17 キノ娘の天敵
「嘘だろおい。何だ、何だよあの人間。なんで地雷原に突っ込んで来るんだよ!」
地雷原へと走る俺を見て、紅の顔が驚きに変わる。
「ふっ、俺のことを知らなかったってんなら勉強不足だぜお嬢さん。俺はヒポミケス・ヒアリヌス! タケリタケの名を持つ毒の効かない男だ。この国じゃ結構有名なんだぜ!」
「それくらいは知ってるよ馬鹿! でも地雷原なんだよ! 毒とか関係なく人間なら死ぬんだって! もしかしてお前馬鹿なの? 死ぬの?」
「死なねえよっ!」
俺が叫ぶと同時に一つ目の地雷が足元で爆発する。
もの凄い衝撃が俺の全身を襲った。
正直めっちゃ痛い。
だが俺の怒りは、爆発の痛みくらいで消えるようなものじゃなかった。
俺は地雷が爆発していくのを無視してそのまま走り続ける。
「ありえねぇだろ。……なんで、なんで人間が地雷原の中を走れんだよ。お前……本当に人間なのか?」
「知るかそんなのっ!」
俺は何度も爆発をくらいつつ地雷原を駆け抜けた。
「――くそっ! ウスタッ!」
すかさずウスタが瘴気で攻撃してくる。
だが俺には全くの無意味だった。
俺は構わずウスタの体を掴み、ヴェルナ達の方へと放り投げる。
これでウスタは終わりだ。
そして――
「お嬢さんには、私自らお仕置きをしてあげよう」
そうして俺は紅を仰向けに押し倒した。
もっとも、キノ娘と言えども女を殴る趣味はなかったので痛い思いをさせることはしなかったが。
俺がやったのはただの押さえ込みだ。
紅を仰向けに倒し、腰の辺りを両足で跨いで馬乗りになる。
そのまま胸を密着させて抑え込み、足をからめて動きを封じた。
縦四方固めの完成だ。
これで紅の制圧は完了である。
ちなみにこの寝技はファル直伝だ。
俺とファルは身体能力においてほぼ互角だった。
その上で技が決まれば決められた側は抜け出すことは困難だ。
対して紅は体が弱い。
特殊能力が強みの紅に、この押さえ込みから抜け出すことは不可能だった。
さらに言えば、キノ娘全員が基本的に寝技には弱いからな。
寝技というか、絞め技や投げ技など、体が密着する戦い方に弱い。
これはキノ娘の特性によるものだった。
キノコの娘達は、キノ娘同士でも互いの毒は無効化出来ない。
だから絞め技などはかける側さえ大きなダメージを受けてしまうのだ。
そのためキノ娘同士の戦いで、そんな馬鹿な真似をするキノ娘はいない。
ファルだってキノ娘と戦う時は打撃オンリーだ。
だが俺には毒は関係ない。
だから俺だけは、好きなだけキノ娘に寝技をかけられるというわけだ。
この寝技こそ、俺のキノ娘に対する唯一にして最大の攻撃方法と言えるだろう。
寝技ならキノ娘を怪我させる心配も少ないしな。
紳士である俺にも正にぴったりな技だと言えた。
そうして紅をじっくりたっぷり抑え込んでいる間に、ヴェルナ達も丘を迂回して登って来ていた。
「裏側には地雷を埋めてなかったそうだ。ウスタが嘘をついている可能性もあったけど、ウスタ自身に先頭を歩いてもらったから安全だったな」
とのこと。
「変態さん……あれからずっと紅さんにセクハラし続けていたのですか。……とんでもない変態さんなのですよ。痴漢は犯罪なのです。とうとう変態さんが……事案でなく事件を起こしてしまったのですよ」
ひどい言われ様だった。
俺は危険な紅をこうして無力化し続けていたというのに。
もちろん感触はしっかりと堪能させてもらったが。
「やっぱ紅みたいの相手だと寝技は効果てきめんだな。さすがヒアリヌスだ」
ファルの方はしっかりと俺を褒めてくれた。
「ふっ、これもファルのおかげだぜ。この縦四方固めも、ファルにかけられた時には全く抜け出せる気がしなかったからな」
「そうかい? その割には技かけてもヒアリヌスは嬉しそうな顔してたけどな」
「そ、それはあれだ。ファルと技を競い合えるのが純粋に嬉しかったんだよ。ファルだって楽しそうにしてただろ」
「ま、そうなんだけどね。でもホント、ヒアリヌスに寝技教えて正解だったな。対キノ娘用の必殺技になっている。こりゃ本当に、ヒアリヌスに勝てるキノ娘はいなくなっちまいそうな勢いだ」
「……変態さんが、色々な意味でキノ娘の天敵と化してるのです」
なんか色々と言われてしまう。
ついでに俺に押さえ込まれている紅まで文句を言って来た。
「いい加減上からどきやがれこの変態野郎。……くそったれめ。こいつがこんな化物だなんて私は知らなかったんだよ。これが毒の効かない人間だって? あきらかに人間超えてるだろこいつはよ。毒はともかくなんで地雷まで平気なんだよ」
どうやら紅は俺の身体能力については知ってなかったと言うわけだ。
もっとも、地雷が平気なんてことはなくしっかりダメージは受けていたが。
「結局紅さんは……勉強不足だったということなのです。一番大事なことを知らなかったというわけです。つまり変態さんが人間ではなく……変態さんという生き物だったという事を」
ヴェルナの中での俺の生物種が完全に変態で固定されてしまっていた。
だがとりあえず、これで戦いは終わったと言えるだろう。
と思ったら笹子ちゃんが大きな声を上げてくる。
「あ、月夜さんがこっちに来てる」
笹子ちゃんの指さす方を見てみると、一人の少女が歩いて来ていた。
静峰 月夜。
キノコ食中毒の御三家のリーダー格だ。
俺達全員に再び緊張が走る。