02 アマニタ・ヴェルナ(白卵天狗茸の少女)
…………。
知ってる天井だ。
現実逃避しようと思い俺は天井を見上げてみたが、間違いなくここは俺の部屋だった。
現実と向き合うために俺は改めて目の前の少女へと視線を移す。
ヴェルナと名乗る少女は真っ白な服で全身を包み込んでいた。
頭には大きなくす玉みたいな白くて丸い帽子を被っている。
ついでに髪の毛まで真っ白だ。
その全体的に白い色調の中で、唯一両の目だけが怪しく赤い光を放っていた。
そしてヴェルナの着るロングコートには腕を出すべき袖がなく(新手の拘束衣か?)、彼女はコートの前面についているファスナーの隙間から左手だけをにょきっと出していた。
なんという中二病。
顔立ちは大人しそうな印象のする可愛い美少女なのだが、そこ以外が電波さんすぎる。
……これはお帰り願った方がいいんじゃないだろうか。
俺はヴェルナと名乗る少女を外へ連れ出そうと思い立ち上がった。
「あっ……」
ここでヴェルナが声を漏らす。
彼女の視線が俺の下半身に向いていたのでその場所を確認してみると……。
なんと俺のキノコ君がズボンのファスナーの隙間からコンニチワしていた。
…………。
まずいぞ、これは非常にまずい。
ただでさえ通報されかねない状況なのに、こんな場面を誰かに見られたら有罪判決まで出てしまいそうだ。
なんとかこの場を和ませないと。
俺は表情が全く読めないヴェルナの顔を見ながら考える。
そして至高の一手を導き出した。
俺は彼女のコート、そのファスナーの隙間からコンニチワしている左手を指差しながらこう言った。
「僕達……お揃いだね」
俺のファスナーから出ているキノコ君もある意味第三の腕と言っていい。
場を和ませつつさらに親近感さえ抱かせる完璧な話術だった。
そう思って再びヴェルナを見ると、顔が小刻みに震えているのが見て取れる。
そしてここで、驚くべき事態が発生した。
ヴェルナの被るくす玉みたいな帽子が上部から真っ二つに裂け、中から鋭い牙の並んだモンスターの口みたいな物が出てきたのだ。
「ファーーーック!」
そのおぞましい口から軽快な声が響いてくる。
「……私の左手はそんなキノコとお揃いじゃないのです」
鼻下まであるコートに隠れて見えない下の口からも、ヴェルナは非難の声を上げていた。
そしてモンスターじみた上の口からすごい勢いで煙のような物が吐き出される。
その煙はめまぐるしく形を変え、鋭い爪を持つ大きな腕へと変貌した。
そして――
「……そんなキノコはもげればいいのです」
そう言ってヴェルナは煙の腕を大きく振り上げ、勢いよく俺のキノコ君へと振り下ろした。
「オーマイサーンッ!」
俺の悲鳴が部屋中にこだまする。
ヴェルナの煙の腕は確実に俺のマイサン(息子)をとらえもぎ取っていた。
あんなするどい爪で攻撃されては可愛い息子はひとたまりもない。
そう思い俺は恐る恐る自分の息子を確認する。
息子は無事だった。
考えてみれば当然だ。
いくらするどい爪がついてても所詮はただの煙だからな。
そんなガス状生命体で我が息子が倒せるとでも思ったかこの幼女め。
俺は勝ち誇った顔でヴェルナの顔を見た。
だがヴェルナは今の結果に納得がいってないようで驚いた顔をしている。
「ありえないのです。……私の胞子は特別製。普通なら煙が触れた瞬間に内臓が壊死……そのまま死に至るはずなのに」
何それ怖い。
いきなり息子とコンニチワさせたのは悪かったけど、何も殺すことないじゃん。
俺は非難のまなざしでヴェルナを見つめる。
そのヴェルナは、少し考えた様子を見せた後に口を開いた。
「すごく不本意ですが……やはりあなたが私の探していた人間で間違いないようです。宜しければ……お名前を聞かせてもらっても宜しいでしょうか?」
ヴェルナは俺を殺そうとしたことを謝る素振りもなく名前を尋ねてきた。
まあ口振りを見る限り、俺に煙の毒が効かないことは想定内だったのかも知れないが。
俺は非難を口にしようとも思ったが面倒なのでやめておく。
ヴェルナの帽子が大きく口を開いたままだったしな。
あきらかに異常な事が起きている。
だからまずは彼女に従いその後で帽子について尋ねたいと思う。
そういうわけでともかく自己紹介だ。
「俺は佐藤 紳士。名前に恥じない素敵な紳士さ」
「そうですか。紳士……変態なのに? ……つまり、あなたは紳士な変態さんなのですね。理解しました」
うん、全く理解していないと思うぞヴェルナちゃん。
だが文句を言っても始まらない。
それよりもまずは疑問の解消だ。
「お互いの名前が分かった所でヴェルナちゃん。君が突然現れた理由を聞かせてもらってもいいかな? それとその動く帽子についてもくわしく」
俺が尋ねると、少し戸惑った様子を見せてからヴェルナは口を開いた。
「はい。最初に言ったように私はこことは違う世界『クサビラ界』からやって来ました。キノコの娘……いえ魔王なのです。そしてこの帽子は私の一部。ただし人格は別なので帽子の話す言葉が私の本心だなどという噂は全て迷信です。私がそう言うのだから確実です。そして私は……あなたをクサビラ界へと招待するためにこの世界へとやって来ました」