07 寄生菌
「結局この森は、紫蜘が造った蜘蛛の養殖場みたいなものだったってことね」
俺達は紫蜘ちゃんの家に案内してもらっていた。
そこで大蜘蛛の森についての説明を聞く。
「うん。ウチはこの森に住む大蜘蛛にその……寄生して生きてるから。寄生する蜘蛛がいなくならないよう……大蜘蛛より強い魔物は全部ウチが倒してたんだ」
紫蜘ちゃんはもじもじしつつそう説明した。
「つまり最近大蜘蛛が増えていたのは、紫蜘の仕業だったということですね」
「だとしたら悪いことしちまったな。ここに来るまでに結構な数の蜘蛛倒しちまったし」
「あ、それでしたらお構いなく。大蜘蛛が増えすぎてたんだったら……それはウチの管理ミスだから。蜘蛛が森から出ないように注意はしてたつもりなんだけど」
逆に紫蜘ちゃんに謝られてしまった。
ちなみに紫蜘ちゃんとこの森の大蜘蛛達の仲がいいというようなことはない。
むしろ蜘蛛からすれば紫蜘ちゃんは体を乗っ取ってくる天敵のような存在だった。
「それにしても……私は同じ東の国に住むキノ娘なのに、紫蜘がこの森にいることを全く知りませんでした。恥ずかしい話です」
一夜さんがしょんぼりとしている。
その様子を見て紫蜘ちゃんがフォローを入れていた。
「一夜は悪くないよ。ウチが……報告とかちゃんとしてなかったから。ウチがこの森に住んでるのを知ってるのは、かほりさんかお初さんくらいだと思うし」
「そうですか……その二人もめったに見かけることがないですからね。山歩きがブームなのかなんなのか、東の国は住所不定のキノ娘が多くて困ります」
「あ、でも。お初さんは今も歩き回ってるみたいだけど、かほりさんは奥の山に住もうかなって前に言ってたよ。だから気が変わってなければ今も山の中にいると思う」
そんな感じで紫蜘ちゃんと一夜さんが情報交換を続けていた。
話が長くなりそうだったので今日は紫蜘ちゃんの家で休ませてもらい、山を越えるのは翌日にまわそうという運びとなった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
紫蜘ちゃんの家で夕食を御馳走になる。
森で取れる野草や、昼間に紫蜘ちゃんが倒した虎のような魔物の肉を食べさせてもらった。
味付けは簡素だが温かみのある家庭料理といった感じでおいしい。
そしてキノ娘の四人も同じように夕食を食べていた。
だが一緒に食事を取る紫蜘ちゃんを見て疑問に思うことがあり俺は紫蜘ちゃんに尋ねる。
「紫蜘ちゃんも普通にご飯食べるんだな。蜘蛛に寄生してるって言ってたから蜘蛛から栄養取ってるのかと思ったけど」
「ああそれは、ウチの言い方が悪かったかも」
紫蜘ちゃんが改めて説明を加えてくれた。
「蜘蛛の栄養は、子実体を成長させる時に全部使ってしまってるんです。だから形はそのままだけど、今の下半身はほとんど菌糸体と入れ替わっているんですよ」
紫蜘ちゃんの下半身はこの森の大蜘蛛と同じ形をしていた。
事実元は大蜘蛛であり、紫蜘ちゃんはその蜘蛛の栄養を吸って子実体を成長させたとのこと。
ただし子実体が完成すればそれほど栄養を必要とはしないため、以後は人間のような食事を取るだけで生きられるということだった。
「だから大蜘蛛の数もそれほど多くは必要ないんです。子実体の更新時に活きのいい蜘蛛さえいればいいので」
ということだった。
大蜘蛛に寄生すると言っても、次々と蜘蛛を襲っては栄養を吸い取ってるわけではないようだ。
ただ子実体を更新する度に蜘蛛の体を乗っ取ってはいるわけで、それだけでも紫蜘ちゃんは恐ろしいキノ娘であるとは言えるが。
ただここで新たな疑問がわいたので俺はヴィロサ嬢にそれを尋ねた。
「紫蜘ちゃんが大蜘蛛を苗床にして子実体を成長させれるなら、ヴィロサさんも蜘蛛に寄生すれば大きくなれたりしないのか?」
「それは無理ね。私と紫蜘とでは本体の性質そのものが違うもの。キノ娘それぞれに菌糸体の性質は違うけれど、特に寄生菌系の娘は特別なのよ。紫蜘みたいな寄生菌系のキノ娘は蜘蛛や鱗翅類のさなぎなんかを宿主として比較的早く子実体を作れるけれど、宿主を必要とすること自体がある意味弱点とも言えるわね。
私達が数ある異世界の中からこの世界を移住先に選んだ理由の一つもそれよ。紫蜘蛛達が寄生するのに適した生物がいるという条件ね。一夜なんかは土から生えるから地球などでも生きられるけど紫蜘蛛達は無理。地球にいるような小さな蜘蛛からじゃ人間大の子実体は作れないものね。
もっともこれらは性質の違いであって、どのタイプが優れているかなんてことはないわ。ただ性質の違いは大きいから、例え一から造るとしても、私の子実体を大蜘蛛を宿主として作り上げるのは不可能ね」
魔物の肉を頬張りつつヴィロサ嬢が説明してくれた。
ついでに言うと、例え紫蜘ちゃんでも幼菌状態で大蜘蛛から離れてしまえば、再び大蜘蛛に寄生して大きくなることは出来ないはずだとも言っていた。
もっとも寄生菌系のキノ娘は成長が終わっても宿主を吸い尽くしてしまうだけで、宿主から子実体が離れるなんてことはない。
だから菌糸体と子実体が離れること自体が、寄生菌系のキノ娘ではありえないことだという話だった。
「つまり紫蜘の下半身は子実体ではなく本体である菌糸体ってことになるけれど、紫蜘の本体がこの下半身だけってことではないわ。状態としては、本体の一部をくっつけたまま外界に出ていると言えばいいかしら。その点ではある意味きららと似ているかも知れないわね」
人間状のキノ娘の体は、子実体という植物で言えば花や実にあたる部分で、本体である菌糸体は地中に広く分布しているのが一般的だとヴェルナからは聞いていた。
だが例外的に、本体である菌糸体の一部をくっつけたまま外界に出ているキノコの娘もいる。
紫蜘ちゃんの場合は蜘蛛を乗っ取っている下半身部分が菌糸体であり、東の国に来た目的でもある小曽爾 きららは、菌糸体の一部を足元から絨毯のように引きずっているそうだ。
小曽爾 きららが引きずっているその《菌糸塊》の力でヴィロサ嬢を成長させるのが東の国に来た目的ではあるが、改めてキノ娘には色々な娘がいるものだと俺は感じていた。
そんなことを考えている間に、東の国での一日目はゆっくりとふけていく。




