13 キノコ食中毒の御三家
魔物の群れを倒した俺達は城の方へとゆっくり歩いていた。
城へ行く道の途中にキノコ店予定地があるためヴェルナやファルとはそこで分かれることになる。
ちなみにファルはキノコ店予定地にも一度顔を出したことがある。
ファルは人との関わりを特に求めているわけではないので来たのは一度切りだが、ファルは触れさえしなければ人と接近すること自体に問題はないとのことだった。
接触時の毒の強さではファルの方が上だと聞いたので、なぜファルが人と接近するのは良くてヴェルナは駄目なのか俺は少し不思議に思う。
そんなことを考えてる時に、笹子ちゃんがヴェルナに核心をつく質問をした。
「ヴェルナちゃん、せっかくだからヴェルナちゃんも今日はお店に来ない? 準備も進んでるし、キノ娘も人も集まってて色々楽しいよ?」
「……私はいいのですよ」
二人のやりとりは自然で俺は一瞬聞き流しそうになる。
……だがこの会話に違和感を覚えて俺は二人に問いただした。
「ん? ちょっと聞いていいか? 確か……ヴェルナは毒が強すぎて店には来れないって言ってなかったか?」
俺が聞くと笹子ちゃんは少し驚き、ヴェルナはばつの悪そうな顔をした。
すぐに笹子ちゃんがヴェルナに尋ねる。
「そんなことないよねヴェルナちゃん。私達の毒って基本触れてから作用するものだもん。それに、ヴェルナちゃんは笹子よりもいっぱい封印施してるもんね」
ヴェルナの封印というのは初耳だった。
笹子ちゃんが手足のアーマーで毒を抑えているのは知っていたが。
「一応、私が着てるこのコートにも……毒を外部にもらさない効果があるのです」
俺が不振の目で見ているのに気付いたのか、場が悪そうにしつつヴェルナはそう答えた。
ヴェルナは常に袖のないコートを着用している。
腕も出せないコートとかどんな拘束衣だよと思っていたが、正確には封印服だったようだ。
よくよく見ればヴェルナは全身服で覆われている。
コートのファスナーから出る左手にもしっかり手袋までつけている。
素肌が見えてるのは顔だけだ。
しかもその顔ですら下半分はコートの上部についているモコモコで隠れていた。
ある意味完全装備と言えるだろう。
「だからヴェルナちゃんがお店来て困ることなんてないよね?」
「でも……煙出るし」
「出さなきゃいいじゃん」
「……そうなんだけど」
見る見る内にヴェルナが笹子ちゃんに追い詰められていた。
どうやらヴェルナが店に来なかったのは、毒のせいではなかったらしい。
俺には嘘をついていたと言うわけだ。
嘘をつかれたことに対して俺は怒ってはいなかった。
だが理由くらいは聞きたい。
だから俺は、ヴェルナを怖がらせないように出来るだけ優しい声で尋ねた。
「結局……どうしてヴェルナは店に来たくないんだ?」
「……邪魔……したくなかったから」
ヴェルナが本心を白状する。
人見知りだから、口下手だから、行っても手伝えることがないから、人間がたくさんいると緊張するから、等々。
ヴェルナは言い訳めいた言葉を並べる。
だがまとめて言えば、次の一言に集約されていた。
「みんなが……頑張ってるの分かってたから。私が行って、何かあって……駄目になったら嫌だったから」
とのことだ。
ヴェルナはびっくりするほど心配性な娘だったようだ。
「そっか」
俺は一言だけつぶやいて、ヴェルナを後ろから抱きあげた。
「な……何するですか変態さん。事案なのです。少女が後ろから男に抱きあげられるという事案が発生なのですよ。……私をどうするつもりなのです」
「いやなに。このままお持ち帰りしようかと思ってな」
「お持ち帰りってなんですか。これはすごい変態さんなのです。……私はお店には行かないのですよ」
ヴェルナがぶうぶう言ってくるが俺は無視。
「ヴェルナももう観念しなよ。お前が行ったって邪魔にはならないし、もしなったとしてもヒアリヌスも誰も怒らないさ」
「うんうん。笹子も何も手伝えないけど遊びに行ってるもん! ヴェルナちゃんはこのままお店まで強制連行なんだよ」
ファルと笹子ちゃんが俺の味方に付く。
こうしてさすがにヴェルナも観念したようだ。
「……分かったのですよ。……ちゃんとお店に行くから下ろして下さいなのです」
と言って来る。
下ろさなかったが。
別にヴェルナが逃げるとは思わなかったが、単純に抱っこしたかったので。
そのまましばらく歩いていると、再びヴェルナが譲歩してきた。
「……逃げないのですよ。抱っこもいいから……姿勢を変えてほしいのです」
俺は猫を持つみたいにヴェルナを抱えていたからな。
確かに微妙な体勢だと俺も思った。
だがヴェルナは裾のないコートをつけている。
そのためおんぶはおろか普通に抱っこするのも難しい。
「うーん。じゃあやっぱこれしかないな」
俺は少し考えて、ヴェルナを抱えるのに最適な姿勢を導きだした。
ヴェルナを一度地面に下ろし、膝の裏と背中を支えヴェルナを横に寝かせた状態で持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「これなら文句ないだろ?」
俺は自信に満ちた顔でヴェルナを見る。
ヴェルナは顔を真っ赤にして目をパチクリさせていた。
口もパクパクさせているように見えたが言葉になっていない。
だが文句はなかったようで、少し経ってからヴェルナは小さく頷いた。
こうして俺は、ヴェルナをキノコ店予定地へと強制連行する。
ファルも寄って行くと言ったのでみんなで店へと向かった。
ちなみにヴェルナはずっと目をパチクリさせている。
真っ赤な顔で俺を見つめ、口もパクパクさせ続けていた。
そして声が出ないヴェルナの代わりに帽子が一つの言葉を繰り返していた。
「お姫様抱っこだと? お姫様抱っこ……だと……? ……お姫様抱――」
どうやらお姫様抱っこは、予想以上にヴェルナに好評だったようだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
こうして幸せを満喫しながらキノコ店予定地へと俺達は近づく。
だが店へと着く前に、前方から煙が見えてきた。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
そしてその予感は的中した。
店の方向から、人間が一人駆けてくる。
「大変ですヒアリヌスさん。……貴方の店を、燃やされてしまいました。本当に……申し訳ありません。私達の力ではどうすることも出来ませんでした」
「何があった。まさか……店の方にも魔物が来たのか?」
俺は慌てて尋ねる。
だが男の返答は違うものだった。
「魔物ではありません。……キノ娘です。西の国の、キノコ食中毒の御三家の一人、シャロン・ウスタ。彼女の能力《瘴気》のため人間は誰も近づけず、彼女を止めようとしたキノコの娘もウスタの力の前にあえなく……」
そう言って、男は泣き崩れた。
俺達は男をその場に残して店へと走る。
「その、キノコ食中毒の御三家ってのは何なんだ? ウスタってのは強いのか?」
走りつつ俺は尋ねた。
「ああ……強いよ。純粋な毒の力ならあたしら猛毒御三家の方が上だが、あいつらは全員がやっかいな能力を持っている。その中でもウスタの能力は純粋にやばい。《瘴気》。ヴェルナの《胞子の煙》と似た力だが、ウスタの方は無差別だ。半径百メートル前後を毒の瘴気で覆い尽くす。しかもやっかいなことに、奴に近づくほど瘴気の濃さが増していくんだ。半径一メートルにまで近づけば、奴の瘴気はヴェルナの煙をも上回る」
つまりは、ヴェルナ達猛毒御三家に匹敵する強者ということだ。
キノコ店予定地には、設立に協力してくれているキノコの娘も何人かいた。
だが彼女らは全員毒のないタイプのキノ娘だったのだ。
彼女らは純粋な身体能力においても毒のあるキノ娘より弱い。
彼女達の無事を祈りつつ、俺はヴェルナを抱えたまま店への足をさらに速めた。