じキノ娘でも居場所が分からなくなってしまいます。紫蜘は私達がこの世界へと来た当初、蜘蛛状の下半身のため魔物と間違われたこともあったので致し方ない面もあるのですが」


 少し寂しそうな顔をして一夜さんはそう語っていた。


「ですが昨日の紫蜘は、私には嬉しそうに見えましたよ。ヒアリヌスさんは紫蜘の下半身を見ても引いたりしませんでしたからね。むしろ出会い頭にセクハラしようとしていたのには私の方が引いてしまいましたが。紫蜘は純粋な娘なのでセクハラは容認できませんが、ヒアリヌスさん自身のことは、紫蜘もかなり気に入っていたようですよ」


 などと言ってくる。


 まあ嫌われてないならいいことだ。

 機会があれば紫蜘ちゃんの家はまた訪ねてみたいとも思う。


 紫蜘ちゃんの下半身には結局モフれていないしな。

 モフるとセクハラ通り越して痴漢になってしまう恐れはあるが。

 いつかダメ元でお願いだけはしてみようと俺は心に誓っていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 大蜘蛛の森を抜け奥の山へと入る。

 ここからは出てくる魔物の種類も変わり、より強力な虎型の魔物が出ると紫蜘ちゃんから聞いていた。


 昨日紫蜘ちゃんが倒した魔物もそのうちの一体だということ。

 ただし最近は数が減っているのか、大蜘蛛の森にまで出てくる山の魔物は少なくなっているという話だった。



 実際に山の中に入ってみても確かに魔物が少ない。

 というより生き物自体が比較的少ない印象だった。


 山には松の木としかいいようのない木が生えてはいるが隙間が広く、地面も雑草が生い茂っているような感じではない。

 松の木からは落ち葉や枯れ枝が出ているはずなのだが、そういったものが地面に体積している様子もなかった。

 一言で言うなら、人の手が行き届いた里山のような雰囲気だ。


「あきらかに退行遷移たいこうせんいを起こしていますね。人の手が加えられていなければこうはならないはずです。ふもとの村との間には大蜘蛛の森がありますので、あの村の人間が来ているはずはないのですが。反対側から人が入っているのかも知れません」


 一夜さんはそう言っていたが、これには月夜嬢が異を唱えた。


「でもこの山って昨日の虎みたいな魔物が出るんでしょ? あきらかに大蜘蛛より強いよアレ。普通の人間が対処できる魔物とは思えないんだけどな」


「そう言えば、かほりがこの山に住もうとしてるって紫蜘が言っていたわね。彼女なら通常の魔物は相手にもならない。少なくとも魔物が減っている理由には彼女の影響があるかも知れないわ」


 そんな考察を三人は続けていた。


 だが魔物が少ないことにしろ、草木が少なくて歩きやすいことにしろ、俺達にとってデメリットは全くない。


 だから俺は深く考えずに松林を眺めていた。

 そして俺は地面に生えているあるキノコを発見する。


 マツタケだ。


 しかも一本だけではない。

 たくさんのマツタケが地面から顔を出しなんと輪を形作っていた。

 なんという高価なミステリーサークル。


 俺は興奮してキノ娘達を呼び止めた。


「確かにマツタケですね。しかも群生して菌輪きんりんまで作っています。……これはさすがに確定ですね。赤松 かほりが住んでいます。というか……本体ごと移動してきている可能性が大ですね。この山全体を菌糸体のコロニーであるシロが覆っているとみてまず間違いないでしょう」


 そう言うと一夜さんはおもむろに地面を掘り返す。

 するとびっしりと生える菌糸で白くなった土壌が現れた。


「まさしくシロね。この山は環境も良さそうだし、引っ越したとみて間違いないわ。本体の数が増えてる可能性の方が高いとは思うけど、この山全体がかほりの本体と化してることはほぼ間違いないわね」


 などとヴィロサ嬢は言っていた。


 赤松 かほりというのはキノコの娘の一人で、マツタケのキノ娘だという話だ。

 そしてその本体である菌糸体からは普通のマツタケも生えてくる。

 だからマツタケの生えてるこの山には赤松 かほりの本体が張り巡らされている可能性が高いということだった。


 まあその辺は俺もすぐ理解したのだが、気になることがあったので俺はヴィロサ嬢に尋ねた。


「さっきからかほりって娘の本体がこの山に来てるって言ってるけどよ、それって俺に聞かれていい話なのか? 前に本体の場所は秘密ってヴェルナが言ってた気がするんだが」


「あっ」


 俺が言うとヴィロサ嬢は驚いた顔をしていた。

 月夜嬢や一夜さんも似たような顔をしている。


「そういえばヒアリヌスさんがいるのを忘れていました」


「っていうかヒアリヌスさんが人間なのを忘れがちだよね私達」


「そうね。でもヒアリヌスはこの世界の人間ってわけでもないし。やっぱりヒアリヌスはキノ娘と同じ扱いにしてしまった方が楽でいいわね。一緒にいる時間が長いのに隠し事するのも疲れてしまうし」


 ヴィロサ嬢がそんな風に言ってくる。


「元々私達の生態なんかについては、この世界の人間を怖がらせないように黙っているだけって面もあるものね。ヒアリヌスのことは信用してるし、本体の場所なんかも機会があれば教えてもいいわ。ただし他言は無用よ。場所が割れただけでやられるほど私達の本体は弱くはないけど、リスクであるのは確かなのだしね」


 と言っていた。

 そしてこの山にはやはり赤松 かほりの本体が分布してるはずだという事だった。


 この山の地下全体を菌糸体が覆っているはずだとのこと。

 つまり……この山全体が赤松 かほりの本体のようなものだという話だった。


 予想以上にでかい。


 キノコの娘達は人間大の子実体を形作る。

 それを作る工場みたいな機能も持つ菌糸体は大きいはずだとは思っていた。

 だが山一つ分というのは正直驚きだ。


「私達が本体を直接攻撃しないって言うのも、単純に面倒って理由もあるんだよね。例えばかほりの本体倒そうと思ったら、この山丸ごと吹き飛ばさなきゃいけないでしょ。さらに言うと本体が一つだけってこともないからね。バックアップとして最低二つは本体持ってるのが普通だし。私達ってけっこう不死身に近い存在なんだよ?」


 月夜嬢が妖艶な笑みを浮かべて付け加える。


 結局キノコの娘の本体は、一つ一つが山みたいに大きいうえ、それが複数存在するという話だった。

 人間タイプの子実体を生成する場所は決まっているそうだが、その場所が破壊されても機能自体は他の場所で代用できる。


 さらに言えば、人間タイプの子実体も植物で言う花や実の機能を持っている。


 つまり仮に本体を全て倒されても、人間型の子実体がどこかに胞子をばら撒いてそこからまた本体を増やすことも可能だというわけだ。

 というか赤松 かほりはそれをやってこの山に本体を移動させて来ているはずだという話だった。



 俺はマツタケが作る不思議な菌輪を眺めつつ、キノ娘って本当にすごい生き物なんだなと感心していた。


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