12 アマニタ・ファロイデス(卵天狗茸の少女)
俺達四人は魔物のいる村へと急ぐ。
ちなみに俺が一緒に行くのは、村に誰かが残っていた際に救助をするためだ。
村の全域には全員逃げるように既に通達が出ている。
これは魔物から逃れる為でもあるが、キノ娘達の戦闘に巻き込まれないための処置でもあった。
毒を持つタイプのキノ娘は通常時でも危険な存在だ。
だが戦闘時にはその危険度が一気に跳ね上がる。
一人一人が歩く生物兵器みたいなものなのだ。
小さな村など、その全域が彼女達の攻撃半径に含まれてしまう。
だからもし人間が残っていたらその場から遠ざける必要がある。
その為に俺も村へと向かって走っていた。
「しっかし、やっぱり足速いなヒアリヌス。お前ホント人間じゃないだろ」
ファルが楽しそうに話しかけてくる。
ちなみにファルというのはファロイデスの愛称だ。
ファロイデスと言う名前もかっこいいが、本人がファルと呼んでほしいそうだし可愛いので俺もファルと呼んでいる。
「……変態さんは、変態さんと言う生き物なので」
そのファルの言葉にヴェルナが同調してきていた。
……いつの間にか俺の生物種が人から変態へと変わっている。
だが俺が人間離れしているということはこの三週間で十分認識していた。
毒に対する耐性だけでなく、身体能力も俺は人間を遥かに超えていたからな。
キノコの娘達は自らが持つ毒の力が最大の武器だが、彼女達は身体能力も人より遥かに高い。
だが俺は、そんな彼女らと同等以上に動くことが出来ていた。
そんな俺の、人間離れした身体能力を最も喜んだのがこのファルだ。
ファルとは笹子ちゃんと会った翌日に出会ったが、彼女は一目で俺の身体能力を見抜いた。
その後ファルとは、何度か組手みたいなことをやっている。
ファルは素敵な巨乳の持ち主なので、俺は組手に集中できずえらい目にあったりしていたが。
寝技を掛けられて色々な意味で天国にいきそうになったりとか。
ちなみにファルの髪は緑色だ。
ヴェルナやヴィロサ嬢と合わせて三姉妹なのだそうだが、ファルは雰囲気も二人とはだいぶ違っていた。
ヴェルナとヴィロサ嬢が真っ白な綺麗系なのに対して、ファルはかっこいいという表現がしっくりくる女性だった。
もちろん巨乳なのでかっこいいだけでなく女性としても大変素晴らしかったが。
特に寝技の際の感触とか。
「……変態さんが妄想に浸りきった顔をしてるのです」
ヴェルナの言葉で俺は現実に引き戻された。
俺達が高速で移動していたので、村はもう目の前まで迫ってきている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
村には人間は一人もいなかった。
逃げ遅れた人がいれば俺が救助する予定だったが、それはもしもの備えであり、予定通り避難が終わっていることに俺は安堵する。
これからここは戦場となる。
キノコの娘達が戦う戦場は、人の身では近づくことさえ死を意味する場所だからな。
「予定通り人はなしっ……と。悪いねヒアリヌス。あんたには無駄足を踏ませちまった」
「いいってファル。俺が来たのは、キノ娘の戦いをこの目で見たかったってのもあるからな」
「そっか。じゃあしっかりと目に焼き付けなよ。ヒアリヌスには効かなかったけど。あたしの真の力、たっぷりと見せてやるからね」
言うが早いか、ファルは村へと迫る魔物の大群に突っ込んで行った。
「……私もお手伝いするのです」
ヴェルナも帽子の口から大量に煙を吐きだし、戦闘態勢へと移行する。
「ヒアリヌスさんは笹子が守るよ!」
笹子ちゃんも気を引き締めていた。
ちなみに三人を役割で分けると、ファルが敵地上部隊の殲滅、ヴェルナが飛んでくる魔物の対空迎撃、そして笹子ちゃんは俺の護衛だ。
俺だって身体能力は人の枠を超えている。
だから護衛までつけてくれなくてもいいのだが。
「ヴェルナちゃんもファルさんもすっごく強いからね! 猛毒御三家って言って、ヴィロサ様と合わせて最強の三姉妹って言われてるんだよ。だから笹子も今日は見学! ヒアリヌスさんも笹子と一緒に二人を応援しよ!」
とのことだ。
俺もヴェルナとファルの戦いを見たかった。
だから俺と笹子ちゃんは見晴らしのいい場所に腰を下ろして戦いの行方を見守る。
二人の戦いは圧倒的だった。
まずヴェルナ。
ヴェルナは帽子の口から吐き出される煙で敵と戦っていた。
だがその射程が長い。
ゆうに数百メートルはあるだろう。
空を飛んでくる魔物を次から次へと煙の触腕で叩き落としていた。
「ヴェルナちゃんの《胞子の煙》、いつ見てもやっぱ凄いなぁ。あれって百メートル以内の敵は自動で排除しちゃうし、意識して飛ばせば十キロ先の敵も倒せるってヴェルナちゃん言ってたよ」
ヴェルナちゃん、何気に凄い能力の持ち主だった。
対するファルももちろん強い。
ヴェルナのような派手さこそないが、全ての魔物を一撃で仕留めている。
使っているのは掌底、手刀、蹴り、膝、肘と様々だ。
その全てが一撃必殺だった。
もちろんこれは、打撃のみで倒しているわけではない。
触れた箇所から毒を送り込み、毒の力で倒しているのだ。
「純粋な毒の力なら、三姉妹の中でもファルさんが一番だって言ってたよ。ヴェルナちゃんやヴィロサ様と違って遠くは攻撃出来ないけど、接近戦ならキノ娘の中でも一、二を争う強者なんだって」
笹子ちゃんの言うように、ファルは純粋に戦闘が強かった。
俺はほとんどのキノ娘を身体能力で上回っているが、ファルとの組手では負け越してるしな。
いや、ファルのあの魔性のおっぱいさんさえなければもっと戦えたはずだが。
俺はファルに負けたのではない。
ファルのおっぱいさんに負けたのだ。
そんな感じで俺が妄想にふけっている間に、ヴェルナとファルは次々と魔物を倒していく。
二人には全く隙がなく、俺と笹子ちゃんは安心して二人の戦いを眺めていた。
だがそれが悪かった。
ヴェルナとファルに隙はなかったが、俺と笹子ちゃんは隙だらけだったのだ。
そんな俺と笹子ちゃんに、イノシシみたいな魔物が主力の反対側から襲い掛かって来た。
「危ないヒアリヌスさん!」
笹子ちゃんが俺をかばい――魔物に激しく突き飛ばされる。
俺は目の前でその瞬間をとらえ、そして――
――この世界に来て俺は初めてぶち切れた。
「笹子ちゃんに何やってんだこの豚野郎っ!」
俺はイノシシみたいな魔物をフルボッコにした。
そうして俺が延々とイノシシをボコっている間に全ての戦いが終了する。
笹子ちゃんも含め、三人が俺のところに集まってきた。
「……変態さん。いくら魔物相手とは言えいたぶり続けるのは良くないと思うのですよ」
「こんな魔物、倒そうと思えば一瞬で倒せるだろうに」
「笹子のために怒ってくれてるのは嬉しいけど、さすがにちょっと豚さんがかわいそう」
三人それぞれになんか色々と言われてしまう。
俺は改めてイノシシみたいな魔物に止めを刺した。
だがみんな勘違いをしている。
俺はわざと魔物をいたぶっていたわけではなく、普通に倒せてなかっただけなのだ。
俺は毒が効かないだけでキノ娘のように毒が使えるわけではない。
身体能力はキノ娘と同レベルとは言え、毒がない分攻撃力が足りないのがある意味俺の弱点と言えた。
俺は魔物と戦うためにこの世界へと来たわけでもないので、すぐにどうこうするような問題ではなかったが。
今後の改善点を発見できたのはある意味収穫と言えるだろう。
そんな感じで、ほぼ予定通りに魔物退治は終了する。
だがこの時俺達は気付いていなかった。
この魔物の襲撃が、実はただの陽動にすぎなかったということに。