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02 菌糸体と子実体

「東の国って、また出かけるのかよヴィロサ。三週間も城空けてたのに?」


 ファルが不満気につっかかった。


「それはそうだけど、本当はひと月の予定だったでしょ? それに空けるって言ってもそれほど長くはならないわ」


 ヴィロサ嬢は笑みを崩さず応対していた。


 ちなみにヴィロサ嬢は幼菌のまま本体から出て来ていたため、現在外見年齢が中学生くらいになっている。

 そのため大人びた表情をしていても、中学生が背伸びをしているみたいに見えてかなり可愛かった。


 そしてヴィロサ嬢が再び城を空ける理由も、現在のヴィロサ嬢の状態と無関係の話ではない。


「私ったら、こうして幼菌のまま外に出てきちゃったでしょ? この世界にはタケリタケが来てないから問題はそこまでないけれど、この状態が長く続くのはやっぱり良くないわ。だから成長させてもらいに東の国に行くの。東の国には小曽爾おぞに きららがいるからね」


「……なるほどなのです。それは確かに東の国まで行かなきゃ駄目なのですよ」


 ヴィロサ嬢の言葉にヴェルナが相槌を打っている。

 他のキノコの娘達も納得しているようだ。


 ただし俺にはさっぱりだったので素直に尋ねてみることにする。


「えっと……ヴィロサさんが幼菌状態だって言うのは分かるけど、どうして東に行かなきゃいけないんだ? 普通に飯食うだけじゃ成長できないのか?」


 俺が質問すると、何人かのキノ娘があきれた顔をしていた。

 恐らくキノコの娘達の中では常識なのだろう。


 だが俺はキノ娘じゃないので分からない物は分からない。

 ヴィロサ嬢はきちんとそのことを理解して説明をしてくれた。


「あまりにも人間離れしてるから忘れがちだけど、ヒアリヌスはキノ娘じゃないものね。少し説明しておこうかしら。まずはこの子実体についてね。私達の子実体は一カ月くらいで造れると言ったけど、これが生物として相当すごいってことはヒアリヌスにも分かってもらえるかしら?」


 ヴィロサ嬢が質問してくる。

 確かに考えてみれば、人間大の体を一カ月で造るなんていうのはとんでもない能力だ。


 人間なら生まれるまでに一年近く母体の中にいる必要があるし、そこから大人になるにはさらに二十年近い年月がかかる。


 彼女達の体の造りがどうなっているかは知らないが、人間なら二十年かかる成長を一カ月でやってしまうのだ。

 キノコの娘はその生態そのものも驚きに値するものだった。


 改めてキノ娘の生態に驚く俺を見てヴィロサ嬢は満足げに頷いている。


「この点については分かってもらえたみたいね。もっともこの体は見た目が人間に近いだけで中身は別物なのだけど。でもこれだけ大きく、かつ複雑な子実体を形成するのは私達にとっても大変なことなのよ。莫大なバイオマスを有する菌糸体と、非常に高度な物質移送能力を必要とするわ。そしてその能力は本体である菌糸体にしか持ちえないの」


 とのことだ。


 俺は彼女達の本体についてあまりイメージしたことはなかったが、キノ娘達の本体は相当すごい能力を持っているようだ。


「だから幼菌のまま本体と離れると、本来なら人間と同じ速さで体が完成するのを待つしかないの。でも世の中には例外がいるわ。今回のそれが小曽爾 きららなのよ。詳しい話は省くけど、彼女の《菌糸塊(オゾニウム)》の力を借りれば本体の中にいるのと近い速さで子実体を成長させることが出来るのよ」


 という話だった。


 ちなみにこの話は東の国にはすでに通してあるそうで、明日には東の国から迎えの者が来ると言うことだった。


「だからまた一月近くは城を空けることになるかしら」


「仕方がないとは言えやっぱり長いな」


 再びファルが愚痴っていた。


 ファルは本来じっとしているタイプじゃないからな。

 ヴィロサ嬢の代わりに三週間近く城にいた時点で相当ストレスが溜まっているようだ。


 これがさらに一カ月続くと聞いて見るからに嫌そうな顔をしていた。

 だがファルがこうなることはヴィロサ嬢も予想していたようだ。


「私もさすがに長いと思うから、今回はこの城を治める人をきちんと決めたいと思っているわ。嫌だったら断ってもいいのだけれど、ムスカリアにお願い出来ないかしら。正確にはこの城と言うか、北の国全体をあなたに任せたいと思っているわ」


 そう言ってヴィロサ嬢はムスカリアさんの方を向く。


「わたくしがですか? うーん……」


 ムスカリア嬢は柔らかい表情のまま首をかしげていた。


 ムスカリアさん、俺のことはハエを見るような目で見るが基本は優しいお姉さんタイプのキノ娘だ。

 面倒見もよさそうだしまとめ役としてはファルより適任そうだった。


「分かりましたわ。ヴィロサにばかり苦労をかけるのも申し訳ないですものね」


 思いの外すんなりとムスカリア嬢は北の統治者を引き受けた。


 ちなみにヴィロサ嬢はキノコの娘全体のリーダー役に専念するとのこと。

 全体のまとめ役と北の統治の両方をやっていたこれまでの方がある種不自然な形だったのかも知れない。


「ムスカリアが快諾してくれて良かったわ。それじゃ私は東に行くとして、ヒアリヌスも一緒に来てくれるかしら? ヒアリヌスの挨拶回りも、まだ北の国でしかしてないわよね。私も幼菌の体で旅に出るのは不安だし、ついて来てくれると嬉しいのだけど。どうかしら?」


 思わぬところで話を振られる。

 だがヴィロサ嬢の言うように、俺は北の国いるキノ娘としかまだ顔を合わせていない。


 キノコ店の方は気になるが、こっちはこっちで再建にはまだ時間がかかる。

 この機会に北の国を出るのは確かに良さそうだった。

 だから俺はヴィロサ嬢の誘いを素直に受ける。


「俺としてもいい機会だしな。同伴させてもらうとするか。な、ヴェルナ」


「そうですね」


 俺はヴェルナと目を合わせた。

 だがここでヴィロサ嬢が思わぬことを言ってくる。


「一応言っておくけれど、ヴェルナは城でお留守番だからね?」


「えっ?」


「……え?」


 俺とヴェルナが同時に間抜けな声を出す。


「猛毒御三家のうち二人も同時に国を出たら困るでしょ? ファルだって城でじっとしてくれるか分からないんだし」


 とのこと。


 言われてみれば当然のことだった。

 昨日だって、ヴィロサ嬢一人が城を離れた隙を食中毒の御三家に狙われている。

 その上ヴェルナまで国を離れれば何が攻めてくるか分かったもんじゃないというわけだ。


「それで代わりと言ってはなんだけど、月夜が付いて来てくれるかしら? 理由は言わなくても分かるわよね」


 ヴィロサ嬢が有無を言わさぬ目で月夜嬢を見つめる。


 月夜嬢達は三対二の時点で北の国に攻めてきていたからな。

 ヴィロサ嬢にはその状況を再現する気はないと言うわけだ。


 月夜嬢が一緒に東に行けば御三家同士は二対二となる。

 これならパワーバランスも取れるというものだ。


 ちなみに昨日負けている月夜嬢達に、ヴィロサ嬢の要請を拒否する権利はない。


「私も東に行くのは久しぶりだし、文句なんて初めからないよ。それに私はヒアリヌスさんにも興味あるし。むしろ文句あるのはヴェルナちゃんだと思うけど。でも大人の事情だから仕方がないよね。しっかりお留守番しててね。ヴェルナちゃん」


 むしろノリノリで月夜嬢は快諾した。



 こうして、俺、ヴィロサ嬢、月夜嬢の三人で東の国へと旅立つこととなる。


 ちなみにヴェルナは黙って承諾したが、帽子の口が「月夜はいつか殺す」とか言っていたのがすごく怖かった。


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