15 封印解除
ヴェルナはコートの前面を全て開け放った。
開け放たれたコートは、マントのようにヴェルナの背中になびく。
そしてヴェルナは……脱いだらすごい娘だった。
もちろんおっぱい的な意味ではない。
ヴェルナのコートの中は、真っ白な外観からは想像できないほどハードだった。
インナーは黒を基調としたメタル調。
その周りを銀色のバックルが目立つ、赤黒い革のベルトが這っている。
その姿は、紐の代わりにベルトで全身を縛っているようにも見えた。
まあ要するに……。
パンク・ファッション全開な危ない人の姿がそこにはあった。
思い返すと、ヴェルナの部屋を見た時もドクロのアクセサリーとかある部屋に俺は少しびびっていた。
そしてヴェルナが大人しそうなのは外見だけかと思っていたが。
だがやはりというか、コートを開いてみればヴェルナは中のファッションもやっぱりやばい趣味の人だったというわけだ。
まあこっちの方が、凶暴なヴェルナのイメージにはあっているのかも知れない。
俺がそんな風な事を思っていると、全身パンクになったヴェルナが動き出す。
「速いっ!」
俺は思わず声を上げた。
ヴェルナはすごい速さでウスタへと接近する。
考えてみれば、ヴェルナは動作面においてこれまで相当な制限を受けていた。
袖のないコートはヴェルナの両腕をほぼ完全に封じていたが、封じているのは手だけではなかったのだ。
ヴェルナが纏っていたコートは長く、コートの下には靴しか見えていなかった。
つまるところ……全身簀巻き状態だったとでも言えばいいだろうか。
布団で全身ぐるぐる巻き状態の方がしっくり来るか?
その布団をコートに替えれば今までのヴェルナの状態に近いだろう。
ともかくこれまで、ヴェルナはまともに動けそうもない姿をしていたのだ。
その上で俺達と同じ速度で走ったりしていたのでヴェルナはすごい器用だなんて思っていたのだが。
そのコートによる枷が外れた今、ヴェルナは信じられない速度で動いていた。
そして……パンチで普通にウスタをボコボコ殴っている。
ヴェルナの両拳には灰色の革のグローブが嵌められており、ナックル部分には銀の突起がついている。
その拳を物凄い勢いでウスタに繰り出しているので正直凄く痛そうだった。
「決まりだな」
戦いの様子を見てファルがつぶやく。
確かに、俺から見ても勝敗は決したように思えた。
ウスタはヴェルナの動きに完全についていけていない。
その上、瘴気による防御もほとんど意味をなしていないようだ。
ヴェルナの煙は防げても、直接攻撃を防ぐほどの力はなかったらしい。
「もちろんヴェルナも瘴気によるダメージは受けている。でもヴェルナが与えているダメージの方が上だ。拳一つに込められる毒の量ならあたしの方が上だが、手数なら猛毒御三家の中でもヴェルナが一番だからな。ただ戦い方としては、攻撃を避けつつ煙で叩くのがあの子本来の戦い方なんだけどね」
ファルが解説をしてくれた。
つまり煙が使えるのにこしたことはないが、煙がなくてもヴェルナは十分強かったと言うわけだ。
さらに言えば、ヴェルナは煙による攻撃もしっかりウスタに繰り出している。
拳によってかき分けられた隙間から、煙の胞子を送り込んでいるのだ。
というよりも、胞子の煙を両手に纏って打ち込んでいると言うのが正解か。
こうして封印を解き放ったヴェルナは、圧倒的な力でウスタを一蹴した。
ウスタの全身に十分毒を送り込んだのを確認してから、ヴェルナは拳を収める。
一度俺達のいる場所まで後退してウスタに降伏勧告を行った。
「……ごめんなさいする気になったですか? 店を吹き飛ばしたのを謝って、もう邪魔をしないと誓えば子実体を壊すまではしないのです。でも反省する気がないのなら……容赦はしないのですよ。もちろん本体の菌糸体にまで手は出さないですが、転生手順を踏まずに子実体をやられたら復活するのに一年近くかかるのです。……すごく暇するハメになるですよ」
ヴェルナの目は本気だった。
キノコの娘、彼女らは純粋な戦闘力でも人間を遥かに凌駕する。
だが彼女達の強みはそれだけではない。
人間状の体はただの子実体であり、あくまで彼女らの本体ではないのだ。
だから子実体が壊される分にはいくらでも復活することが出来る。
そのため、子実体を破壊する分にはヴェルナは容赦しないと言うわけだ。
ちなみに本体である菌糸体を攻撃することはキノ娘最大のタブーとなっており、初めから誰も行わない。
仮にもしそれを行えば、他のキノ娘から犯人の菌糸体の方が集中攻撃を受け、存在そのものをこの世界から完全消滅させられてしまうだろう。
そのためキノコの娘同士の戦いはあくまで子実体によって行われる。
だが子実体を破壊されるだけでもキノ娘にとってダメージはすごく大きい。
だから謝るなら今の内だとヴェルナはウスタに告げていた。
そしてウスタは素直に謝ってくる。
「ごめんなさい、僕が悪かったよ。みんなが人間と仲良くしようとしてるのがうらやましかったんだ。もうしないよ、だから許して」
「……ちゃんと反省するならいいのです」
「ウスタりんも、いい子にしてたら人間さんと仲良くなれるよ。だから一緒にがんばろ。笹子も協力するから」
謝罪を述べるウスタに対し、ヴェルナと笹子ちゃんは警戒を解こうとしていた。
だがファルだけは警戒を解かず、ウスタに質問をぶつける。
「負けを認めるんだったら一つ質問に答えてくれるかな? ヒアリヌスの店、派手に吹き飛んでるけどどうやった? ウスタの《瘴気》じゃ、ああはならないよな?」
「それは……」
ウスタが口を開きかけた時、高速で何かが飛んできた。
ファルが瞬時に反応してその物体を拳で撃ち落とそうとする。
だがファルの右拳が触れた瞬間その物体は爆発を起こした。
「ぐっ……」
ファルの顔が苦痛にゆがむ。
毒素を含む巨大な爆発がそのまま俺達三人を襲った。