16 臭裏 紅(臭裏紅茸の少女)
爆風はファルの拳で大きく相殺されていたため俺達に目立ったダメージはない。
だがその分、ファルの右腕は真っ黒に焼け焦げてしまっていた。
「爆弾。しかもご丁寧に毒まで練りこんである……か。こんな凝った真似をする奴はあたしは一人しか知らない」
そう言って、ファルは爆発物が飛んで来た方角をにらんだ。
遠くに女性の姿が見える。
恐らくキノ娘なのだろう……が、その女性は大きな銃を担いでいた。
「……グレネードランチャー」
俺は思わずつぶやく。
グレネードランチャー。
手榴弾やそれっぽい弾を銃で撃ちだす武器だ。
この世界にありそうな武器には到底思えなかったが。
「ん? ヒアリヌスさん今グランディちゃんって言った?」
笹子ちゃんが壮絶な聞き間違いをしていた。
グランディちゃんではなくグレネードランチャーだと俺は訂正する。
だが笹子ちゃんとは言えここまで壮絶な聞き間違いをするのだ。
グレネードランチャー自体がこの世界に普通にあるものじゃないことは容易に想像できた。
そして驚く俺の様子を見てファルも事態を察する。
「ありゃあれか……地球の武器か」
ファルが尋ねてきた。
「ああ……多分グレネードランチャーだ。俺も本物は見たことないし、日本にも普通にあるものじゃないんだが」
俺が答えると、ファルは嫌そうな顔で納得した。
「そっか。じゃあ多分キューベンシスの仕業だな。あいつ……普段から良く分かんない物をほいほい召喚してきちまうからな。しかもいらない物はヴィロサが勝手に配っちまうし。ヴィロサも頭いい振りして意外と考えなしだからね。どんな物かも分からないまま売っちまったに違いないぜまったく」
どうやらこの世界には……地球から飛んで来たものが用途も分からないまま各地に散在しているようだ。
ただしヴィロサ嬢も、人間に召喚物を配るような真似はしていない。
異世界の物品を配るのは、あくまでキノ娘に対してだけなのだ。
キノコの娘はこの世界に数十人しか存在しない。
だから彼女らが召喚物を使う分にはこの世界に与える影響もほとんどないというわけだが。
「しっかし……最悪な奴に最悪な物が流れついちまったもんだ」
うんざりした顔でファルはつぶやいた。
「臭裏 紅。ウスタと同じ、キノコ食中毒の御三家の一人さ。その三人の中でもあいつ特に性格悪いんだよ。しかも触れた物に毒を付加する能力を持っている。嫌がらせグッズに毒を仕込む程度なら可愛いもんだが、あのリュックの中に一体何がつまってるんだか、考えるのもうんざりするな」
臭裏 紅。
ここから五百メートルくらい離れた丘の上にいるがその姿は良く見えた。
これは俺の視力も人間離れして高くなっているためだが、遠くにいる彼女はかなり現代的な服装をしている。
瞳の色は赤色でじっとりした光を瞳の奥から放っていた。
その瞳の上に、紫色の丸いサングラスが乗っているのが見える。
灰色のミドルヘアをたなびかせ、服も全体的に薄い灰色の物を着ていた。
だが裏地は淡いピンク色で、全体的にモダンな雰囲気を醸し出している。
恐らく衣類の一部も、異世界から飛んで来たものを着用しているのだろう。
服装だけでもこの世界のただの人間とは趣向が違うのが見て取れた。
「……向かって来る様子がないのです」
爆発から少し時間が経っても、紅が丘から降りてくる気配はなかった。
「紅は接近戦をするタイプじゃないからね。さっきみたいな武器を使ってあそこから攻撃するつもりなんだろう」
「だとすると紅さんはお馬鹿さんなのですよ。あの丘の上は……十分《胞子の煙》の射程内なのです」
すぐにヴェルナの帽子が煙を吐き始める。
だがこのタイミングで紅が第二射を放ってきた。
「防御するのです。無機物でも……大量の胞子を喰らわせれば腐らせて無力化出来るのですよ」
ヴェルナの帽子から湧き出る胞子が形を変え、大きな盾となって俺達を守る。
だが紅の放った攻撃は俺達の方へはやって来なかった。
俺達ではなく、ウスタの方へとその何かは到達する。
「しまった。ワイヤーだ! ウスタが回収されるぞ!」
俺が気付いた時にはもう遅く、ワイヤーの先にある金具をウスタが掴んでいた。
そのままワイヤーの巻き上げによってウスタが紅の元へと飛んで行く。
「逃げる気か!」
あわててファルが飛び出そうとする。
だが嫌な予感がして俺はファルを呼び止めた。
「無闇に飛び出すなファル! あの丘はあやしい」
ファルはすぐに反応してその場にとどまった。
その間にウスタは紅の元へと回収される。
そしてウスタを回収した紅が俺達へと向かって叫んだ。
「よく分かったね。お察しの通り、この丘は地雷原に変えさせてもらったよ。もちろん全ての地雷にあたしの毒を仕込んである。爆弾じゃ大したダメージがなくっても、傷口から毒が入ればキノ娘でもへたすりゃ死ぬよ」
「ヒアリヌスさん地雷原って何? 強いの?」
笹子ちゃんが聞いてくる。
ヴェルナとファルも知らない可能性があるので俺は軽く説明した。
「地雷って言うのはさっきの爆弾みたいのが地面に埋まっているやつだ。間違って上に乗ってしまうと爆発する。その地雷が何個も埋まっているのが地雷原だ。多分店を破壊した後に、ご丁寧にも準備を重ねていたんだろう」
「紅は嫌がらせの為には労力を惜しまないからね」
「でもでも、だったらここから動かなければいいんだよね?」
「……その通りなのです。紅など……私がここから倒してしまうのですよ」
そう言ってヴェルナは紅へと攻撃を仕掛けた。
だがその攻撃は、ウスタの瘴気によってかき消されてしまう。
「一手遅かったね! ウスタがこっちにいる以上、《胞子の煙》は効かないよ。そして丘には地雷原。もうお前たちに、私達を攻撃する手段はないってことだよ」
そういって紅は勝ち誇った顔をしていた。
「……ムカっと来るのですよ。攻撃手段がないのは向こうも同じのはずなのに」
ヴェルナがむくれていた。
確かに向こうから攻撃をしかけてきても、大抵のものはヴェルナの煙で防げるはずだ。
だが――
「敵がウスタと紅だけなら問題ない。でも食中毒の御三家は三人いる。静峰 月夜。もし彼女までここに来てるのならまずいよ。月夜の《夜光》は指向性の光学兵器だ。威力は低いが攻撃そのものが目に見えない。気付いた時には毒を受けてたってこともあるくらいだ。もっとも、奴自身が視界にさえいなきゃ大丈夫なはずだが」
そう言ってファルは辺りを警戒している。
どちらも攻撃出来ないなら状況は五分のはずだが、精神的にこちらが追い詰められている気がした。
それにこっちは、ファルがダメージを受けてしまっている。
ファルは平気そうにしているが、爆発だけでなく毒のダメージもあるはずだ。
ファルを治療するためにも、この膠着状態は決して良くない。
だから俺は、地雷原へと足を踏み出した。
「おいヒアリヌス。何やってんだ! 丘が危ないって言ったのはお前だぞ!」
ファルが慌てて叫ぶが俺は足を止めない。
「このまま待ってても状況は悪くなるだけだ。ファルの右手も治療したいしな」
「だったらあたしが――」
「けが人があんま無茶すんなって。それに俺なら、地雷に仕込まれてるっていう毒は無効化出来る。ウスタの《瘴気》も効かないしな。それに――」
俺は、紅達の方をにらみつけて言い放った。
「あの店は、曲がりなりにも俺の店だっていうんだよ。そしてそれ以上に、キノ娘や里のみんなが、俺なんかの意見に乗って手伝って作ってくれた店なんだ。それをあんな風に粉々にされてよ。……怒ってるのは、何もヴェルナだけじゃあないんだぜ」
そう、俺は怒っていた。
だからただ待っているなんてありえない。
俺は地雷原へと向かって全速力で走り出した。